16 / 27
第一章
第十五話〜感情の向かう所〜
しおりを挟む
デビルホース相手に大立ち回りをしたアヤトは逃げようとする個体の追撃まではせず、ティリエルとシャールの介抱をするべく小川に来ていた。既に自己紹介を済ませ二人が冒険者であることは確認済みだ。そして、仲間から裏切られたというアヤトの予想が事実であるということも。
——なるほど……身体以上に心の方が問題だな。
シャールの完治しきれなかった傷をティリエルの収納魔道具に残っていた包帯と消毒液で処置しながら聞いた話は、予想通りとはいえアヤトを苛立たせるには充分な内容であった。
逃げた二人はティリエルの恋人と、シャールの幼馴染らしい。囮にされるとは万が一にも思っていなかったようだが、去り際の生き汚い醜悪な表情を見てしまった今では受け入れざるを得ない。
かつて共に過ごした思い出は、楽しかったものも苦しかったものも全てが偽りであったかのように二人の心を蝕んでいく。
明らかに気落ちしている姿を見たアヤトは目の前に裏切り者を連れて来ようかと実行しそうになってしまった。感知範囲でまだうろうろと森を彷徨っている二人を捕らえることなど造作もないのだ。だが、心身共に疲弊している今は何かが解決するとは思えない。今後について考えがまとまるまで接触は避けるべきだろう。
とはいえ、第三者であるアヤトですら気分が悪くなっているのだ。当事者であるティリエルとシャールの心象を推し量れるわけもない。何か気持ちを切り替えれる事はないかと頭を捻るが、森の中でできることなど数が知れる。
大した時間もかけずにアヤトが出した答えは食事を振る舞うことであった。今から傷ついた二人を連れて森を出るのは難しい。なにせ木々の隙間から差し込む鮮やかな朱色が日没が近いことを示しているからだ。逆に夕飯の準備を始めるのなら丁度良い時分だろう。
「よし、これで一応は大丈夫だ」
ティリエルの両腕にも包帯を巻き終えたので食材の調達に行こうかと考えていたが、巻いたばかりの包帯が赤く染まっていくのを見てアヤトの動きが止まる。
「血が滲んでるな。痛みもとれてないんだろ?悪い、せめてもう少し質の良い回復薬だったらよかったんだけど」
「そんなこと言わないでください。私もこの子もアヤトさんのおかげで生き残れたんですから感謝しかありません」
「そうですよ。気絶する前にチラッとしか見てないですけど、無茶苦茶かっこよかったです!アヤトさんは俺たちのヒーローなんですから堂々としてください!」
二人からの純粋な感謝を告げる瞳はどうにも居心地が悪い。なにせ、所持していた回復薬はマクリカ謹製とはいえ試作品であり、市販の品よりも効果はあれどアヤトの予想を下回っていたのだ。
自前の収納魔道具があればより質の高い回復薬で治療できたというのも大きい。
回復薬を迷いなくシャールへ使用したティリエルは、ほんの少しだけ残った数滴しか服用しなかったために悪化を防ぐ程度の効果しか出ていないようだ。
一方でシャールの外傷に目立った箇所はないが、デビルホースの蹴りを受けたことによる内臓の損傷はまだ強く残っている。
テイラーの森の偵察だけだからと、収納魔道具を携帯していなかったのはアヤトの落ち度でしかない。取りに戻れば済む話だが短時間に複数回、それも濃度や質の違う回復薬を服用するのは身体に大きな負担を与えてしまい逆効果だ。考え方次第では劇薬と言われてもおかしくはない。
しかし、仮定の話しになるがアヤトが試作品を受け取っていなければ、間に合っていなければ二人はデビルホースの手によりこの世を去っていただろう。それは変えようのない事実であり、治療についての問題は生きているからこその悩みと言える。
「そいつは随分と過大評価だな。でもまぁありがとさん」
だからこそ、アヤトは好意的な感情を全て受け入れることにした。それが互いにとってベストな着地点だと信じて。
そうやって話している間に周囲は朱色から暗闇へあっという間に移り変わり、木々が生い茂っているからか夜の闇はより深いものに見えてくる。
さすがに光源は欲しい。調理の際に火は使うので近くから燃えやすそうな枯れ木や葉を集め焚き火を用意し、そのまま調理道具の確認をしていく。
フライパンに鍋、皿が少しと玉杓子になぜか大量の砂糖。これらは先程ティリエルの収納魔道具から見つかったものだ。
最低限の道具は揃っているので後は食材と香辛料が確保できれば簡単な料理ぐらいはできるだろう。
「さてと、俺は夕飯の食材を調達してくるからゆっくり休んでてくれ」
「重ね重ね迷惑をかけます……よろしくお願いします」
「俺も行きます!」
「却下。怪我人は言われた通りに休んでろ。それにもっと重症な先輩を一人にする気か?」
「あ……先輩」
「私の事は気にしないで。結界もまだ機能してるし一人でも大丈夫だから」
「でも……」
悩むシャールの脳裏に浮かぶのは怪我の原因となったデビルホースの一撃であった。幼馴染を庇ったことによる負傷というのは報われないが、献身的な先輩がいたことは不幸中の幸いだろう。
そんな命の恩人を一人にするなど、余程冷酷でない限りできはしない。
「いえ、やっぱり俺先輩といます。いさせてください!」
「そんなに意気込まなくても……うん、わかったよ。よろしくね」
「はい!」
傷の舐め合いと言えば印象は良くないが、ティリエルとシャールに今必要なのはお互いの存在だろう。第三者であるアヤトにできることなどそう多くはないのだ。
「まとまったのなら俺は行くぞ」
改めて食材を探しに行く旨を伝えたアヤトは川に魚がいるかを確認した後に来た道を戻っていく。適当に歩いていても果実や山菜が見つかるのは張り合いないが、楽ができてそれはそれで良いものだと考えることにした。
予定していた量も種類も想像以上に早く採集できたのは言うまでもないだろう。余っても捨ててしまうだけなので、必要以上は採集しない。帰路につくアヤトは満足気だった。
しかし、焚き火まであと少しという所でティリエルとシャールの悲痛な想いが聞こえ足が止まってしまう。
「やっぱり俺達って見捨てられた……ってことですよね」
「そうだね……間違いないと思う。じゃなきゃ冗談で彼女の腕斬りつけてきやしないよ。でもミリィちゃんはどうなんだろう。周りが見えてなかっただけかもよ」
シャールが俯きながら語る。
「……目が合ったんです」
「目?」
「はい。先輩が切りつけられた後にミリィと……その時思ったんです。俺達は幼馴染なんかじゃない、ただ一緒にいただけの他人なんだって。それぐらい冷たい視線でした」
木の幹から覗き見たシャールは握りしめた両手で頭を抱えていた。表情は見えないが唇を噛み締めている事だけは確認できる。
「なんだ、じゃあ揃って捨てられたんだね。シャール君もご愁傷様、捨てられ同盟だね」
一方のティリエルは気にしていないかのように振る舞っているもののその声は間違いなく震えていた。
「ミリィとはずっと一緒だったのに……ライオネルさんだってあんなに優しかった。何で……何でこんな事になったんでしょう」
「身の丈に合わない仕事をしようとしたのが発端だけど、それがなくてもその内私とライオネルは終わってたかもね。うまく取り繕ってたけど彼、変わっちゃったから」
「すごいですね。俺はミリィの事何もわかってなかった……ティリエルさんは二人に会ったらどうするつもりなんですか?」
「どうって?」
「俺達って規約違反をしてますし、今回の件を冒険院に報告しても何も動いてくれないと思うんです。でもこのまま泣き寝入りみたいにはなりたくない」
少しの間を起き顔を上げたシャールは大きな声で叫ぶ。
「俺……悔しいんです!」
両目から大粒の涙を流し立ち上がったかと思うと、感情に呼応するように魔力が噴き出した。どこか頼りなく、けれど憎しみを孕んでいて、放置すれば復讐に走る未来を予見させる。
——復讐するなとは言わねえけど、その後が問題なんだよなぁ。
復讐しようがしまいが必ず心のどこかに残るであろう棘は、時として人生を狂わせてしまう。復讐だけに囚われずに他にも目を向けれれば、とアヤトは願うが独りでいればそれも難しい。
今からでも会話に入ろうかと考えた矢先、ゆっくり立ち上がったティリエルがシャールに近づいていく。
「よしよし」
「えっ……?」
——へぇ、大胆だな。
徐に傷付き痛む手でシャールの頭を胸元へ抱き寄せ頭を撫ではじめた。子供をあやすような仕草はとても慣れているようには見えないが、瞳を閉じシャールを優しく包み込む姿は似合ってすらいる。
「シャール君、私たちは生きてる。まだ終わってないんだよ。だからさ……二人で有名になって見返してみない?」
「……有名?」
「うん、私は中級でシャール君は初級。二人揃って上級に成り上がって強さも立場も立派になって悔しがらせようよ」
「成り上がる……俺にできるでしょうか?」
「わからないけど諦めたらできることもできないよ」
「は……はははっ、そこはできるとは言ってくれないんですね」
「俺って言ったからだよ、わかる?シャール君一人じゃわからないけど、私たち二人ならきっとできる!ってこと。だからさ、頑張ってみない?」
「っ、ぅっ……はい……はい!頑張ります!」
シャールの澱んでいた魔力がみるみる澄んでいくのを眺めるアヤトは、無意識で気配を周囲に溶け込ませていたことに感謝していた。
——こんなとこ見られたくないわな。けど、いつ出ていけば良いものやら。
泣いている姿を今日出会ったばかりのアヤトへ見られるのは、いかに命の恩人と言えど恥ずかしいだろう。更に女性に慰められている状況というのはまだ若い身の上では情けなく感じるもので、他人が考える以上にダメージは大きいものだ。
よって配慮ができると自認しているアヤトは動くことができない。食材を早く捌いてしまいたい気持ちはあるが、足の早い食材はないので落ち着くまで待とうと気の幹へ腰をおろした。
「っ!?……アヤトさん?」
一瞬理解できなかった。並大抵の感覚では感知できないアヤトの気配同化の違和感をティリエルが気づいたのだ。
じっと隠れている木へ視線を向けられては観念するしかない。アヤトは食材を改めて抱え直して二人の前に姿を現す。
「まさか気付かれるとは思わなかったな。さっき挨拶の時チラッと言ってた直感か?」
「はい。いつもよりぼんやりしてましたけどなんとなくアヤトさんがいる気がしたんです」
「なんとなくで見破られたってのはショックだな。けど、それを鍛えることができるなら上級もそう遠くないかもな」
「アヤトさんからそう言っていただけるならその方向で行ってみるのも良いかもしれませんね」
素直なのだろう、アドバイスをそのまま聞き入れるティリエルはシャールとの会話を聞かれていたことなど気にした様子はない。
ふとシャールが静かなことに気付き未だティリエルに抱きしめられている顔を覗き込むと、安心したような穏やかな表情で眠っていた。ティリエルが抱擁から膝枕へ位置を変えても表情に変化はない。
「また寝ちまったんだな」
「内臓のダメージはまだまだ回復しきれてないようなので……」
「そっか。とりあえず、さっきの会話は俺は聞いてないし、そもそも今戻ったばかりで何があったかなんて知らない。それで良いよな?」
「はい、それでお願いします。シャール君も男の子ですから」
「わかった。後は魚獲ってきたら料理するからもうちょい待っててくれ」
「はい。ありがとうございます」
「ただその前にもう一度包帯取り替えとくか」
「えっ?あっ、血が……」
幸いシャールに血が落ちることはなかったが、真っ赤に染め上がった包帯からティリエルの肘まで伝ってしまっている。急ぎ新しい包帯を用意し、シャールを起こさないよう新しく巻いていく。
——さて、先輩には光るものがあったけどあんたはどうなんだろうな、後輩君。
手慣れた様子で両手共巻き終えたアヤトは、ティリエルへ一声かけて川へ向かった。その口元には僅かな笑みが浮かんでいる。
メッサーラ達三人の教導を引き受けたからだろうか、シャールも含めた若い世代への期待が止まらない。
川魚を木の枝で弾くように川から掬い上げながらそんな事を考えるのであった。
——なるほど……身体以上に心の方が問題だな。
シャールの完治しきれなかった傷をティリエルの収納魔道具に残っていた包帯と消毒液で処置しながら聞いた話は、予想通りとはいえアヤトを苛立たせるには充分な内容であった。
逃げた二人はティリエルの恋人と、シャールの幼馴染らしい。囮にされるとは万が一にも思っていなかったようだが、去り際の生き汚い醜悪な表情を見てしまった今では受け入れざるを得ない。
かつて共に過ごした思い出は、楽しかったものも苦しかったものも全てが偽りであったかのように二人の心を蝕んでいく。
明らかに気落ちしている姿を見たアヤトは目の前に裏切り者を連れて来ようかと実行しそうになってしまった。感知範囲でまだうろうろと森を彷徨っている二人を捕らえることなど造作もないのだ。だが、心身共に疲弊している今は何かが解決するとは思えない。今後について考えがまとまるまで接触は避けるべきだろう。
とはいえ、第三者であるアヤトですら気分が悪くなっているのだ。当事者であるティリエルとシャールの心象を推し量れるわけもない。何か気持ちを切り替えれる事はないかと頭を捻るが、森の中でできることなど数が知れる。
大した時間もかけずにアヤトが出した答えは食事を振る舞うことであった。今から傷ついた二人を連れて森を出るのは難しい。なにせ木々の隙間から差し込む鮮やかな朱色が日没が近いことを示しているからだ。逆に夕飯の準備を始めるのなら丁度良い時分だろう。
「よし、これで一応は大丈夫だ」
ティリエルの両腕にも包帯を巻き終えたので食材の調達に行こうかと考えていたが、巻いたばかりの包帯が赤く染まっていくのを見てアヤトの動きが止まる。
「血が滲んでるな。痛みもとれてないんだろ?悪い、せめてもう少し質の良い回復薬だったらよかったんだけど」
「そんなこと言わないでください。私もこの子もアヤトさんのおかげで生き残れたんですから感謝しかありません」
「そうですよ。気絶する前にチラッとしか見てないですけど、無茶苦茶かっこよかったです!アヤトさんは俺たちのヒーローなんですから堂々としてください!」
二人からの純粋な感謝を告げる瞳はどうにも居心地が悪い。なにせ、所持していた回復薬はマクリカ謹製とはいえ試作品であり、市販の品よりも効果はあれどアヤトの予想を下回っていたのだ。
自前の収納魔道具があればより質の高い回復薬で治療できたというのも大きい。
回復薬を迷いなくシャールへ使用したティリエルは、ほんの少しだけ残った数滴しか服用しなかったために悪化を防ぐ程度の効果しか出ていないようだ。
一方でシャールの外傷に目立った箇所はないが、デビルホースの蹴りを受けたことによる内臓の損傷はまだ強く残っている。
テイラーの森の偵察だけだからと、収納魔道具を携帯していなかったのはアヤトの落ち度でしかない。取りに戻れば済む話だが短時間に複数回、それも濃度や質の違う回復薬を服用するのは身体に大きな負担を与えてしまい逆効果だ。考え方次第では劇薬と言われてもおかしくはない。
しかし、仮定の話しになるがアヤトが試作品を受け取っていなければ、間に合っていなければ二人はデビルホースの手によりこの世を去っていただろう。それは変えようのない事実であり、治療についての問題は生きているからこその悩みと言える。
「そいつは随分と過大評価だな。でもまぁありがとさん」
だからこそ、アヤトは好意的な感情を全て受け入れることにした。それが互いにとってベストな着地点だと信じて。
そうやって話している間に周囲は朱色から暗闇へあっという間に移り変わり、木々が生い茂っているからか夜の闇はより深いものに見えてくる。
さすがに光源は欲しい。調理の際に火は使うので近くから燃えやすそうな枯れ木や葉を集め焚き火を用意し、そのまま調理道具の確認をしていく。
フライパンに鍋、皿が少しと玉杓子になぜか大量の砂糖。これらは先程ティリエルの収納魔道具から見つかったものだ。
最低限の道具は揃っているので後は食材と香辛料が確保できれば簡単な料理ぐらいはできるだろう。
「さてと、俺は夕飯の食材を調達してくるからゆっくり休んでてくれ」
「重ね重ね迷惑をかけます……よろしくお願いします」
「俺も行きます!」
「却下。怪我人は言われた通りに休んでろ。それにもっと重症な先輩を一人にする気か?」
「あ……先輩」
「私の事は気にしないで。結界もまだ機能してるし一人でも大丈夫だから」
「でも……」
悩むシャールの脳裏に浮かぶのは怪我の原因となったデビルホースの一撃であった。幼馴染を庇ったことによる負傷というのは報われないが、献身的な先輩がいたことは不幸中の幸いだろう。
そんな命の恩人を一人にするなど、余程冷酷でない限りできはしない。
「いえ、やっぱり俺先輩といます。いさせてください!」
「そんなに意気込まなくても……うん、わかったよ。よろしくね」
「はい!」
傷の舐め合いと言えば印象は良くないが、ティリエルとシャールに今必要なのはお互いの存在だろう。第三者であるアヤトにできることなどそう多くはないのだ。
「まとまったのなら俺は行くぞ」
改めて食材を探しに行く旨を伝えたアヤトは川に魚がいるかを確認した後に来た道を戻っていく。適当に歩いていても果実や山菜が見つかるのは張り合いないが、楽ができてそれはそれで良いものだと考えることにした。
予定していた量も種類も想像以上に早く採集できたのは言うまでもないだろう。余っても捨ててしまうだけなので、必要以上は採集しない。帰路につくアヤトは満足気だった。
しかし、焚き火まであと少しという所でティリエルとシャールの悲痛な想いが聞こえ足が止まってしまう。
「やっぱり俺達って見捨てられた……ってことですよね」
「そうだね……間違いないと思う。じゃなきゃ冗談で彼女の腕斬りつけてきやしないよ。でもミリィちゃんはどうなんだろう。周りが見えてなかっただけかもよ」
シャールが俯きながら語る。
「……目が合ったんです」
「目?」
「はい。先輩が切りつけられた後にミリィと……その時思ったんです。俺達は幼馴染なんかじゃない、ただ一緒にいただけの他人なんだって。それぐらい冷たい視線でした」
木の幹から覗き見たシャールは握りしめた両手で頭を抱えていた。表情は見えないが唇を噛み締めている事だけは確認できる。
「なんだ、じゃあ揃って捨てられたんだね。シャール君もご愁傷様、捨てられ同盟だね」
一方のティリエルは気にしていないかのように振る舞っているもののその声は間違いなく震えていた。
「ミリィとはずっと一緒だったのに……ライオネルさんだってあんなに優しかった。何で……何でこんな事になったんでしょう」
「身の丈に合わない仕事をしようとしたのが発端だけど、それがなくてもその内私とライオネルは終わってたかもね。うまく取り繕ってたけど彼、変わっちゃったから」
「すごいですね。俺はミリィの事何もわかってなかった……ティリエルさんは二人に会ったらどうするつもりなんですか?」
「どうって?」
「俺達って規約違反をしてますし、今回の件を冒険院に報告しても何も動いてくれないと思うんです。でもこのまま泣き寝入りみたいにはなりたくない」
少しの間を起き顔を上げたシャールは大きな声で叫ぶ。
「俺……悔しいんです!」
両目から大粒の涙を流し立ち上がったかと思うと、感情に呼応するように魔力が噴き出した。どこか頼りなく、けれど憎しみを孕んでいて、放置すれば復讐に走る未来を予見させる。
——復讐するなとは言わねえけど、その後が問題なんだよなぁ。
復讐しようがしまいが必ず心のどこかに残るであろう棘は、時として人生を狂わせてしまう。復讐だけに囚われずに他にも目を向けれれば、とアヤトは願うが独りでいればそれも難しい。
今からでも会話に入ろうかと考えた矢先、ゆっくり立ち上がったティリエルがシャールに近づいていく。
「よしよし」
「えっ……?」
——へぇ、大胆だな。
徐に傷付き痛む手でシャールの頭を胸元へ抱き寄せ頭を撫ではじめた。子供をあやすような仕草はとても慣れているようには見えないが、瞳を閉じシャールを優しく包み込む姿は似合ってすらいる。
「シャール君、私たちは生きてる。まだ終わってないんだよ。だからさ……二人で有名になって見返してみない?」
「……有名?」
「うん、私は中級でシャール君は初級。二人揃って上級に成り上がって強さも立場も立派になって悔しがらせようよ」
「成り上がる……俺にできるでしょうか?」
「わからないけど諦めたらできることもできないよ」
「は……はははっ、そこはできるとは言ってくれないんですね」
「俺って言ったからだよ、わかる?シャール君一人じゃわからないけど、私たち二人ならきっとできる!ってこと。だからさ、頑張ってみない?」
「っ、ぅっ……はい……はい!頑張ります!」
シャールの澱んでいた魔力がみるみる澄んでいくのを眺めるアヤトは、無意識で気配を周囲に溶け込ませていたことに感謝していた。
——こんなとこ見られたくないわな。けど、いつ出ていけば良いものやら。
泣いている姿を今日出会ったばかりのアヤトへ見られるのは、いかに命の恩人と言えど恥ずかしいだろう。更に女性に慰められている状況というのはまだ若い身の上では情けなく感じるもので、他人が考える以上にダメージは大きいものだ。
よって配慮ができると自認しているアヤトは動くことができない。食材を早く捌いてしまいたい気持ちはあるが、足の早い食材はないので落ち着くまで待とうと気の幹へ腰をおろした。
「っ!?……アヤトさん?」
一瞬理解できなかった。並大抵の感覚では感知できないアヤトの気配同化の違和感をティリエルが気づいたのだ。
じっと隠れている木へ視線を向けられては観念するしかない。アヤトは食材を改めて抱え直して二人の前に姿を現す。
「まさか気付かれるとは思わなかったな。さっき挨拶の時チラッと言ってた直感か?」
「はい。いつもよりぼんやりしてましたけどなんとなくアヤトさんがいる気がしたんです」
「なんとなくで見破られたってのはショックだな。けど、それを鍛えることができるなら上級もそう遠くないかもな」
「アヤトさんからそう言っていただけるならその方向で行ってみるのも良いかもしれませんね」
素直なのだろう、アドバイスをそのまま聞き入れるティリエルはシャールとの会話を聞かれていたことなど気にした様子はない。
ふとシャールが静かなことに気付き未だティリエルに抱きしめられている顔を覗き込むと、安心したような穏やかな表情で眠っていた。ティリエルが抱擁から膝枕へ位置を変えても表情に変化はない。
「また寝ちまったんだな」
「内臓のダメージはまだまだ回復しきれてないようなので……」
「そっか。とりあえず、さっきの会話は俺は聞いてないし、そもそも今戻ったばかりで何があったかなんて知らない。それで良いよな?」
「はい、それでお願いします。シャール君も男の子ですから」
「わかった。後は魚獲ってきたら料理するからもうちょい待っててくれ」
「はい。ありがとうございます」
「ただその前にもう一度包帯取り替えとくか」
「えっ?あっ、血が……」
幸いシャールに血が落ちることはなかったが、真っ赤に染め上がった包帯からティリエルの肘まで伝ってしまっている。急ぎ新しい包帯を用意し、シャールを起こさないよう新しく巻いていく。
——さて、先輩には光るものがあったけどあんたはどうなんだろうな、後輩君。
手慣れた様子で両手共巻き終えたアヤトは、ティリエルへ一声かけて川へ向かった。その口元には僅かな笑みが浮かんでいる。
メッサーラ達三人の教導を引き受けたからだろうか、シャールも含めた若い世代への期待が止まらない。
川魚を木の枝で弾くように川から掬い上げながらそんな事を考えるのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる