ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

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老婆

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 本格的にさむくなってきた冬の日。一人の女性に声をかけられた。その女性はこんなに寒いというのに、ずいぶんと軽装であった。髪はくしゃくしゃで気をつかっているとはいいがたく、目も虚ろでどこを見ているのかわからなかった。ただ、その女性はすごく優しい微笑みをうかべ、わたしにこう尋ねたのだ。
「すみません。この辺で、女の子を見かけませんでしたか。高校生くらいで、背はこのくらいで。…そうそう、娘の名前はあやかって言うんです。もし、見かけたら、教えていただけますか。」
 女の子を探しているという老婆。最近、この辺で、腰を曲げた女性が道行く人に声をかけているということが有名になっていた。この近所の人では見かけない顔だったので、すぐにそのひとが噂の老婆であることがわかった。というのも、その老婆は薄着で荷物も持っておらず、行方不明かなにかになっている徘徊老人なのではないかという噂になっているのだ。それに老婆が高校生の女の子を娘と言い探しているのも、不可解だ。
 噂はうわさであるが、どうも気になる。とにかく、警察にでも連絡して引き取ってもらった方がよいのではないだろうか。あきらかに、普通ではないなにかが、彼女のまわりをつつんでいるのだ。やけに優しそうなその笑顔もが、彼女の異様さをさらに引き立てていた。
「ちょっと、まってくださいね。もしかしたら、知人が前に見たって言ってた女の子かもしれません。今連絡するんで…」
 そう言って、私はカバンから携帯を取り出し電話をしようとした。我ながらうまい言い方だと思う。これなら、どこかに連絡していても、怪しまれることはない。それがたとえ110番だとしても。
 なれない手つきでわたしは電話をした。なんだか、すこし緊張する。警察にこうやって連絡するのは初めてである。
 コールのあとにすぐに女性の声が聞えた。
「事件ですか、事故ですか。」
 その言葉を聞いて、一瞬迷ったが、私はその老婆についてのことを話した。電話が終わり、私の緊張は一気に緩んだ。
 はあ…これでひとまず安心。
 そう思ったのもつかの間だった。辺りを見渡すとそこにはもう、老婆の姿はなかった。あの異様な空気を身にまとうあの女性は私が電話をしているあいだに、姿を消したのだ。
「消えた。」
 あたりを私は探したが、その女性はすでにどこかに行ってしまったようで、どこにも姿はなかった。そして、それ以来、私の街で娘を探しているという徘徊老人のうわさは、ぱたんと聞かなくなってしまった。
 あれから、どのくらいの月日がながれただろうか。あの老婆はいまも、どこかの知らない街で娘をさがしているのだろうか。それとも、娘をみつけ、一緒に仲良く暮らしているのだろうか。ただ一回だけ言葉を交わしただけのわたしには、そんなこと知る由もなかった。
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