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4.繰り返す
久しぶりに会えた華と理人さんは、和風創作料理の店でデートしていた。
「このテリーヌ、出汁が効いていて、とても美味しい。」
「気に入ってくれて良かった。
実は前に会食で来たとき、料理が美味しくて、雰囲気も良いから華を連れて来たいと思っていたんだよ。」
「嬉しい。」
忙しい仕事の合間にも私を思い出し、次にデートする場所を考えてくれる。
頻回には会えないけれど、その分、私を大切にしてくれているのが伝わってくる。
そんな彼の優しさが嬉しい。
テーブル席の奥、観葉植物の陰に隠れるようにして座っている私達は、周囲のざわめきなど存在しないかのように、互いに視線を絡め合っていた。
「好きだよ。」
いたずらっぽく囁く理人さんに、私は頬を赤らめる。
「もう、周りの人に変な目で見られちゃうよ。」
冗談めかした私の声に、彼は少しだけ目を細めて笑った。
「大丈夫、誰も見ていないさ。
この後、まだ時間あるよね?」
「うん。
明日は休みだから。
理人さんは?」
「僕は明日有給取った。」
「えっ、嬉しい。
じゃあ、心置きなくゆっくりできるね。」
まるで二人だけの世界にいるように、心地よい時間が流れていく。
私達は、お腹いっぱい料理を楽しんで、店を後にすると、柔らかな夜風が頬を撫でた。
「風が気持ちいい。
少し歩こう。」
「うん。」
二人が腕を組みながら道を歩いていると、突然、後ろから女性が駆け寄って来て、理人さんの腕を掴んだ。
睨みつける目は鋭く、怒りを隠そうともしない。
「理人、この女とはどういう関係?
ぜひ紹介して。」
「うわっ、どうしてここに?」
「どうしてここにじゃないわよ。
どういう関係か聞いているの!」
「いや、この人は会社の取引相手で、たまたま飲み会があって、一緒に歩いていただけだよ。」
「私が何も知らないとでも思って、しょうもない嘘を。
見たらわかるわよ。
私が気づかないとでも思った?」
そう言われた理人さんは、下を向き、言葉を失った。
「ねえ、あんたも何か言ったらどうなのよ、恥ずかしくないの?」
そう言って、今度は私を睨みつける。
「えっ、私?
理人さん、ねえ、これってどういうこと?
どうしてこの人は怒っているの?」
私が理人さんに囁くように尋ねると、彼は歯切れ悪く答えた。
「いやあ、それはちょっと誤解があって。」
「誤解?」
「そう、後で話そう。」
それを聞きつけるとその女性はさらに眉を吊り上げて、声を荒げた。
「何を二人でコソコソ話しているの?
まずは二人離れなさいよ。
ここまで言っても、まだ認めないつもり?
正直に言いなさいよ。
こんな女と浮気して!」
「えっ?
浮気って?」
その女性の言葉に嫌な予感が胸をよぎる。
「あんたもいつまでもとぼけないで。
今更、この人から何も聞いてないとか嘘つくのやめてよ。
不倫のくせに!」
「いやいや、勘違いだよ。」
理人さんが口を挟むが、女性は怒りを増す。
「は?
どこがどう勘違いなのよ。」
「ちょっと待ってください。
不倫って?」
「そうよ、不倫。
私達結婚しているの。
見てわからない?
二人には子供もいるんだから、知らないフリで逃げれると思わないで。
あんたにも慰謝料を支払ってもらうからね。」
「ちょっと待ってください。
本当に結婚しているんですか?」
「とぼけちゃって、それで許されるわけないじゃない。」
「すいません。
私、本当に理人さんが結婚しているなんて、知らなくて。」
「ふん、信じられるもんですか。
二人に絶対払ってもらうからね。
覚悟しなさい。」
「華、大丈夫だから。
こっちで何とかするから。」
理人さんは私を庇うように話すが、それだけでは済まされないし、私は真実を知りたい。
「彼女が言っているのは、本当なの?
理人さんは結婚しているの?
じゃあどうして私と付き合ったの?」
「ごめん、結婚はしているけれど、華とも真剣に付き合っている。」
「どう言うこと?」
「この男の言葉なんて信じない方がいいわよ。
あなたは遊ばれたの。」
「酷い。」
「…。」
理人さんはこれ以上誤魔化すのは無理だと感じたのか、ついに黙り込み、何も答えなくなった。
そのようすを見て絶望し、胸が冷たく締めつけられる。
どうして、何も答えてくれないの?
質問しても頑なに口を閉ざす姿は、私が好きだと思った理人さんではもうない。
彼女の言うことが正しくて、何も言えない…これが真実なのね。
目の前で繰り広げられた理人さんと妻のやり取りを見てしまった後では、彼への思いが急速に失われていく。
私の知ってる理人さんは大人でスマート、私を大切にしてくれる理想の彼だと思っていた。
でも、蓋を開けてみたらただの嘘つきで、浮気癖のある既婚者。
きっと彼の中では、私はただの気まぐれ。
奥さんに詰められたら、返事を返せない程度の。
だったら、私達の関係に未来はない。
「何も言ってくれないのね。
理人さん、もう別れよう。」
「待ってくれ。」
私がそう言うと、彼は慌てたように私を追おうとするが、じっと睨む妻の顔を見ると、諦めたように足を止めた。
「当然よ。」
「さよなら。」
私は信じていたのに裏切られた思いのまま、このやり取りに嫌気がさし、その場を離れる。
私は理人さんと付き合っていながら、彼の何を見ていたのだろう。
既婚者だなんて、全然気づかなかった。
元々仕事で忙しくしている人だから、頻繁には会えないと思っていたし、週末もたまには会うこともできていたから、余計にわかりにくい。
夜はSNSで繋がっていたし、全然連絡が取れないわけでもなかった。
だとしたら、どうやって既婚者だと見抜けたの?
デートを重ね、結婚しようと言われ、いつしか淡い夢を見ていた。
でも、今はそれもすべて煙のように無くなった。
彼にとって私は、簡単に嘘で誤魔化せるような都合の良い相手。
もしかしたら、たとえ結婚しているとバレても、言いくるめれると思っていたのかも知れない。
バイト時代の楽しかった思い出まで踏みにじられた気分だ、最低。
どうして私の恋は、いつもうまくいかないのだろう?
気をつけているつもりなのに、繰り返すダメ男との失恋に、もう疲れてしまった。
自分では、どうしていいかわからずに悲しくなってくる。
人目を憚らず、俯き、泣きながら駅へ向かう。
人混みの中、私が泣いていたって誰も気づかず通り過ぎる。
ふと目を上げると、嬉しそうに寄り添うカップルが目につき、さらに悲しくなる。
周りには大勢の人がいるのに、私一人を愛してくれる人だけがいない。
孤独を感じる東京で、本当に私、何をやっているんだろう?
「このテリーヌ、出汁が効いていて、とても美味しい。」
「気に入ってくれて良かった。
実は前に会食で来たとき、料理が美味しくて、雰囲気も良いから華を連れて来たいと思っていたんだよ。」
「嬉しい。」
忙しい仕事の合間にも私を思い出し、次にデートする場所を考えてくれる。
頻回には会えないけれど、その分、私を大切にしてくれているのが伝わってくる。
そんな彼の優しさが嬉しい。
テーブル席の奥、観葉植物の陰に隠れるようにして座っている私達は、周囲のざわめきなど存在しないかのように、互いに視線を絡め合っていた。
「好きだよ。」
いたずらっぽく囁く理人さんに、私は頬を赤らめる。
「もう、周りの人に変な目で見られちゃうよ。」
冗談めかした私の声に、彼は少しだけ目を細めて笑った。
「大丈夫、誰も見ていないさ。
この後、まだ時間あるよね?」
「うん。
明日は休みだから。
理人さんは?」
「僕は明日有給取った。」
「えっ、嬉しい。
じゃあ、心置きなくゆっくりできるね。」
まるで二人だけの世界にいるように、心地よい時間が流れていく。
私達は、お腹いっぱい料理を楽しんで、店を後にすると、柔らかな夜風が頬を撫でた。
「風が気持ちいい。
少し歩こう。」
「うん。」
二人が腕を組みながら道を歩いていると、突然、後ろから女性が駆け寄って来て、理人さんの腕を掴んだ。
睨みつける目は鋭く、怒りを隠そうともしない。
「理人、この女とはどういう関係?
ぜひ紹介して。」
「うわっ、どうしてここに?」
「どうしてここにじゃないわよ。
どういう関係か聞いているの!」
「いや、この人は会社の取引相手で、たまたま飲み会があって、一緒に歩いていただけだよ。」
「私が何も知らないとでも思って、しょうもない嘘を。
見たらわかるわよ。
私が気づかないとでも思った?」
そう言われた理人さんは、下を向き、言葉を失った。
「ねえ、あんたも何か言ったらどうなのよ、恥ずかしくないの?」
そう言って、今度は私を睨みつける。
「えっ、私?
理人さん、ねえ、これってどういうこと?
どうしてこの人は怒っているの?」
私が理人さんに囁くように尋ねると、彼は歯切れ悪く答えた。
「いやあ、それはちょっと誤解があって。」
「誤解?」
「そう、後で話そう。」
それを聞きつけるとその女性はさらに眉を吊り上げて、声を荒げた。
「何を二人でコソコソ話しているの?
まずは二人離れなさいよ。
ここまで言っても、まだ認めないつもり?
正直に言いなさいよ。
こんな女と浮気して!」
「えっ?
浮気って?」
その女性の言葉に嫌な予感が胸をよぎる。
「あんたもいつまでもとぼけないで。
今更、この人から何も聞いてないとか嘘つくのやめてよ。
不倫のくせに!」
「いやいや、勘違いだよ。」
理人さんが口を挟むが、女性は怒りを増す。
「は?
どこがどう勘違いなのよ。」
「ちょっと待ってください。
不倫って?」
「そうよ、不倫。
私達結婚しているの。
見てわからない?
二人には子供もいるんだから、知らないフリで逃げれると思わないで。
あんたにも慰謝料を支払ってもらうからね。」
「ちょっと待ってください。
本当に結婚しているんですか?」
「とぼけちゃって、それで許されるわけないじゃない。」
「すいません。
私、本当に理人さんが結婚しているなんて、知らなくて。」
「ふん、信じられるもんですか。
二人に絶対払ってもらうからね。
覚悟しなさい。」
「華、大丈夫だから。
こっちで何とかするから。」
理人さんは私を庇うように話すが、それだけでは済まされないし、私は真実を知りたい。
「彼女が言っているのは、本当なの?
理人さんは結婚しているの?
じゃあどうして私と付き合ったの?」
「ごめん、結婚はしているけれど、華とも真剣に付き合っている。」
「どう言うこと?」
「この男の言葉なんて信じない方がいいわよ。
あなたは遊ばれたの。」
「酷い。」
「…。」
理人さんはこれ以上誤魔化すのは無理だと感じたのか、ついに黙り込み、何も答えなくなった。
そのようすを見て絶望し、胸が冷たく締めつけられる。
どうして、何も答えてくれないの?
質問しても頑なに口を閉ざす姿は、私が好きだと思った理人さんではもうない。
彼女の言うことが正しくて、何も言えない…これが真実なのね。
目の前で繰り広げられた理人さんと妻のやり取りを見てしまった後では、彼への思いが急速に失われていく。
私の知ってる理人さんは大人でスマート、私を大切にしてくれる理想の彼だと思っていた。
でも、蓋を開けてみたらただの嘘つきで、浮気癖のある既婚者。
きっと彼の中では、私はただの気まぐれ。
奥さんに詰められたら、返事を返せない程度の。
だったら、私達の関係に未来はない。
「何も言ってくれないのね。
理人さん、もう別れよう。」
「待ってくれ。」
私がそう言うと、彼は慌てたように私を追おうとするが、じっと睨む妻の顔を見ると、諦めたように足を止めた。
「当然よ。」
「さよなら。」
私は信じていたのに裏切られた思いのまま、このやり取りに嫌気がさし、その場を離れる。
私は理人さんと付き合っていながら、彼の何を見ていたのだろう。
既婚者だなんて、全然気づかなかった。
元々仕事で忙しくしている人だから、頻繁には会えないと思っていたし、週末もたまには会うこともできていたから、余計にわかりにくい。
夜はSNSで繋がっていたし、全然連絡が取れないわけでもなかった。
だとしたら、どうやって既婚者だと見抜けたの?
デートを重ね、結婚しようと言われ、いつしか淡い夢を見ていた。
でも、今はそれもすべて煙のように無くなった。
彼にとって私は、簡単に嘘で誤魔化せるような都合の良い相手。
もしかしたら、たとえ結婚しているとバレても、言いくるめれると思っていたのかも知れない。
バイト時代の楽しかった思い出まで踏みにじられた気分だ、最低。
どうして私の恋は、いつもうまくいかないのだろう?
気をつけているつもりなのに、繰り返すダメ男との失恋に、もう疲れてしまった。
自分では、どうしていいかわからずに悲しくなってくる。
人目を憚らず、俯き、泣きながら駅へ向かう。
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