無窮の騎士

KEC

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第一章

第十八話〜裏切り者①〜

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「それではお二人の死亡届をお預かりします」

 まだ太陽が昇らない深夜帯に、眩いばかりの明るさで存在感を主張している冒険院では殉職の知らせが届けられた。
 担当した受付嬢はなんの疑いもなく死亡届を受け取り、そしてそれを提出した冒険者へ心から寄り添おうと言葉を紡いでいく。

「仲間を助けようと奮闘されたのでしょう?ご自分を責めてはいけませんよ。むしろ私は独断専行の方に対しても懸命に手を尽くしたことを尊敬致します。部外者の私に言われたところで慰めにもならないかもしれませんが……」

 申し訳なさそうに目をふそるが、職務を真っ当しようと再度冒険者へ視線を向けた。

「思うところは多いでしょうが今後の活動もめげずに頑張ってくださいね。ですが、まずはゆっくりとお休みください」

「ああ、ありがとう。まだ頑張ってみるさ」

 最後には笑顔で締めくくる受付嬢へ冒険者はどこか憂いを帯びた顔を見せるが、今にも表情が崩れそうなところを耐えているようにも見える。

「それじゃあもう行くよ」

「はい、またのお越しを心よりお待ちしております」

 別れの挨拶を済ませた冒険者は待合のテーブルで休んでいた少女と共に冒険院を出て行く。外は飲み屋やごく一部の民家に光が灯っているだけで、他は畑や田んぼなど広大な土地があるだけの片田舎だ。

「相変わらず口も演技も上手いですね」

「死人に口なしだからな」

 簡単にしか舗装されていない道をしばらく歩き、冒険院から完全に離れたところで少女が口を開くと冒険者は醜悪な本性を現した。
 陰のある雰囲気は四散し、整った容姿だというのに歪なニヤついた笑みを浮かべていて良い印象は持てそうにない。
 身に纏う鎧は聖騎士を連想させるデザインで傷一つないことから大切にしていることがうかがえる。だが、それは受付嬢に語った内容が真っ赤な嘘であったことの証明だ。
 この冒険者は仲間を助ける為に戦ってなどいない。そもそも、独断専行すら作り話であり自ら立てた計画が失敗したにすぎないのだ。
 保身の為なら長年連れ添った仲間すら簡単に切り捨てる冷血漢。それが今まで誰にも見せていなかった中級シルバー冒険者、ライオネルという男の真実だ。

「せめて死んだことを利用して俺の踏み台にはなってもらわねぇと」

 今しがた見捨てたシャールとティリエルに向けて放った言葉も非道としか言えないものだった。少し癖のある茶髪を指で弄りながら少女の肩を掴むと勢いよく抱き寄せ、その端正な顔立ちをまじまじと見つめより笑みを深める。
 まだ幼さが残るものの美少女と言って差し支えないミリィをライオネルは非常に気に入っていた。
 容姿もさることながら抱き寄せても嫌がる素振りを見せず、ライオネルの言動には基本的に肯定する従順な姿勢が我の強さを更に増長させる。表情の変化が乏しいが、意思疎通はしっかりできる上にある程度のユーモアもあるのだから欠点にはならず逆に可愛らしく感じられた。

「だとしても話を盛りすぎでは?デビルホースに襲われているところを救助したとか、重症で助けてあげられなかったとか、嘘ばっかりついても後で整合性がとれなくなりますよ?」

「わかってるって。だからこんなど田舎で報告したんだよ。こういうとこはコンプラの意識が低いから事実確認もザルでな。しばらくこっちで活動してあいつらが死んだ理由を定着させてからウィドスに戻れば蒸し返されることもねえさ」

 さも当たり前のように悪知恵を披露するライオネルに、それならばと納得するミリィ。別のパートナーがいながらいとも簡単に裏切った者同士、悪事に関する罪悪感など皆無のようだ。
 テイラーの森を抜けてウィドスへ戻らずこの村まで迷いなく向かえたのも、薄汚い思惑は常に張り巡らしているからなのだろう。

「でもここで依頼受けるならあの受付嬢には気を付けた方が良いと思います」

「なんでだ?まさか嘘を見抜かれてたのか!?」

 これで一安心。そう思っていた矢先にミリィからの忠告に心臓を鷲掴みにされたような感覚がライオネルを襲う。あまりにも狼狽した様子に、ミリィの視線は冷めていくがそれに気付くともなく不安にかられ勝手に悪い方向へ思考が向かっていった。

「その逆で信じ切ってました。英雄に向けるような目で先輩を見てましたし、間違いなく惚れられましたね」

「惚れられた……あんな不細工にか?そんなのごめんだね、俺はもっと目がぱっちりしてて胸のでかい姉ちゃんが良いんだよ」

 ミリィから見て受付嬢がライオネルを信じきっていたのは間違いない。英雄とまではいかないまでも、尊敬の視線を向けていたのも事実だ。だが、惚れられたかどうかは見当もつかない。だが、真実と嘘を織り交ぜることでライオネルの機嫌取りは成功した。
 なにせ今までひた隠しにしていたがライオネルの女癖の悪さは相当なものだ。上からの目線で貶していた受付嬢も確かに好みではないのかもしれないが、実際の容姿は世間一般では可愛らしいと言われる程度には整っている。そんな娘から好意を向けられているとなれば、嬉しくないはずがない。

「まんまティリエル先輩ですね」

「そうだよ、そうなんだよ!完全に俺のものにするために手も出さずに時間かけてたってのに、クソが!」

 失敗した、と話題の振り方を間違えた事を白い鎧に頬を押し付けられながらミリィは理解した。昂った感情そのままに力が入ったのだろう、ライオネルの腕はミリィを締め付けてしまっていたのだ。
 体格差もあるが何より戦闘職であるライオネルと非戦闘職であるミリィの間には、決して埋めることのできない腕力の差があるため抜け出せそうにない。

「先輩、苦しいです」

「ん?あぁ悪い悪い。まぁ今はお前がいるから良しとするか。これからの成長に期待するぜ」

 ミリィから手を離すといやらしさを隠す事なく胸元を見つめ、薄気味悪く笑った。ライオネルの中でミリィは既に自分の女として認定されているようだ。

「だったら良い食事をお願いします」

「先行投資ってのも悪くないかもな」

 そんな視線を物のもせず要望を伝えるミリィであったが、その瞳の奥底には確かな嫌悪感が宿っている。それでも表情に大きな変化はなく、ライオネルが気付くこともなかった。

「薄汚い人間が……」

 そう、ライオネルは気付かない。奴隷のように使おうと思っていた相手から、逆に首輪を付けられてしまったことを。
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