38歳、門番です

道端之小石

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前日談 〜幼少期編〜

10話

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 激情に任せて怒り狂う人と、論理的に何故怒っているのかを説明して問いただしてくる人のどちらが恐ろしいだろうか。

 どちらが恐ろしいかは人によるだろうが、どちらも子供にとって恐ろしいことに違いない。付け足すとするならばハインリヒの親はどちらも後者であり、アーサーは後者の方が怖く感じるタイプであった。アーサーはそれはもう恐怖と己のしたことへの罪悪感に耐えられず泣きじゃくり両目を腫らして謝った。

 だが、その兄はケロリとした表情で素振りをしていた。両親がどれだけ問い詰めようと『次はもっと上手くやる』という返答に行き着く。ならば怒鳴ればいいのかと思われるかもしれないがそれも違う。

 ハインリヒは罪悪感を感じるタイプの真っ当な人間ではなかった。とはいえ真っ当な人間でない、という評価はあまりにその指し示す範囲が広く正確ではないかもしれない。 


── 反省も後悔もする、だから次はもっと上手くやる。その積み重ねだけで生きてきた ──


 ではどう呼ぶべきなのか。壊れているとでもいうべきか。

 あぁ、そうだとも。彼は生まれる前から壊れていた。生きることではなく戦うことに最適化されてしまった歪な構造の生き物だ。しかし、これでもその生き物はマシになっている方なのだ。何せ今がそのなのだから。


 1年後、15歳の春。

 ハインリヒは王国騎士団の訓練場に出荷されていた。


 時は遡る。やはり剣闘士なんぞという娯楽の為に戦う職業より、世のため人のために戦いながらも適当に休暇が取れる警備員的な職業がないかをこっそり探していた14歳の最後の日。

「はい、特製のケーキだ。召し上がれ」
「母さんがわざわざ作ったから残さず食べ切るんだぞ」
「じゃ、いただきます!」

 某日、ドレーアー家から鉄線でギチギチに拘束された荷物が4人ほどの騎士に抱えられ搬送されていった。

 そして目覚めた先は試験会場。

 それから何やかんやあり、入隊試験最終日。集められた若者達は全員オーラを纏える一握りの天才ばかりだ。故にこの時点で入隊は決まったも同然、だからこれはただのレクリエーション。

「では初めっ!」
「……ほら、オーラを出してみなよ。それくらいの時間は待つからさ。まぁ、適当に君を転がして僕の入隊は決定するのだけれどね」

 各々が私こそが1番だとマウントを取り合いながらも切磋琢磨するライバルを見つけるための行事。問題があるとすれば、皆が天才であるせいか天狗になっている人間が多いことだろうか。その伸び切った鼻をへし折るのもこの行事の役目である。

「いや、早くかかってこいよ」

 早くかかってこいよ、と言いながら強かに顎をぶん殴っているのはどういう了見だろうか。そんなことを誰もが思った。殴られた側は綺麗に入ったのか脱力し地面に倒れた。

「よし、次!」

 これを見た周りの評価は1つ。あいつはオーラなしの人間に倒される程度か。誰もハインリヒの方には注目していなかった。

「では初めっ!」
「食らえ!トライ──」
「よし、次!」

「閃光!」
「遅い!次!」

「食らえ!」
「食らわん!次!」

「やぁやぁ、我こ──」
「次!あ、俺はハインリヒだ。よろしく」

「お前なかなかやるようじゃ──」
「そういうお前は微妙だったな」

 斬り合うだとか斬り結ぶだとか剣を合わせるというレベルでなかった。

 1年の時を経て、ハインリヒの刀剣術はランク6になっていた。
 ランク6はランク5までとは一線を画す。

 凡人では辿り着けぬ。
 才覚があろうと一生の鍛錬の果てに至れるかはわからぬ。
 天賦の才を持つものが長い研鑽の末に辿り着ける頂の世界。


 さて、1年前に手持ちの経験値全てを神業の取得お高い買い物にぶち込んだハインリヒはどのようにしてこの高級な特性を得るに至ったのか。

 この世界には神の試練と呼ばれるものがある。そこにはモンスターがいて、宝箱があって資源がある。つまるところ、ダンジョンという奴だ。

 ハインリヒは年の半分はダンジョンに潜って化け物と殺し合いをし続けていた。そして地上にいる間はアーサーと訓練を行っていた。ただそれだけのことだ。

 命を賭した経験を年中積んだとしても本来はその域に至れるはずもないが……彼は攻撃だろうが回避だろうが防御だろうが回復だろうが経験値は経験値として扱う。
 得た全ての経験値を好きな特性に割り振れるのだからそういうこともあるのだ。逆を返せば、彼は1年で剣技以外まるで1mmたりともびっくりするほど人間として成長していない。


 さて、同期全員に仲良く床を舐めさせたハインリヒは暇になった。

「うーん、暇だな。(経験値の入りが悪いな。試練だと1対多が日常だったからそれが原因だろうか?……せや!)」

 彼が何を思いついたのか、それは語るべきことではないだろう。彼の同期は再び仲良く床を舐めることになった、ということのみ補足説明とさせていただく。


 そして時は2週間ほど流れる。キラキラに磨き上げられた頭と鎧が光を反射する。麗らかな春の日差しの中、暑苦しい声によって新人騎士達への激励は締めくくられる。

「諸君!栄ある王国騎士団への入団おめでとう!君たちは狭き門を潜り抜けた!しかし、まだまだ若い雛鳥にすぎん!日々研鑽を忘れることなく王国の将来を担う盾となり剣となれ!」
「「はっ!」」

 規律正しく敬礼を行う音が訓練場に響いた。約40名余りの新人騎士達が揃って敬礼をしており、それを満足そうに見渡す教官ハゲ。とても厳粛でありながら将来への希望に溢れたこの場に──

 ──簀巻きにされている男が1人。

「うーん、脱走して試練に1週間篭ったのが悪かったのかねぇ」

 その名を【鬼剣】ハインリヒ ドレーアーという。
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