出血令嬢はヴァンパイア公爵様に愛される

茉莉花 凛

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 エリザベート・セレスティア・オレリアンは伯爵家の長子としてこの世に生を受け、17年間伯爵令嬢として生きてきた。オレリアン家は物流と貿易でこの国の繁栄に一役買い、それによって爵位を賜ることとなったという歴史がある、というのはこの家に産まれた子どもがまず初めに習うことだ。貴族の中では珍しく恋愛結婚をした父母のもとで待望されて生を受け、5年後には弟も産まれ。仲の良い家族はそれから10年と少しの間、幸せの真っ只中に居た。居た、というのは過去形の表現であるのだけれど、それが正解だった。数年前に、伯爵家当主であった父親が海難事故で亡くなったのだ。貿易のために外国へ渡航し、帰国しようとした時の事だった。その報せを聞いてからのちのことは、あまりのショックと慌ただしさで記憶からほとんど抜け落ちている。けれど、気づいた時にはオレリアン家の家督は叔父、エリザベートにとっての父親の弟である、ジュストのもとに渡っていた。

 ジュストに爵位が移ったその瞬間、全ての財産が彼のものとなった。つまり、残されたエリザベートたち一家は貴族としての生活を失ったのだ。そして間髪入れずジュストから提案されたのは年頃であるエリザベートが政治の道具としてジュストの養女となる代わりに一家の生活は保証する、というもので。エリザベートにはその提案を受け入れることしか選択肢は無かったのだった。


 そうして始まった新しい生活において。ジュストは姿こそ父に似ているとはいえ、エリザベートに対する態度は全くもって似てくれてはいなかった。彼は、元はエリザベートたち一家のものだった財産を好き放題に使い、母やエリザベートが苦言を呈すると女のくせに、養ってやっているのに、などとひどい暴言を吐いた。政治の道具として価値を見出されているからか、暴力を受けなかったことだけは幸いだったのだろう。この数年はずっとそうして彼の顔色を伺いながら暮らしてきた。

 そんな叔父の選んだ婚約者は、今を時めく伯爵家の長男だった。名を、ジャック・リュゼ・クレオドールと言う。家柄は申し分なく、社交界では見目麗しいと噂されていて、エリザベートの目から見ても整った容姿をしているとは思う。でも、もともと社交界の雰囲気を好まないエリザベートにとっては華やかすぎた。彼を見ていると、今にも胃もたれしてしまいそうな気分になるのだった。


 ふと我に返り、回想に浸ってしまっていたことに気づいたエリザベートが横目でジャックを伺おうとすると、いつの間にか、既に自分の隣にはいなかった。いつもの通り早速どこかに消えてしまったようだ。こういう所も好きになれない理由のひとつだ。自分で言うのも何だが、少々ロマンチストな気質のある自分と、恋愛に関して奔放な彼ではそりが合わないのも当然だろう。

 ワルツが流れるとあちこちで男女が踊り始める。居心地が悪く逃げるように壁際に寄ると、一人でいるエリザベートを不審に思ったのかそれとも哀れみかは分からないが通り過ぎる人々の視線が痛い。どうにかならないものかとジャックを探してみるとホールの中央に姿を見つけた。が、どこかの令嬢と踊っている。婚約者である自分を差し置いて、楽しげにステップを踏み、何かを囁き合う二人はきっと傍から見たらお似合いの恋人同士だろう。

 いたたまれず、その場から逃げたくて外への出口へと向かう。その道すがら、令嬢たちが集まって噂話に花を咲かせていた。昔は付き合いで仕方なく参加していたが、父のことがあってからはそこに呼ばれなくなった。今となってはせいせいしたような気分だ。しかし、その中に自分の話が出ているのに気づくとうんざりしたエリザベートはひそかに顔を歪ませ、ぐるりと背を向けた。

 夜会なんて好きじゃない。本性を作り物の笑顔の下に潜ませた人たちと上辺だけの会話に勤しむなんて性に合わないし婚約者はいつもあんな風だ。何一ついいことなんてなく、毎回ひたすらに無駄な時間だけが過ぎている。

 誰もいないテラスへ出て、涼しい外の空気を吸うと淀んだ肺が浄化されていく気がする。ふと、視界の端に庭へと繋がる階段を捉えた。それが無性に気になり、エリザベートは喧しいオーケストラを背後にそっとその場を立ち去った。

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