恋はタイミングがつきものと言うけれど

月山 歩

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3.俺の恋

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 侑斗は多忙な仕事の合間に、華の婚約破棄による慰謝料請求を進めていた。

 法律事務所に勤めているが、本来、俺の専門は企業案件で、恋愛や結婚絡みのトラブルは扱っていない。

 弁護する内容によって、各セクションに分かれており、依頼人の希望に沿って有利に進めるには、専門家の意見を求めるのが不可欠だった。

 だから今回は、その分野に強い高木さんに相談しながら、なんとか時間を捻出していたのだ。

 そこまでするほど、子供の頃から俺は華を好きだったけれど、長い間その想いを封印して来た。

 恋愛して浮かれているようでは、いつまでも合格できないと思っていたからで、弁護士になるべく、司法試験の勉強に専念していた。

 華が男と付き合ってもすぐに別れるのはわかっていたし、弁護士になってから、告白するつもりだった。

 そして、無事合格して、弁護士として働き、華もシングルの今がチャンス。
 俺は華の元彼の件を片付けたら、彼女と付き合いたいと思っている。

 そんな折、このオフィスのCEOである父から呼び出され、部屋を訪れた。

「失礼します、父さん。」

「岡本君、二人にしてくれ。」

「はい、坂下代表。」

 パラリーガルの岡本さんが退出すると、応接用のソファに腰掛ける。
 それを見届けると、デスクの奥に座る父は、低い声で切り出した。

「何で呼ばれたか、わかっているのか?」

「わかってる。」

「友人からの依頼を引き受けたんだってな。
 そんな案件、担当部署に回したらいいだろう?
 お前は自分の仕事に集中しろ。」

「そうはいかないよ。
 案件を進める対価として、きちんと弁護料をもらってる。
 会社に利益をもたらしているんだから、父さんに止められる筋合いはない。

 父さんだって、知り合いから依頼された案件を引き受けたことがあるだろ?」

「それはそうだが、お前は今まだ経験も浅く、大切な時期だ。」

「わかってる。
 けど俺は、この経験を無駄にしないし、必ず今後の仕事に役立ててみせる。」

「はっきり言おう。
 そんなに、その娘が大切か?」

 幼馴染である華のことは、父も知っている。

「ああ、俺は彼女のために弁護士になった。
 彼女とのことだけは、絶対に誰にも口出しさせない。
 たとえこのオフィスをクビになっても。」

 そう言って父を見据えると、父は諦めたように溜息をついた。

「お前は昔からそうだ。
 あの娘の何がいいのかはわからないけれど、そんなに彼女の件をやりたいならば、抱えている案件で結果を出せ。」

「言われなくてもそのつもりだ。」

 俺はそう言って、父の部屋を後にする。

 休みの日を削り、慣れない恋愛絡みの分野の資料や書類作りに追われる生活は、一か月以上続いている。

 父が心配するように、精神面での疲労や物理的な睡眠不足は、日々体力を削っていく。

 プライベートの時間はほぼないほど、仕事以外は寝るだけの生活であった。

 けれども、それが何だと言うんだ。
 華の未来を守るためだと思えば、苦しささえ力に変わる。

 華の婚約者だった男は、婚約破棄と結婚詐欺の証拠を突きつけると、納得がいかないとばかりに、あちらも弁護士を立てると言って対抗してきた。

 ー 「俺が結婚詐欺だと? 
 ふざけるな! 
 こっちには腕の立つ弁護士がついているんだぞ!」

 電話越しに威嚇するような男の声が響く。
 とても冷静に話し合えるやつじゃない。
 華はこの本性に気づいて無かったんだろうな。

 ー 「でしたら、その方の連絡先を教えてください。
 そちらと話し合います。
 あなたはことの重大さを、理解していないようですので。」

 ー 「わかった。
 後から後悔するなよ。」

 捨てゼリフと共に電話は切れ、苛立ちがわく。

 だが、こちらは華の元彼である頭のおかしな男と話し合うよりも、法を理解するプロとやり合う方が、無駄な時間が取られないから、むしろありがたい。

 それからは、代理人となった弁護士との交渉が続く。

 ー 「強気に出るのは結構ですが、こちらは刑事告訴も考えておりますし、法廷に持ち込めば、そちらの依頼人の社会的信用は確実に失墜します。
 果たして、それに耐えられるのでしょうか?」

 ー 「刑事告訴ですか、民事訴訟だけでなく?
 それについては、依頼人と相談させてください。」

 そしてどんどん相手の強気な反応は、鎮火していく。

 ー 「その後、どうなりましたか?」

 ー 「はい。
 私どもの依頼人は、是非とも示談で解決したいと申しております。
 示談金も雪村 華さんにお支払いするつもりです。」

 度重なる交渉の末、結婚詐欺による刑事告訴をちらつかせると相手は折れ、示談金という名の慰謝料の支払いに合意した。

 これで、華に良い報告ができると俺は上機嫌で、昼休みに彼女にSNSでメッセージを送る。

 ー 「今夜会わないか?」

 ー 「いいけど、喫茶店でいい?」

 俺はスマホを眺めながら、胸に冷たい衝撃が走った。
 俺が華の案件に集中している間に、彼女には新しい男ができていた。

 考えてみれば、彼女と最後に会ってから、もう二ヶ月も経っている。
 問題を解決してから連絡しようと、あえてメッセージが来ても、軽く返答するのみにしていた自分が嫌になる。

 華はふんわりとした笑顔が可愛いくて、守ってあげたくなるような女性であり、学生の頃からよくモテていた。

 だから、前回会った時から二ヶ月も経っていたら、彼女と付き合いたい男が出て来るのは当たり前だった。
 自分の浅はかさに嫌気がする。

 婚約破棄されて落ち込んでいたから、こんなに早く新しい男と付き合うとは思っていなかったけど、俺の考えは甘すぎた。

 でも、それは俺がちゃんと先に華に「誰とも付き合わないで。」と言わなかったせいで、華のせいじゃない。

 ー 「わかった、近くまで行ったら連絡するから、出て来て。」

 ー 「了解」

 きっと華のことだから、すぐにその男とも別れるとは思うけれど、俺は午後からの仕事のモチベを失った。




 その夜、華の家の近くの喫茶店で待っていると、彼女が笑顔で現れた。

「久しぶり、侑斗、元気だった?」

「ああ。
 そっちは?」

「えー、聞いちゃう?
 私、新しい彼氏できたんだ。」

「そうなんだ。」

 俺は冷静を装ってそう答えたけれど、内心では聞く前からわかっていたし、悲しかった。

 やっと、華と付き合えると思っていた。
 彼女の問題を解決して、良い流れで告白しようと思っていたのに、その考えが裏面に出る。
 そんな悠長な思いは、華には通用しないのだ。

「それで、この前お願いしていた件なんだけど、大丈夫なんだよね?」

 そう言って、今度は不安そうに俺を見る。

「ああ、解決したよ。」

「良かった。
 ありがとう。」

 彼女が明らかにホッとした表情を見せる。
 表情が明るく戻り、その姿を見るだけでも、俺の努力は報われる気がした。

「それで慰謝料なんだけど、100万口座に振り込むから。」

「えー、ありがとう。
 それだけあれば、私の分の式場のキャンセル料を払えるわ。」

「いや、キャンセル料はもう払ってある。」

「えっ?」

「慰謝料から式場のキャンセル料と、探偵雇った分と俺の報酬を抜いた残りが、100万だ。」

「えっ、そんなに?」

「当たり前だろ。
 今回の件は、婚約破棄に結婚詐欺だから。
 華の人生をめちゃくちゃにしたんだ、アイツは。」

「そうだけど。」

「本当は後100万上乗せしたかったけど、式場のキャンセル料があったから、これで許してやったんだ。」

「へぇ、よくわかないけれど、侑斗ってすごいね。」

 華は羨望の眼差しで俺を見る。

 そうだよ。
 本当はこの流れで、告白したかったんだ。

「華のためなら、これぐらい簡単さ。」

 少しだけできる男を気取る。

「ありがとう。
 でも、そのもらったお金どうしよう?
 私、お金が欲しかったわけじゃなかったから。」

「だったら、全額貯金しておいて。」

「うん、わかった。」

 華はいつでも俺を無条件で信用する。
 それだけが、彼女と付き合えなかった俺のプライドを守る唯一の答え。

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