幻のスロー

道端之小石

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化け物だらけの校内戦(スカウト視点)

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純達が試合を始める前に雪月高校野球のグラウンド……というよりも半ば球場と言った方が正しいところの観客席に10人の男達がメモやらカメラを片手にじっと待っていた。

他にもチラホラ地域の高校野球好きなおっちゃんなども見られる。
野球部の球場に関しては関係者以外でも立ち入りができる緩い環境なのだ。
防犯上よろしくないと指摘も受けていたが、なんやかんやありそれはどうにかなったようで今に至る。

そんな中で異彩を放っている10人の男のうち1人が話し始めた。

「今年も楽しみですなぁ。うちは池上君が来てくれたおかげで先発が安泰ですわ」

その男は阪神トラーズのスカウトだった。それをキッと見つめる男が口を開いた。

「こっちに来てくれる予定だったんですけどねぇ」

新潟ライズカウズのスカウトはため息を吐いた。

「そんなにため息吐いて……藤川さんはいい選手ちゃんと見つけてきてるじゃないですか」
「またスラッガーなんだよ!そろそろエース発掘しないとウチのエースの萩間さんがやべえ、あの人今年で40だぞ」

新潟ライズカウズを引っ張るエースはもう40歳、中年のおじさんである。

「去年の防御率2.96でまだ153キロ出るし現役じゃないですか」
「クライマックスシリーズで7者連続奪三振は何事かと思ったよ」

各々が萩間という投手に思うところがあるようだ。

「最近じゃ本人も衰えてきたとか言ってますし」

藤川が愚痴るようにいい放ちため息をつくが、周りは萩間はまだいけると思っている。

「元々162でてたのが今じゃ153だからねぇ。確かに衰えはしたけど、なぁ?」
「奪三振率がここ5年で伸びてるんだよなぁ。確かに昔みたいに完封とか完投は出来ないけどさ」
「球種も増えて変化球のキレも増してきて逆に厄介になったと個人的には思うな。多分萩間の最盛期は今か来年あたりだ」

と萩間を各々が評価し始める。
スカウトである前に野球好きのおっさん達であった。
スカウト同士ピリピリしているのかと思えば、彼らは実はそんなにピリピリしていなかったりする。

ちなみにスカウト達は練習が始まる前にコーチのところに挨拶をしに行ったりもしている。規定で選手達には接触できないものの監督達に挨拶程度はするのだ。

そんな中で試合が始まる。

談笑していた彼らの様子が変わる。
ちなみに彼らはキャッチャーの真後ろの観客席に座っている。

「ここってこんなに設備はいいのにスピードガンだけないんですよねぇ」

そこに少し若いスカウトが話に入ってくる。

「あるけど普段は使ってないだけだぞ。ここたまに社会人チームが借りたりしてるし」
「そうそう、だからここいいんだよね。移動距離が少なくて済むし」
「テント貼っても怒られないしな」

と言いつつ各自で小さいマイテントを貼り日差しを凌いでいる。
若いスカウトは膝の上にタオルを引いてパソコンを右におきストップウォッチを置いたりとあたふたしている。

「いきなり目玉だね」
「龍宮院君ね。中学優勝したところのエースの」
「あれ見たよー。レギュラー確定だと思ったけどここに来たかー」
「2年後までにどれだけ化けてるか楽しみですねぇ」

マウンドに上がった龍宮院を見て少しざわめくスカウト達。
その、初球。打った。

「打った!抜け…てない!」
「早い!何秒だ?」
「今の誰だ?」
「ショートもよく反応した、凄いな」

秋山はスカウトの中で要チェック選手になった。

「今の凄かったなあ」
「龍宮院君は148キロ出てたよ」
「こっちのガンも一緒、内角低めのボール球だったよな?」
「多分そうだねぇ。ストライクゾーンだったらホームランだったかもしれないねぇ、まぁまぐれかもしれないけどいいあたりだったねぇ」
「それとあのショート。あれは凄い」
「スミダ君だったね」
「完璧に抜けたと思ったのにしっかり取ってるし秋山君の足が遅かったらアウトだったよな」
「秋山君の今の到達タイムが3.88秒だから4秒以内に送球きてます。これは凄いですよ」

スミダも要チェック選手になった、がここで問題が発生する。
音だけだと同姓同名が3人いるのだ。
その程度で間違えるスカウトはここにはいなかったのだが。
新人スカウトだけがあたふたしていた。

秋山の次は澄田(センター)がバッターボックスに立つ。

「えっと次はスミダ君か」
「名前まで発音が一緒だとややこしいな」

と言いながらもメモを進めていく。
澄田がバットを構える。
龍宮院が投げ出すタイミングで秋山が走り始める。
龍宮院のクイックが悪いわけじゃない、秋山が早すぎるのだ。
龍宮院はそれにビビったのかサインは低めのスライダーであったのに抜けて高めのストレートのようなたまになってしまった。

「初球盗塁!」
「クレイジーだな」
「インハイ高めだ。これは刺せ……」
「あ?」
「え?」

ウエスト気味のインハイ高めの球を当たり前のように転がした澄田は秋山よりも早かった。

「バントって難しいよな」
「送りバントじゃなくてセーフティ。しかも高め」
「でもバントだけで欲しいかと言われるとなぁ」

将也から声が飛ぶ。

『次はお前なら三振取れるバッターだぞ、思いっきり投げてこい!』

その声はよく通った。
こんなことを言われて何も思わないバッターはいないだろう。
1年ならそれは尚更そうであった。そして将也はそれを利用した。

初球のストレートは見逃した。
次は小さく動くスライダー。思いっきり振ってきたがファール。
そして3球目、バシッといい音を鳴らしてミットにボールが収まる。
スプリットのように落ちるチェンジアップが打者に捕らえられることはなかった。

空振り三振。

『いいぞ!ナイピ!』

将也はピッチャーを気持ちよく投げさせることに関してはやろうと思えばとても上手かった。

「伸び伸びと投げてますね」
「やっぱり2年後楽しみですねぇ」

そして3回、1アウト走者なしの場面で秋山。
初球は外角低めにギリギリのストレート。外れてボール。
次に内角に入ってくる高めの高速スライダー。
秋山は少し仰け反り、ストライク。
そして内角低めにストレート。これは見逃してストライク。
4球目、ボール球であったが秋山はこれを待っていた。
外角低めのチェンジアップをバットが捉えた。

「またボール球を打った!」
「ヒットゾーンが広いな」
「スイングも速い」

将也はバントシフトを指示した。
澄田が左バッターボックスに立つ。

「またバントですかね」
「バントシフト引いてるから難しいかな」

秋山のことを何回か龍宮院は見る。
そして牽制。秋山は普通に一塁ベースを踏む。

1球目はウエスト。秋山は走る素振りを見せない。
2球目は外角低めのチェンジアップ、澄田はバットに当てるが三塁線より外側に飛びファール。
3球目、外角から内角に変化する高めのスライダー。
これもファール。

それから4球投げてフルカウント。澄田は粘っていた。

「よく粘りますね」
「これは嫌なバッターだなぁ」

そして8球目、外角低めのストレートは三塁の後ろに落ちた。

「狙ってましたね」
「この澄田君もいいねぇ」
「もうちょっとパワーがついたらガンガン振って行けそうだ」

その後、やはりと言うべきか龍宮院は三振を奪り、その後はゴロに打ち取って終了。
スカウトは秋山側のピッチャーを気にはしているものの普通だな、と思いマークしていない。実際、普通の高校球児レベルである。

そして迎えた6回、2アウトの場面で秋山。
初球外角低めのスライダーをレフトスタンドに叩き込んだ。

「なんで高校野球やってるの」
「あー欲しい。つよつよじゃん」
「守備も安定して上手いし。強打者欲しい」

秋山は完全にスカウトの目に止まった。この時点で光る逸材であった。
そして澄田。
流石にバントシフトではないもののやや前進守備だ。

先程のように外角の球を上手く流してショート後方に落としたはずなのだがスミダが普通に追いついている。

「守備範囲広い」
「いいなぁ!あのショートいいなぁ」
「渋い守備好きだわぁ」
「バッティングも豪快じゃないけど狙ってることは分かるなぁ」
「澄田君は足を生かすタイプなんでしょうね」

そしてその後は特に山場もなく終了。

「澄田君と秋山君と角田(遊撃手)君と龍宮院君欲しい」
「黄金世代だねぇ。これでいいピッチャーが2人くらいいれば甲子園もいいとこまで行くんじゃない?」
「セカンドも欲しいね」

そしてチームが入れ替わる。

1回表、先発は1年生のピッチャー。

満塁ホームランを鎌瀬に打ち込まれた。もう精神がキツそうである。

「めっちゃ飛ぶじゃん……」
「打球速ぇ……」
「スラッガーやな……場外いったんじゃねぇか?」

その裏、松野が先発する。

左打者にストレート、ツーシーム、そして最後はオリジナルの高速シンカーをぶん投げる。

「142キロ、の割に全然落ちないな」
「よく伸びるね、これで背が伸びたら化けるんじゃない?」
「ツーシームもよく曲がる」
「左バッターはあんなの打てないよなぁ」
「最後の高速シンカーもエグいなぁ」
「フォークとかの変化じゃなくて左のスライダーぽい感じでしたね」
「よく落ちる感じのスライダー、それわかる」

三振、フライ、フライで1回裏が終了。

その後7回表まで進行し0-8で3年の先輩が登板する。

「自援護はエースの嗜みだよなぁ」

と言いながら松野がヒットを放つ。
それに続くようにヒットが2本出て満塁に。

「あのピッチャーなんで打たれてるんだ」
「しかも交代かぁ、ダメかなぁ」
「あのシュートは一級品だと思うけどそれだけだからなぁ」
「球種がシュートだけじゃきついよなぁ」

そして純が登板する。

「デカいな。速球派かな?」
「タッパあるピッチャーがいいとは限らないけど」

1球目を投げるとスカウト達の頭の上にクエスチョンマークが舞う。

「今の変化球何?」
「ストレート……の癖に落ちてたか?」
「146キロのスプリット?にしては減速してなかったですけど」
「カメラ回してるんですから後でスロー再生でもすればわかるでしょう」
「それもそうか」

2球目。そのスライダーはエグかった。
左バッターの外角から内角低めに向かい抉るような変化をする。
その球はとても捉えられるものではなかった。

「え?何今の、キモ」
「エグいなぁ、エグすぎない」
「外角から内角まで変化するって相当曲がってるよ」
「カメラ回してて良かったぁ」

3球目、カーブ。
純の高身長を生かしたそのカーブは他のそれよりも高く、鋭い。

「あ、欲しい」
「これで先発だったら採用だわ」
「あーキモいキモい、欲しい」

次の打者が打席に立つ。確実に捉えると言わんばかりに両眼で純のリリースポイントあたりを見つめる。

1球目、シンカー。途中まで直球に見えたそれは急激に曲がる。
一ノ瀬が構えた場所にスッと入る。
バッターはフルスイングしたが手応えはなかった。

「ど真ん中から内角低めにドンピシャ!」
「ミット動いてないもんなぁ」
「意外と軟投派だ」
「どう見ても軟投派だよな」

2球目、フォーシームジャイロ。内角高めのボール球。
バッター、これは見逃す。
これも構えたところにズドンと入る。

「またあの球だ!」
「もう一度みるとノビが凄いな、加速してるみたいだ」

3球目、ツーシームジャイロ。外角低めのボール球。
先程の速球ならばストライクになるような軌道だった。
しかしそれは先程の球よりも少し落ちたためにバッターは空振りをする。

「また……ん?」
「減速した?いや、落差のあるスプリットか?」
「また訳がわからない軌道をする」
「なんだこれ?」

4球目、縦スライダー。ストライクゾーンから外角低めボールゾーンに逃げていく球。2ストライク1ボールで見逃す選択肢はそのバッターにはなかった。2球目と3球目の落ち方よりもさらに深く、抉るように落ちる変化球をバッターは捉えることができなかった。

「あ、うん」
「あー」
「あー凄い」
「……」
「いいね」

次のバッターが左のボックスに立つ。

シュートが投げられた。直球ならば打者に当たるかもしれないと思わせるようなその球はギリギリで変化してストライクゾーンに入る。バッターは仰け反りバットを振ることはできない。
ストライク、1。

ストレートが高めに投げられた。指がかかったストレートは重力に逆らい打者の予想よりも高い位置を通過する。バットはボール一個下あたりを通り過ぎた。
ストライク、2。

シンカーが投げられた。バッターから逃げていくような軌道を描くそれはバットに当たることはなかった。
ストライク、3。バッターアウト。

スカウト達が無言になっていた。しかし情報はしっかり得ようと感覚を総動員させている。
紛れもない天才たちが一つの高校に集まっているという異常事態、それをスカウト達は感じ取っていた。

そして攻守が交代する。こちらもピッチャーが松野から新野に変わる。
そして何球か後にフォークが投げられた。
フォークというには速いそれは、バットを振る直前におぞましい変化を見せた。

目で見たものを脳で認識する。認識した情報を精査し、どのように動くべきか判断し、その情報を脳から身体へ送る。送られた電気信号によって筋肉は伸縮を開始し、身体が動き出す。

これらの情報の伝達速度は一瞬ではなく少しだけの間がある。その少しの間、バッターにはボールが見えていない。バッターが『ボールがどのように動いたか』を理解する事ができるのはバットを振り終えた直後のことだからである。

故にバッターはその少しの間を埋める為、無意識にボールがどう変化するかを予測する。

そして、そのフォークボールは予測を上回り、視界から消えるのだ。

「ふぉっー!!」
「ははは……なんだこれ」
「あーすっご、凄いなこれは」

また攻守が交代。純のストレートが投げ込まれる。スカウト達は何かおかしいと気づく。データを取っているからこそわかる事だ。

データには同じ数字が並んでいた。

「146キロ!ストレート……ん?」
「146キロ!ん?」
「146キロ?」
「さっきのスプリットも146キロ?」
「「「???」」」

フォーシームジャイロが投げられる。先程の球と見比べると何かが違うように感じる。しかし球速は変わらない。

「146キロ……?」
「また146キロ?」
「ストレートの手を抜いてる……わけでも無さそうだね」
「ストレート、かなりノビてましたからね」

チェンジアップが投げられる。

「おっおっおっおっ」
「うわぁ……」
「あー」
「137キロ」

その後も新野と純は三振の山を築きスカウト達はあうあう言っていた。その次の試合。純が先発としても中継ぎとしても出なかったのでスカウトはモヤモヤしながら帰っていった。

その翌日、スカウト達はまた同じ席に座っていた。

「見た?」
「ジャイロだったな、それも凄いしコントロールがやばかった」
「これで先発でなら来年の決定だよ、球速伸びるでしょ?」
「あー先発だったら嬉しいねぇ、うちは中継ぎでも欲しいけど」
「ジャイロは現代最後の魔球。魔球ってロマンあるよねぇ」
「魔球はナックルだろ!メジャーリーグで活躍してるし!」

純達の先輩のナックル先輩のことである。

「それもこの学校なんだぜ……恐ろしいだろ?」
「新野君のフォークもエゲツないですよね」
「あーれはやばい。バックネット裏から見たかった!」
「バックネット裏が物置になってるらしくて使えないんですよね」

バックネット裏は何故か他の部活の備品が置いてあったりしてとても使える状態ではなかった。人がギリギリ通れるくらいのスペースしか空いていない。

「という文句を監督に言ってみたんですよ」

スカウトの1人がそう言った。新人スカウトだった。
ギョっと先輩スカウト達が振り返る。

「えぇ、マジか?」
「勇気あるな」
「よう頑張ったな!」

先輩達からお褒めの言葉を受け少し新人スカウトは照れ臭そうだ。

「なんと、審判のマスクにカメラをつけてもらうことができました!」

その報告に喜ぶ面々。

「やった、特等席じゃん」
「DVDにして頂けるそうです」
「マジか!ありがたいな」
「後でお礼しに行かないとな」

と雑談途中で試合が始まる。
なお、コーチは『映像データを送る』ということを知らないためわざわざダビングするのだ。

先発は伊藤。

「おしっ!」
「はい!決定!」

その後もチャンスで必ずヒット以上を打つ鎌瀬やら守備が上手いスミダ達が目立ちスカウト達はホクホク顔でDVDを貰って帰っていった。

「ところで池上君取ったトラーズさんは引いてくれませんかね」
「いやいや、譲る気はありませんよ」
「キャッチャーも取ったじゃないですか……」

「「あっ、一ノ瀬君のチェック忘れてた」」

ここでスカウトに名前も覚えられていない将也は不憫であるとしか言いようがない。しっかりとヒットなどの活躍はしていたはずなのだが。

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