無窮の騎士

KEC

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第一章

第十四話〜蹂躙・デビルホース〜

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 魔力感知の範囲を広げたまま木々を縫うようにして森の中を進むアヤトは、向かおうとしている先が立入制限区域であることに気付く。

——なるほど、デビルホースに追われてるのにも合点がいったよ。

 デビルホースの生息地域は立入制限区域の中にある。そこから外に出ることは稀であり、だからこそ目撃情報も少ないのだが彼らは許可なく踏み入れたのだろう。
 立ち入りの許可が降りるのは区域内に生息している魔物を相手どれると認められた実力者のみで、アヤトの感知した四人組では到底届いていない。そう断言できてしまう程に未熟な集まりであった。

——先走った新人か、意地汚い中堅か、はたまた唆されたって可能性もあるか。なんにせよ……

「二人は助ける必要ないな」

 アヤトの声からは普段のような呑気な様子が感じられない。むしろ怒気を孕んだ威圧感のある雰囲気で、嫌悪感を隠すことなく顔に出していた。
 瀕死の重傷を負った仲間を支えていた女性を先頭を走っていた二人が斬りつけたのだ。目視しているわけではなく、あくまでも感知している大雑把な状況しか把握できない為女性とも断言できるわけではないが、二人が囮として取り残された事は間違いない。
 案の定デビルホースは動けない二人に狙いを定めたようで、取り囲みはじめた。ひと思いに襲ってこない辺りに残虐性が滲み出ている。

「くそっ、胸糞悪い。待ってろ、絶対に助けてやる」

 助かりたいと思う気持ちは誰にだってあるだろう。だがそれを免罪符として他人を犠牲にするなど、アヤトの中で禁忌に等しい行為であった。助けに向かう脚にも更に力が入る。

——あのまま逃げれてればまだまだ余裕があったってのに。森の事気にしてる場合じゃなくなったな、一気に行く!

 テイラーの森に来たように上空から向かうべく、速度はそのままに斜め上へと跳躍した。前後左右どこを見渡しても木々が生い茂る光景の中から、周囲を完全に囲まれてしまった二人がいるであろう場所へ飛ぶ。
 移動方法は当然縮地、それも今アヤトが出せる全力での縮地だ。轟音が響き渡った。
 踏み台とした大気は揺れ、眼下に広がる森の木々は衝撃で吹き飛び、同時に大地をめくりあげる。森への被害を想定してわざわざ空の上で縮地を行使したが、結果はあまり変わらなかったのかもしれない。

——見えた!

 距離はまだある。けれどアヤトの瞳には男女二人の生きている姿がしっかりと映し出された。
 完全に取り囲まれてしまったことで絶望しながらも生への執着は手放していない。女性は仲間を見捨てず、二人で生き残ろうと武器を握りしめデビルホースを睨みつけている。
 先程仲間であったはずの二人に切り付けられた腕が真っ赤に染まり痛々しいことこの上ない。構えた弓は腕に力が入らないのか照準が定まらず震えていた。
 一方で女性に護られる形となった動けないもう一人の青年は苦痛に顔を歪めている。その顔がどういった意味を持つのか、アヤトには手に取るようにわかってしまう。傷の痛みではなく何もできない自分自身、その無力感に苛まれている表情だ。そういった場面にアヤトは何度も出くわしてきた。
 彼もまた戦っているのだろう。だが、動けないことに変わりはなく襲われればなすすべがないという恐怖心は、周りのデビルホースの動きが変わったことで隠しようがない程に前面に出てきた。
 それは司令官からの戦闘準備の合図。ボスらしき一際大きな個体が鼻息荒く身体を揺らし、それに呼応するように群れの前列にいる全ての個体が同じ動きを取り始めたのだ。
 女性もいよいよ目前に迫る死の予感に涙が溢れる。自身より強い魔物が圧倒的な数を揃えている現状で、気丈に振る舞えていたことは賞賛に値するだろうが、彼女にとってその事実は一切慰めにはならない。
 ボスが大きくいななきを上げると、先発隊らしき前面の一団が一斉に突撃してくる。大地が揺れていると錯覚するほどの迫力の中を最後まで諦めはしないと女性が弓を放つが、満足に力を込めれていない矢でまともな威力が出るはずもない。デビルホースの首に当たりはしたものの刺さることはなく、そのまま地面に落ちてしまう。
 次の矢を構えようとするが、視界一面に広がる黒い群勢に身体が強張りうまくいかない。

「ここまでね……」

 アヤトの耳に諦めの声が届く。そう、聞こえる程の距離までようやく辿り着いたのだ。滅多に抜かない剣を構えて二人に迫るデビルホースへ斬撃を飛ばしていく。

「えっ?」

「これはっ!?」

 悪魔と称される魔物が切り刻まれていく光景を前にして女性も青年も驚く以外できなかった。唖然としていると頭上から一つの石が落ちてきて、地面に着くと同時に結界が形成されていく。

回復薬ポーションだ。こいつらの相手は俺がするから二人はその中で休んでてくれ」

 その結界外へ空から舞い降りる、そう表現して差し支えない着地を決めたアヤトは懐から試験管に入れた回復薬ポーションを結界が閉じ切る前に女性へ放り投げた。状況を飲み込めない二人であったが唯一分かるのは助けが来たということだけだろう。そう認識した瞬間に緊張の糸が切れたのか女性は尻餅をつき青年は意識を手放した。

——それなりに慣れてきた新人と面倒を見てる先輩ってとこかな。仲間想いで根性もある。見込みは上々……って俺は何を考えてんだか。

 二人の容体は気になるが、それもマクリカ謹製の回復薬ポーションを渡したことで心配はしていない。やがて結界は完全に閉じられ二人の安全が確保された。

「よく頑張ったな」

 一言労いの言葉をかけ、デビルホースに向き直るアヤト。先程上空から放った斬撃で、首や胴体の違いはあれど一太刀の元に切り捨てられた死体が転がっている。放った斬撃は一つとして外さず全てが命を奪ったにも関わらずまだその倍以上の数が控えているようだ。

「お前らの生き方は俺たちとは仲良くできないんだよ。だから、悪いけど間引かせてもらうぞ」

 明らかな怒りを示すボスへ挑発するように不敵な笑みを浮かべるアヤトは、デビルホースが反応する前に距離を詰め近くにいた個体の首を刎ねる。予備動作のない接近は、仲間の首が宙を待っている事を認識してようやく気付けたようで視線がアヤトへ集中していく。
 しかし、それでは遅い。

「あと四十」

 アヤトがゆっくりと二体の間を通り抜けたかと思えば、胴体がずれていきそのまま地面に崩れ落ちていく。剣技でもなければ術剣技でもない、ただすれ違いざまに斬撃を放っただけだ。
 さすがにアヤトの強さを感じ取ったのだろう、ボスが一歩のみだが後ずさった事は見逃さない。だが兵士でしかない他の個体はようやく姿を捉えることができたアヤトへ向けて下手な考えをせず捨て身の勢いで襲ってきた。
 当然、そんな攻撃が当たるはずもない。頭を噛み砕こうと大きく口を開けている個体へは下からの蹴り上げを放ち、無防備になった胸元へ掌底を打ち付ける。
 浸透掌による内部破壊。それも遠慮のない心臓の活動停止を狙ったものであり、苦痛に悶え苦しみながら息絶えていった。
 同様の攻撃手段に出た個体は二匹いる。共に並の動物であれば切り裂くこともできる鋭い歯と顎の力を遺憾無く発揮し、アヤトの胴体目掛けて噛みついてきた。
 それを両脚は軸として一切動かさず、仰反るようにして回避してみせ、剣を地面に刺し二匹の顎へ両手で浸透掌を放ち脳を破壊してみせた。

「あと三十七」

 アヤトの攻撃は終わらない。地面から剣を引き抜くと少しの魔力を込め大きく横に振るった。
 疾風刃——風の刃そのものを飛ばす術剣技だ。しかしその一撃は刃とは思えない衝撃波の壁としてデビルホースを襲う。

「やべっ」

 前方の十数体をまとめて呑み込んだ疾風刃であったが、途中で角度を変え空へと消えていった。このまま真っ直ぐ突き進めば森の一部を完全に消失させてしまうことをアヤトが懸念したのだ。
 現に木々は葉を全て失い、今にも倒れそうで悲惨と言わざるを得ない。当然デビルホースもタダでは済まない。皮膚は焼け爛れ、身体から蒸気が出て既に息絶えていることは確認せずともわかる。
 鋭さではなく攻撃範囲に重点を置いたことによる本来の疾風刃とは異なる性能が生み出した結果だ。
 アヤトが剣を振るえばデビルホースが地に沈んでいく。比喩ではなく現実に起きている光景に結界内の女性は空になった試験管を握りしめながら、ただただ驚愕し続けるしかなかった。
 彼女の名はティリエル。先日中級シルバーへ昇進したまごう事なき中堅の冒険者だ。気を失っている青年——シャールが冒険者登録した当初から面倒を見ているなど姉御肌な性格をしている。
 シャールに回復薬ポーションを飲ませるまでは不安に押しつぶされそうだったというのに、いざその効果が発揮されあっという間に傷が治っていく姿を見ていれば嫌でも落ち着いてくるというものだ。
 シャールが楽になれるよう膝枕をしてから、自らも回復薬ポーションを飲んでみるとやはり傷の治りが早い事が体感できた。市販の物とは違う事を確信し、出どころが気になりはじめていたが今はそれは些細な疑問としか捉えることができない。
 アヤトの強さに価値観が壊されつつあったからだ。

「すごい……あっ!いつの間に移動したの?えっ!?なにあの威力……はは、信じられない」

 微々たる戦闘技術しか持たないティリエルが分かるアヤトの技術は縮地のみ。異常な精度を持つ直感による危険回避があってこその中級シルバー昇進であったこともあり、ティリエル本人の実力は決して高くはない。
 だがらこそデビルホースからは逃げることしかできず、そのデビルホースをいとも簡単に葬るアヤトの強さが未知のものに見えてしまう。
 誰かもわからず、圧倒的な力を持っている。機嫌を損なえば殺されてしまうかもしれない。ティリエルからしてみればそんな可能性すら考えられるというのに、アヤトに対して恐れはなかった。
 よく頑張ったな、という一言。
 極地に立たされていたからかもしれない。それはティリエルにも分かっていることであったが、警戒心を取り払うには十分な一言であったのだ。

「あと……十体。残りは逃がすんだ。ははは、よかった。私達助かるんだね。あの人が……助けて……くれる」

 まだ目を覚ましていないシャールの頭を抱きしめ、顔を歪めながら泣きじゃくる。溢れ出す涙は先程とは意味が違う。生きていられる喜びと助けてくれたアヤトへの感謝から来るものであった。
 
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