無窮の騎士

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第一章

第十五話〜感情の向かう所〜

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 デビルホース相手に大立ち回りをしたアヤトは逃げようとする個体の追撃まではせず、ティリエルとシャールの介抱をするべく小川に来ていた。既に自己紹介を済ませ二人が冒険者であることは確認済みだ。そして、仲間から裏切られたというアヤトの予想が事実であるということも。

——なるほど……身体以上に心の方が問題だな。

 シャールの完治しきれなかった傷をティリエルの収納魔道具ストレージに残っていた包帯と消毒液で処置しながら聞いた話は、予想通りとはいえアヤトを苛立たせるには充分な内容であった。
 逃げた二人はティリエルの恋人と、シャールの幼馴染らしい。囮にされるとは万が一にも思っていなかったようだが、去り際の生き汚い醜悪な表情を見てしまった今では受け入れざるを得ない。
 かつて共に過ごした思い出は、楽しかったものも苦しかったものも全てが偽りであったかのように二人の心を蝕んでいく。
 明らかに気落ちしている姿を見たアヤトは目の前に裏切り者を連れて来ようかと実行しそうになってしまった。感知範囲でまだうろうろと森を彷徨っている二人を捕らえることなど造作もないのだ。だが、心身共に疲弊している今は何かが解決するとは思えない。今後について考えがまとまるまで接触は避けるべきだろう。
 とはいえ、第三者であるアヤトですら気分が悪くなっているのだ。当事者であるティリエルとシャールの心象を推し量れるわけもない。何か気持ちを切り替えれる事はないかと頭を捻るが、森の中でできることなど数が知れる。
 大した時間もかけずにアヤトが出した答えは食事を振る舞うことであった。今から傷ついた二人を連れて森を出るのは難しい。なにせ木々の隙間から差し込む鮮やかな朱色が日没が近いことを示しているからだ。逆に夕飯の準備を始めるのなら丁度良い時分だろう。

「よし、これで一応は大丈夫だ」

 ティリエルの両腕にも包帯を巻き終えたので食材の調達に行こうかと考えていたが、巻いたばかりの包帯が赤く染まっていくのを見てアヤトの動きが止まる。

「血が滲んでるな。痛みもとれてないんだろ?悪い、せめてもう少し質の良い回復薬ポーションだったらよかったんだけど」

「そんなこと言わないでください。私もこの子もアヤトさんのおかげで生き残れたんですから感謝しかありません」

「そうですよ。気絶する前にチラッとしか見てないですけど、無茶苦茶かっこよかったです!アヤトさんは俺たちのヒーローなんですから堂々としてください!」

 二人からの純粋な感謝を告げる瞳はどうにも居心地が悪い。なにせ、所持していた回復薬ポーションはマクリカ謹製とはいえ試作品であり、市販の品よりも効果はあれどアヤトの予想を下回っていたのだ。
 自前の収納魔道具ストレージデバイスがあればより質の高い回復薬マクリカ特製ポーションで治療できたというのも大きい。
 回復薬ポーションを迷いなくシャールへ使用したティリエルは、ほんの少しだけ残った数滴しか服用しなかったために悪化を防ぐ程度の効果しか出ていないようだ。
 一方でシャールの外傷に目立った箇所はないが、デビルホースの蹴りを受けたことによる内臓の損傷はまだ強く残っている。
 テイラーの森の偵察だけだからと、収納魔道具ストレージデバイスを携帯していなかったのはアヤトの落ち度でしかない。取りに戻れば済む話だが短時間に複数回、それも濃度や質の違う回復薬ポーションを服用するのは身体に大きな負担を与えてしまい逆効果だ。考え方次第では劇薬と言われてもおかしくはない。
 しかし、仮定の話しになるがアヤトが試作品を受け取っていなければ、間に合っていなければ二人はデビルホースの手によりこの世を去っていただろう。それは変えようのない事実であり、治療についての問題は生きているからこその悩みと言える。

「そいつは随分と過大評価だな。でもまぁありがとさん」

 だからこそ、アヤトは好意的な感情を全て受け入れることにした。それが互いにとってベストな着地点だと信じて。
 そうやって話している間に周囲は朱色から暗闇へあっという間に移り変わり、木々が生い茂っているからか夜の闇はより深いものに見えてくる。
 さすがに光源は欲しい。調理の際に火は使うので近くから燃えやすそうな枯れ木や葉を集め焚き火を用意し、そのまま調理道具の確認をしていく。
 フライパンに鍋、皿が少しと玉杓子になぜか大量の砂糖。これらは先程ティリエルの収納魔道具ストレージデバイスから見つかったものだ。
 最低限の道具は揃っているので後は食材と香辛料が確保できれば簡単な料理ぐらいはできるだろう。

「さてと、俺は夕飯の食材を調達してくるからゆっくり休んでてくれ」

「重ね重ね迷惑をかけます……よろしくお願いします」

「俺も行きます!」

「却下。怪我人は言われた通りに休んでろ。それにもっと重症な先輩を一人にする気か?」

「あ……先輩」

「私の事は気にしないで。結界もまだ機能してるし一人でも大丈夫だから」

「でも……」

 悩むシャールの脳裏に浮かぶのは怪我の原因となったデビルホースの一撃であった。幼馴染を庇ったことによる負傷というのは報われないが、献身的な先輩がいたことは不幸中の幸いだろう。
 そんな命の恩人を一人にするなど、余程冷酷でない限りできはしない。

「いえ、やっぱり俺先輩といます。いさせてください!」

「そんなに意気込まなくても……うん、わかったよ。よろしくね」

「はい!」

 傷の舐め合いと言えば印象は良くないが、ティリエルとシャールに今必要なのはお互いの存在だろう。第三者であるアヤトにできることなどそう多くはないのだ。

「まとまったのなら俺は行くぞ」

 改めて食材を探しに行く旨を伝えたアヤトは川に魚がいるかを確認した後に来た道を戻っていく。適当に歩いていても果実や山菜が見つかるのは張り合いないが、楽ができてそれはそれで良いものだと考えることにした。
 予定していた量も種類も想像以上に早く採集できたのは言うまでもないだろう。余っても捨ててしまうだけなので、必要以上は採集しない。帰路につくアヤトは満足気だった。
 しかし、焚き火まであと少しという所でティリエルとシャールの悲痛な想いが聞こえ足が止まってしまう。

「やっぱり俺達って見捨てられた……ってことですよね」

「そうだね……間違いないと思う。じゃなきゃ冗談で彼女の腕斬りつけてきやしないよ。でもミリィちゃんはどうなんだろう。周りが見えてなかっただけかもよ」

 シャールが俯きながら語る。

「……目が合ったんです」

「目?」

「はい。先輩が切りつけられた後にミリィと……その時思ったんです。俺達は幼馴染なんかじゃない、ただ一緒にいただけの他人なんだって。それぐらい冷たい視線でした」

 木の幹から覗き見たシャールは握りしめた両手で頭を抱えていた。表情は見えないが唇を噛み締めている事だけは確認できる。

「なんだ、じゃあ揃って捨てられたんだね。シャール君もご愁傷様、捨てられ同盟だね」

 一方のティリエルは気にしていないかのように振る舞っているもののその声は間違いなく震えていた。

「ミリィとはずっと一緒だったのに……ライオネルさんだってあんなに優しかった。何で……何でこんな事になったんでしょう」

「身の丈に合わない仕事をしようとしたのが発端だけど、それがなくてもその内私とライオネルは終わってたかもね。うまく取り繕ってたけど彼、変わっちゃったから」

「すごいですね。俺はミリィの事何もわかってなかった……ティリエルさんは二人に会ったらどうするつもりなんですか?」

「どうって?」

「俺達って規約違反をしてますし、今回の件を冒険院に報告しても何も動いてくれないと思うんです。でもこのまま泣き寝入りみたいにはなりたくない」

 少しの間を起き顔を上げたシャールは大きな声で叫ぶ。

「俺……悔しいんです!」

 両目から大粒の涙を流し立ち上がったかと思うと、感情に呼応するように魔力が噴き出した。どこか頼りなく、けれど憎しみを孕んでいて、放置すれば復讐に走る未来を予見させる。

——復讐するなとは言わねえけど、その後が問題なんだよなぁ。

 復讐しようがしまいが必ず心のどこかに残るであろう棘は、時として人生を狂わせてしまう。復讐に囚われずに他にも目を向けれれば、とアヤトは願うが独りでいればそれも難しい。
 今からでも会話に入ろうかと考えた矢先、ゆっくり立ち上がったティリエルがシャールに近づいていく。

「よしよし」

「えっ……?」

——へぇ、大胆だな。

 徐に傷付き痛む手でシャールの頭を胸元へ抱き寄せ頭を撫ではじめた。子供をあやすような仕草はとても慣れているようには見えないが、瞳を閉じシャールを優しく包み込む姿は似合ってすらいる。

「シャール君、私たちは生きてる。まだ終わってないんだよ。だからさ……二人で有名になって見返してみない?」

「……有名?」

「うん、私は中級シルバーでシャール君は初級ブロンズ。二人揃って上級ゴールドに成り上がって強さも立場も立派になって悔しがらせようよ」

「成り上がる……俺にできるでしょうか?」

「わからないけど諦めたらできることもできないよ」

「は……はははっ、そこはできるとは言ってくれないんですね」

「俺って言ったからだよ、わかる?シャール君一人じゃわからないけど、私たち二人ならきっとできる!ってこと。だからさ、頑張ってみない?」

「っ、ぅっ……はい……はい!頑張ります!」

 シャールの澱んでいた魔力がみるみる澄んでいくのを眺めるアヤトは、無意識で気配を周囲に溶け込ませていたことに感謝していた。

——こんなとこ見られたくないわな。けど、いつ出ていけば良いものやら。

 泣いている姿を今日出会ったばかりのアヤトへ見られるのは、いかに命の恩人と言えど恥ずかしいだろう。更に女性に慰められている状況というのはまだ若い身の上では情けなく感じるもので、他人が考える以上にダメージは大きいものだ。
 よって配慮ができると自認しているアヤトは動くことができない。食材を早く捌いてしまいたい気持ちはあるが、足の早い食材はないので落ち着くまで待とうと気の幹へ腰をおろした。

「っ!?……アヤトさん?」

 一瞬理解できなかった。並大抵の感覚では感知できないアヤトの気配同化の違和感をティリエルが気づいたのだ。
 じっと隠れている木へ視線を向けられては観念するしかない。アヤトは食材を改めて抱え直して二人の前に姿を現す。

「まさか気付かれるとは思わなかったな。さっき挨拶の時チラッと言ってた直感か?」

「はい。いつもよりぼんやりしてましたけどなんとなくアヤトさんがいる気がしたんです」

「なんとなくで見破られたってのはショックだな。けど、それを鍛えることができるなら上級ゴールドもそう遠くないかもな」

「アヤトさんからそう言っていただけるならその方向で行ってみるのも良いかもしれませんね」

 素直なのだろう、アドバイスをそのまま聞き入れるティリエルはシャールとの会話を聞かれていたことなど気にした様子はない。
 ふとシャールが静かなことに気付き未だティリエルに抱きしめられている顔を覗き込むと、安心したような穏やかな表情で眠っていた。ティリエルが抱擁から膝枕へ位置を変えても表情に変化はない。

「また寝ちまったんだな」

「内臓のダメージはまだまだ回復しきれてないようなので……」

「そっか。とりあえず、さっきの会話は俺は聞いてないし、そもそも今戻ったばかりで何があったかなんて知らない。それで良いよな?」

「はい、それでお願いします。シャール君も男の子ですから」

「わかった。後は魚獲ってきたら料理するからもうちょい待っててくれ」

「はい。ありがとうございます」

「ただその前にもう一度包帯取り替えとくか」

「えっ?あっ、血が……」

 幸いシャールに血が落ちることはなかったが、真っ赤に染め上がった包帯からティリエルの肘まで伝ってしまっている。急ぎ新しい包帯を用意し、シャールを起こさないよう新しく巻いていく。

——さて、先輩には光るものがあったけどあんたはどうなんだろうな、後輩君。

 手慣れた様子で両手共巻き終えたアヤトは、ティリエルへ一声かけて川へ向かった。その口元には僅かな笑みが浮かんでいる。
 メッサーラ達三人の教導を引き受けたからだろうか、シャールも含めた若い世代への期待が止まらない。
 川魚を木の枝で弾くように川から掬い上げながらそんな事を考えるのであった。
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