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2章 ワインを求めて、三千里(誇張)
ワイン料理と、おっさんです
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どうも、おっさんです。では、参ります。もう、頭の中では優勝する準備ができてるぞ~。レッツワイン煮込み、ビバワイン煮込み~。本当は牛より豚とか鶏が好きだけど今日は牛を食いますよ。そりゃ、ワイン煮込みと言えば牛肉の赤ワイン煮込みがど定番ですからね。
すまん、本当はワイン煮込みほとんど食ったことありません。あれって牛以外に煮込んでる料理ってあったっけ。まぁいいや。とりあえず入店。
「いらっしゃいませ」
気怠そうな声だ。まぁ、こんな微妙な時間帯なら気が抜けていても仕方ないかもしないな。店の内観はまぁ、渋い。全体的に家具が暗い感じのトーンだが、暗すぎることもなく落ち着いた雰囲気だ。帝都の宿の華やかさとはまるでかけ離れてるが俺はこっちの方が好みだな。
それにこの柱を見てみろよ。角が削れて丸くなってるし、木材の色が深い味のある褐色になってる。いやぁ、歴史を感じさせるね。こういうところって意外と創業100年とか経ってたりするから侮れない。
ではメニューを拝見。やはりあった、牛肉の赤ワイン煮。俺はこれを食いたかったんだよ。これはもう決まりだ。……いや、待てまだあるぞ。パスタ? ワインで煮込んだ牛肉のボロネーゼだって? 美味そうな響きじゃないか。他はミートパイか、これもいいなぁ。これ以外はサイドメニューっぽいな。
あとパン、やっぱりワイン使ってたか。この地方ならではの作り方だろうな。美味いので文句は全くないが。ただここまでワインばかりだと飲み物は水でいいな、いや水がいいな。ところで水の持ち込みはここ大丈夫ですかね。
「あ、すいません。持ってきた水飲んでもいいですか」
「え? いや、酒じゃないなら別に構いませんけど?」
水くらい飲むのに許可を得る必要はなかったか。なら別に良いんだ。店内、結構広いが客は今のところ俺1人。早く注文しろとせかされている気もするが、久しぶりのまともな飯なんだからじっくり決めさせてくれ。
全ての料理の肉は牛肉、それもワインで煮込まれた奴らしい。そうなると味は似てくるのだろうか……? 今、気になるのはボロネーゼとミートパイ。ライ麦で作ったパスタとパイというのはどのような味なのか……期待と妄想が膨らむ。だがワイン煮込みとパンは外せないから追加で頼むなら2つに1つだ。
よし、決めた。食うぞ。
「すいません。赤ワイン煮を1つとパンを2つ。あとボロネーゼを1つ」
「ワイン煮を1つとパン2つ、ボロネーゼ1つね。かしこまりました」
代金を払い、飯がやってくるのを待つ。暇つぶしに本でも読みたいところだが何も持ってない。活版印刷に似た技術自体は開発されてるらしいんだがそれが魔道具らしく本の価格はまぁまぁ高いままだ。もっと娯楽が増えて欲しいと切実に願うところ。
あぁ、俺は何も開発しないよ? だって知ってるボードゲームに似たゲームは大体もうあるからな。例えばチェスみたいな戦盤とかオセロみたいな陣盤とかそういう奴ね。これ以上のものを開発しろってのは俺には無理な話だ。もっと頭のいい人がそういうのはやってくれ。
さて、どうしようかね。必殺技でも考えてみるか、剣からビームは論外だからそれ以外の必殺技……いや、そもそも剣技で必殺技ってのがまずおかしな話か。通常攻撃が当たれば敵は倒れるしな。そうなると、結局パッと見て分かるような派手な攻撃は剣ビームになるのか。納得いかねぇな、それもう剣術じゃねーよ。でも雑に技名叫びながらビーム撃ってれば強いもんな……アーサーは28過ぎたあたりから叫ばなくなったっけ。多分恥ずかしくなったんだろうな、今度一緒に呑むときに弄ってやろう。
そうして待つことしばし、なんかいい香りがしてきた。これはそろそろ来るんじゃないか、待ち侘びたワイン煮込みが!
「お待たせしました。ボロネーゼと赤ワイン煮とパン2つです」
よっ、待ってましたぁ!美味そぉ!どっちの匂いがいいのかわからないけど美味そうだ。輝いて見えるぜ……
「飲み物はいかがですか」
「あ、水があるんで」
「ここのワイン、美味しいんで気になったら注文して下さいね」
「気が向いたらね」
俺は知ってるぞ。飲用で出すワインは地元のものじゃないってことを。さっきラベルをチラ見したから間違いない。全部売る約束したワインを地元の店が大々的に取り扱うわけには行かないってことだろうよ。
これでもし、ワインの聖地で作ってるワイン煮込みが他の領のワインで作られてたらガッカリなんだが……多分、ここのワインで作られてる。そんな気がする。俺のこういう時の勘は信用ならないけど……そう信じてた方が幸せなのでそうします。
いや、でもわかる人が食えば料理に使ってるワインくらいには気づくよな。ん? ちょっと待て待て。気づいた上で黙ってるのか。そうだな? 俺が適当に稼いだ路銀で手が出る料理にそんな価値があるなら、文句を言う必要がないもんな。
もしくは違う領のワインを使ってると知って、2度とこなくなっているか……もうこの考えはやめよう。俺はただ幸せに飯を食いたいんだ。
さてどちらから食べようか。ワイン煮か、ボロネーゼか。とりあえずワイン煮だな。来てからずっと食べたいと思ってたんだ。俺は食いたいものを先に食べる派だしな。
では、いただきます。このワイン煮だが、入ってる具材は牛肉、玉ねぎ、あとキノコの三種類のみ目視で確認できる。匂い的にニンニクとバターも入ってそうだ。他には胡椒となんかの香草が入ってそう。実に美味そうな匂いだ。
フォークで肉を抑え、ナイフを牛肉に当てて引く。……斬れない。思ったより硬い。いや、これはひとえに結構安い値段の料理にいい牛肉が使われてると想像してしまった俺が悪いんだが。
ギコギコとナイフで肉を千切り口の中に入れる。肉を切った断面が気に入らないが、味は美味い。肉を食べているって感じがする、しかしながらワインで煮込まれているおかげで牛特有の臭みが和らいでいる。この濃厚でありながらどこか爽やかな味わい、最高だ。料理にフルーツやワインを使おうと最初に考えた料理人は天才だと思う。
あぁ、あとナイフでうまく斬れなかったのは普通にナイフが悪いみたいだ。肉はしっかりと煮込まれていて柔らかかった。筋感は多少感じるもののの、口の中で肉の繊維が解けていくような食感があり、これはこれでありだと思う。普通に美味い。
だが、この牛のワイン煮……メインは牛肉ではなくソースかもしれん。そもそも洋食というのはソースが命と聞いたことがある、あれフレンチだったかな?
まぁ、それはどうでもいいや。
大事なのは、この料理の肉よりソースの方に金がかかっている、だろうということだ。そりゃ件のワイン使ったらとんでもねぇ値段になるのは当たり前だけども、それを抜きにしてもいろんな食材のエキスがこのソースには詰まってる。
これ、かなりガッツリニンニク効いてるけれども、ソースの味がそれでも全然はっきりしててニンニクに他の具材が負けていない。これは最高級のワインの力なのか、はたまたまだ見ぬ香草やキノコの力なのか。それを俺の舌では判別することはできないが美味いということだけは伝えておく。
それにしてもこのキノコも美味いな。何キノコだろ。マッシュルームではなさそうだな。トリュフなんて訳もないか……いや、まじで見知らぬキノコだ。香りは少なめだが、これは良い出汁出てるね、旨みが詰まってるキノコだ。しめじではない……まじでなんだろう。
今はそんな疑問は横へ置いておこう。ソースをパンにつけて頂きます。
……これだよ、これ。この満ち足りた感覚。いろんなところで美味いものを食べるって最高だ。そしてこの人がいないという今の環境もいい。
騒がしいところで食う飯も美味いが、美味いものは静かに味わなきゃな。
と、ここで貸切は終了みたいだ。俺と同じようにこんな中途半端な時間帯に飯屋を訪ねるとは、俺と同類かもしれんな。
ちらっと振り返ると、焦茶色の髪をたなびかせる女性が入ってきたようだった。そして特筆するべきはエルフ耳とでも言えばいいだろうか。あの笹状の耳、そしてちらりと揺れるアメジストのイヤリング。
ローブを緩やかに纏ったそいつは間違いなく9ヶ月ほど前に俺が食っていた串カツを皿ごと奪い逃げていったあのクソ魔導師、その人であった。
あの時は長いこと追いかけっこをした挙句の果てに高級娼館の中に逃げやがったからな。そして俺が二の足を踏んでいる間にまんまと逃げやがったんだ。
……とりあえずボロネーゼの皿を守れるような位置に移動させておく。パンも両手に持ったしこれで奪われるものはないな。もし近寄ってこようものなら、この鋭角なライ麦パンで叩き斬ってやる……いや、やっぱ切れ味が悪いナイフにしておくか。パンは武器じゃないからな。
警戒しつつも早食いする。トラブルの匂いがプンプンしやがるからな、早く離れるのが吉だ。くそぉ、ボロネーゼも味わって食べたかったのになんてことだ。
平たい麺によく絡んだボロネーゼのソース。見るからに美味そう。ソースは多分、野菜とワインとその他諸々を入念に煮込んだ絶品のソースだろう。出来ればもっと美味しく頂きたかった……無念だ。全くもって申し訳ない。
いやぁ、本当に美味いな。パスタらしくトマトベースのソースなんだが、ワインが入っているというだけで普通のミートソースとは違う高級感のような味わいが出ている。焦って食ってる俺でもわかるんだ、全く惜しいな。もっとゆっくり食いたいがそうもいかんのだ。
あと今気づいた!一気に食べているが、まるでくどさというものをあまり感じられない。多分、生姜と……あとなんかが入ってる。なんか入ってると思うんだけど焦って食ってるからよくわかんねぇ!
あ、上に掛かってるチーズソースと一緒に食うと味にムラが出てきて美味くなるじゃないか。これは良いな、食が進む。
くそ、普通にワイン煮よりもこっちのボロネーゼの方が美味いじゃねーかよ。なんで俺はこっちを先に食べなかったんだ……いやそもそも大体なんでここにあの女がいるんだよ。とりあえずボロネーゼだ。こういう麺料理って大体麺が先になくなって、ソースの行く先が不透明になるよな。実際今の俺もそうだ、絡む筈の麺がない。でも今は両手にパンがある。
ということで、今からこの両翼のパンにボロネーゼのソースを塗ってまいります。ベッタベタに塗ります。これは躊躇したら負け。溢れんばかりに塗ってやるぜよ~。
あぁ、美味そう。普段なら片方ずつ食べるところですが……めんどくさいのでソースをパンに挟んでサンドイッチにしますね。ついでにワイン煮込みの微妙に残ってるキノコとかお肉もパンの上にドーン!
ボロネーゼサンドイッチ!……めっちゃマナー悪いから良い子は真似するなよ!ちなみにテイクアウトはしません。歩き食いは危ないからね。
ちょっと分厚過ぎて食べづらいけど……これは美味い。肉とボロネーゼとパンが合わさり最強。いやぁ、美味いな……美味いものと美味いものを美味いもので挟んだんだから当然か。約束された美味さだ、食う前から結果は見えてた。
でも挟むことで味に一体感が生まれる気がするよね。
しかし、ここである失敗に気づいた。その失敗とは、皿に付着しているソースを削ぎ取る為のパンが無いということ。
こんなに美味いソースを残すとかまじでありえないよな? しかしここは一刻も早く店を出たいところ。だが皿を舐めるなんて真似はしたくない……いや、深く考える必要なかったわ。普通に超絶技巧でナイフの上にソースを集めて食べればいいのか。
何のためのAGIランク6、何のためのDEXランク6だというのか。俺は世界最高峰に指先が器用な男。ナイフとフォークだけで皿に付着したソースを削ぎ取り集めるなど朝飯……いや、これ結構むずいぞ。
ちょっと苦戦しつつも無事綺麗に完食。ご馳走様でした。あ、クッソ……パスタがライ麦パスタで珍しいから味わおうと思ってたのにすっかり忘れてた。チキショウめ。
なんかこのまま帝国にいたらめんどくさそうな気がするし……帰るか。帝都にも寄らずに一直線に山の中を駆け抜けていこう。それが1番良い気がする。これは勘だ。あと国境の検問所も通らない。あの兵士にまた事情聴取されるのだけは絶対にやだ。
何を言ってもあいつ無敵だったからな。全ての言動と物体から俺をテロリスト認定してくるやべー奴だよ。なんでタコ持ってるだけでテロリストにされなきゃいけないんですかね。別にキャンプでタコパしてもいいだろうがよ。
「ちょっとあなた良いかしら」
おっと話が逸れてたな。……よし、じゃあ逃げるぞ。未だ完璧な神足通にすら至らぬ身だが逃げ足だけには自信がある。今度は俺が逃げる番だ。捕まってやらんぞ。荷物は全部持ってるしな。
あばよ、お嬢ちゃん……いや待て、長命種だからお婆ちゃんか? でも長命種は100歳でも若い方と聞く。そもそもあいつの年齢知らないわ。
あばよ、串カツ泥棒。うん、これが1番しっくりくるな。帰ったら串カツ食いに行くか。
すまん、本当はワイン煮込みほとんど食ったことありません。あれって牛以外に煮込んでる料理ってあったっけ。まぁいいや。とりあえず入店。
「いらっしゃいませ」
気怠そうな声だ。まぁ、こんな微妙な時間帯なら気が抜けていても仕方ないかもしないな。店の内観はまぁ、渋い。全体的に家具が暗い感じのトーンだが、暗すぎることもなく落ち着いた雰囲気だ。帝都の宿の華やかさとはまるでかけ離れてるが俺はこっちの方が好みだな。
それにこの柱を見てみろよ。角が削れて丸くなってるし、木材の色が深い味のある褐色になってる。いやぁ、歴史を感じさせるね。こういうところって意外と創業100年とか経ってたりするから侮れない。
ではメニューを拝見。やはりあった、牛肉の赤ワイン煮。俺はこれを食いたかったんだよ。これはもう決まりだ。……いや、待てまだあるぞ。パスタ? ワインで煮込んだ牛肉のボロネーゼだって? 美味そうな響きじゃないか。他はミートパイか、これもいいなぁ。これ以外はサイドメニューっぽいな。
あとパン、やっぱりワイン使ってたか。この地方ならではの作り方だろうな。美味いので文句は全くないが。ただここまでワインばかりだと飲み物は水でいいな、いや水がいいな。ところで水の持ち込みはここ大丈夫ですかね。
「あ、すいません。持ってきた水飲んでもいいですか」
「え? いや、酒じゃないなら別に構いませんけど?」
水くらい飲むのに許可を得る必要はなかったか。なら別に良いんだ。店内、結構広いが客は今のところ俺1人。早く注文しろとせかされている気もするが、久しぶりのまともな飯なんだからじっくり決めさせてくれ。
全ての料理の肉は牛肉、それもワインで煮込まれた奴らしい。そうなると味は似てくるのだろうか……? 今、気になるのはボロネーゼとミートパイ。ライ麦で作ったパスタとパイというのはどのような味なのか……期待と妄想が膨らむ。だがワイン煮込みとパンは外せないから追加で頼むなら2つに1つだ。
よし、決めた。食うぞ。
「すいません。赤ワイン煮を1つとパンを2つ。あとボロネーゼを1つ」
「ワイン煮を1つとパン2つ、ボロネーゼ1つね。かしこまりました」
代金を払い、飯がやってくるのを待つ。暇つぶしに本でも読みたいところだが何も持ってない。活版印刷に似た技術自体は開発されてるらしいんだがそれが魔道具らしく本の価格はまぁまぁ高いままだ。もっと娯楽が増えて欲しいと切実に願うところ。
あぁ、俺は何も開発しないよ? だって知ってるボードゲームに似たゲームは大体もうあるからな。例えばチェスみたいな戦盤とかオセロみたいな陣盤とかそういう奴ね。これ以上のものを開発しろってのは俺には無理な話だ。もっと頭のいい人がそういうのはやってくれ。
さて、どうしようかね。必殺技でも考えてみるか、剣からビームは論外だからそれ以外の必殺技……いや、そもそも剣技で必殺技ってのがまずおかしな話か。通常攻撃が当たれば敵は倒れるしな。そうなると、結局パッと見て分かるような派手な攻撃は剣ビームになるのか。納得いかねぇな、それもう剣術じゃねーよ。でも雑に技名叫びながらビーム撃ってれば強いもんな……アーサーは28過ぎたあたりから叫ばなくなったっけ。多分恥ずかしくなったんだろうな、今度一緒に呑むときに弄ってやろう。
そうして待つことしばし、なんかいい香りがしてきた。これはそろそろ来るんじゃないか、待ち侘びたワイン煮込みが!
「お待たせしました。ボロネーゼと赤ワイン煮とパン2つです」
よっ、待ってましたぁ!美味そぉ!どっちの匂いがいいのかわからないけど美味そうだ。輝いて見えるぜ……
「飲み物はいかがですか」
「あ、水があるんで」
「ここのワイン、美味しいんで気になったら注文して下さいね」
「気が向いたらね」
俺は知ってるぞ。飲用で出すワインは地元のものじゃないってことを。さっきラベルをチラ見したから間違いない。全部売る約束したワインを地元の店が大々的に取り扱うわけには行かないってことだろうよ。
これでもし、ワインの聖地で作ってるワイン煮込みが他の領のワインで作られてたらガッカリなんだが……多分、ここのワインで作られてる。そんな気がする。俺のこういう時の勘は信用ならないけど……そう信じてた方が幸せなのでそうします。
いや、でもわかる人が食えば料理に使ってるワインくらいには気づくよな。ん? ちょっと待て待て。気づいた上で黙ってるのか。そうだな? 俺が適当に稼いだ路銀で手が出る料理にそんな価値があるなら、文句を言う必要がないもんな。
もしくは違う領のワインを使ってると知って、2度とこなくなっているか……もうこの考えはやめよう。俺はただ幸せに飯を食いたいんだ。
さてどちらから食べようか。ワイン煮か、ボロネーゼか。とりあえずワイン煮だな。来てからずっと食べたいと思ってたんだ。俺は食いたいものを先に食べる派だしな。
では、いただきます。このワイン煮だが、入ってる具材は牛肉、玉ねぎ、あとキノコの三種類のみ目視で確認できる。匂い的にニンニクとバターも入ってそうだ。他には胡椒となんかの香草が入ってそう。実に美味そうな匂いだ。
フォークで肉を抑え、ナイフを牛肉に当てて引く。……斬れない。思ったより硬い。いや、これはひとえに結構安い値段の料理にいい牛肉が使われてると想像してしまった俺が悪いんだが。
ギコギコとナイフで肉を千切り口の中に入れる。肉を切った断面が気に入らないが、味は美味い。肉を食べているって感じがする、しかしながらワインで煮込まれているおかげで牛特有の臭みが和らいでいる。この濃厚でありながらどこか爽やかな味わい、最高だ。料理にフルーツやワインを使おうと最初に考えた料理人は天才だと思う。
あぁ、あとナイフでうまく斬れなかったのは普通にナイフが悪いみたいだ。肉はしっかりと煮込まれていて柔らかかった。筋感は多少感じるもののの、口の中で肉の繊維が解けていくような食感があり、これはこれでありだと思う。普通に美味い。
だが、この牛のワイン煮……メインは牛肉ではなくソースかもしれん。そもそも洋食というのはソースが命と聞いたことがある、あれフレンチだったかな?
まぁ、それはどうでもいいや。
大事なのは、この料理の肉よりソースの方に金がかかっている、だろうということだ。そりゃ件のワイン使ったらとんでもねぇ値段になるのは当たり前だけども、それを抜きにしてもいろんな食材のエキスがこのソースには詰まってる。
これ、かなりガッツリニンニク効いてるけれども、ソースの味がそれでも全然はっきりしててニンニクに他の具材が負けていない。これは最高級のワインの力なのか、はたまたまだ見ぬ香草やキノコの力なのか。それを俺の舌では判別することはできないが美味いということだけは伝えておく。
それにしてもこのキノコも美味いな。何キノコだろ。マッシュルームではなさそうだな。トリュフなんて訳もないか……いや、まじで見知らぬキノコだ。香りは少なめだが、これは良い出汁出てるね、旨みが詰まってるキノコだ。しめじではない……まじでなんだろう。
今はそんな疑問は横へ置いておこう。ソースをパンにつけて頂きます。
……これだよ、これ。この満ち足りた感覚。いろんなところで美味いものを食べるって最高だ。そしてこの人がいないという今の環境もいい。
騒がしいところで食う飯も美味いが、美味いものは静かに味わなきゃな。
と、ここで貸切は終了みたいだ。俺と同じようにこんな中途半端な時間帯に飯屋を訪ねるとは、俺と同類かもしれんな。
ちらっと振り返ると、焦茶色の髪をたなびかせる女性が入ってきたようだった。そして特筆するべきはエルフ耳とでも言えばいいだろうか。あの笹状の耳、そしてちらりと揺れるアメジストのイヤリング。
ローブを緩やかに纏ったそいつは間違いなく9ヶ月ほど前に俺が食っていた串カツを皿ごと奪い逃げていったあのクソ魔導師、その人であった。
あの時は長いこと追いかけっこをした挙句の果てに高級娼館の中に逃げやがったからな。そして俺が二の足を踏んでいる間にまんまと逃げやがったんだ。
……とりあえずボロネーゼの皿を守れるような位置に移動させておく。パンも両手に持ったしこれで奪われるものはないな。もし近寄ってこようものなら、この鋭角なライ麦パンで叩き斬ってやる……いや、やっぱ切れ味が悪いナイフにしておくか。パンは武器じゃないからな。
警戒しつつも早食いする。トラブルの匂いがプンプンしやがるからな、早く離れるのが吉だ。くそぉ、ボロネーゼも味わって食べたかったのになんてことだ。
平たい麺によく絡んだボロネーゼのソース。見るからに美味そう。ソースは多分、野菜とワインとその他諸々を入念に煮込んだ絶品のソースだろう。出来ればもっと美味しく頂きたかった……無念だ。全くもって申し訳ない。
いやぁ、本当に美味いな。パスタらしくトマトベースのソースなんだが、ワインが入っているというだけで普通のミートソースとは違う高級感のような味わいが出ている。焦って食ってる俺でもわかるんだ、全く惜しいな。もっとゆっくり食いたいがそうもいかんのだ。
あと今気づいた!一気に食べているが、まるでくどさというものをあまり感じられない。多分、生姜と……あとなんかが入ってる。なんか入ってると思うんだけど焦って食ってるからよくわかんねぇ!
あ、上に掛かってるチーズソースと一緒に食うと味にムラが出てきて美味くなるじゃないか。これは良いな、食が進む。
くそ、普通にワイン煮よりもこっちのボロネーゼの方が美味いじゃねーかよ。なんで俺はこっちを先に食べなかったんだ……いやそもそも大体なんでここにあの女がいるんだよ。とりあえずボロネーゼだ。こういう麺料理って大体麺が先になくなって、ソースの行く先が不透明になるよな。実際今の俺もそうだ、絡む筈の麺がない。でも今は両手にパンがある。
ということで、今からこの両翼のパンにボロネーゼのソースを塗ってまいります。ベッタベタに塗ります。これは躊躇したら負け。溢れんばかりに塗ってやるぜよ~。
あぁ、美味そう。普段なら片方ずつ食べるところですが……めんどくさいのでソースをパンに挟んでサンドイッチにしますね。ついでにワイン煮込みの微妙に残ってるキノコとかお肉もパンの上にドーン!
ボロネーゼサンドイッチ!……めっちゃマナー悪いから良い子は真似するなよ!ちなみにテイクアウトはしません。歩き食いは危ないからね。
ちょっと分厚過ぎて食べづらいけど……これは美味い。肉とボロネーゼとパンが合わさり最強。いやぁ、美味いな……美味いものと美味いものを美味いもので挟んだんだから当然か。約束された美味さだ、食う前から結果は見えてた。
でも挟むことで味に一体感が生まれる気がするよね。
しかし、ここである失敗に気づいた。その失敗とは、皿に付着しているソースを削ぎ取る為のパンが無いということ。
こんなに美味いソースを残すとかまじでありえないよな? しかしここは一刻も早く店を出たいところ。だが皿を舐めるなんて真似はしたくない……いや、深く考える必要なかったわ。普通に超絶技巧でナイフの上にソースを集めて食べればいいのか。
何のためのAGIランク6、何のためのDEXランク6だというのか。俺は世界最高峰に指先が器用な男。ナイフとフォークだけで皿に付着したソースを削ぎ取り集めるなど朝飯……いや、これ結構むずいぞ。
ちょっと苦戦しつつも無事綺麗に完食。ご馳走様でした。あ、クッソ……パスタがライ麦パスタで珍しいから味わおうと思ってたのにすっかり忘れてた。チキショウめ。
なんかこのまま帝国にいたらめんどくさそうな気がするし……帰るか。帝都にも寄らずに一直線に山の中を駆け抜けていこう。それが1番良い気がする。これは勘だ。あと国境の検問所も通らない。あの兵士にまた事情聴取されるのだけは絶対にやだ。
何を言ってもあいつ無敵だったからな。全ての言動と物体から俺をテロリスト認定してくるやべー奴だよ。なんでタコ持ってるだけでテロリストにされなきゃいけないんですかね。別にキャンプでタコパしてもいいだろうがよ。
「ちょっとあなた良いかしら」
おっと話が逸れてたな。……よし、じゃあ逃げるぞ。未だ完璧な神足通にすら至らぬ身だが逃げ足だけには自信がある。今度は俺が逃げる番だ。捕まってやらんぞ。荷物は全部持ってるしな。
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