恋はタイミングがつきものと言うけれど

月山 歩

文字の大きさ
17 / 19

17.恋人

 数日後から、侑斗は私の部屋に通い、勉強を教えてくれるようになった。

 私はテキストを広げ、隣に座る彼にずっと悩んでいた問題を相談する。

「ここ、どうしてもわからないの…。」

「どれどれ。」

 小声でつぶやくと、法律の専門書を読んでいた彼が体を傾け、肩と肩がかすかに触れる距離まで近づいてきた。

 侑斗の指先がテキストに触れるたび、思い出す。
 ああ私、ずっと彼の手の形が好きだったな。
 少しごつごつしているのに、器用そうな指。

 きっと私、たくさんの手の模型があったとしても、侑斗の手を探し出すことができる。

 ふふ。
 そんな能力があっても、使えるところなんてないのにね。

「この言葉の指す場所がわかると、答えが導き出せるんだ。」

 解説を話す彼の声が響き、無心で聞き入ってしまう。
 私、侑斗の声も好き。
 低く響く声は私を離さず、ずっと聞いていたいと思わせる。

 せっかく教えてくれているんだから、内容を頭に入れようと思っても、今度は温かい香りが私に届き、体が自然に彼の方へ引き寄せられ、抱きつきたくなる手を止めることすら難しい。

 ダメだ。
 侑斗のことが気になって、内容が全然入って来ない。

「…もう一回、教えてくれる?」

 彼の手も声もすべてが、私を勉強に集中させてくれない。

 教えてくれているのに明らかに違うことを考えているのが恥ずかしく、赤くなった顔をそらす私を見て、彼が手を伸ばし、私の手にそっと触れる。

 二人の指が絡み合い、静かにその繋がった手をお互いに見つめる。

 すると、肩が触れる距離で、彼の視線が熱く私を見つめてきた。
 それを受けて、私も彼を見つめ返す。

「そんな顔で見つめられたら、勉強に集中しろって、怒れない。
 好きだよ、華。
 大学を卒業してなくても、付き合おう。

 好きって言い合うだけじゃ俺、満足できないし、待てない。
 ちゃんと卒業するまでフォローするから。」

「…うん、本当は私も早く付き合いたい。
 でも、親に伝えるのは、卒業してからでもいい?」

「うん、華がそうしたいなら。」

「うん、だったらいいよ。」

「よし、じゃあ今から、俺達は恋人同士だぞ。」

「わかったわ。」

「はー、今すぐイチャイチャしたいけど、約束したし、とりあえず先に勉強しちゃおう。

 それまで、恋人モードはおあずけ。
 だから華もニヤニヤすんな。
 そのかわり、終わったら二人でお祝いな、約束だぞ。」

「うん。」

 二人でテキストに向き直り、意識を集中させようとするが、彼の声が低く囁き、どうしても難しい。

 意識しないようにすればするほど、テキストの文字はもう目に入らず、私は彼だけでいっぱいになっていた。

 勉強しているはずなのに、いつの間にか甘く切ない時間に迷い込んでしまう。

 いつから私達は、勉強していても、お互いを意識するようになったんだろう。

 子供の頃は、こんな気持ち全然知らなかった。
 でも今は、ただ二人で勉強しているだけで、こんなにも甘くなってしまう。




 その後、大森君は大学を辞め、私は侑斗と付き合ったこともあり、通信大学の仲間達とは距離を置くようになった。

 私は容疑が晴れたので、会社で仕事を続けているけれど、小池さんは辞職していった。

 留置所で過ごした時は、明日をも見えないほど追い込まれたけれど、侑斗が関わったおかげで、その後、警察に呼ばれることは一切なかった。
 彼はいつも、私のトラブルを完璧に収めてくれる。

「ねえ、警察署に侑斗が来てくれた時の依頼料を払いたいんだけど?」

「恋人同士だからいらない。
 俺は華のために弁護士の仕事をするし、華は俺のために部屋の掃除してくれてるだろ?
 だから、おあいこ。」

「でも、侑斗のやってくれたことは、特別な知識と資格を持った人しかできないことだし。
 私のところに来てくれてた間、仕事に穴あけてない?」

「有休使ったから、大丈夫。
 久しぶりに華に会いに行くんだから、るんるんだったよ。」

「嘘、そんな顔してなかったよ。」

「俺だって、警察署の中ではそれらしい顔するさ。」

「それはそうだろうけど。
 でも、侑斗に迷惑かけちゃったから、気持ちだけでも払いたいの。」

「きっとさぁ、料理人の彼氏は彼女に熟練の技を駆使して、美味しいご飯を作ってあげると思うんだ。
 でも、彼女にお金を請求しない。
 それと同じだよ。」

「確かにそうだけど、私ばっかり特別なことをしてもらうのって、申し訳なくて。」

「何、そんなに俺に何かしたいの?
 だったら、ヘッドマッサージしてくれてもいいよ。
 大森の裁判で使う華の意見書作ってるんだけど、一日中パソコン見てるから、目が限界でさ。」

「えー、そうだよね。
 ここに座って。
 ぜひやらせてもらいます。」

「うん、ありがとう。」

 侑斗を目の前のソファに座らせると、後ろから彼の髪にそっと指を差し入れる。
 柔らかな髪を梳くたびに、彼は目を細め、ほっとしたように息をついた。

「力加減、大丈夫?」

「…気持ちいい。
 眠くなるかも。」

 くすぐったそうに笑いながらも、彼は頭を預けてくる。
 私はゆっくりと指の腹で、繰り返しこめかみを押していく。

 彼の普段と違う無防備な表情に胸が熱くなる。
 侑斗はずっと勉強も仕事も全力で頑張って来たよね。
 その姿も素敵だけど、どうか私のそばでは、少しだけ休んでほしいと思うの。

 あなたはいつでも全力で、自分に頼って来る人を助けようとする人だから。

「…たまにこうしてもいい?」

「うん。
 華に触れられてると、何もいらない気がする。」

「嬉しい。
 私も侑斗のためにできることがあるんだね。」

「華は気づいてないけれど、ずっと俺を支えてくれてるよ。
 仕事でどんなに心が折れそうになっても、これが終わったら華に会えると思えば、乗り越えて行きたくなるんだよ。

 それに、会えない夜はスマホの華の写真を見て、あー可愛いって言っちゃってるし。
 だから俺達は、支え合ってる。
 それを忘れないで。」

「うん。」

 囁かれた言葉に、普段はあまり教えてくれない一人でいる時の侑斗の本音が垣間見える。

 目を瞑ってリラックスしているから、素直な心が漏れているのだろう。
 そんな姿に、指先だけでなく心までも彼を包み込んでしまいたい衝動に駆られる。
 髪を撫でながら、二人の間に甘く穏やかな時間が流れていった。

 それから、何とか私は大学を卒業することができ、ついに両親にも紹介できるようなお似合いのカップルになった。
 多分だけど。
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者を妹に取られた私、幼馴染の〝氷の王子様〟に溺愛される日々

佐藤 美奈
恋愛
エリーゼ・ダグラス公爵家の令嬢は、フレックス・グリムベルク王子と婚約していた。二人の結婚は間近に迫り、すべてが順調に進んでいると思われた。しかし、その幸せは突然崩れ去る。妹のユリア・ダグラスが、フレックスの心を奪ってしまったのだ。婚約破棄の知らせが届くとき、エリーゼは絶望に打ちひしがれた。 「なぜ?」心の中で何度も繰り返した問いに、答えは見つからない。妹に取られたという嫉妬と、深い傷を負ったエリーゼが孤独に沈んでいた。そのとき、カイル・グリムベルク王子が現れる。 彼はエリーゼにとって、唯一の支えであり安らぎの源だった。学園で『氷の王子様』と呼ばれ、その冷徹な態度で周囲を震えさせているが、エリーゼには、その冷徹さとは対照的に、昔から変わらぬ温かい心で接してくれていた。 実は、エリーゼはフレックスとの婚約に苦しんでいた。彼は妹のユリアに似た我儘で気まぐれな性格で、内心では別れを望んでいた。しかし、それを言い出せなかった。

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

完)今日世界が終わるなら妻とやり直しを

オリハルコン陸
恋愛
俺は、見合い結婚をした妻のことが嫌いな訳ではない。 けれど今まで、妻に何ひとつ自分の気持ちを伝えてこなかった。多分妻は、俺のことを妻に興味のない、とても冷たい夫だと思っているだろう。 でも、それは違うんだ。 世界が終わってしまう前に、これだけは伝えておかなければ。 俺は、ずっと前から君のことがーー ------ すっかり冷え切ってしまった夫婦。 今日で世界が終わると知って、夫が関係修復の為にあがきます。 ------ オマケは、彼らのその後の話です。 もしもあの日、世界が終わらなかったら。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

オネエな幼馴染と男嫌いな私

麻竹
恋愛
男嫌いな侯爵家の御令嬢にはオネエの幼馴染がいました。しかし実は侯爵令嬢が男嫌いになったのは、この幼馴染のせいでした。物心つく頃から一緒にいた幼馴染は事ある毎に侯爵令嬢に嫌がらせをしてきます。その悪戯も洒落にならないような悪戯ばかりで毎日命がけ。そのせいで男嫌いになってしまった侯爵令嬢。「あいつのせいで男が苦手になったのに、なんであいつはオカマになってるのよ!!」と大人になって、あっさりオカマになってしまった幼馴染に憤慨する侯爵令嬢。そんな侯爵令嬢に今日も幼馴染はちょっかいをかけに来るのでした。

年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました

チカフジ ユキ
恋愛
ヴィクトリアには年下の婚約者がいる。すでにお互い成人しているのにも関わらず、結婚する気配もなくずるずると曖昧な関係が引き延ばされていた。 そんなある日、婚約者と出かける約束をしていたヴィクトリアは、待ち合わせの場所に向かう。しかし、相手は来ておらず、当日に約束を反故されてしまった。 そんなヴィクトリアを見ていたのは、ひとりの男性。 彼もまた、婚約者に約束を当日に反故されていたのだ。 ヴィクトリアはなんとなく親近感がわき、彼とともにカフェでお茶をすることになった。 それがまさかの事態になるとは思いもよらずに。

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。