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社交界での恋愛話 マーガレットside

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 社交界での噂は、他人のセンセーショナルな色恋沙汰が1番盛り上がり興味関心を惹くもの。
 
 そんな社交会場の一角で、マーガレットが貴婦人達と談笑している時の事、後ろからご驚いた事で一際大きな黄色い声が聞こえてきた。

令嬢A
「まぁ!ではミストロイア辺境伯様には長年想いを寄せている方がいらっしゃるの?」


「ぁあそうだ。私は亡くなった友人の忘形見として見守ってきたからわかる。
間違いない。10年くらい拗らせてるんだよあの男は。
なのに女を何人泣かせているか、私にもわからん。ははは!我友人の倅ながらやりおるだろう?」


 今の会話は貴婦人方の輪に混ざっていたマーガレットのすぐ後ろで繰り広げられていた。

 令嬢Aの質問に答えた人物は、モントリア伯爵。ミストロイヤ辺境伯と先代とは戦友であり、家族ぐるみで懇意にしているのは誰もが知る所。
 
 他愛ない貴族の噂話の一つではあるけれど、婦人達との談笑の輪に混ざりながらもマーガレットは後ろから聞こえてくる令嬢達のはしゃぎ声が語る言葉が気になっていた。


令嬢A
「あのお美しいミレーヌ子爵令嬢がお父様に頼んで、辺境伯様へ縁談話を持って行って貰ったのにダメだったのはそう言う事なのねぇ。…」

「あぁ、だからあいつを狙うのは辞めといた方が賢明だ。私の娘も幼い頃は、そりゃもう泣かされたさ。諦めさせるのに大変だった。あれに費やす時間は無駄だぞ。」

 モントリア伯爵は大仰に首を横に振り、興味津々で話を聞いていた周りのご令嬢は皆「まぁぁ!」と黄色い声をあげる。

令嬢B
「人当たりも良くお優しい印象ですから。推せば受け入れてくれるかもと思ってしまうのよねぇ…。」

令嬢C
「打ち解けた方々と話している時に浮かべる、懐っこい笑顔がもう。
外で見ていた私もうっかりキュンときてしまった事があるわ。案外ああ言う方が厄介なのねぇ…」


「そうだ。辞めておけ。深入りすると、火傷じゃすまんぞ。娘のような被害者はもう見たくはないもんだからな。ふはははは!」

  
 痛快な笑い声をあげたモントリア伯爵に、冒頭の質問をした令嬢Aが再び疑問を口にした。


令嬢A
「でも、長年片思いってどうしてなのかしら?

辺境伯様が誰かにアタックしているなんて聞いた事もないわ。もしかして、奥手なのかしら?」

「それはなぁ…人にはそれぞれ、やぶさかならん事情があるもんだ。あ!これはこれはキヌール男爵!」



 他のご令嬢達が聞き耳を立てる中、モントリア伯爵はそそくさと人の輪から出て行く。
 
 残念そうな令嬢Aに一緒にいた令嬢Bが話しかける。

令嬢B
「きっとあれね…禁断の愛ってやつよ。」
令嬢A
「禁断?」
 令嬢B
「人妻に恋してるのよ、ひ・と・づ・ま!」

令嬢A
「まさかぁ!」
令嬢B
「知らないの?あのアーバン夫人と辺境伯様の話、有名なのよ?辺境伯様が振られてしまったんですって。それからアーバン夫人の事忘れられないんだそうよ。」
令嬢A
「あの、社交界の薔薇と言われるアーバン夫人と!?えぇ。でもそれなら納得!
彼女を超える女性なんて早々居ないものね。」


ーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー

 マーガレットは人気の無い会場の隅に行こうと歩みを進めた。

 社交界の噂は宛にならないものだ。アーバン夫人と辺境伯の話はこれまでもチラホラ聞いた事がある。
 
 けれど、別れたとされる当日、彼女の方が何処か強がっているように見えた。  

 そしてたまたま噂を聞いたその日に、彼女とは話した事がある。   


 夜のバルコニーで、偶然鉢合わせた女2人きりの他愛ない談笑。アーバン夫人はとても気さくな方で話し易い人だった。もっと仲良くなりたいと思ったけれど。あれ以来チャンスは無かった。  


 あの時彼女はー…。

 〝マーガレット様にだけ教えます。〟

〝振られたのは、私の方なのです。付き合っているうちに自分を見てくれないかと思ったけれど。結局、最後まで彼女の存在には勝てませんでした。〟


 そう言って、夜の闇世の中で涙を宿し鈍く光る瞳は同性である私さえも、うっとりする程に綺麗で、ブロンドの髪を月明かりが仄かに輝かせているその姿は、一つの恋を終え、美しく進化していく蝶のように思えた。

 
(アーバン夫人でも敵わない人に恋をしているのに。私などそもそも論外だったわね。)


 私は勘違いをしていないつもりだったけれど、先日のあのペリドットの瞳があまりにも、優しく私を見据えていたものだから。 

 あまり懇意にしていない筈の公爵家に紛れた釣書を見て、もしかして、彼は本当に私を望んでくれているのではないだろうか?
  
  そう思った自分が冷静になるとちょっと恥ずかしい。

 要するに…

『物腰柔らかでお優しい印象ですから。推せば受け入れてくれるかもと思ってしまうのよねぇ…。』

 先程こう言ったご令嬢と似た様な事を考えた事に頬が熱くなってくる。


(…今でも、辺境伯様は、そのお方の事を想って居るのかしら。)


 マーガレットがそんな事を考えながら会場の片隅の陰りに移動し、天幕の裏側で休憩していると、天幕に遮られた向こうからアーバン夫人と辺境伯の声が聞こえてきた。

 2人の声は、断片的にしか聞こえてこないけれど、盗み聞きは良くないと直ぐに立ち去ろうと思い、足を踏み出そうとしたその時。

「ー…チャンスはものにできそうなの?」

 聞こえてきたアーバン夫人の言葉に、後ろを向いたマーガレットは立ち止まった。〝チャンス〟という言葉。悪戯を楽しむようなアーバン夫人の口調。

 もしかして、敵わなかった女性と辺境伯様に進展でもあったのかしら。

(いけない。人の話を立ち聞きしてはダメだわ。立ち去らないと。)

 幸い、2人の声は先程よりも一層声のトーンを落として話している。周りに聞かれないためだろう。

 カーテン越しに直ぐ隣にいるアーバン夫人の声が途切れ途切れでしか聞こえない。

(でも、辺境伯様の長年の想い人の事がこれでわかる…いや、わかってどうするのかしら、私は…。)

「…駄目だ…の?」

「ハードルが高……だ…魅力はあられる方だものね。
ご本人が……て…はともかく。 
此処に……初恋拗らせて……男がいる……には。」

  途切れ途切れ聞こえた2人の会話から、辺境伯の長年恋している人についてだというのはわかった。

 それには高いハードルがあって、恋が駄目になりそうな事も。

 そして多分、そのハードルに心当たりがある。私だ。

 やはり優しい彼は、哀れな私に気を回す陛下のお願いを、断れなかったのだ。   

 そう言えば先日もそんな人なのだと、感じたばかりだった。話した事のない私の為に必死なプロポーズ紛いの事までしてくれる。
 そういう人は、自分を後回しにするのだ。



(先程ちゃんと釣書の方々をお母様にはお断りしてきて良かったわ。私の意思も伝えたし。だからきっと、大丈夫な筈。)

マーガレットは壁際に体重をあずけて胸元で両手を握ると、大きく溜息をついた。



(でも…ーーどうして、こうも。

私は人様の恋の障害物になってしまうのかしら……。)



 




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