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第2章
天秤は導を示す①
ルア王国の司祭が私ーーホーキンス男爵を探していると神官長から聞いた。
事情があり司祭自身はルア王国から動けないようだけれど、私にルア王国へ必ず来て欲しいのだとか。
司祭は私をルア王国へ呼びたいあまりに、聖職者でありながら、法を破っている。
他人に身分を貸し国境をまたがせるのは国際法上で違法である。
もしそれを合法にすれば、凶悪な犯罪者も国家間を行き来できてしまうし、他国から諜報員も入り放題になり国内がスパイ天国になってしまうからだ。
そうまでする司祭の切実な心情を無碍にするのは、気持ちが咎めるし、神官長の立場も考えると、望む通りにルア王国へ行きたい気持ちもあるーー
(だけど……流石に私の状況では無理だわ)
室長の話通りなら、私はルア王国に行くべきでない。
ルア王国に潜伏しているという好色王に見つかれば、私は地獄へ送られ悪魔の奴隷にさせられるのだから。
自分の子供を生まれながらに奴隷にして、自害させるような人など、私の想像が及ばないし近寄るのも怖い。
残念だけれど、そんなところには行けないと即答するのが普通だろう。
なのにーー
「……」
すぐに〝私はルア王国へ行かない〟と声が出ないのは、私の代わりに処刑されるという侯爵令嬢の存在が気になってしまうからだ。
本当に私の代わりに、処刑台に立つことになっているのなら、これを知りながら放っておいても私は平気だろうか?
同じ悪役令嬢として、どうしても自分と重ねて考えてしまう。
セレイア王国で誰も彼もが敵に見えてしまった時のことを思い出す。
あの時、私は〝誰か助けて〟と言いたかった。
この人ならば助けてくれると思える存在を渇望していた。
ーーそれでも、全ての希望が潰え堕ちる前に私は前世の記憶に救われ、周囲への期待を早い段階から捨て逃げることが出来たのだ。
セレイア王国で誰かが私を助けることは出来ない。
それは私本人でも不可能なのだと、早々に諦めがついた。
でもきっと、侯爵令嬢は全ての逃げ道が絶たれる前に、希望を捨て逃げられなかったのだ。
ならば、処刑が確定して独房に入れられている彼女は今ーー
私の経験したことの比にもならないほど渇望しているはずだ。
〝誰か助けて〟と。
「ーー私は…ガラッバシーン!
大きな音を立て、勢いよく開かれた扉の方角を見やると、かくれんぼをしていた人を見つけたと言わんばかりの笑顔を浮かべたモルトがいた。
「リーちゃん!」
リディアへ向かって勢い良く抱きついてくると、その後ろに立っていたヨゼフ陛下はモルトの浮かべる笑顔とは違い、〝当たり障りのない表情を作りました〟という笑みを浮かべて、ひらりと片手を上げる。
「いやー、とても興味深い話をしていたから、ついつい聞いてしまったよ。
邪魔をするつもりは無かったんだ。
むしろ、もう少し聞きたかったのだけど、彼がどうにも痺れを切らしてしまったようでね」
そう言うとモルトの方へ視線をやり、やれやれとため息をつく。
見た瞬間に私達の話していた内容を立ち聞きしていたのだろうと予想はしていたけれど、ヨゼフ陛下はそれを隠すことなく正直に述べた。
そして言葉を続けた。
「この子犬をホーキンス卿の元へ届けに来ただけだったのだがーーそうかなるほど」
ふむふむと1人で何かを考え納得するように折り曲げた人差し指を顎に当てがい、何度か相槌を打つと今度はちらりと室長へと視線をやる。
「俺にはこのような兄がいたのだな」
「……」
(うわぁ。室長すごく嫌そうな顔してる)
明らかに冷めた表情でヨゼフ陛下と視線を合わせようとしない室長は、〝兄〟呼びに無言の抵抗を示していた。
「後日に改めるつもりだったが、手取り早くすみそうで助かった。
ホーキンス卿」
「ーーはい」
唐突に呼ばれて遅れた返事を気にする様子はなく、ヨゼフ陛下はただ口元に微笑みを浮かべている。
「昨日晩餐の席で述べたホーキンス卿をこの王宮へ呼んだ理由を覚えているか?」
「…陛下の〝鑑定〟で、幾つか存在する選択肢を選ぶためということは覚えています」
「良かった。
ならば話は早い。中断してしまった話の続きを今ここでしよう」
「〝セレイア王国神官長の要望を聞き入れ、ルア王国司祭のもとへ行け〟と、卿に命ずる選択肢がまだ俺の中にある」
ーー〝鑑定〟の能力者の前では、身分の詐称なんて謁見してすぐにバレるだろうというのは気付いていた。
だから、王宮に滞在している司祭が身分を詐称した神官長であることを、知っているうえでヨゼフ陛下が黙認していることも薄々わかっていたけど、その理由がわからない。
セレイア王国の民が国境を跨ぎトラビア王国へ来ることを禁止したのは、ヨゼフ陛下の御代になってからだ。
自分の定めた法を無碍にしている無礼者を罰するどころか、滞在させ願いを受け入れるメリットなど彼にあるだろうか。
今の所、私のトラビア王国の王様への印象は最悪だ。勿論、前王が最悪だと言うだけでヨゼフ陛下もそうだとは限らないだろう。
でも、先程の室長と私の話を立ち聞きしていると言いながら、私へルア王国くことを命じる選択肢があるというのはーー
好色王と協力関係にあるんじゃないかと警戒しても仕方のないことだ。
ヨゼフ陛下は警戒で後退りをするリディアを一瞥しながらも、コツコツと靴音を鳴らし部屋の奥へと足を進めてゆく。
「ーー何故、神官の願いを俺が聞き入れるのか、納得出来る話がなければ警戒するのも当然だな。
有り体に言えば、働きに対する対価を払う。
または、受けた〝恩〟は返す主義だからと言ったところだな」
「〝恩〟?」
「先日、半魔が訪れたときに神官長がいたおかげで、王宮内で魅了の被害が最小限に済んだ。
まさか〝そんなもの〟が存在するとは思っていなかったからな、対面した時は驚いたよ。
何の対策もせずにおめおめと半魔を迎え入れてしまうところだった。
俺もまだまだ世間知らずなのだと、改めて関心したものだ」
あっははは、と笑い声を上げながらも中々にピンチだったことがその口振りから察せられる。
そういえば、ミミルが『ヨゼフ陛下に呼ばれた』と王宮へ向かうところを前に見かけたけれどーー今にして思えば、この王宮にいる人々を魅了するための謁見だったのね…。
「さてーー
どうして俺が身分を偽る怪しげな神官をこの王宮に滞在させ、己が危機を脱したかわかるか?」
その問いかけにリディアがふるりと首を横に振ろうとしたその瞬間、ドンガラガシャン!という騒音が室内にこだまする。
音のした方へ向くと、モルトが立て掛けてあった鎧と盾をいじくり遊んでいた。
本人は悪気のない様子で引続き「これなんだろー?あれはなんだろー?」と興味が次々に移り行き、弁償ができない程に高価であろう貴重品達に手を伸ばすので、会話を中断して駆け寄ろうとしたその時ーー
室長の肩に止まっていた黒鳥がリディアの視界を横切り、モルトの周りをくるくると旋回しはじめた。
「わ!鳥さん久しぶりだね!」
明らかに嬉しそうな弾んだ声色で、両手を広げて黒鳥を迎え入れる。
大人しくモルトの両掌へ着地する姿に、黒鳥がモルトに懐いていることがわかった。
「そいつと部屋の外に出て遊んでろ」
室長からそう告げられて、モルトは瞳を輝かせる。
「いいの!?いつも鳥さんはボクのオモチャじゃないって取り上げちゃうのに」
「この部屋の物を壊されるよりましだ」
その返事にモルトは「やったやった!わーい!」と声をあげて、頭に黒鳥をのせ部屋から走って出てゆく。
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