異能テスト 〜誰が為に異能は在る〜

吉宗

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10. 諸星①

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───諸星もろぼし

かつて、異能組織の中でも類い希な異能使いとして実戦部隊のリーダーを務め、だが私が組織に帰属する前に大量に人材を引き抜いて、その後に音信不通になったという男。

志麻子や梓にとっては旧知の間柄のようだが、私にとっては未知の相手である。先の異能会合での皆の反応リアクションを見る限り、諸星にポジティブな印象は持てなかったというのが正直な感想だ。

その男が。

取り乱した様子の梓や、殺気立った志麻子の空気をよそに、涼しい笑みを浮かべたまま足を組み直して、事も無げに言った。

「───いや~、ご無沙汰しておりましたね。しかし二人とも、久しぶりに顔を合わせたっていうのに、随分なご挨拶じゃないですか?」

「あんた………どの口がそんなことを言うんだい?───だけど、ここで会ったが百年目さ!その二枚舌、二度と使えないようにしてやるさね!」

志麻子は素早く扇子を取り出し、早くも身構えて臨戦体勢に移っている。

梓も青ざめた表情で護符を取り出しながら「どうして──?」と小さく呻くように呟いた。

「あれれ?二人とも、本当にどうしたんですか、そんな怖い顔をしちゃって。僕はただ、久しぶりに元仲間みんなに挨拶とちょっとしたお話をしにきただけなんですけどねぇ?」

優雅な所作でコーヒーカップに口をつけてから、諸星は軽く肩をすくめてみせた。

志麻子の眼光が鋭さを増す。

「なぁ~にが『お話』だよ、よくもぬけぬけと!自分が何をしたのかわかってるのかぃ、この裏切り者が!」

、ね───まったく、人聞きが悪いなぁ。そしてその気性の荒さも変わらないね、志麻子さん。───やれやれ、僕はただ、落ち着いて話がしたいだけなんだけどなぁ」

「問答無用!ここはもうあたしの間合いだよ、覚悟しなッ!」

あまりに唐突な事態の急変についていけず、私は諸星と同席しているカフェテーブルから離れられないでいた。

そんな私と諸星がいるテーブルに、志麻子は扇子を構えて動き出す体勢に入っている。異能・《風神かぜつかい》を発動させるつもりなのだろう。

諸星の出現に動揺しながらも、数枚の護符を周辺に設置していた梓が志麻子に完了の合図を送る。

「志麻子さん、わたしの護符で異能結界を張りました!周りへの影響は大丈夫です!」



梓の異能・《付与エンチャント》が作り出す護符の一つに、異能者同士の攻防に適した結界護符がある、と聞いたことがある。

それは数枚の護符が生み出す結界エリアの中で、異能の効果を限定するというもの。しかも結界内では人の気配が限界まで薄れるので、一般人には結界の中の動向がほとんどできなくなるという、異能者が一般人の前で力を使うのに、の護符といえるだろう。

「ありがとうよ、梓!」

梓への謝意を口にして、志麻子は一気に《風神かぜつかい》の力(おそらくは【烈風】)を開放しようとし───、

そこで志麻子の動きが固まった。

「────?!」

「志麻子さん?どうしたんです?!」

梓が声をかける。

「くっ、体が───ッ!」

志麻子は全身を震わせ、何かに抵抗するようにもがいている。

しかし、志麻子の意志に反して、突然の異変が彼女の体の自由を奪っているようで、それは志麻子がほとんど身動きができないレベルまで達していた。

「あ、ぐ……!や、やられたよ───!」

志麻子はその場に膝をついた。
目に見えないかの圧力に屈したようにも見える。

「志麻子さん、大丈夫ですか───あうっ!」

梓が志麻子に近寄ろうとした瞬間、梓自身にも同じ圧力がのしかかかり、たまらず膝をつく。

「梓さん、志麻子さんっ!」

私は二人に声をかけつつ、正面に座る男の顔を睨む。

「───あなたの仕業ですね?」

諸星は、出会った時とまったく同じ笑みを顔に張り付けたまま、ティーカップに口をつけて言った。

「アハハハハハハ!甘い、甘いなぁ、二人とも!まるで砂糖を入れすぎた紅茶並みに甘ったるい警戒心だなぁ!『あなたの間合い』だって?そんなのとっくにわかってますよ、それよりも自分の間合いということは『相手の間合い』にも入ってると思わないんですかね?」

『嘲笑』とはこのような時に使う言葉なのだろう。

私の質問には答えず、諸星は二人を見下ろした。

「邪魔されると面倒だから、二人ともしばらくその格好でいてくださいよ。

諸星はようやくこちらに視線を向けたが、私は毅然と返した。

「私と話がしたいのなら、今すぐ二人を解放しなさい」

「残念だが、それはできない相談だね」

「───では決裂ですね、あなたを倒して二人を解放します」

私が強気で続けると、諸星は大袈裟な素振りで肩をすくめてみせ、ため息をついた。

「やれやれ。よく言えば大胆だけど、君は思った以上に性格なんだね?僕を倒すとかいう冗談はともかく、君が動く前にそこの二人が先に死ぬことになるよ?」

「───彼女らに何をしたのです?あなたの目的は一体何ですか?」

私は矢継ぎ早に質問したが、諸星は優雅に首を振る。

「それを答える前に。いい加減、僕の自己紹介くらいさせてくれないかい?」

諸星は微笑みながら続けた。

「あらためて、はじめまして。僕が諸星です、以後お見知りおきを。しかし、そう幾つも同時に質問されると困るんだけど、ここは頑張ってお答えしようか。まずはお察しの通り、僕は今、自らの異能を発動させている───《重力操作グラビティ》をね」

「─────!」

重力操作グラビティ》?!

異能など、少なくとも私は聞いたことがない。

まさか、よりによって諸星の力がそんな厄介な異能だったとは───。

私は内心の驚きを諸星に悟られないように無表情を装い、淡々と答えた。

「───随分と気前がいいのですね、自分の異能を他人にペラペラとしゃべるとは──」

「ま、僕の異能のことは元々、そこのお二人はよく知ってるし、今さら隠しても仕方ないからね。それに手の内を明かした所で、そんなことは正直大した問題じゃない」

表情も態度も一切変えず、諸星は言い切った。

それは、絶対の自信と余裕。

私程度の異能者など、何があっても抑えきれる自信があるからこその、この態度なのだろう。

「───牧野ちゃん……!絶対に───、コイツの、に乗るんじゃあ、ないよ───!」

荒い息を吐きながら、志麻子が必死に訴えかける。

その志麻子を一瞥して、諸星は右手の人差し指をスッと上げた。

「───うぎっ?!」

すると、目に見えて圧力が強まり、たまらず両膝と両腕を地につけ、志麻子は強制的に四つん這いのような体勢にさせられてしまう。

私は立ち上がり、制止の声をあげた!

「やめなさいっ!」

「いいや、やめないよ」

まるで別人かと見紛うほどの、諸星の冷たい目───。

先ほどまでの爽やかな笑顔から一転、視線を合わせた者が戦慄ぞっとするような冷徹な表情で、諸星は私を見た。

「元・同組織なかまのよしみで一度目は許してあげたけど、本来、。《重力操作グラビティ》でぺしゃんこにされないだけでも、ありがたく思ってほしいものだけどね?」

人が変わったような冷酷な声で続けながら、最後は元の笑顔に戻って、諸星は言う。

「どうしたの、座りなよ?」

「───あなたの目的は何です?」

一瞬の間を置いて、私は腰を下ろしながら諸星に訊いた。

「ようやく本題に入れて助かるよ」

諸星は向かい合ったテーブル越しで、満足そうに微笑んだ。

「言ったろ?まずは挨拶と───僕が本当に用があったのは、だ」

「………私に?」

不信感丸出しの顔で、私は諸星に問い返した。

「失敬、私を誰かと間違えてませんか?」

私の言葉とぼけに、諸星が口を押さえて愉快そうに笑う。

「アハハハハハ!間違いでも人違いでもないよ!君は総務省・異能係の元《異能判定器スキャナー》担当の牧野桐子まきのとうこさん、でしょ? なかなか変わった《偽装ちから》も持ってるとか?最近、有馬さんの所の異能組織に帰属したばかりだけど、公務員としても異能者としても、かなり有能な人材だと聞いてるけどね」

諸星の高笑いを無言で聞きながら、私は冷静に彼の発言を分析していた。

私が《異能判定器スキャナー》の担当から外れたのは、つい先日のことである。さらに異能持ちであることも洩れているということは、諸星の情報力はかなりのものだと言わざるをえない。

いや、この場合、というよりは───。

「ん?僕の情報はなし、何か間違ってたかな?」

から聞いたか知りませんが、いろいろと情報をお持ちのようですね───それで、その私に一体何の御用でしょうか?」

「うん、それはね───」

諸星は表情をあらため、両手を広げて言った。

「牧野桐子さん。僕はね───

「────?!」

私は諸星の真意を計りかねて、驚いた。

顔が少し熱く感じる。諸星の言い方があまりにだったので、一瞬だけをしてしまいそうになったのだ。

諸星はにこりと笑って、さらに続けた。

「言い方がおかしかったかな?もう少しわかりやすく言うと『勧誘』だね。君には

諸星の言葉が、私を現実に引き戻す。

「新しいグループ……ですか」

噛み締めるように言いながら、私は素早く考えを巡らせる。

諸星は今、『グループ』と言った。

それは、おそらく諸星が異能組織から抜ける時に連れ出したという、実戦部隊のメンバーで構成されているのではないかと想像される。先の異能会合において、梓や有馬は当面の諸星の目的は不明だと言っていたが、それがここにきてようやく姿を現そうとしているようだ───。

「一つ言っておくけど、さすがに僕も今日この場のこのやりとりだけで、君を完全に勧誘できるとは露とも思っていないよ?」

私はじっと諸星を見た。先読みして、諸星は私の視線に答える。

「物事にはってものがあるからね。

自信たっぷりに諸星は言う。その様子は、太陽が東から昇って西に沈むのと同様に、まるで当然のことと言わんばかりだ。

「やたらと自信がおありなんですね?───あなた、ひょっとして《未来視フューチャーズ》か、もしくは《予知能力プレコグニション》の異能者でも囲いこんでいるのですか?」

「───どうして、そう思うんだい?」

表情を変えず、諸星が逆質問する。私は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら答えた。

「いえ───あなたが、。これは、をやっているか、そもそも頭がおかしいのか、それとも未来をはっきりと知っているのか───のどれかだと思ったものですから」

諸星は私の返答に無言だったが、やがて声を押し殺しながら静かに笑い出した。

「──アハ、ハハハハハハハッ!なかなか、これはこれは!───うん、

「面白いですか?こちらはいたって真剣だったのですけど?」

。そして、君が立てたについては、君の御想像にお任せするよ。だから、どう思おうが君の自由だ」

諸星はあっさりと言い、肩をすくめた。

───それは肯定しているのと同じですよ?

と言いかけて、私は踏みとどまった。

この諸星という男───。

外見に似合わず、かなりのだ。

私が彼の『未来』という言葉尻をとらえた虚勢ハッタリを言ったにせよ、平然と次々に心理話術のカードを切ってくる。

もし仮に、諸星が未来の見える異能者を手駒にしていなくても、私が自分で出したその仮定でもって勝手に囚われてくれればそれでよし、、それが真実かどうか私が疑心暗鬼になればそれもよし───。

そんな諸星の深い思惑を感じとって、私は眉をしかめた。

「───で、僕の勧誘に対する『今の』君の答えは?───おっと、念のため。、慎重に答えて欲しいけどね」

諸星は梓と志麻子に視線を送った。二人とも、重力の拘束がきついようで、それぞれ苦しそうに喘いでいる。

───脅し、か。

どこまで本気かわからないが、《重力操作グラビティ》を持つ諸星がその気になれば、二人をすることも、本当に簡単なことなのかもしれない。

しかし、それを考慮したとしても───すでに私の『答え』は決まっていた。

「【百花繚乱ひゃっかりょうらん】」

私は《偽装カモフラージュ》の異能で、

スキル【百花繚乱】を使って、自らの分身をほど、諸星の眼前に一気に出現させたのである。

「───へぇ?」
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