無窮の騎士

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第一章

第十一話〜新人との出会い④〜

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 人が人らしく生活するにあたって衣食住が占める役割は非常に大きい。三つ揃ってなお不満を持つことがあるというのに、どれかが一つ欠ければ精神的苦痛もそれ相応に強くなるものだ。
 だが旅においては常にそのどれかが欠けている、或いは全て欠けていることが多い。よほど裕福でなければ不満のない旅など出来はしない。
 旅でなくとも冒険者の場合は目的の魔物や素材を求めて遠出し野営する事も多くある。その場所が危険である事は言うまでもなく、見張りを交代で立てなくてはおちおち休息すら取れない始末だ。
 普段よりも食事の質は落ち、衣服を洗うことも難しく、寝具はゴワゴワとした寝袋が関の山だった。
 そう、言葉通りあくまでも過去形だ。

「これだけ揃えてリュック一つで済むって魔道具すごい」

「先人の知恵に感謝だな」

 神話の時代の遺跡から稀に発掘される古代遺物アーティファクトを解析した結果、空間制御の技術が著しく進歩し、収納魔道具ストレージデバイスが開発されたのが十年以上も昔のこと。
 メッサーラが背負うリュックもその一種で、中には調理器具や寝具など野営でも快適に過ごせる最低限の、けれどリュックの容量を遥かに超える荷物が入っている。
 古の技術には遠く及ばない模造品かつ劣化品でしかないがその性能に誰もが欲し、価格の高さにその多くは諦めた。
 よりコンパクトに、より性能を向上させた最新型が発売される度に旧型は求めやすくなってきたが、それでもおいそれと手にすることなどできない程度には高価なのが実情だ。
 だからこそメッサーラの内心は複雑だった。

「でも、これって本当に俺も買ってよかった?」

「何言ってんだ、逆に一人だけ買っちゃ駄目ってのはおかしいだろ」

「おこぼれをもらってる感じがしてあんま良い気はしない。あの二人が王族だから周りもついでに、でしょ?他の冒険者に刺されないかが心配」

「そんな奴はいないって言いたいけどしそうな奴が何人か浮かんじまったよ」

「刺されないよう鍛えて」

「それが目的ってのもどうかと思うけど強くなる意気込みは伝わったよ。それより、二人の事知ってたんだな」

「身分?」

「それ」

 アルムとテルムが王族であることはメッサーラも知っている。自国の上層部なのだから当たり前にも思えるが、プロエリウムの法により二人が表舞台に出た事はなく、庶民でしかないメッサーラが知る機会は本来ならばなかった。

「馬車で話してくれた。忌み子だって」

「よくそんなことまで聞き出せたな」

 プロメリウムからリベリタスまで馬車で三週間程度、安全策で遠回りをすればひと月はかかる道筋だ。長い道中に情がわくのはわかるが、どれだけ懐に入り込めば忌み子などという深い事情まで打ち明けてくれるのか。

「なんか教えてくれた」

「聞き上手ってやつか」

「そうなの?」

「あぁ……何となく理解できた。メッサがそのままでいられるか、楽しみではあるな」

「ん?」

 メッサーラからは誰にだって僅かながら持っている悪意や害意が一切感じられない。うまく隠せる人もいるが、そもそも持ち合わせていなければ隠す必要もなく、結果として透明な人間性だけが残り警戒心を抱かせないのだ。
 アヤトの発言に対する疑問に顔を傾け上目遣いで見つめてくる姿も、あざとらしさなど感じさせない可愛らしいものであった。あえて言えば男らしくないが、今の時代にそんな事言えないな、と自分が古い人間だと自覚してしまう。

「まぁ、その調子で二人と付き合ってあげてくれ」

「もちろん。大切な友達だから」

「ふっ、くくく……友達か。なら俺がどうこう言う事もなかったな」

 今の話を聞く限りアルムとテルムからの信頼は非常に厚いように感じられる。アルムはともかく警戒心の強いテルムからも街の散策に誘われていたことからも間違いないだろう。
 それを断ったからここにいるのだが、理由がアヤトに相談があるからだと言えば二人も無理強いはできず素直に退いていた。平和なウィドスには観光地も多く、内心楽しみにしていたのかアルムはテルムを引っ張って走っていくほどだ。
 少しずつ小さくなっていく二人の楽しそうな後ろ姿は母国に対する恨みなどないように思えてくる。
 そういった経緯から一人残ったメッサーラであったが、肝心の相談はまだ語られずにいた。

「ところで、時間とってもらったけど本当に大丈夫?何か用事とかは?」

「明日の準備が少しあるだけだから心配すんな。そんなことより適当に歩き回るのもなんだしどっか目的地でも作るか」

「うん」

 アヤトもわざわざ聞き出そうとはしない。言葉通り用事らしい用事は明日の準備程度しかなく、相談も含めてゆったりと構えているに過ぎないが、メッサーラはその提案に興味を示していた。

「どこか候補はある?」

「昼には……少し早いな。観光名所だったら近くにいくつかあるけど、俺も由来とか知らないし案内してもなぁ」

 ウィドスはリベリタスの都市の中でも特に治安に優れている為、人も集まりやすく文化的な発展を遂げてきた。
 飲食店は腹を満たすだけではなく見栄えにもこだわりを持ち、衣料品店は機能性とファッションを兼ね備えたブランドが並び、街を彩る建物は近代的でありながら景観を損なわないよう計算されている。
 住民は魔物に怯える事もなく煌びやかなカフェで寛ぎ、ヒラヒラとした衣服に身を包み男女の関係を気にする若者も多い。
 そんな他所ではあり得ない平和な光景は、街そのものが観光地なのだと言い換えれるほどにメッサーラには輝いて見えた。

「なら街全体が見れるとこが良い。そんな場所ってある?」

「全体ってなると、風車古屋だな。ご希望通り街を見渡せるし、風車も近くだと迫力あるから見といて損はないぞ」

「だったらそこが良い」

「決まりだな。昼飯は景色見ながらとかどうだ?」

「賛成」

「よし、じゃあ途中で適当に買ってから行くぞ」

 風車という性質上、風が吹き抜ける場所でなくてはいけない。その為、比較的高い位置に建造され道中は山登りのような急な傾斜が続いていく。
 木々が生い茂る中を平地と同じように苦もなく進むアヤトであったが、後ろから荒い息遣いが聞こえてきたので振り返ってみるとメッサーラが肩で息をしていた。

「体力なさすぎじゃないか?」

「自覚は……ある」

「仕方ない、ちょうど半分ぐらいまで来たし少し休憩するぞ」

「半……分?」

 いかにも嫌そうに顔を歪めるメッサーラへタオルを投げるアヤト。昼食用のサンドイッチと一緒に購入していたのだ。
 この坂道、実は一般人が登るには辛いものがあり、ましてや身体がまだ出来上がっていないメッサーラなら尚更負担も大きい。
 この事態は予想できていたわけだが、これから嫌でも体力がつき、この程度の坂道など駆け上がっていけるようになる予定なのだ。伝える必要もないだろう。

「ほら、これでも飲んで少しでも体力回復しとけ」

「あ、ありが……とう」

 中々止まらない汗をタオルで拭きつつ、よく冷えた飲料水を受け取るメッサーラはそれを一気に飲み干してしまった。夏の暑さも相まって喉の渇きが完全に潤されたわけではないがほんの少しの余裕が出来たのは間違いない。

「ふぅ……ごちそうさま。あれ?この音って……」

「ああ、昼の鐘が鳴ってるな。腹が減ってればここで食っても良いけどどうする?それなりに景色はいいぞ」

「確かに。でもあと半分なら頑張って一番良い景色見ながら食べたい」

「その方が旨さも引き立つかもな。けどそのままじゃあどうせすぐ倒れちまうから、十分は休憩な」

「わかった」

 メッサーラは未だ鳴り続けている鐘の音を聴きながら、木の根元へ座り込むと大きく息をついた。街の中心部の時計台の上でどっしりと構える巨大な鐘は、ここから随分と離れた距離だというのに肉眼でもしっかりと確認できる。
 荘厳な音は十二回ゆっくりと響き渡りその後沈黙した。次に鳴るのは子供たちが家に帰る夕暮れ時と、皆が起床する早朝だ。

「あれも観光名所の一つなんだけど、俺が説明できるのはあの鐘が二代目ってことと、初代は溶かされて武器になったってことぐらいだな」

「鐘を使わなきゃいけないほど鉄が不足してたってこと?」

「らしい。大量の魔物が攻めてきて少しでも武器が必要だったって文献には載ってるな。千年前の文献らしいから信憑性は低いかも知れないけど、そう言われてるからそういうことにしとこうぜ」

「適当。でも確かめようもないし納得の落とし所かも」

 この一日、アヤトが見てきたメッサーラは言葉に乗る感情ほどには表情の変化がなかった。だが、疲れ切っているからか、今は自然な笑顔で景色と会話を楽しんでいるように感じられる。
 時折、憂鬱そうにまだ先の長い坂道を見上げているのも感情豊かで、へたに冷静な態度をとられるより余程良かった。

「時間になったな。汗も引いたみたいだしそろそろ行くぞ」

「うん。頑張っていこう」

 まだ疲れているだろうに、勢いよく立ち上がるメッサーラの若々しい姿がアヤトには輝いて見える。
 本人は特に目的らしい目的はないようだが、若いというだけで可能性の塊なのだから指導する立場からすれば楽しみでしょうがない。
 それからはメッサーラが先導するようにペースを落とさずに突き進み、やがて木々がほぼ生えていない草原のような頂上付近へと到着した。
 休憩した場所が半分で間違いなければ歩く速度は二倍までにはいかないまでも相当に早まっている。

「お疲れさん。ここからもう少し歩けば風車小屋だ。ほら、でかいからここからでも見えるだろ?」

「はぁ……はぁ、はぁ。これが、風車……古屋」

 ペースが早かったのもあり息も絶え絶えなメッサーラだが、少し離れた場所に聳える風車小屋を見て驚きと感動に包まれていた。
 木材で作られた大きな羽根の迫力と、それを動かす風の力強さ。その壮大さは実際に体験した者にしかわからないだろう。羽根が回る際に聞こえる金属の擦れる音は低く唸るようで年季を感じさせ、自分の存在がちっぽけな存在なのだと自覚させられる。
 それが嫌というわけではない。ただただ歴史の重みの片鱗が感じられることが嬉しかった。

「小屋には入れる?」
 
「悪い、許可取ってないから無理だ。見ての通り厳重な警備だろ?重要施設だから簡単に許可降りないし降りたとしても監視付きになるぞ」

「何それ、めんどくさい」

「俺もそう思うよ。それよりも……」

「ん?」

 アヤトは少しの間を置き、メッサーラを振り向かせると大袈裟に両手を広げてみせた。

「これがお望みの景色だ」

 風車小屋にばかり目がいっていたが本来ここまで登ってきたのは街全体を見たいというメッサーラの希望があったからだ。
 中腹では高さが足りず、見ることができたのは街の一部にすぎなかったが、ここからならば言葉通り、街を一望できる。
 ウィドスに住んでいるアヤトにしてみれば珍しさなどない当たり前の光景だが、メッサーラには違ったようだ。何を言うわけでもなくただただ平和で、争いのない街並みを見つめている。

「不思議……」

 穏やかな光景を見ているはずのメッサーラだが、その表情が悲しく歪んでいく。アヤトはその予想外の感情の動きに驚きつつも慌てることなく横に並び立ち、次の言葉を待つ。

「なんでこんなに違うんだろう」

 何がとは口にせずとも理解できた。メッサーラはプロエリウムが引き起こす争いとそれに伴う重税により苦しんできた人々を見てきたがために、リベリタスの平和さが眩しすぎるのだろう。同時にプロエリウムへの落胆が見え隠れしているように感じられた。

「大半の人間は生まれた瞬間に未来が決まってると思うんだ。選択肢がないわけじゃない。けど、それに気付かなかったり気付いても選ぶわけにはいけなかったり。環境がものを言う世界だってことだな」

 聞いているのかいないのか。メッサーラに動きはないが、アヤトは構わず言葉を続ける。

「けど中にはとんでもない努力をして自分で道を切り開く奴らもいる。俺はその手助けぐらいできるつもりだ。だからってわけじゃないけど、どうせなら過去じゃなくて未来を見たら良いんじゃないか?故郷とうちの違いに思うところがあるならまずは力をつける、これしかないと思うぞ」

「……うん」

 弱々しく首を縦に振るメッサーラの頭を撫でるアヤト。かつての教え子達にもこんな時期があったな、と訓練校の生徒とも守護者ガーディアンのメンバーとも違う、初めて育てた六人の姿が思い浮かぶ。

「とりあえず飯食わないか?」

「食べる。お腹すいた」

 何にせよ既に昼を回っているのだ、腹が自己主張をしてきてしょうがない。予定通り買ってきたサンドイッチを分け合い昼食をとる二人であった。
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