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4.変わった邸のようす
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「んっ?
あの者達は?」
マリウスは食事中、控えている侍女達の顔触れが変わったことに気がついた。
そう言えば、邸の中に見かけたことのない侍女達が数名いたような気がする。
だが、その程度のことはいつもチャベストに任せているため、特に気にすることもなかった。
「マリウス様のお食事が済みましたら、お伝えしようと思っておりましたが、実は侍女達がサラ様に不適切な行為をしていたことが判明いたしました。」
チャベストの言葉に、マリウスの手が一瞬止まる。
「えっ、不適切な行為?」
「…はい、サラ様への食事の量を減らしたり、日々のお世話を故意に怠るといった嫌がらせが行われておりました。」
「何故、そんな真似を?」
「はい、マリウス様を裏切り、不貞をしていたサラ様を許せなかったと申しておりまして。」
「だが、それは彼女達が口出ししてよいことではないだろう。
主に仕える者が、私情で職務を放棄するとは…。」
マリウスは低く呟きながら、顔を曇らせる。
彼女を罰していいのは、僕だけのはずだ。
だが、僕の行動が皆に影響してしまうのは、わかっていたはずだった。
「はい、まったくその通りでございます。
元々マリウス様より位の低い子爵家のご令嬢であるサラ様を、渋々女主人として迎えたのに、その方が不貞をしたことが許せなかったと、申しておりました。
私がついていながら、申し訳ございません。
すでにその者達を解雇し、新しい者を雇い入れる間、ローサ様の邸の侍女達を一時的にお借りしております。」
「では、この者達は姉上の侍女なのか?」
「はい、仰る通りでございます。」
「すると、それらの不正が発覚したのも、姉上が屋敷に来られたからということか?」
「はい、本日、ローサ様がサラ様のお部屋を訪ねられた際に、状況を把握されました。」
マリウスは、眉をひそめながら問いを続ける。
「だが、なぜそれまで誰も気づかなかった?
それに、サラ自身から何の訴えもなかったのか?」
「はい、一切お言葉はありませんでした。
サラ様は寝室のみでお過ごしですので、その中での出来事まで、把握しきれませんでした。
まさか、ここまで深刻な事態になっていたとは私も気づけず、誠に申し訳ございません。」
マリウスはしばし沈黙し、軽く息を吐く。
「…そうか。」
「あの、このようなことをマリウス様に申し上げるのは差し出がましいようですが、そろそろサラ様とお話しされてはいかがでしょうか?」
チャベストは慎重に言葉を選びながらも、どこか切実な声音だった。
「久しぶりにお見かけしたサラ様は、たいそうおやつれになっておりまして、今にもいなくなってしまいそうな儚い様子でした。
ローサ様が心配なさって、食事を勧めておられましたが、どこまで回復されるかまだわからない状態です。」
「…。
サラは体調を崩しているのか?
何故それをもっと早く報告しなかった?」
「申し訳ありません。
ですが、ローサ様が用意させた食事を召し上がってからは、改善されたように思えたので。
ただ、体の不調というよりは、心の負担から来ているようでして、そればかりは医師の力でも癒せません。
ですから、お二人の関係を今後どうするかだけでもわかれば、サラ様もこの先の決心がつくのではないでしょうか?」
「わかってる。
サラと向き合うことを考えてみるよ。」
「はい。」
その後マリウスは、黙々と食事を続ける。
チャベストのいう通りだ。
僕が彼女と向き合わず、いつまでも逃げているから、サラだって宙ぶらりんのままだ。
あの日から、僕はサラを避け、彼女がどのように過ごしているのか、あえて考えないようにしていた。
そうして目を背けている内に、もうそんなに時は過ぎていたのか。
彼女から離れた一人の生活に、必死に慣れようとしていた自分に気がついた。
それでも、僕は今でも自分がどうしたいのかわからない。
サラのことを諦めようと思う気持ちと、どうしても手放したくない思いが、今も心の中で交差して、答えが出せずにいる。
ホルダー侯爵から、「まだ離縁しないのか。」という催促の手紙が何通も来ているけれど、それらを読まずに捨てていた。
世間では、契約結婚をしている夫婦が不貞をしていることはよくあることで、むしろ自ら結婚を解消して、サラを正式に妻として受け入れたいと言っているホルダー侯爵の方が、共感できると思われている。
あの時僕が殴っても、ホルダー侯爵はひたすら謝り続けたし、慰謝料の提示もしていた。
だから、不貞をしていた期間があったとしても、彼の責任の取り方は間違っていない。
世間がホルダー侯爵をただの悪としないのは、そんな理由からだった。
むしろ、あれほどのことがあっても離縁せずにいる僕は、女々しく、決断力のない男と思われている節もある。
でも、僕は本音を言えば、やはりサラを信じたいし、別れたくない。
僕が知っているサラは、いつも思いやり深く、穏やかで、僕を大切にしてくれた。
僕はそんな彼女を今でも愛している。
たとえこのままでは何も変わらないと分かっていても、その想いだけはどうしても否定できない。
そして、先ほどのチャベストの話が胸に引っかかる。
まさかサラが、自室からも出られないほど、心を閉ざし、やつれていたなんて知らなかったし、そんな状態になっているとは、まったく想像もしていなかった。
僕は自分のつらさばかりに囚われ、彼女がどういう状態かあえて考えないようにしていた。
けれど、そろそろ僕達は、夫婦として今後どうしていくか話し合わないといけない。
本当はまだ目を背けていたいけれど、やっと僕は、彼女に会う決心がついた。
「チャベスト、サラを僕の寝室に呼んでくれ。
二人きりで話がしたい。」
「分かりました。
そのように申し伝えます。」
寝室を後にするチャベストを見送りながら、僕はできるだけ冷静に話そうと決心した。
あの者達は?」
マリウスは食事中、控えている侍女達の顔触れが変わったことに気がついた。
そう言えば、邸の中に見かけたことのない侍女達が数名いたような気がする。
だが、その程度のことはいつもチャベストに任せているため、特に気にすることもなかった。
「マリウス様のお食事が済みましたら、お伝えしようと思っておりましたが、実は侍女達がサラ様に不適切な行為をしていたことが判明いたしました。」
チャベストの言葉に、マリウスの手が一瞬止まる。
「えっ、不適切な行為?」
「…はい、サラ様への食事の量を減らしたり、日々のお世話を故意に怠るといった嫌がらせが行われておりました。」
「何故、そんな真似を?」
「はい、マリウス様を裏切り、不貞をしていたサラ様を許せなかったと申しておりまして。」
「だが、それは彼女達が口出ししてよいことではないだろう。
主に仕える者が、私情で職務を放棄するとは…。」
マリウスは低く呟きながら、顔を曇らせる。
彼女を罰していいのは、僕だけのはずだ。
だが、僕の行動が皆に影響してしまうのは、わかっていたはずだった。
「はい、まったくその通りでございます。
元々マリウス様より位の低い子爵家のご令嬢であるサラ様を、渋々女主人として迎えたのに、その方が不貞をしたことが許せなかったと、申しておりました。
私がついていながら、申し訳ございません。
すでにその者達を解雇し、新しい者を雇い入れる間、ローサ様の邸の侍女達を一時的にお借りしております。」
「では、この者達は姉上の侍女なのか?」
「はい、仰る通りでございます。」
「すると、それらの不正が発覚したのも、姉上が屋敷に来られたからということか?」
「はい、本日、ローサ様がサラ様のお部屋を訪ねられた際に、状況を把握されました。」
マリウスは、眉をひそめながら問いを続ける。
「だが、なぜそれまで誰も気づかなかった?
それに、サラ自身から何の訴えもなかったのか?」
「はい、一切お言葉はありませんでした。
サラ様は寝室のみでお過ごしですので、その中での出来事まで、把握しきれませんでした。
まさか、ここまで深刻な事態になっていたとは私も気づけず、誠に申し訳ございません。」
マリウスはしばし沈黙し、軽く息を吐く。
「…そうか。」
「あの、このようなことをマリウス様に申し上げるのは差し出がましいようですが、そろそろサラ様とお話しされてはいかがでしょうか?」
チャベストは慎重に言葉を選びながらも、どこか切実な声音だった。
「久しぶりにお見かけしたサラ様は、たいそうおやつれになっておりまして、今にもいなくなってしまいそうな儚い様子でした。
ローサ様が心配なさって、食事を勧めておられましたが、どこまで回復されるかまだわからない状態です。」
「…。
サラは体調を崩しているのか?
何故それをもっと早く報告しなかった?」
「申し訳ありません。
ですが、ローサ様が用意させた食事を召し上がってからは、改善されたように思えたので。
ただ、体の不調というよりは、心の負担から来ているようでして、そればかりは医師の力でも癒せません。
ですから、お二人の関係を今後どうするかだけでもわかれば、サラ様もこの先の決心がつくのではないでしょうか?」
「わかってる。
サラと向き合うことを考えてみるよ。」
「はい。」
その後マリウスは、黙々と食事を続ける。
チャベストのいう通りだ。
僕が彼女と向き合わず、いつまでも逃げているから、サラだって宙ぶらりんのままだ。
あの日から、僕はサラを避け、彼女がどのように過ごしているのか、あえて考えないようにしていた。
そうして目を背けている内に、もうそんなに時は過ぎていたのか。
彼女から離れた一人の生活に、必死に慣れようとしていた自分に気がついた。
それでも、僕は今でも自分がどうしたいのかわからない。
サラのことを諦めようと思う気持ちと、どうしても手放したくない思いが、今も心の中で交差して、答えが出せずにいる。
ホルダー侯爵から、「まだ離縁しないのか。」という催促の手紙が何通も来ているけれど、それらを読まずに捨てていた。
世間では、契約結婚をしている夫婦が不貞をしていることはよくあることで、むしろ自ら結婚を解消して、サラを正式に妻として受け入れたいと言っているホルダー侯爵の方が、共感できると思われている。
あの時僕が殴っても、ホルダー侯爵はひたすら謝り続けたし、慰謝料の提示もしていた。
だから、不貞をしていた期間があったとしても、彼の責任の取り方は間違っていない。
世間がホルダー侯爵をただの悪としないのは、そんな理由からだった。
むしろ、あれほどのことがあっても離縁せずにいる僕は、女々しく、決断力のない男と思われている節もある。
でも、僕は本音を言えば、やはりサラを信じたいし、別れたくない。
僕が知っているサラは、いつも思いやり深く、穏やかで、僕を大切にしてくれた。
僕はそんな彼女を今でも愛している。
たとえこのままでは何も変わらないと分かっていても、その想いだけはどうしても否定できない。
そして、先ほどのチャベストの話が胸に引っかかる。
まさかサラが、自室からも出られないほど、心を閉ざし、やつれていたなんて知らなかったし、そんな状態になっているとは、まったく想像もしていなかった。
僕は自分のつらさばかりに囚われ、彼女がどういう状態かあえて考えないようにしていた。
けれど、そろそろ僕達は、夫婦として今後どうしていくか話し合わないといけない。
本当はまだ目を背けていたいけれど、やっと僕は、彼女に会う決心がついた。
「チャベスト、サラを僕の寝室に呼んでくれ。
二人きりで話がしたい。」
「分かりました。
そのように申し伝えます。」
寝室を後にするチャベストを見送りながら、僕はできるだけ冷静に話そうと決心した。
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ご指摘いただき、ありがとうございました。
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