【完結】公爵令嬢は勇者への恩返しを試みる〜サブヒロインとして頑張ります〜

マロン株式

文字の大きさ
13 / 38

サブヒロインの願いと正ヒロインの小さな嫉妬 ユウフェside/正ヒロインside

しおりを挟む
ユウフェside


ー勇者様。

 勇者様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、私は婚約する前に一度だけあなたにお会いしています。

 まだ五歳にも満たなかった頃。
 父に連れられて訪れた子爵家で迷子になり、森へ入り込んでしまいました。
 熊に遭遇して逃げる途中で転び、もう駄目だと目を閉じたその瞬間――。

 幼い男の子が現れ、私を救ってくれたのです。

 腰を抜かし座り込む私の前で熊を倒し、ゆっくり振り返ったその男の子は、私を怖がらせないようにとそっと身を屈め、手を差し出しました。

「立てる?」

 珍しいターコイズ色の大きな瞳。
 “綺麗な目”だと幼い私は思わず呟きました。

 そして胸がどきりと鳴った瞬間、まるで堰を切ったように前世の記憶が溢れ出したのです。

 ――私の知る“物語”の勇者。
 そして彼がこれから背負う、あまりに深く残酷な未来。

 私は幼いながらに備えようと決めました。
 やがて訪れる、西の魔王による自領襲撃。
 父に何度訴えても信じてもらえず、それでも私は準備を続けました。

 そして、どうしても果たしたいことがありました。

 あの少年が心を抉られる日を、止めること。

 人を使って勇者の少年を探しても見つからず、自領が襲われるまで一年を切った頃、私は父の反対を押し切って旅立ちました。
 “あの日”より前に勇者様へ伝えるために。

 けれど――間に合いませんでした。

 ようやく辿り着いた村は魔物に荒らされた後で、廃墟の中に勇者の嘆きが響いていました。
 それは、幼い頃に私を救ってくれた優しい声とは思えないほどの深い絶望で。

 私は耳を塞ぎ、その場から逃げるように走り去りました。

 ……救えなかった。

 前世の知識を持つ私だけが助けられたはずの 〝家族との未来〟を与えてあげられなかった。
 その事実が胸を裂くほどに苦しかった。

 小説の中のユウフェはただ勇者の活躍を願うだけの存在。
 でも私は違います。

 世界は勇者に求めるばかりで、勇者は世界から何ひとつ与えられていない。
 本当に必要としていたはずのものすら――
 ……〝失われた家族との未来〟さえ。

 今頃、勇者様は喪失を抱えたまま西の魔王へ向かい、その先でも深い傷を負う。
そして王都へ召され、戦いの日々が続く。

 私にできることは、もうほとんどありません。
 けれど、たったひとつだけある。

 ――せめて、サブヒロインとしての役割を果たすこと。

 これ以上勇者様が心を抉られないように。
 世界が求めるばかりなら、私は“与える側”になりたい。

 やがて勇者が本当のヒロインを見つけ、幸せへ辿り着くその日まで。
 私は北の魔王にこの身を捧げてでも、勇者様の負担を少しでも軽くする。

 物語のサブヒロインとして、誰よりも役立つ存在になる。

 それが、幼い私を救ってくれたあなたへの――
 私にできる唯一の恩返しです。

◆◆◆

正ヒロイン・巫女 side




 私は先日勇者一行に加わった巫女、マユラ。
 王命による討伐を重ね、光の力も前とは比べ物にならないほど強くなっている。

 今日も魔物討伐を終え、仲間と焚き火を囲みながら食事をしていた。

 ふと勇者の横顔を見る。

「……さっきから、なにか考え事をしているようね」

「少し思い出してただけだよ。
 昔……助けた女の子のこと。今日の魔物がいた場所でさ。

 平民の俺は、あんな可愛い子見たことなくて。
 当時は本気で天使かなって思ったよ」

 その言葉に、私の指がぴくりと止まる。

(女の子……?)

 勇者は気づかず続ける。

「ただの昔話だけど、今はどうしてるかなって。
 実は――俺の婚約者に少し似ててさ」

「へぇ……初恋ってやつ?
 勇者様でもそんなふうに思い出す相手がいるのね」

(婚約者……?)

 笑顔を作りながら、声の奥に小さな刺が混ざる。

「そう言えば、王命で婚約したってオルフェさんから聞いたけど……仲良くできてるの?
 高貴なお嬢様だよね?」

「ぁあ、すごく可愛くて良い子なんだ。
 きっと仲間のみんなとも気が合うよ」

「そう……それならよかったね」

(……どうしてこんなに胸がざわつくの?)

 自分でも理由の分からない感情に、私はそっと視線を落とした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

処理中です...