人工子宮

木森木林(きもりきりん)

文字の大きさ
上 下
22 / 27
第3章

第4話(受精卵の凍結保存と移植)

しおりを挟む
二人の3つのは液体窒素ボンベに凍結保存された。

 を行うことも可能であったが、検査が胚盤胞にダメージを与える可能性、 もあり結果が絶対とは言えないこと、検査で異常ないと判定されても妊娠率は7割程度である」こともあったが、もう卵子は残っていないことから、二人は着床前検査は希望しなかった。3つの胚盤胞に期待するしかない。

凍結する際、細胞に氷ができると壊れてしまう。このため凍結するときには、高い浸透圧の凍結液に浸して細胞から水分を減らしながら急速に凍結させるガラス化法が必要になる。限られた時間内に手順通り確実に操作しなければならない。こうして凍結された胚盤胞を液体窒素ボンベに保管することになる。

液体窒素のボンベには内圧調整弁がある。この調整弁がなければ室温変化などによって気化したガスが高圧となってボンベを壊してしまう。気化したガスが調整弁から少しずつ漏れ出すので、少なくとも1週間に1回はボンベに液体窒素を補充する必要がある。こうした管理を十分に行っていても、凍結保存していた胚が移植できないことは、凍結・保管・融解のどのプロセスか分からないが1~3%程度で起こりうる。

こうして凍結してある胚盤胞の1つを、二人はホルモン補充療法周期にすることにした。排卵に合わせて移植する方法もあるが、桜空は排卵が期待できない。また、排卵がある人でも排卵時期を見つけることが困難で、また卵巣機能が良いとは限らないことから、ホルモン補充での移植が勧められる」と言うことであった。

発育する卵巣の卵胞で卵胞ホルモンが造られる。この卵胞ホルモンの働きによって、月経のときに一旦リセットされた子宮内膜が厚くなっていく。さらに、排卵したあとの卵胞にできる黄体からは、卵胞ホルモンだけでなく黄体ホルモンも造られるようになる。これによって子宮内膜は分泌性変化を起こし、受精卵に豊富な血流や栄養を供給するようになる。ホルモン補充療法では、この状況を卵胞ホルモン剤や黄体ホルモン剤を使用して作りだす。


 
桜空は、月経3日目から卵胞ホルモンの貼付薬を開始した。月経から12日目には望妊治療センターを受診し、超音波検査で子宮内膜の厚みが8㎜以上になっていることが確認された。黄体ホルモン剤の併用を指示され内服開始から6日目に融解移植することが決まった。

凍結されていた胚盤胞の1つが融解され凍結前の状態に復帰していることが確認され、AHAも行われた。胚培養士によって、少量の培養液と伴に胚盤胞が に吸引される。胚盤胞が入った培養液の両端は少量の空気で蓋をされている。超音波検査で確認しながら、医師は膣から子宮腔内に移植カテーテルを挿入した。少量の培養液と伴に胚盤胞が移植される。一緒に入った空気が超音波で一瞬白くみえた。

移植する日も、遠夢は連れ立って望妊治療センターを訪れ、モニター映像を緊張しながら見つめていた。

【脚注】
着床前検査:凍結する前に胚盤胞のTE細胞の5個程度を取り出し、染色体の異数性(染色体本数の多い少ない)を調べ、残こった細胞の胚盤胞を凍結保存し、結果が分かってから移植するかどうか、移植順をどうするか決める検査法

モザイク:細胞によって異なる染色体をもつ受精卵

融解移植:凍結保存していた受精卵を融解して移植すること

透明帯開口術AHA:受精卵は着床するまでに卵子を包んでいる透明な膜を破って孵化する必要があるが、孵化しにくい場合を想定して補助的に透明帯を破る操作。この透明帯と顆粒膜細胞層によって通常受精では多精子受精が防がれている

移植カテーテル:シリコン製の細いチューブ。先端の位置が超音波で確認しやすいように加工されている
しおりを挟む

処理中です...