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「最近……夜会には来ていないのか?」
あえて暗いままの部屋で、ソファーに導かれたシリルはそう、エリザベートに投げかける。
「……叔父に、見つかってしまったんです」
そう答えて、エリザベートは自分の声が震えているのに気づいた。膝に置いた手をぎゅっと握りしめていると、その上にシリルの手が乗せられた。外気に晒され続けたせいで冷えてしまった自分の手を、暖めるように握りこまれ、エリザベートの心臓は早鐘を打ち始めていた。
「そうか、だからだったのか……君の叔父は頑固だな。この間、ブラッドリー公爵家から縁談を持ち込んだんだ。でも、頑なに首を縦に振らない」
「そんな……」
シリルは、もうそんなことまでしてくれていたのだ。こんなにも自分のことを思ってくれているのだ、とシリルの本気さが知れたエリザベートは途端に嬉しくなった。
「……何か裏がありそうだな」
「え?」
シリルがぼそりと呟いた言葉は、エリザベートの耳に届いていなかった。
「なんでもない。君の叔父が君を外に出してくれないというのなら、これからは俺が来る」
「え、でも」
「さぁ、もう寝た方が良い」
どうやってここに、という質問は強引な態度によって掻き消された。寝台に導かれ横になったエリザベートが目の上に手のひらをかざされると、意識は暗転したのだった。
朝、目が覚めたエリザベートは昨日まで落ち込んでいた筈の心が、妙にすっきりとしている気がした。
「そういえば、昨日の夜……」
かばり、と起き上がり部屋を見渡す。けれど、ガラスの破片もその傍らにあるはずの血痕もなかった。
「もしかして、夢だった?」
シリルのことを恋しく思うあまりの。でも、たぶん、きっとあれは夢ではなかった。エリザベートには、何故かそう確信があったのだった。
「リジー。最近どうなの?」
鳥のさえずりと青々とした風が心地良い昼下がり、突然飛んできた質問に、エリザベートは正面を見た。そこに居るのは、友人のミリーナだった。エリザベートはまたもミリーナに招待してもらい、二人だけで庭でお茶を楽しんでいた。
「どうって……なにがですか?」
「何がって……もう!好きな方の話に決まってるじゃない」
ミリーナのミントグリーンを基調としたシンプルなドレスの上で、栗色の巻き毛が揺れる。
「好きな人、って……私、婚約者がいるのですけど」
いかにも恋に恋する乙女のような質問をしてくれるのは良いけれど、聞く相手が違うのではないだろうか。
「……リジーの婚約者ってどこぞのご令嬢とよろしくやってるんじゃなかった?」
「…………」
そうなのだ。もう結婚式まで3ヶ月しかないのに、彼はまだ行動を改めようとはしてくれないのだ。
「ああいうの、ちょっとよろしくないと思うのよね。リジーもそう思うでしょ?」
「そりゃあもちろんそうですけれど……」
エリザベートは、婚約者のジャックに対してはもう呆れる、とかそういう感情を抱いていた。以前、一度彼のことを諌めたことはあった。けれど、大まかに言うと『女のくせに』みたいなことを言われて、それからもう諦めているのだ。
「あっちもあっちで楽しんでるんだから、リジーも楽しめばいいのに」
「たしかに間違ってはいないわね」
ふふ、と笑い合う。でも、ミリーナの瞳は笑っていなかった。
「本当に、こんなに綺麗なリジーの旦那様になれる栄光が手に入るって言うのに、あの男は……」
「ミ、ミリーナ、怖いから……!」
恨みがましくジャックの悪口を言い始めたミリーナは、あまりにも禍々しいオーラを放ち始めていた。クッキーのおこぼれを貰うためにテーブルに来ていた小鳥たちが逃げるように一斉に飛び立つ。こうなったミリーナが止められないことを知っているエリザベートは、それから日が傾くまで、ひたすら愚痴聞きに徹したのだった。
あえて暗いままの部屋で、ソファーに導かれたシリルはそう、エリザベートに投げかける。
「……叔父に、見つかってしまったんです」
そう答えて、エリザベートは自分の声が震えているのに気づいた。膝に置いた手をぎゅっと握りしめていると、その上にシリルの手が乗せられた。外気に晒され続けたせいで冷えてしまった自分の手を、暖めるように握りこまれ、エリザベートの心臓は早鐘を打ち始めていた。
「そうか、だからだったのか……君の叔父は頑固だな。この間、ブラッドリー公爵家から縁談を持ち込んだんだ。でも、頑なに首を縦に振らない」
「そんな……」
シリルは、もうそんなことまでしてくれていたのだ。こんなにも自分のことを思ってくれているのだ、とシリルの本気さが知れたエリザベートは途端に嬉しくなった。
「……何か裏がありそうだな」
「え?」
シリルがぼそりと呟いた言葉は、エリザベートの耳に届いていなかった。
「なんでもない。君の叔父が君を外に出してくれないというのなら、これからは俺が来る」
「え、でも」
「さぁ、もう寝た方が良い」
どうやってここに、という質問は強引な態度によって掻き消された。寝台に導かれ横になったエリザベートが目の上に手のひらをかざされると、意識は暗転したのだった。
朝、目が覚めたエリザベートは昨日まで落ち込んでいた筈の心が、妙にすっきりとしている気がした。
「そういえば、昨日の夜……」
かばり、と起き上がり部屋を見渡す。けれど、ガラスの破片もその傍らにあるはずの血痕もなかった。
「もしかして、夢だった?」
シリルのことを恋しく思うあまりの。でも、たぶん、きっとあれは夢ではなかった。エリザベートには、何故かそう確信があったのだった。
「リジー。最近どうなの?」
鳥のさえずりと青々とした風が心地良い昼下がり、突然飛んできた質問に、エリザベートは正面を見た。そこに居るのは、友人のミリーナだった。エリザベートはまたもミリーナに招待してもらい、二人だけで庭でお茶を楽しんでいた。
「どうって……なにがですか?」
「何がって……もう!好きな方の話に決まってるじゃない」
ミリーナのミントグリーンを基調としたシンプルなドレスの上で、栗色の巻き毛が揺れる。
「好きな人、って……私、婚約者がいるのですけど」
いかにも恋に恋する乙女のような質問をしてくれるのは良いけれど、聞く相手が違うのではないだろうか。
「……リジーの婚約者ってどこぞのご令嬢とよろしくやってるんじゃなかった?」
「…………」
そうなのだ。もう結婚式まで3ヶ月しかないのに、彼はまだ行動を改めようとはしてくれないのだ。
「ああいうの、ちょっとよろしくないと思うのよね。リジーもそう思うでしょ?」
「そりゃあもちろんそうですけれど……」
エリザベートは、婚約者のジャックに対してはもう呆れる、とかそういう感情を抱いていた。以前、一度彼のことを諌めたことはあった。けれど、大まかに言うと『女のくせに』みたいなことを言われて、それからもう諦めているのだ。
「あっちもあっちで楽しんでるんだから、リジーも楽しめばいいのに」
「たしかに間違ってはいないわね」
ふふ、と笑い合う。でも、ミリーナの瞳は笑っていなかった。
「本当に、こんなに綺麗なリジーの旦那様になれる栄光が手に入るって言うのに、あの男は……」
「ミ、ミリーナ、怖いから……!」
恨みがましくジャックの悪口を言い始めたミリーナは、あまりにも禍々しいオーラを放ち始めていた。クッキーのおこぼれを貰うためにテーブルに来ていた小鳥たちが逃げるように一斉に飛び立つ。こうなったミリーナが止められないことを知っているエリザベートは、それから日が傾くまで、ひたすら愚痴聞きに徹したのだった。
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