人工子宮

木森木林(きもりきりん)

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第2章

第6話(人工授精)

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出会いから半年くらい経ったある日、嘉音は人工授精を試みることを詩歩理に提案した。二人とも子どもを育てたいと思うようになっていた。マッチング違反しているので、凍結してある卵子や精子を使って体外受精することは考えられなかった。



人工授精は精子を子宮内まで注入する治療法で受精を手助けするものではない。子宮内腔に注入された精子は、そのあと自然と同じく卵管膨大部(卵管の腹側端)まで移動し、卵子と出会って受精することになる。

無精子症、両側卵管閉塞、女性の#抗精子抗体__# が強陽性がある場合は対象にならないが、勃起不全、射精障害、精子所見不良だけでなく、性交後検査が不良な場合や他治療で妊娠成立していない場合にチャレンジしてみることが考えられる。

精液は2mL以上あっても、子宮腔内に注入できる液体量は0.2mL程度である。このため清潔な容器に採取した精液に、精子洗浄濃縮液を添加し、これを低回転の遠心分離装置にかけて細菌や死滅した精子を取り除きながら、できるだけ多くの精子を試験管の底に集める。

精子は2日以上にわたって女性体内で受精能を保つ可能性があるが、卵子は排卵から1日以内しか受精能が保たれない。このため人工授精は、排卵日または排卵の1~2日前に行う必要がある。

排卵のタイミングは黄体形成ホルモンLH の増加を確認する尿キットで行うが、やみくもに検査しても無駄になる。このため、まず過去の基礎体温表で大凡の排卵日の見当をつける。透明で糸を引く帯下が分かれば目安になる。超音波検査を行えば排卵時期を推定しやすい。

いずれにせよ、黄体形成ホルモンLHの増加を尿キットで確認する。LHのサージ(増加の山)開始から約1日半後、増加のピークから半日後に排卵が起こると想定されるので、陽性反応が出れば、その日にタイミングをもつことや人工授精を行うことが考えられる。

望妊治療センターを受診し超音波検査で排卵時期が近いと言われていた詩歩理は、LHキット検査を1日2回していた。嘉音が出掛ける前に検査する。前夜の検査は陰性であったが今朝の検査は陽性反応が出た。

今日、人工授精をしてもらう必要がある。精液は自宅で採取して詩歩理が持っていくことも可能であったが、時間経過で精子の動きは悪くなる可能性もあることから、嘉音は望妊治療センターに一緒に行くことにした。

嘉音が精液を採取してから小一時間経って、詩歩理は診察室に呼ばれた。詩歩理と達吉の精子液の照合が行われる。内診台で子宮口から子宮腔内に達吉の精子液が注入された。殆ど痛みはない。これで終わりだ。あとは普段通りの生活でよいといわれた。


【脚注】
抗精子抗体:精子に対するアレルギー。採血検査で診断するが、陽性であれば精子の運動性が女性体内でブロックされて妊娠しにくい原因となっている可能性がある
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