無窮の騎士

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第一章

第十九話〜一夜明けて〜

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 薪の中の水分が過熱され特徴的な破裂音を鳴らし、その上では鍋に入れられた水が熱され沸騰している。吹きこぼれてしまったお湯は火に飲み込まれ、焚き木に触れた瞬間に大きな音を発しながら蒸発していった。
 そうやって沸騰させる事五分、アヤトは鍋を火から遠ざけた。後は粗熱が取れれば飲み水の完成だ。
 川の水を直接飲み水とするのは衛生面を考えてあまり推奨されていない。煮沸消毒と濾過が必要とされている為、アヤトは濾過器も手作りしていた。
 焚き火の横で少しずつこぼれ落ちている不純物を取り除かれた水が鍋を満たしていく。もう間も無く二つ目の鍋も火にかけることになるだろう。
 そんな様子を今し方鳥の囀りで目を覚ましたシャールが隣で眺めていた。

「あの、鍋って一つしかなかったですよね?」

「そうだな」

「どこから持ってきたんです?」

「ウィドス。部屋から取ってきたんだ」

「……本当に簡単に行き来できるんですね。それなら街で水を買ってきた方が早いんじゃ」

「俺は小さな手助けはするけど大きな手助けはしないんだ。水ってサバイバルだと重要だろ?だから買ってくるってのは俺の主義に反してるからなし」

「でもそれだと俺達の命は小さな手助けで飲み水は大きな手助けなんですね」

「おっ、確かにそうだな。じゃああれだ俺の事はゲームのゲストキャラみたいな半端なやつって思ってくれ。こう痒いとこに手が届かないみたいな」

「あっははは、なんですかそれ。正直に言ってくれて良いのに」

 楽しいんでしょ?というシャールの確信に満ちた言葉にアヤトはやや間を開けて答えた。

「ばれちまったか」

 悪戯がばれてしまった子供のように笑う。手助けに大きさなど関係なく、周囲に認知されすぎない程度なら良識ある大人の範囲で手を差し伸べてきた。
 だから今回の飲み水についてはアヤトがやりたかったからやっただけだ。街中では必要がなく野営でももっと手軽に魔術で浄化や解毒を用いた飲み水の確保はできるがアヤトにその魔術は扱えない。
 その場凌ぎの言い訳も簡単に看破されてしまったが、一点だけはうまい言い回しだと自分で納得してしまった。
 アヤトは自らの事をこの世界、この時代におけるゲストキャラだと認識している。モブキャラとは言えないが、メインキャラになってしまってもいけない、そんな曖昧な立ち位置だ。

——俺の役割はもう終わったんだから次の世代が頑張ってくれ。

 そんな事を考えながら人懐っこい笑顔を向けてくるシャールを改めて観察してみた。
 逆立てた金髪と小麦色の肌が醸し出す陽気な雰囲気の中で、昨日の夜に見せた芯の強さが宿った瞳がそれだけではないことを示してくる。
 肉体も魔力の質もまだ発展途上だが、今後戦闘スタイルの矯正次第では急激な成長すらあり得るだろう。
 一方であと一歩物足りなく思えた。バランスの良い、けれど突出した能力のない一流の枠を出ない才能なのだ。何かを磨かなければ上級ゴールド冒険者に到達できるビジョンは視えない。

「ん?あれは……」

「どうしました?」

「相棒のお目覚めのようだぞ」

「相棒って……あっ、先輩おはようございます」

 イリスに任せるはずのシャールの教導内容が頭にちらほら浮かび始めた頃、奥から眠たげな目をしたティリエルがふらふらとおぼつかない足取りで寄ってきた。そして、そのまま朝の挨拶をしたシャールを背中から抱きしめる。

「おはよ~」

「ちょちょちょ!?何してんですか!」

「何って……うん?シャール君?」

「はい、シャールです!」

「あはは……ごめんね」

「いっ、いえ」

 寝ぼけていたのだろう。ティリエルは目を大きく開くとすぐに飛び退いた。顔を赤くしたシャールは恥ずかしさを誤魔化すように水の溜まった鍋を取る。

「あっ、それは俺が」

「任せてください!」

「あぁ……うん、わかった頼む」

 懇願するような勢いに思わず首を縦に振ってしまったアヤトは、鍋を火にかけるシャールを眺めながらティリエルに座るよう促した。

「随分大胆に迫ったな。何がとは言わないけど刺激が強すぎたみたいだぞ」

「ちょっと嫌な夢を見てしまって人肌恋したかったのかもしれません……シャール君には悪いことをしてしまいました」

「昨日の今日だしな」

 ティリエルの微笑みが無理に作ったものであることは、昨日出会ったばかりでもわかってしまう程に痛々しいものに見えてしまう。
 冒険者に怪我はつきものだが、魔物や山賊など明確な敵から受けるものだ。味方の裏切りによるものなど想像できるわけもなく、ティリエルの精神は本人が思っている以上に傷ついていた。結果、悪夢とまではいかないまでも後味の悪い夢を見たのだろう。
 そんな中で今唯一信じていられるシャールへ縋りたくなった事はアヤトから見てなんら不思議には感じない。

「けど、二人でパーティー組むってことは迷惑をかけてかけられて、助けて助けられてだ。問題も出てくるだろうけど、さっきのスキンシップぐらいどうってことないだろ。そもそもシャールのあの顔は喜んでるようにしか見えなかったけどな」

「そっ、それはそれで恥ずかしいです」

 慌てた様子のティリエルは視線があっちこっちへ忙しなく動き、少しウェーブのかかった髪を指で執拗に巻いていた。肩までくる茶髪と目尻の下がったおっとりとした容姿は包容力を感じさせるものの、その動きはまだ青さが感じられる。
 シャールの動揺からわかる通り起伏の激しい体型をしていて、特に胸部は軽鎧で分かりづらかったが男女共に目がいくだろう。イリスとはまた違うタイプだがモデルとしても通用しそうだ。
 シャールの時と同様に教導官の立場で観察してみれば視える範囲では際立ったものはない。だが異常なまでの感知能力はパーティーを生存させる要となるだろう。それだけで上級ゴールド冒険者たり得る要素だ。
 パーティーが増えるのかどうかで伸ばすべき能力は変わってくるが、どちらにせよ基礎から叩き直さなくてはいけないレベルなのは間違いない。

——俺のとこが様になってきたらイリスに頼んで模擬戦するってのも面白いかもな。元は素人と冒険者なんだから人数差は覆してもらうとして、どう成長するのか……楽しみだ。

 昨日メッサーラ達プロエリウム組と会った際、既に適性は視てざっくりとした教導方針は決まっている。とはいえいつも通りと言えばいつも通りだ。
 座学と訓練はほどほどに実践がメイン、つまり百聞は一見にしかず。どれだけ知識を得ようと訓練を重ねようと、命がかかっている土壇場でそれらが発揮されなくては意味はない。緊張や恐怖は人の判断を鈍らせる。判断ミスは容赦なく死神の鎌となり襲ってくるだろう。
 それらを克服するには数しかない。机の上でも、訓練場でも感じることのできない生の戦場の空気に何度も触れ合うことが重要なのだ。

「なんにせよ仲が良さそうで何よりだ」

「元々シャール君とは趣味を通して知り合ってお世話していたので仲は良かったんですよ」

「趣味?」

「将棋です」

「意外すぎる趣味だな」

「シャール君は多分試験受ければプロ棋士になれるレベルなんですよ。ハンデもらわないと勝てた試しがありません」

「力関係がまさかの逆か……」

 落ち着いて見えるティリエルならまだしも、ちょっとしたことで慌てふためく印象をもってしまったシャールが将棋を指せるようには見えないので素直に驚いてしまった。そもそも、身体を動かす方が似合っていて違和感しか感じられない。
 
「俺はからっきしだけど、そういうの見るのは好きなんだ。だから落ち着いたら二人が指してるとこ見せてくれよ」

「はい、喜んで」

 本当に将棋が好きなのだろう、自然な笑顔が返ってきた。

「さて、それじゃあ俺はそろそろ仕事に行ってくる。最初から遅刻なんてしたくないからな。朝飯は用意してるからちゃんと食って休んでろよ」

「本当にありがとうございます。迎えに来てくれるまではのんびりさせてもらいますね」

「ああ、明日の夕方には合流できるはずだ。それまではこの中から出なきゃ危険はないから寝てて良いぞ。それと忘れてたけど後で包帯取り替えてもらってくれ。まだ残ってたろ?回復薬ポーションも合流したら上等なやつを使えるから待っててくれ」

「わかりました。シャール君にお願いします」

「ん?俺がどうかしましたか?」

 ちょうどシャールが戻ってきたがアヤトに説明する気はさらさらない。

「俺はもう行かなきゃいけないからティリエルに聞いてくれ」

「教導ですね。行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい」

「ああ、行ってきます」

 二人に別れを済ませたアヤトは結界を構築している結界石へ魔力を補充し自身は跳躍。瞬く間に森から姿を消しウィドスへと向かう。集合時間には充分間に合いそうだ。
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