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9.告白
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「部屋のようす、随分変わったね。」
華は久しぶりに訪れた侑斗の部屋をしげしげと眺めていた。
前回、彼女が来たのは遠い昔で、その頃デスクは学習机だし、本棚にある法律関係の書籍は、昔は生物図鑑や歴史漫画だった。
「そりゃあそうだよ。
逆に今でも学習机で法律の勉強してたら、面白いだろうな。」
「ふふ、見てみたい気がする。」
「でも、足周りのスペースとか机の幅が狭くて早々に買い替えたんだよ。」
そう答えながら華の表情を伺うと、いつものように笑っているようで、どこか寂しそうな表情が気になり不安になる。
「何かあった?」
「ううん、侑斗はずっと頑張っていたなあと思って。
私ももっと勉強しておけば良かった。」
「気になるなら、今でも遅くないよ。
資格取ったり、講習受けたりしてそのスキルを仕事で活かしたら良いと思うよ。」
「私、学歴がほしい。」
「学歴、大学の?
やりたいことがあるなら良いけど、今さら?」
「そうだよね。
ううん、…いいの。」
「いや絶対何かあったよな。」
華の口から漏れる言葉の歯切れの悪さに、俺は確信する。
「何も。
私、侑斗がずっと頑張っているの見て来たのに、自分も頑張ろうと一度も思わなかったなぁと思って。
侑斗は侑斗、私は私って。」
「それで良いんだよ。
でも、華は俺のすることをいつでも応援してくれたし、周りのやつみたいに勉強ばかりする俺を茶化したりしなかった。」
「だって本当に侑斗は偉いもの。
私、尊敬してたんだ。」
大きな瞳からは、すぐに感情が溢れ出す。
そんなところも可愛い。
「ありがとう。」
華はいつもそうだ。
俺を励まし、やる気をキープさせてくれる。
彼女とのことがなかったら、勉強も仕事もこんなに頑張り続けてこれた自信がない。
変な男に寄り道することがあっても、彼女は俺のだから。
華、好きだ。
もう言ってしまいたい。
けれど告白する前に、まずは彼女を悩ませていた件を片付けてしまおう。
「この前の案件だけど、男が華に既婚を隠していたことを認めたよ。
SNSの会話でも、華が奥さんの存在を知っていたような発言は一切なかったし。
だから、華が不倫の共犯だという奥さんからの慰謝料請求は取り下げられた。
男には請求するみたいだけど。
俺がついている以上、証拠もないのに裁判をやっても勝てないと、弁護士から言われたんだと思う。」
「そうなんだ。」
「だから、華からも男の方に慰謝料請求しておいた。
俺のところの手数料を引いて、百五十万。」
「えっ、百五十万?」
「うん、俺が間に入るとどのみち弁護士費用かかるから、その分の慰謝料は取らないと、華が支払わないといけなくなるから。」
「…騙されたのはショックだったけど、そんなに慰謝料ってもらえるものなの?」
「もちろんだよ。
あの男は華を騙して付き合っていた。
もし最初から既婚だと知っていたら、華はそもそも付き合わなかったはずだ。」
「うん、そうだね。」
「あいつは華の心を傷つけたし、華の大切な時間を奪ったんだ。」
「…確かに傷ついたわ。
彼のこと信じてたから。」
「だから、この書類にサインして。
慰謝料は口座に振り込んでおくよ。」
「ありがとう。
ねえ侑斗、聞いたんだけど、私のせいで忙しくしていたんでしょ?
ごめんね。」
「いいんだよ。
華のためなんだから。」
俺はデスクの引き出しから、華にサインしてもらう書類をテーブルに置き、ペンを添える。
「ここね。」
「うん。」
華は俺が示した場所へろくに内容を読もうともせずに、サラッとサインをする。
相変わらず、華は俺を信頼し過ぎてる。
その無防備さが、かえって彼女の信頼を裏切りたくないと思わせるほどに。
本人は多分そんなつもりは、まるでないんだろうけれど、俺はそんな華が大好きだ。
華がサインした書類を受け取り、引き出しに戻すと、改めて彼女に向き合った。
「この件はこれでいいとして、俺との約束、覚えてる?
違う男と付き合っていない?」
「もちろんよ。」
「じゃあ、今は一人ってことだね?」
「うん。」
よし、これでタイミングはバッチリだ。
ついにこの時が来た。
呼吸を整え、華を見つめる。
「実は俺、華のことを好きなんだよね。
俺達付き合おうか?」
華は一瞬驚いた顔をした後、すぐに悲しげな瞳でじっと俺を見た。
「ごめん、今は付き合えない。」
「えっ、どうして?」
「私、侑斗に相応しくない。」
「何それ?
相応しいって何?」
「…。
ごめん、さよなら。」
華は俯いたままバックを掴むと、何も言わずに早足で部屋を出て行った。
勝手に華と付き合えると思っていたから、予想外の彼女の返答に力が抜け、その場に項垂れる。
十年以上彼女を想い続け、目標だった司法試験も終え、仕事も安定させて、華を苦しめる男も排除してやっと今言えたのに。
あっさりとフラれてしまった。
俺は華の何を間違えたんだ?
彼女のことなら何でもわかると、自惚れていた自分が恥ずかしくなる。
華が「俺に相応しくない。」って、どういうこと?
散々二人で過ごし、一緒にいたらいつだって楽しいと思っていたし、俺達の相性はピッタリだろ?
それとも、華にとっては違っていたのか?
わからない。
この瞬間、俺は人生で最大の打撃を受けて、脳も体も考えたり動いたりすることを拒絶していた。
俺は何のために、弁護士になったんだ?
彼女を失っては、もうこれ以上求めるものも、やりたいことも何も、何も見えない…。
華は久しぶりに訪れた侑斗の部屋をしげしげと眺めていた。
前回、彼女が来たのは遠い昔で、その頃デスクは学習机だし、本棚にある法律関係の書籍は、昔は生物図鑑や歴史漫画だった。
「そりゃあそうだよ。
逆に今でも学習机で法律の勉強してたら、面白いだろうな。」
「ふふ、見てみたい気がする。」
「でも、足周りのスペースとか机の幅が狭くて早々に買い替えたんだよ。」
そう答えながら華の表情を伺うと、いつものように笑っているようで、どこか寂しそうな表情が気になり不安になる。
「何かあった?」
「ううん、侑斗はずっと頑張っていたなあと思って。
私ももっと勉強しておけば良かった。」
「気になるなら、今でも遅くないよ。
資格取ったり、講習受けたりしてそのスキルを仕事で活かしたら良いと思うよ。」
「私、学歴がほしい。」
「学歴、大学の?
やりたいことがあるなら良いけど、今さら?」
「そうだよね。
ううん、…いいの。」
「いや絶対何かあったよな。」
華の口から漏れる言葉の歯切れの悪さに、俺は確信する。
「何も。
私、侑斗がずっと頑張っているの見て来たのに、自分も頑張ろうと一度も思わなかったなぁと思って。
侑斗は侑斗、私は私って。」
「それで良いんだよ。
でも、華は俺のすることをいつでも応援してくれたし、周りのやつみたいに勉強ばかりする俺を茶化したりしなかった。」
「だって本当に侑斗は偉いもの。
私、尊敬してたんだ。」
大きな瞳からは、すぐに感情が溢れ出す。
そんなところも可愛い。
「ありがとう。」
華はいつもそうだ。
俺を励まし、やる気をキープさせてくれる。
彼女とのことがなかったら、勉強も仕事もこんなに頑張り続けてこれた自信がない。
変な男に寄り道することがあっても、彼女は俺のだから。
華、好きだ。
もう言ってしまいたい。
けれど告白する前に、まずは彼女を悩ませていた件を片付けてしまおう。
「この前の案件だけど、男が華に既婚を隠していたことを認めたよ。
SNSの会話でも、華が奥さんの存在を知っていたような発言は一切なかったし。
だから、華が不倫の共犯だという奥さんからの慰謝料請求は取り下げられた。
男には請求するみたいだけど。
俺がついている以上、証拠もないのに裁判をやっても勝てないと、弁護士から言われたんだと思う。」
「そうなんだ。」
「だから、華からも男の方に慰謝料請求しておいた。
俺のところの手数料を引いて、百五十万。」
「えっ、百五十万?」
「うん、俺が間に入るとどのみち弁護士費用かかるから、その分の慰謝料は取らないと、華が支払わないといけなくなるから。」
「…騙されたのはショックだったけど、そんなに慰謝料ってもらえるものなの?」
「もちろんだよ。
あの男は華を騙して付き合っていた。
もし最初から既婚だと知っていたら、華はそもそも付き合わなかったはずだ。」
「うん、そうだね。」
「あいつは華の心を傷つけたし、華の大切な時間を奪ったんだ。」
「…確かに傷ついたわ。
彼のこと信じてたから。」
「だから、この書類にサインして。
慰謝料は口座に振り込んでおくよ。」
「ありがとう。
ねえ侑斗、聞いたんだけど、私のせいで忙しくしていたんでしょ?
ごめんね。」
「いいんだよ。
華のためなんだから。」
俺はデスクの引き出しから、華にサインしてもらう書類をテーブルに置き、ペンを添える。
「ここね。」
「うん。」
華は俺が示した場所へろくに内容を読もうともせずに、サラッとサインをする。
相変わらず、華は俺を信頼し過ぎてる。
その無防備さが、かえって彼女の信頼を裏切りたくないと思わせるほどに。
本人は多分そんなつもりは、まるでないんだろうけれど、俺はそんな華が大好きだ。
華がサインした書類を受け取り、引き出しに戻すと、改めて彼女に向き合った。
「この件はこれでいいとして、俺との約束、覚えてる?
違う男と付き合っていない?」
「もちろんよ。」
「じゃあ、今は一人ってことだね?」
「うん。」
よし、これでタイミングはバッチリだ。
ついにこの時が来た。
呼吸を整え、華を見つめる。
「実は俺、華のことを好きなんだよね。
俺達付き合おうか?」
華は一瞬驚いた顔をした後、すぐに悲しげな瞳でじっと俺を見た。
「ごめん、今は付き合えない。」
「えっ、どうして?」
「私、侑斗に相応しくない。」
「何それ?
相応しいって何?」
「…。
ごめん、さよなら。」
華は俯いたままバックを掴むと、何も言わずに早足で部屋を出て行った。
勝手に華と付き合えると思っていたから、予想外の彼女の返答に力が抜け、その場に項垂れる。
十年以上彼女を想い続け、目標だった司法試験も終え、仕事も安定させて、華を苦しめる男も排除してやっと今言えたのに。
あっさりとフラれてしまった。
俺は華の何を間違えたんだ?
彼女のことなら何でもわかると、自惚れていた自分が恥ずかしくなる。
華が「俺に相応しくない。」って、どういうこと?
散々二人で過ごし、一緒にいたらいつだって楽しいと思っていたし、俺達の相性はピッタリだろ?
それとも、華にとっては違っていたのか?
わからない。
この瞬間、俺は人生で最大の打撃を受けて、脳も体も考えたり動いたりすることを拒絶していた。
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