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16 スカーレットの初恋
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クラレットと侯爵邸でお茶をしたあの日。
「王女殿下がシアン様を望んでも、私とシアン様の婚約が解消になるくらいで済むわね・・・」
そう吐露するキャナリィにクラレットは言った。
「キャナ様、王女殿下はシアン様に懸想しているわけではありませんよ」と。
色恋に聡いとは言い難いクラレットではあったが、不確かなことを口にするような子ではない。
その言葉は信じるに値する。
しかし誰にどのような思惑があろうとも、キャナリィは当主である父の決定に従うだけであることには変わりない──。
「何故、王女殿下の気持ちがフロスティ公爵令息にないと言ったのか・・・ですわね」
キャナリィはスカーレットの質問を受けてそうつぶやくと、クラレットに視線を移した。
キャナリィが「スカーレットの気持ちがシアンにない」と言ったのはクラレットがそう言ったからだ。
クラレットがそういうのであれば、疑う理由はない。
しかし、何故クラレットがスカーレットの気持ちがシアンに無いことに気付くに至ったのかは、知りたいと思っていた。
スカーレットもキャナリィの視線の先に座るクラレットを見た。その視線で、そう言いだしたのがクラレットであると察したからだ。
クラレットは二つの視線を受け、何かを思い出すかのように口を開いた。
「私は人の色恋に疎いので王女殿下の心の機微は全く理解できません。
──ただ、私に分かるのは」
クラレットの表情は相変わらず動かないが、スカーレットはその声音が少し優しくなったように感じた。
「王太子殿下への贈り物を選んでいる時、届いた商品を目にした時。その時の王女殿下の表情やご様子が、愛する恋人へのプレゼントを購入しに来られるご令嬢たちのそれと全く同じだったということです。
──王女殿下はシアン様ではなく、王太子殿下のことがお好きなのではないですか?」
クラレットの言葉にスカーレットはビクリと肩を震わせた。
ガタッ。
その時前室からわずかに物音が聞こえてきたが、スカーレットは気付いておらず、クラレットも気にしていないため、キャナリィも気にしないことにした。
クラレットには、何故スカーレットがシアンに絡むのか、キャナリィがどう関係するのかは全くわからなかった。
しかし商品を手に、目にした時の表情で、スカーレットがグレイのことを好いていることだけははっきりわかったのだ。
そして余計にスカーレットの言動がわからなくなり、キャナリィに「スカーレットが好いているのはシアンではない」ということのみ伝えることとなったのだった。
グレイは覚えていないようだが、実はグレイとスカーレットは初対面ではない。
まだグレイが六才、スカーレットが四才のころだった。
スカーレットは父王に連れられてシルバー王国とここバーミリオン王国。そして両国と国境が接するビリジアン王国の三カ国の代表が集まる会合に出席した。
後で知ったことであったが、会合とは別に同い年であるスカーレットとビリジアン王国のカクタス第一王子との顔合わせも予定の一つであったらしかった。
しかしスカーレットは着いて早々カクタス王子に泣かされた。
高圧的な態度にまだ矯正されていない口調、女の子に接する時の力加減を知らぬこと──大人から見ればやんちゃで可愛らしい行為行動も、年の近い者から見れば恐怖である。
気が強いであろうカクタス王子には大人しいスカーレットが良いのでは、という訳の分からない大人の考えでカクタス王子と引き合わされたスカーレットは、到着一日目で彼のことを大嫌いになった。
カクタス王子も泣いてばかりで話も出来ないスカーレットのことは早々に相手にしなくなり、もう一つの予定──王太子同士の交流のために訪れていた一つ年上のグレイと過ごしていた。
スカーレットはその時に一度だけグレイと話をする機会があり、カクタスと違い大人な(大人しいだけ)グレイに幼いながら恋をしてしまったのである。
別れの時、グレイに「お互い王族として恥じないよう頑張りましょう」と言われ、スカーレットは(カクタスもいたが眼中になかった)その時から立派な王女となることを目標に励んできた。
大人しくなければ二度とカクタスとの婚約話は出ないだろうと、子供ながらに思ったことも否定はしない。
その後グレイに会うこともなく、スカーレットの初恋は良い思い出として幕を閉じたが、決してグレイのことを忘れたわけではなかった。
そしていつの間にかビリジアン王国のカクタス第一王子に無事婚約者が決まり、友好国で婚約者がいない年の近い王族がスカーレットとグレイだけとなった頃、王女としての教育を受ける過程で自身の婚姻が国のためになるのだと学んだ。
グレイが婚約者を持たない理由は色々噂に聞いているが、そんなことはどうでもよかった。
同じ友好国であるのにビリジアン王国のカクタスとは行われた顔合わせがグレイとは行われなかった理由は──?
「王族なのに泣いてばかりでカクタスが嫌だと我儘を言ったわたくしは、きっとグレイ様に嫌われてしまっていたのね」
我儘な王女は必要ないと思われたに違いない。
「カクタスは嫌だ」と言ったスカーレット。
「スカーレットは嫌だ」とグレイに思われていてもおかしくはなかったのだ。
「王女殿下がシアン様を望んでも、私とシアン様の婚約が解消になるくらいで済むわね・・・」
そう吐露するキャナリィにクラレットは言った。
「キャナ様、王女殿下はシアン様に懸想しているわけではありませんよ」と。
色恋に聡いとは言い難いクラレットではあったが、不確かなことを口にするような子ではない。
その言葉は信じるに値する。
しかし誰にどのような思惑があろうとも、キャナリィは当主である父の決定に従うだけであることには変わりない──。
「何故、王女殿下の気持ちがフロスティ公爵令息にないと言ったのか・・・ですわね」
キャナリィはスカーレットの質問を受けてそうつぶやくと、クラレットに視線を移した。
キャナリィが「スカーレットの気持ちがシアンにない」と言ったのはクラレットがそう言ったからだ。
クラレットがそういうのであれば、疑う理由はない。
しかし、何故クラレットがスカーレットの気持ちがシアンに無いことに気付くに至ったのかは、知りたいと思っていた。
スカーレットもキャナリィの視線の先に座るクラレットを見た。その視線で、そう言いだしたのがクラレットであると察したからだ。
クラレットは二つの視線を受け、何かを思い出すかのように口を開いた。
「私は人の色恋に疎いので王女殿下の心の機微は全く理解できません。
──ただ、私に分かるのは」
クラレットの表情は相変わらず動かないが、スカーレットはその声音が少し優しくなったように感じた。
「王太子殿下への贈り物を選んでいる時、届いた商品を目にした時。その時の王女殿下の表情やご様子が、愛する恋人へのプレゼントを購入しに来られるご令嬢たちのそれと全く同じだったということです。
──王女殿下はシアン様ではなく、王太子殿下のことがお好きなのではないですか?」
クラレットの言葉にスカーレットはビクリと肩を震わせた。
ガタッ。
その時前室からわずかに物音が聞こえてきたが、スカーレットは気付いておらず、クラレットも気にしていないため、キャナリィも気にしないことにした。
クラレットには、何故スカーレットがシアンに絡むのか、キャナリィがどう関係するのかは全くわからなかった。
しかし商品を手に、目にした時の表情で、スカーレットがグレイのことを好いていることだけははっきりわかったのだ。
そして余計にスカーレットの言動がわからなくなり、キャナリィに「スカーレットが好いているのはシアンではない」ということのみ伝えることとなったのだった。
グレイは覚えていないようだが、実はグレイとスカーレットは初対面ではない。
まだグレイが六才、スカーレットが四才のころだった。
スカーレットは父王に連れられてシルバー王国とここバーミリオン王国。そして両国と国境が接するビリジアン王国の三カ国の代表が集まる会合に出席した。
後で知ったことであったが、会合とは別に同い年であるスカーレットとビリジアン王国のカクタス第一王子との顔合わせも予定の一つであったらしかった。
しかしスカーレットは着いて早々カクタス王子に泣かされた。
高圧的な態度にまだ矯正されていない口調、女の子に接する時の力加減を知らぬこと──大人から見ればやんちゃで可愛らしい行為行動も、年の近い者から見れば恐怖である。
気が強いであろうカクタス王子には大人しいスカーレットが良いのでは、という訳の分からない大人の考えでカクタス王子と引き合わされたスカーレットは、到着一日目で彼のことを大嫌いになった。
カクタス王子も泣いてばかりで話も出来ないスカーレットのことは早々に相手にしなくなり、もう一つの予定──王太子同士の交流のために訪れていた一つ年上のグレイと過ごしていた。
スカーレットはその時に一度だけグレイと話をする機会があり、カクタスと違い大人な(大人しいだけ)グレイに幼いながら恋をしてしまったのである。
別れの時、グレイに「お互い王族として恥じないよう頑張りましょう」と言われ、スカーレットは(カクタスもいたが眼中になかった)その時から立派な王女となることを目標に励んできた。
大人しくなければ二度とカクタスとの婚約話は出ないだろうと、子供ながらに思ったことも否定はしない。
その後グレイに会うこともなく、スカーレットの初恋は良い思い出として幕を閉じたが、決してグレイのことを忘れたわけではなかった。
そしていつの間にかビリジアン王国のカクタス第一王子に無事婚約者が決まり、友好国で婚約者がいない年の近い王族がスカーレットとグレイだけとなった頃、王女としての教育を受ける過程で自身の婚姻が国のためになるのだと学んだ。
グレイが婚約者を持たない理由は色々噂に聞いているが、そんなことはどうでもよかった。
同じ友好国であるのにビリジアン王国のカクタスとは行われた顔合わせがグレイとは行われなかった理由は──?
「王族なのに泣いてばかりでカクタスが嫌だと我儘を言ったわたくしは、きっとグレイ様に嫌われてしまっていたのね」
我儘な王女は必要ないと思われたに違いない。
「カクタスは嫌だ」と言ったスカーレット。
「スカーレットは嫌だ」とグレイに思われていてもおかしくはなかったのだ。
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