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6.やり返す
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「高木さん、相談にのっていただいてありがとうございます。」
「いいのよ、ちゃんと報酬ももらってるんだから。」
翌日のオフィスで、侑斗は華の案件について、男女間の揉め事を専門に扱っている部門の高木さんを訪ねていた。
高木さんはこの道何十年かのベテランであり、ハキハキとした話しぶりは、自信の現れでもあった。
「それにしてもこの相手の女性、大した証拠もないのに、無理矢理慰謝料を請求して来てるわね。
こちらのクライアントは若い女性で、そんなにお金がないことがわかりそうなものなのに。」
「そうなんですよ。
きっと、何も分からず泣き寝入りして、言われたままに支払うと思ってますよね。
ただ、こちらがいくら結婚していたのを知らなかったと主張しても、提示する証拠がないんですよ。
だから、その男に証言させようと思っています。
それがあれば戦えますか?」
「そうね。
ただそれだけだと、相手に弁護士がついた場合、説得されて直前で覆される可能性もあるわ。
だから、そんな時でも言い逃れできないように、こちらとしてもできる限りの状況証拠を集めた方が安全ね。」
「わかりました。
SNSのやり取りはすべてあるので、それを証拠として提出します。」
「そうね、最後まで気を抜かないで。
それと、一つ聞いていい?
その女性は坂下さんとどういう関係?」
「友人です。」
「そう?
でも、その女性はこの前の案件と同一人物よね。
となると、この女性自身にも問題があるように思えるんだけど。
それでも受けるの?」
「はい。」
「きっとこの女性はまたやるわよ。
それでも?」
「はい。」
「じゃあ、はっきり言うけど、妙な案件に関わって負けたら、坂下さん自身の経歴に傷がつくわよ。
あなたは次期CEOでしょ。」
「はい、忠告ありがとうございます。
でも、僕にとって彼女は特別な存在です。
だから彼女のためにつく傷なら、いくらでもついていいと思っています。」
「そう、その覚悟があるならいいけど。
じゃ、困ったらまた相談して。」
「はい。
ありがとうございます。」
アドバイスをくれた高木さんの部屋を後にし、自分の部屋へ戻って相手の男に電話をかける。
ー 「もしもし、こちら坂下リーガルオフィスの坂下ですが、小川理人さんですか?」
ー 「はい。僕ですが何?弁護士?」
ー 「はい。雪村 華さんの件で、お電話しました。お時間を作ってほしいのですが、明日の十時、いかがですか?」
ー 「何で僕に?妻が勝手にしていることだ。僕には関係ない。こっちは忙しいんだ。」
ー 「さようですか。ですがこちらはSNSのやり取りの記録をすべて持っています。あなたは意図的に雪村さんに既婚であることを伏せて近づきましたね。このままでは逆に、こちらがあなたを訴えますよ。それでも構いませんか?」
ー 「それは困る。話をするから、それだけは勘弁してくれ。」
ー 「では、明日小川さんのご自宅か、こちらのオフィスどちらがよろしいですか?」
ー 「自宅は困る。オフィスに行くよ。」
ー 「承知しました。ではお待ちしています。」
通話を終えると、俺の胸に苛立ちがこみ上げる。
あー、腹立つ。
何なんだよ、この男。
自分は関係ないだと?
嘘ついて不倫したくせに。
原因作ったのお前だし、困るなら最初から華を巻き込むなよ。
彼女が好きになって、この男に騙されたと思えば、怒りでペンをへし折りたくなる。
あー、ダメだ、ダメだ。
怒っているだけじゃ、頭は働かないし、この戦いに勝てない。
俺はいつでも冷静な判断をしなければ、華を守れないとわかっているはずだ。
いつもの自分を取り戻したいそんな時は、華の写真を見て、心を落ち着かせるに限る。
スーツの胸ポケットから出したその写真には、合格祈願のお守りを手に、微笑む華が写っていた。
その写真を撮ったのは、司法試験を控えた大学卒業後の夏の夕暮れの時だった。
勉強漬けの日々で部屋にこもっていたある日、母が「華ちゃんが来ている」と告げた。
突然の彼女の訪問に慌てて玄関に出ると、白いワンピースを着た爽やかな華が立っていた。
蒸し暑い夏なのに、清涼感のある彼女の姿に呆然とする。
対照的に俺は、ボサボサの髪にヨレヨレの服でいたたまれない。
あまりの違いに、まともに愛想すら返せなかった。
それでも彼女は俺が姿を見せると、嬉しそうに微笑んだ。
「急にごめんね。」
「いや、別に…。」
「渡してもらえたら、それで良かったんだけど、…これ、あげる。
私、侑斗のこと応援してるから。」
そう言って華が大事そうに差し出したのは、合格祈願で有名な神社のお守りだった。
「えっ、ありがとう。
これお守りだよね?」
「うん、そう。
侑斗の力が本番でちゃんと出せるようにと思って。
いらなかったら、試験が終わるまででいいから、しまっておいて。」
「いや、試験に持って行くよ。
ありがとう。」
受け取った俺は、華が俺の司法試験のためにわざわざ買って来てくれたと知った。
司法試験に集中するあまり、もう何ヶ月も友人と連絡をとっていなかったし、彼女とも途絶えていた。
でも華は、受験することを覚えていて、応援してくれている。
孤独になりがちな受験生にとって、これほど心強いことはなかった。
「じゃ、私行くね。」
「えっ、もう?」
「うん、勉強の邪魔したくないから。」
華が背を向けようとしたその時、俺は思わず呼び止めた。
「ちょっと待って、俺のことを応援してくれてるんだよな?
だったら、華の写真撮ってもいい?」
「えっ?」
不思議そうに振り返る華。
「華がそのお守りを持ってるところ、写真に撮らせて。
そしたら、俺、絶対受かる。」
「何それ?
まあ、いいけど。」
「じゃあ、こっちに来て。」
「う、うん。」
俺は華に考える隙を与えずに、花壇の前に彼女を立たせると、素早くスマホで写真を撮った。
「よし、これでいい。」
「本当に効果あるの?」
「すごいあるよ。
大丈夫、証明してみせるから。」
「うん。
わかった。
じゃあ、またね。」
「うん、ありがとう。」
夕陽に照らされながら、足どりも軽く帰って行く華の後ろ姿を、俺は見えなくなるまで、見続けた。
胸の中にほんわかした想いが溢れ出す。
俺の心の中にはいつでも華がいる。
その後の俺は、この写真を眺めながら、言葉の通り司法試験と戦い、見事勝利をおさめた。
そして、この写真は今でも俺のお守りである。
初めて法廷で戦った時、苛立ちを抑えられない時や落ち込んだ時、いつだってこの写真を見ると、勇気と力が湧いてくる。
華のために、俺は戦う。
その思いに一点の曇りもなかった。
「いいのよ、ちゃんと報酬ももらってるんだから。」
翌日のオフィスで、侑斗は華の案件について、男女間の揉め事を専門に扱っている部門の高木さんを訪ねていた。
高木さんはこの道何十年かのベテランであり、ハキハキとした話しぶりは、自信の現れでもあった。
「それにしてもこの相手の女性、大した証拠もないのに、無理矢理慰謝料を請求して来てるわね。
こちらのクライアントは若い女性で、そんなにお金がないことがわかりそうなものなのに。」
「そうなんですよ。
きっと、何も分からず泣き寝入りして、言われたままに支払うと思ってますよね。
ただ、こちらがいくら結婚していたのを知らなかったと主張しても、提示する証拠がないんですよ。
だから、その男に証言させようと思っています。
それがあれば戦えますか?」
「そうね。
ただそれだけだと、相手に弁護士がついた場合、説得されて直前で覆される可能性もあるわ。
だから、そんな時でも言い逃れできないように、こちらとしてもできる限りの状況証拠を集めた方が安全ね。」
「わかりました。
SNSのやり取りはすべてあるので、それを証拠として提出します。」
「そうね、最後まで気を抜かないで。
それと、一つ聞いていい?
その女性は坂下さんとどういう関係?」
「友人です。」
「そう?
でも、その女性はこの前の案件と同一人物よね。
となると、この女性自身にも問題があるように思えるんだけど。
それでも受けるの?」
「はい。」
「きっとこの女性はまたやるわよ。
それでも?」
「はい。」
「じゃあ、はっきり言うけど、妙な案件に関わって負けたら、坂下さん自身の経歴に傷がつくわよ。
あなたは次期CEOでしょ。」
「はい、忠告ありがとうございます。
でも、僕にとって彼女は特別な存在です。
だから彼女のためにつく傷なら、いくらでもついていいと思っています。」
「そう、その覚悟があるならいいけど。
じゃ、困ったらまた相談して。」
「はい。
ありがとうございます。」
アドバイスをくれた高木さんの部屋を後にし、自分の部屋へ戻って相手の男に電話をかける。
ー 「もしもし、こちら坂下リーガルオフィスの坂下ですが、小川理人さんですか?」
ー 「はい。僕ですが何?弁護士?」
ー 「はい。雪村 華さんの件で、お電話しました。お時間を作ってほしいのですが、明日の十時、いかがですか?」
ー 「何で僕に?妻が勝手にしていることだ。僕には関係ない。こっちは忙しいんだ。」
ー 「さようですか。ですがこちらはSNSのやり取りの記録をすべて持っています。あなたは意図的に雪村さんに既婚であることを伏せて近づきましたね。このままでは逆に、こちらがあなたを訴えますよ。それでも構いませんか?」
ー 「それは困る。話をするから、それだけは勘弁してくれ。」
ー 「では、明日小川さんのご自宅か、こちらのオフィスどちらがよろしいですか?」
ー 「自宅は困る。オフィスに行くよ。」
ー 「承知しました。ではお待ちしています。」
通話を終えると、俺の胸に苛立ちがこみ上げる。
あー、腹立つ。
何なんだよ、この男。
自分は関係ないだと?
嘘ついて不倫したくせに。
原因作ったのお前だし、困るなら最初から華を巻き込むなよ。
彼女が好きになって、この男に騙されたと思えば、怒りでペンをへし折りたくなる。
あー、ダメだ、ダメだ。
怒っているだけじゃ、頭は働かないし、この戦いに勝てない。
俺はいつでも冷静な判断をしなければ、華を守れないとわかっているはずだ。
いつもの自分を取り戻したいそんな時は、華の写真を見て、心を落ち着かせるに限る。
スーツの胸ポケットから出したその写真には、合格祈願のお守りを手に、微笑む華が写っていた。
その写真を撮ったのは、司法試験を控えた大学卒業後の夏の夕暮れの時だった。
勉強漬けの日々で部屋にこもっていたある日、母が「華ちゃんが来ている」と告げた。
突然の彼女の訪問に慌てて玄関に出ると、白いワンピースを着た爽やかな華が立っていた。
蒸し暑い夏なのに、清涼感のある彼女の姿に呆然とする。
対照的に俺は、ボサボサの髪にヨレヨレの服でいたたまれない。
あまりの違いに、まともに愛想すら返せなかった。
それでも彼女は俺が姿を見せると、嬉しそうに微笑んだ。
「急にごめんね。」
「いや、別に…。」
「渡してもらえたら、それで良かったんだけど、…これ、あげる。
私、侑斗のこと応援してるから。」
そう言って華が大事そうに差し出したのは、合格祈願で有名な神社のお守りだった。
「えっ、ありがとう。
これお守りだよね?」
「うん、そう。
侑斗の力が本番でちゃんと出せるようにと思って。
いらなかったら、試験が終わるまででいいから、しまっておいて。」
「いや、試験に持って行くよ。
ありがとう。」
受け取った俺は、華が俺の司法試験のためにわざわざ買って来てくれたと知った。
司法試験に集中するあまり、もう何ヶ月も友人と連絡をとっていなかったし、彼女とも途絶えていた。
でも華は、受験することを覚えていて、応援してくれている。
孤独になりがちな受験生にとって、これほど心強いことはなかった。
「じゃ、私行くね。」
「えっ、もう?」
「うん、勉強の邪魔したくないから。」
華が背を向けようとしたその時、俺は思わず呼び止めた。
「ちょっと待って、俺のことを応援してくれてるんだよな?
だったら、華の写真撮ってもいい?」
「えっ?」
不思議そうに振り返る華。
「華がそのお守りを持ってるところ、写真に撮らせて。
そしたら、俺、絶対受かる。」
「何それ?
まあ、いいけど。」
「じゃあ、こっちに来て。」
「う、うん。」
俺は華に考える隙を与えずに、花壇の前に彼女を立たせると、素早くスマホで写真を撮った。
「よし、これでいい。」
「本当に効果あるの?」
「すごいあるよ。
大丈夫、証明してみせるから。」
「うん。
わかった。
じゃあ、またね。」
「うん、ありがとう。」
夕陽に照らされながら、足どりも軽く帰って行く華の後ろ姿を、俺は見えなくなるまで、見続けた。
胸の中にほんわかした想いが溢れ出す。
俺の心の中にはいつでも華がいる。
その後の俺は、この写真を眺めながら、言葉の通り司法試験と戦い、見事勝利をおさめた。
そして、この写真は今でも俺のお守りである。
初めて法廷で戦った時、苛立ちを抑えられない時や落ち込んだ時、いつだってこの写真を見ると、勇気と力が湧いてくる。
華のために、俺は戦う。
その思いに一点の曇りもなかった。
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