人工子宮

木森木林(きもりきりん)

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第1章

第4話(準平マッチング)

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精子凍結保存してから17年が経ち、准平は35歳になっていた。マッチングセンターから『マッチング案内』が届いた。この『マッチング案内』は配偶子を凍結している人で、35歳までに『子ども養育届』、または『カップル成立届』をしていないときに送られてくる。1児でも養育している場合や、カップル成立届が出されていれば送られてこない。



マッチング期間は35歳から37歳までの2年間だけである。マッチングを希望しなかった場合や、不成立であった場合は、およそ半年間隔で3回まで送られてくる。もちろん、養育届やカップル届があれば送られてこなくなる。

マッチング相手の選択は、マッチングセンターのAI装置が行う。配偶子凍結をしたときのデータだけでなく、出生や養育の情報、さらには教育機関データや健診データなども織り込まれているという。地域設定もあるようだが、地域設定といっても住居間の距離ではない。マッチングセンターまでの所要時間であり、交通の便が良ければ距離的に離れていても二人の出会いに問題はない。

マッチング情報は、結果が本人に報告されるだけで、選考プロセスは明らかにされない。このマッチングの有用性や精度管理は、マッチング対象者の評価による。調査結果は常に公開されており、最新のデータでは初回マッチングでのカップル誓約率は64%で、3回までに87%でマッチングが成立している。マッチングしたカップルの出生率は97%で、生まれた児の養育状況は良好であることも報告されている。

准平は、教育センターで絵画制作コースを専攻し、いまは数人の仲間とイラスト製作の仕事をしていた。母、父、姉と同居していたが、とはいっても同じ建物の中での個室生活で、みんな生活パターンは異なり一緒に食事することはめったになかった。

教育センターに通っている頃から山岳サークルに入り仲間とよく山に行っていた。最近は、あまり行ってなかったが、それでもリュックを背負って約1時間、仕事の行き帰りは歩いていた。准平には特定の相手はおらず、性的関係をもったことはなかった。

ヒトは、いつから性的関係をあまりもたなくなったのだろう。いまでも男女間、同性間で性的関係を頻繁にもつヒトもいるが、性的な満足感はマスタベーションによって得ているヒトが大半である。マスタベーションのための視覚的、触覚的なツールが多く開発され、相手に気兼ねしないこともあり広まった。性感染症は既に克服されており、このために関係がもたれなくなったわけではない。性的関係を必要としない体外受精の普及との関連性は、原因説と結果説の両論がある。

必ずしも生殖を前提としないヒトの性的関係は、狩猟社会、農耕社会、産業社会、情報社会、そして現代社会へと、社会変革に伴って大きく変化してきた。狩猟社会における移動生活から、農耕社会では貯蔵文化で定住化し、一夫一婦制で子どもを育てるようになった。腕力が必要とされ、また集団は次第に大きくなり権力機構も生まれた。権力者にとって都合がよいようにされながらも一夫一婦制は情報社会まで長く維持されていた。いまでは腕力が必要とされることもなく、女性が男性に依存しなければならないことは何もない。性的関係においても男女の関係は平等である。特定の相手を互いに決めることも自由だが、性的関係をもつこと自体が敬遠されるようになっていた。


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