無窮の騎士

KEC

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第一章

第十六話〜無理な仕事は丸投げするもの〜

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「うっし、即興で作ったにしては上出来だな。後は仕上げに胡椒を少し入れてと……」

 煮込みを終えスープの味見をしていたアヤトは思わず自画自賛してしまう。
 最後に自炊したのはいつだったか思い返してみるが直近ではとんと記憶にない。教導官補佐に就いてからは遠出することもなくなり基本は外食で済ませるようになっていた事に気付いてしまった。
 料理そのものは嫌いではないが、適性があるかと問われれば首を捻ってしまう。やすらぎにはフリューゲルというプロの料理人がいるのだから作る機会がなくなったのは自然の流れではあるが、それだけ荒事から遠ざかっていた証拠とも言えるだろう。
 教える立場が嫌というわけではないが、息抜きも兼ねて適当なタイミングでこういった刺激は必要だったのかもしれない。そう考えれば新人冒険者の教導の依頼は渡りに船と言える。
 こうなってくれば全力を出せる相手も欲しくなってきた。身分も性別も関係なく、武に携わる身としては誰でも持つであろう欲求の一つだろう。例え守衛や衛兵などの護るべき立場であっても、求める事自体は悪いことではない。
 だが、アヤトが考えて良いものではなかった。

——何考えてんだか……クノンに怒られちまうな。

 自炊から流れついてしまった欲求は不要と自らに戒めるアヤトは、真っ白な友人を思い出す。
 深淵の闇の中独りぼっちで泣いていた、そして世界中の憎悪を作り出していた少女を。

——昔の夢見てから色々と調子狂う事ばっかだな……っと!?魚が良い感じになってんじゃねえか。……まずは目の前の事だな。

 ほんの少し考え事をしている間に魚は程よく色づいてきていた。枝に突き刺し焚き火のそばで焼かれている魚から脂が火に落ち、一瞬強く燃え上がる。川で捕った何の変哲もない淡水魚だが、実りの森と呼ばれるだけあり丸々と肥えていて実に旨そうだ。現に大した味付けをしていないというのに、こんがりと焼けた芳ばしい匂いが鼻腔をくすぐってきた。
 デビルホースの肉ではこうはならない。固く生臭さがどうしても残ってしまい食用には向かないのだ。だからといって他の部位が素材として有用というわけでもなく、人類は未だデビルホースの活用方法を見つけられずにいる。
 死体や霊を使役する死霊術師ならば屈強な肉体に惹かれるかもしれないが、凶暴で意思疎通も難しい魔物のコントロールを好んで行う者はいない。そもそもがあくまで契約の元に使役するのであって、契約そのものが結べない可能性するあり得るだろう。
 その為、アヤトに挑み散っていった大量のデビルホースの亡骸はそのまま朽ち果てていく可能性が高い。目の前の魚と違って見向きもされない事実に物悲しさを覚えるアヤトであったが、小さな腹鳴が聞こえてきて思わずティリエルを見てしまう。

「あっあの、すいません……」

「何がだ?」

「えっと……ありがとうございます」

 空腹故の腹の虫が鳴いたようだ。よほど恥ずかしかったのだろう、顔を真っ赤にして俯いてしまった。アヤトは苦笑しつつも聞こえていなかった体で出来上がったスープをゆっくりかき混ぜていく。
 隣では再度目を覚ましたシャールがどう慰めようかと慌てているが、あたふたしているだけで何もできていない。そうこうしている内に、先程とは違い堂々とした腹鳴が聞こえてきた。

「あはは、腹減りましたね」

「ふ……ふふふ、そうだね。私もペコペコだよ」

 ありがとう、とシャールに聞こえるかどうかという声量でティリエルが礼を言っているのをアヤトは聞き逃さない。
 パーティーメンバーの一員でしかなかった以前の関係とは違い、二人だけの目的ができたことによる意識の違いが二人の仲を変えたのだろう。アヤトが食材を採りに行く前と比べて格段に距離が近いように感じられる。

「ほら、スープ出来たからイチャイチャしてないで皿出してくれ」

「イチャイチャ!?」

「そう見えちゃいます?実は私たち……」

「せせせ先輩!何言ってるんですか!?」

「ん~何って、それぐらい仲良いって言いたいだけだよ」

「な、なるほど」

 人数分の皿をアヤトに渡したシャールは、ティリエルの発言に安心したような残念なような複雑な表情であった。二人の間に明確な恋愛感情は見られないが、吊り橋効果を考えれば何かしら発展する可能性も捨てきれない。結局は本人たち次第だ。今は互いに信頼し合える、それで充分だろう。
 
「少し残っちまった。おかわりは自分で頼むな。魚はどれももう食べ頃だから適当に選んでくれ。そんじゃあいただきますかね」

『はい、いただきます』

 味見して問題はなかったが、他人に振る舞うとなるとやはり緊張してしまう。
 シャールが内臓を痛めている為、刺激物となる香辛料を少なめにした薄味仕様だ。アヤト好みというわけではないが一般的には旨いと言える程度には仕上がっている。
 魚は白身魚ということもあり淡白で、川魚特有の泥臭さもなく特に手を加えていない。これならば素材本来の味わいで食も進み、胃に負担をかけることもないだろう。
 他にもキノコ類のソテーやデザートにリンゴや桃などを切って並べるなど、採ってきた食材は全て使い切ったので品数だけは揃えられた。後は二人の反応が気になるところではあるが、どうやらそれは杞憂のようだ。

「うまい!旨いです!」

「もう少し落ち着いて。喉に詰まるよ。でも本当に美味しいです。アヤトさんは強いうえに家庭的でもあるんですね、羨ましいです」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、独身男の簡単な野営飯だよ。家庭的な味が食いたいなら良い店紹介するぞ?」

「それは是非。あっ、ちょっとシャール君詰め込みすぎだよ」

「まぁ話は食い終わってからだな」

 内臓を痛めているはずのシャールは頬をハムスターのように膨らませ、それでもまだ詰め込もうと焼き魚やキノコを口に放り込んでいる。スープにいたっては鍋を逆さにして根こそぎ皿に盛ろうとしているのだからよほど気に入ったのだろう。食欲のまま食べすすめて、後で傷が痛まないかが心配だ。
 シャールほどではないが、ティリエルも手を止める事なく食事を続けていた。果実が好きなようで、各料理を食べ終えてからは特に桃を手に取っている。両腕の傷が痛むからか口に運ぶペースは遅いが、その分じっくりと楽しんでいるようだ。
 およそ三十分、会話らしい会話もないままそれぞれ好きに飲み食いし、三人分にしては多かった料理は物の見事に平らげられた。

「ご馳走様でした!いやぁ、旨かったです!外でこんなに旨いご飯なんて初めてですよ」

「結構良く出来たとは思ってたけどそんなにか?」

 口周りがまだ汚れているシャールの満面の笑みは純粋にアヤトを喜ばせるものだが、過剰過ぎる反応に戸惑いも出てきてしまう。

「私たち誰も料理らしい料理できなくて……」

 ばつが悪そうに頬を掻くティリエルは今までの食事事情を語りだした。ライオネルとミリィを含めた四人がそれぞれ違う理由で料理が全く出来ず、苦肉の末にとった方法というのが保存食らしい。

「そこまで遠出することもありませんでしたし、二日ぐらい乾パンと干し肉で我慢してた感じですね。私は果物見つけたらこっそり食べてましたけど」

「えっ、そんな事してたんですか?」

「へへ、ごめんね。魔術士って感知能力が高くなるから結構食べてたんだ」

 恨みがましい視線を向けるシャールだが、当の本人は何処吹く風と笑っていた。

「食える魔物を狩ろうとは思わなかったのか?」

「最初の内は挑戦してたんですけどね。俺たちって戦闘がからっきしで、効率悪すぎてやめたんです」

「まぁ冒険者は強さだけが全てじゃないからな」

 身体の動かし方や魔力の運用など、普段の様子一つで強さを読み取ることは可能だ。一部の強者はそれを誤認させる事も事もできるが、シャールとティリエルに限ってその可能性はない。そう断言できるのもアヤトが二人とは隔絶した高みにいるからに他ならないが、それ以上に資質を見抜く観察眼の鋭さ故だ。

「今更だけど、あんたらの戦闘スタイルってどんなんだ?」

「俺は剣士で、一応プラーナ流の門下生です」

「私は魔術士で火属性を扱えます」

「護りの剣士と攻めの魔術士か」

 護りを得意とするプラーナ流剣術と数ある属性の中でも攻撃に特化した火属性の魔術士とくればパーティーとしての相性は良さそうに感じる。だが、アヤトが視たところ二人の適性には全く噛み合っていない。
 一言で済ませるなら逆なのだ。今後二人で上級ゴールドを目指すのならば知っておいた方が良いのだろうが、アヤトに伝えるつもりはなかった。

「二人とも一度訓練校に行って鍛え直す気はないか?紹介状書くから悪いようにはならないだろうし、どんな依頼を受けるにしても冒険者ならある程度の強さは必要だぞ。あぁさすがに逃げ出した二人の紹介状は書く気にならないからそれでも良ければだけどな」

 ただでさえ他国の王族という厄介な案件を抱えているのだ。自分の仕事を増やしたくないのは当然だろう。イリスならば適性診断も容易にできる。だからこそアクアビット訓練校に丸投げしようと画策したわけだ。
 アヤトの訓練校への勧誘をうけた二人は顔を見合わせ互いに頷いたかと思えばシャールが真っ直ぐに視線を向けてきた。

「……俺たち、二人で行動しようって決めたんです」

「なるほど、じゃあ紹介状の問題は解決だな。だいたい予想はしてたけど、やっぱり許せないか?」

「はい。今でもまだ信じたくない気持ちはありますけど、どう考えても俺たちは裏切られたんです。また背中を預けられるわけありません」

「そりゃそうだ。じゃあ今よりも強くならなきゃな」

「はい!だから紹介状をお願いします!」

「私からもお願いします」

 しっかり九十度まで頭を下げるシャールと、それに追従するようにティリエルも頭を下げてくる。

「二人ともやる気充分だな。任せとけ」

 自ら言い出した事なので断るはずもない。仕事が増えずに済んだという安堵感と、ここまでのやる気を見せる二人の教導を自ら手放したという喪失感とが入り混じる。とはいえ、思い切りの良いお願いをされればやはり気分が良いもので、自然と口角が上がっていた。

「まぁ何にせよウィドスに戻ってからだ。今はしっかり身体を休めなきゃ……ん、どうやら来たみたいだな」

「来たって何がですか?」

「……何かが近づいてるのはわかりますけどこれのことですかね」

「やっぱり感じ取れるんだな」

「いや、本当に何の話ですか!?」

 何のことかわからないシャールをよそにアヤトとティリエルは同じ方向を向くと、濃厚な魔力の塊が高速で向かってきているのがわかる。

「悪いなクロト」

 そうアヤトが呟くとどこからともなく猫の鳴き声が聞こえてきたのであった。
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