ソラノナミダ ~とある精霊指定都市物語~

吉宗

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第二幕:ソラノナミダ

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不敬だと知りつつも、僕は返事もろくにせずにノワール公の部屋を後にした。

───それからどうやって外に出たか、記憶が曖昧だった。

僕は強ばった表情のサマンダを頭に乗せ、行くあてもなく街を彷徨った。

精霊女王と精霊府の決定は“絶対”だ。ルアンプールが精霊指定都市の恩恵を剥奪されるということは、そこに残って住まざるをえない人にとっては『死刑宣告』にも等しい。水の精霊・風の精霊・火の精霊・土の精霊・光の精霊・闇の精霊───彼らへの度が過ぎた“依存”が、この街を発展させ、そして同時に堕落させてしまった、というのが精霊界の最高意思決定機関の判断なのか───。

ポツリポツリと、いつの間にか鈍色の空から雨が降り落ちてきて、すぐに叩くような強い雨足になった。

雨に打たれながら、力なく街を歩く。ノワール公の邸では沈黙を通したサマンダが、髪の中から心配そうな声をあげる。

「ラルムぅ~~。そりゃあさ───お前としては思うことは色々あるだろうけどよ、もう決まっちまったもんはオレたちにはどうしようもないぜ?」

「.......」

そんなことは───僕もよくわかっていた。精霊女王と精霊府の決定が“絶対”かつ“不可逆”ということは、精霊と深く付き合う人間なら周知の事実だ。

でも。

僕は立ち止まり、激しい雨に打たれながらも空を見上げた。

幼馴染のシエル、そして彼女と僕とが世話をしている孤児の子供たち、近所の人のいい老夫婦やよく買い物をする商店で働く人々、人懐っこい馴染みの配達員など、今まで僕がこの街で生きてきて関わってきた様々な人々の顔が浮かんでは消えた。

───そうだ。どうせ僕は、一度は死んだ身なんだ。

ならば、この僕にできることは───。

やがて僕は決意し、雨でずぶ濡れの顔で前を向いた。

「お、おい、ラルム?お前、一体何を───」

頭の上のサマンダの戸惑いを無視して、僕は決然と歩き出したのだった。


───翌朝。

僕は一睡もせずに、ルアンプールの街の中心部にある“精霊樹”に朝から向かっていた。

仕事があったのだろうか、僕とは入れ違いであれからシエルとは顔を合わさなかったけど、教会に彼女宛ての手紙を置いてきた。もし僕に“何か”あったとしても、最低限の事情はわかるように記しておいたつもりだ。

シエルは僕のような特殊な長期契約者ではないが、精霊に“対価”を支払って正当に彼らを使役することができる優秀な精霊使いなだけに、僕の決断を知ったら必ず精霊樹へ同行しようとしただろう。

でも、それは絶対に避けねばならない。彼女を僕の“道連れ”にはできないのだから───。

サマンダは昨夜から何も言わず、黙って僕の行動に従ってくれている。僕がこれから“何をしようとしている”のか、付き合いが長く、さらに契約で魂が繋がっているサマンダには理屈抜きで感じるものがあるのかもしれない。

“精霊樹”はルアンプールの中心に位置する森の、さらにその中心部に佇んでいる。精霊指定都市になる街は、精霊府から出向してきた上位精霊が“御神木”に選ばれた樹齢数百年以上の大木に、“御珠”と呼ばれる精霊力の結晶体を埋め込むことで“精霊樹”が誕生する。そして、その精霊樹が発する霊気を糧に、様々な精霊たちが集まってきて『精霊指定都市』は産声をあげる。

逆に、精霊指定都市の地位を剥奪するには、ノワール公が語った通り、精霊樹から御珠を抜くだけでいい。ただし、それができるのはその御珠を設置した本人───ここルアンプールであれば、実施した闇の精霊公爵・ノワール公ただ一人だった。

僕は森を抜け、精霊樹の前に立った。

精霊樹からは濃密な霊気があふれ出しており、地・水・火・風・光・闇、全ての精霊がその霊気の中を戯れるように飛び交っている。

本来、この精霊樹のある場所は厳重な結界で一般人を遠ざけているが、精霊との契約で彼らの加護がある僕には、その結界を難なく素通りすることができた。

「精霊樹.......」

僕は目を閉じて、そっと精霊樹に触れた。

「!」

精霊樹から、かつて感じたことがないほどの量の膨大な霊気が僕の体を一瞬で通り抜けた。僕はその衝撃を目を閉じてじっと耐え、やがて深く息を吐いた。

その荒い息がどうにか整った頃に───目の前の何もない空間から闇の精霊公が漆黒のマントをはためかせ、忽然と姿を現した。

「なぜ、お前がここにいる?」

眉をわずかにひそめながら、ノワール公は厳しい表情をこちらに向けていた。

僕は精霊樹を背後にして守るようにその前に立ち、ノワール公に向き合った。

「ノワール公。僕は貴方に、あの大火事の時に命を救っていただいた大恩があります。そして、貴方という存在そのものに心から敬意を払っております。
───でも。そんな貴方をたとえ敵に回したとしても、ここをお通しすることはできません。なぜなら───やっぱり僕は自分のこのちっぽけな命と魂のすべてを投げ出したとしても、ルアンプールの街を───ここに生きる小さな小さな命たちを、守りたいんです」

「ほう。サマンダの力を借りなければ半人前以下の、お前ごときが本気でこの私を阻もうというのか?」

ノワール公の瞳がスっと細くなる。同時に、彼の発する強烈な霊気が不可視の圧力となって、僕の全身の皮膚を叩いた。

「ラ、ラルム~~!やっぱりこんなこと、やめとけって!お前、こんなことしでかして、せっかくもらった一等市民の権利を剥奪されちまったらどうすんだよ!?そもそもオレたちごときが、精霊公相手にどうにかできるとでも思ってんのか?」

ひょこりと頭からサマンダが顔を出して叫んだ。

なんだかんだでサマンダは、彼女・・なりに僕の身を真剣に心配してくれているのだろう。精霊と肉体と魂とで繋がっている僕にはそれがわかった。

「サマンダ、君の言いたいことはわかってる───でも、今は黙って僕に力を貸してほしいんだ。これが終わったら、僕の魂すべてを君に捧げると約束するから」

「てめぇ.......本気なのかよ?」

「─────」

僕の決意が伝わったのか。それとも説得を諦めたのか。

サマンダはもはや否定的なことは言わず、吹っ切れたような声をあげた。

「───あ~~あ!クソッ、つくづくオレもついてねぇなぁ、こんな精霊界の“反逆者”と契約を結んじまうなんてよ!だが仕方ねえ、『契約』はこの世界で絶対の規律なんだ、たとえそれが精霊女王や精霊府と対立することになろうとな!だからラルム、やるからには半端はナシだ!最初から飛ばしていくぜぇ!!!」

(サマンダ.......ありがとう)

僕は心の中でサマンダに礼を言い、ノワール公と対峙するための“準備”をはじめた。

「荒ぶる火の精霊・サラマンダーよ、我に力を貸したまえ!」

「おう!」

サマンダの返事とともに、僕の体から激しく炎が立ち上った!

その様子を、ノワール公は表情をまったく変えず、ただ泰然と眺めていた。

「笑止。その程度のマッチ棒の火で、この私をどうにかするつもりか?」

「マッチ棒がどうかは、やってみなければ───」

僕はサラマンダーの炎を身にまとったまま、ノワール公に突っ込もうとしたが───、

「やらずともわかるのだよ」

ノワール公のその一言で、僕は動きを完全に止められてしまった!

「こ、れは.......!」

いつの間にか、僕はノワール公が操る無数の下位精霊・シャドウたちに全身を拘束され、身動きがとれなくなっていた。

「く....ぐ!」

シャドウは闇の精霊種の中でも最もポピュラーな存在だが、四大精霊公の一人であるノワール公が命じるそれらは、人間が彼らと契約して使役するケースを遥かに凌駕する闇の力でまとわりつき、僕の体を強烈に締めつけてくる!

頭ではわかっていたが、やはりノワール公と僕とでは、精霊を使った戦いでは天地ほどの差があった。

当然だ。彼は僕ら人間などよりも神に近い高位な存在なのだ。生半可な力では、ノワール公が操る下っ端のシャドウにすら、体をバラバラに粉砕されかねない。

だが───それが、どうした?

精霊樹ここに来ることを決意した時点で、たとえ八つ裂きにされ、頭一つになろうともノワール公の首筋に噛みついてでも本懐を遂げてやる!というぐらいの覚悟は、とうにできているんだ!

「ぐっ、これしきのことで───ッ!」

僕は歯を食いしばり、吼えながらシャドウたちの拘束を振りほどき、サマンダの炎で彼らを蹴散らした。

「はぁ、はぁ、はぁッ!」

「お見事。では、その努力に応え、私も少しだけ本気を出してやろう」

ノワール公は無表情で賞賛し、新たな精霊を召喚した。

「プルートゥー」

次の瞬間、“絶望”が姿を現した。

プルートゥー。闇の精霊種の中では、ノワール公に次いで実力のある漆黒のフードを被った魔人だ。もしこの魔人に火の精霊種で対抗しようと思えば、サラマンダーの上位種である炎の魔人・“イフリート”を召喚するしかないが、僕にそんな力はない。

「闇の精霊の長・ノワールの名においてプルートゥーに命ずる───飲み込め」

無慈悲な命令が下されると、プルートゥーの黒衣から大量の“闇”が滲むように吹き出してきて、僕らの方に向かってくる!

「サマンダ!」

僕はそれに対抗するため、炎の出力を上げた!

「無茶だよぉ、ラルムゥ!?」

サマンダの泣き言をよそに、僕は精霊の炎を最大出力にして迫り来る“闇”にぶつけたが、黒い津波のような巨大な“闇”に対し、僕らの炎は小さな防波堤のように頼りなく、このままでは“闇”の侵食に飲み込まれてしまいそうな勢いだ。

「くっ!力が、足りないの、か!?」

僕は“闇”の凄まじい圧力に耐えながら、打開策を考えたが───その答えは一つしかなかった。

「サマンダ!君との契約、僕からの“担保”をもっと増やしたらどうなる!?」

「担保?何の話だよォ!?」

僕は歯を食いしばりながら答えた。

「あの火事の日、僕は焼けた半身を君との契約に捧げてこの力を得た!では、この体のすべて───もしも全身を捧げて、君と“融合”したら、どうなる!?」

「全身を捧げるだって!?───そ、そりゃあ、今みたいな“半分”じゃなくてお前のすべてと繋がるわけだから、現状の倍以上の炎だってカンタンに作れるけどよぉ!でもその意味が、本当にわかってのんか!そんなことしたら、てめぇ、精霊のオレと完全に“融合”して、二度と人間コッチ側に帰ってこれなくなるんだぞ!?」

サマンダも闇の圧に耐えながら叫んだが───僕はこんな時に変かもしれないけど、とても穏やかな気持ちで答えた。

「それでいいんだよ。
やっと、僕の───こんなちっぽけな命の、ちゃんとした使い道ができるんだから」

「ラルム───!」

サマンダが息を飲む気配が伝わってきた。

でも、それでいいんだよ。

ノワール公に拾ってもらったこの命は、ノワール公の意向に逆らうことで自業自得の末路を迎えることになるかもしれない。だけど、このルアンプールの街を───数々の知己やシエル、孤児たちの命を救うことができるなら、それが僕の本望なのだ。

僕は、意を決して言った。

「サマンダ、この身と魂のすべてを汝に捧げる!願わくば、煉獄の鬼すら燃やし尽くす紅蓮の焔の力を、我に与えたまえ!」

「───待って!ラルム、サマンダ!」

サマンダと僕の“最終契約”が終わる前に、上空から少女の声が激しい突風とともに舞い降りてきた。

この声は───まさか、シエル!?

激しく動揺しつつも、残してきた僕の置き手紙を読んで彼女がここまで来てしまったことに思い当たる。

闇の侵食に抵抗しながら僕は辺りを見渡し、シエルを探したが闇に視界を阻まれ、彼女の姿を直接視認することはできなかった。

「ラルム、サマンダとの“融合”は必要ないわ!私が“風”を送るから、貴方はそれに合わせて!」

「う、うん、わかった」

深く考えている余裕はない。僕はどこからか聞こえてくる彼女の指示通り、直ぐに送られてきた突風───いや、もはやそれは“暴風”とでも呼ぶべき凄まじい勢いの風に、サマンダから得た炎を乗せた!

「いっけぇーーーーーー!!!」

闇を発生させている中心部へ、風を巻いた炎を送り込む!

「!」

風に乗った爆炎が、まるで龍のように渦を巻き、プルートゥーの元へ迸る!

炎と風が闇の中心部、プルートゥーへと届いた瞬間、闇が周辺の空間ごと爆ぜた。

目が眩むような爆発的な閃光が収まった後、精霊樹の前に残っていたのは僕らとノワール公だけだった。

黒髪の精霊公の顔に怒りの色はなく───むしろ万物を慈しむような、とても穏やかな目をしていた。

「ふむ。まさか、プルートゥーをも退けるとはな.......この私ですら手を焼くような障害があるのでは、遺憾ながら女王陛下には精霊樹から御珠の抜き取りは著しく困難だと報告せざるをえんな」

「ノワール公!では───?」

「ルアンプールは精霊指定都市のままとする───少なくとも今は、な。私の一存と発言力でどこまで女王陛下と精霊府の頭の固い面々を動かせるかはわからないが、お前とサマンダ、そしてシエルの示した“覚悟“に値するだけの努力をすることは約束しよう。───ただし、このままルアンプールが変わらなければ、遅かれ早かれ同じ運命かもしれんがな」

ノワール公はそう言い残し、踵を返して静かに去っていった。

その後ろ姿からはノワール公自身にも、元々ルアンプールの格下げ決定には、複雑な思いがきっとあったのだろう───そう感じずにはいられない、様々な事情しがらみを抱えた人特有の、哀愁の色を帯びた背中だった。

安堵感と疲労感とが同時に僕を襲い、一瞬意識が遠のきそうになったが、すぐにシエルの存在を思い出して彼女の姿を探した。

「シエル、君のお陰で助かっ───」

そこまで言ってから、僕は息を飲んだ。

シエルは空中に、佇むように浮かんでいた。

風の精霊・シルフと“融合”した姿で───。

「シエル、そんな───嘘だろう?」

人と精霊との“融合”。つい先程、サマンダと融合しようとしていた僕だからこそ、わかる。その意味は、精霊と一つになって“人間としての存在を捨てるということに他ならない。

そしてこの融合ができるということは───彼女もまた、僕と同じような“精霊の長期契約者”だったという事実だ。

不意に、僕は昨夜のノワール公との対面での、彼の挨拶の言葉を思い出した。

確か、彼はこう言ったのだ。

『あの時、お前たちに手を差し伸べたことは決して間違いではなかったと、今になって心からそう思えるのだよ』

“お前たち”。

───あの時は、僕以外の大勢の孤児も助けたことを含めた言い回しだと何も思わなかったけど、本当はノワール公の言葉が、僕以外の具体的な“誰か”を含めた複数形だったとしたら───。

そしてその誰かとは───。

僕は答えに到達しながらも、それを認めたくない一心で叫んでいた。

「シエル、君は!歌手になるのが夢じゃなかったのか!?なのに、どうしてこんなことを!精霊と融合するのは、これ以上生きていても何の価値もない、この僕がするべきだったのに───!」

宙に浮かんでいるシルフの顔にはまだシエルの面影があったが、それも時間の経過とともに薄れていき、やがて“彼女”の自我も完全に失われて、ただの“シルフの一人”になるだろう。それが精霊と融合した人間の運命だ。

「ぐ、うっ」

悔しくて、悲しくて、涙があふれた。直面した現実の理不尽さに、嗚咽が止まらない。

これが運命というのなら、あまりにも残酷すぎる結果じゃないか!?

「クソ、クソッ!何で、何でなんだよ───ッ!」

無念のあまり、拳を地面に叩きつけようとした僕の心に、直接シエルの声が響いた。

『ラルム、そんなに悲しまないで。そして自分をそんなに卑下しないで』

「シエル!?」

僕は上空のシエルを見上げた。

彼女は僕の視線を受けて、照れくさそうに微笑んだ。

『ずっと黙ってて、ごめんね。もう気づいてるかもしれないけど、あの火事の日───重症を負ったのはラルム、あなただけじゃなかったの。わたしも崩落した天井の瓦礫に両足を挟まれて、もう死ぬ寸前という状態だったんだけど、あなたと同じようにノワール公に手を差し伸べられて、シルフと“契約”したのよ。だから、外でかけ持ちで働いてるというのは半分嘘で、わたし本当は、あなたと同じように“債権者”たちを捕まえる仕事をしてたの。ここまで言えば、あなたならわかるでしょう?───わたしはあなたにこそ、これから先も人として生きていてほしかった。だって歌なら...この姿でも、絶対に忘れないし、きっと───ちゃんと歌えるんだから』

「シエル───」

『ラルム。みんなを、孤児の子らをお願いね。全部あなたに押しつけちゃって本当にごめんだけど、もうすぐ私は“一人のシルフ”になって人間だった頃の人格も記憶も全部なくなっちゃうかもしれないけれど───それでも、わたしはいつでもあなたたちを見守っているから』

「シエル!僕は、君を───」

『今までありがとう、ラルム。じゃあ───“また”、ね』

そう言い残して、シエルは───いや、言い終わった瞬間に完全にシルフと融合をした彼女は、背中の蝶のような美しい羽根をはばたかせ、風のように飛び去っていった。

呆然と残される僕とサマンダ。

その僕らの遥か頭上の空から、緩やかな風に乗って、歌声らしきものがゆったりとした旋律メロディーとともに舞い降りてきた。まるで僕らを───いや、今僕らがいる空間すべてを包み込むように。

すぐにわかった。

この声は間違いなく───シエルのものだ。


♪.•*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸

君の声が わたしを呼んで
わたしは君を ギュッと抱きしめた
君の瞳は 明るく空を 照らしながら
わたしの道を 示してくれた

♪.•*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸


その声は優しさと慈しみで構成されているかのように、僕の心の最も深い部分に届き、ゆっくりと染み渡っていく。


♪.•*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸

だからずっと ずっとそばに わたしはいるよ
どんな時でも そんな幸せが いついつまでも
どうか続きますようにと 風に願うの
あなたと二人 いついつまでも

LaLaLa… LaLaLa… LaLaLa…LaLaLa…
LaLaLa… LaLaLa… LaLaLa…LaLaLa…
LaLaLa… LaLaLa… LaLaLa…LaLaLa…

♪.•*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸♪.•*¨*•.¸¸


消え入るような最後の『LaLaLa…』のフレーズが、頭の奥深くでずっと反響している。

この短い歌には───彼女の想いのすべてが詰まっていた。

先程までの激情が嘘のように、ゆっくり、ゆっくりと。
時間をかけて氷が溶けるかのように、心が少しずつ落ち着いていくのがわかった。

それは、僕だけではなかった。

闇の精霊たちとの激しい戦闘で、精霊樹の近くにいた他の精霊たちは散り散りになっていたのだが、シエルの歌に導かれるように彼らはこの場に戻ってきていた。その表情に怯えや戸惑いはなく、どの精霊の顔にも笑みが浮かんでいる。

───これが、歌の....シエルの声がもらたす力なのか。

僕は言葉を失って空を仰いだが、この時点ではまだ知らなかった。

飛び去っていったシエルが、ルアンプール全域で空からこの歌をうたい、それはルアンプール市民全員の耳に届いたこと、そしてその天から降り注いだ慈愛に満ちた歌声が、後に市民たちの間で『風の女神の唄』と噂されるようになることを───。

皆、彼女の歌声をはっきりと聴いた。

孤児たちも、いつも慌ただしい主婦も、汗をかいて働く男たちも、病める者も、富める者も。誰もが等しく、優しいその歌声に手や足を止め、うっとりと聞き入ったという。

精霊たちが精霊樹の周りで喜びの舞を踊る中、僕は涙を拭いながら心の中で彼女に問いかけた。

シエル。

見えているかい?

君が。

このルアンプールを、そこに住まうすべての人々を───そして、こんな僕なんかまでを、一緒に救ってくれたんだよ?

拭っても拭っても、次々と流れ落ちる涙で視界が滲む。

僕は心の中で彼女に語り続けた。

決して。決して、忘れないよ。僕は一生、忘れるはずなんてない。

君が“人として生きた証”である───この『メロディー』を。

─────────

─────

──

流れ落ちる僕の涙を、不意に吹いた一陣の風が空高く舞い上げ、それは風と共に遥か遠くへと連れ立って行った。

力なく見上げる僕に向け、天から一粒の水滴がゆっくりと落ちてきて、それは糸を引くような軌跡を描いた後に、僕の頬を撫でるように優しく打った。

その滴にそっと手をやり、心の中で呟いた。


『まるで───空が泣いた後の残滓みたいだ───』


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