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第1章 表
4 婚約者からの叱責
住み慣れた男爵領を離れ一人寮生活を送ることに不安を感じていたカイエだったが、学園の図書館にあるまだ出会っていない本たちに心惹かれ遠路はるばる王都にやってきた。
しかし蓋を開けてみればこれまでの価値観を真っ向から否定され叱責される日々。図書館に行けば心休まるひと時を過ごせるものの、それ以外の時間はいつ令嬢に絡まれるのかとビクビクして過ごしていた。なのに──
最近学園が楽しい。
男爵領の図書館も素晴らしいが、学園の図書館はさすが王立なだけありそれを上回る蔵書数だ。カイエは図書館に足を踏み入れるたびにこの世界にはまだ見ぬ本が沢山あるのだとワクワクした。
しかし、この気持ちがそれだけではないことに気付いてもいた。
お昼休憩になると、何故かカイエを守るように現れる生徒会役員の面々。
これまでは仕事がてら生徒会室で昼食を摂っていたようなのだが、最近はなぜかその時間を中庭で過ごし、ランチを持ってやってくるカイエに声を掛けてくれるのだ。
レックスをはじめとする見目麗しい男性と過ごすひと時に心が躍らない令嬢はあまりいないだろう。カイエはレックスの端正な横顔を見てほうとため息をついた。
そのうち生徒会役員と懇意にしているカイエに面と向かって嫌味を言ってくる令嬢もいなくなり、学園生活も快適なものとなっていった。
その日もカイエはテイクアウトの昼食を持って中庭に急いでいた。一単元一単元の時間が決まっている一、二年生と違い、三年生の昼休憩は授業内容によりまちまちであるため時間が決められていない。レックスたちと過ごせる時間は一秒たりとも無駄にしたくなかった。
そんな思いからどうしても小走りになってしまうカイエに、穏やかな、それでいて厳しさを含む女性の声がかかった。
「そこのあなた。淑女として、どんなに急いでいても廊下をそのように走るものではありませんわ」
確かに男爵家で家庭教師にうけたマナーの授業では『淑女が走ることははしたない』と教わった気がするが、誰かを待たせていれば急ぐ──それは人として普通の事だ。何が悪いと言うのか。
今この時も生徒会役員の面々を待たせているという焦りと、また自分たちの価値観を押し付けられるのかという思いからカッとなり、カイエは咄嗟に自身を注意してきた令嬢を睨みつけた。
「あっ・・・」
カイエはその令嬢──正確には共にいた令嬢たちも──を視界に入れ、目を見開いた。
そこにいたのはレックスの婚約者であるフィオレ・グルーク公爵令嬢、イベルノの婚約者であるシファ・バーロルス公爵令嬢、エディの婚約者であるファミエ・メットゼル侯爵令嬢の三人だったのだ。
声の主はレックスの婚約者であるフィオレだったようだ。
自分たちの婚約者と毎日昼食を摂っているカイエに苦言を呈そうというのだろうか。最近は積極的に中庭に向かってはいるものの、声を掛けてくるのはあちらだ。カイエではない。
何か言われたらそう言い返そうと拳をぎゅっと握る。しかし──
「何かあった時に怪我をするのはあなたなのよ。気をつけなさい」
フィオレたちはそう言い残すと、さっさと立ち去って行ってしまった。
これにはカイエだけでなく、手に汗握る展開を想像していた周りにいた生徒たちもあっけにとられた。
自分は学園でも有名な彼女たちのことを知っているが、彼女たちは沢山いる男爵令嬢の中の一人であるカイエのことを認識してはいないのかもしれない。
カイエはその後レックスたちと無事に合流することが出来た。
落ち込んでいる様子に「何があったのか」とフリンツにしつこく尋ねられ、カイエは重い口を開いた。
「皆様の婚約者様方に叱責を──」
レックスたちに会えることが楽しみで少し急いでいたということは恥ずかしくて言えなかったが、皆何か考えるような素振りをした後、「気にするな」「私たちが注意しておく」と言ってくれた。
ほっとするとともに、彼女たちの婚約者と昼食を共にしているというのに歯牙にもかけられていなかったことに何故かモヤモヤするカイエであった。
それからしばらく経ったある日、カイエが図書館へ向かっていると一人の女生徒がベンチに座っているのが見えた。うつむいているため表情は見えないが、顔色が悪い。どうやら三年生のようだったが、カイエはかまわず声を掛けることにした。
「あの、大丈夫ですか?具合が悪そうですけど、私医務室まで付き添いましょうか?」
女生徒はハッとしたように顔を上げた。そしてカイエの顔を見て驚いたような表情をすると、ふっと微笑んだ。
──美しい人だった。生徒会役員の婚約者たちも美しいが、それと並ぶほどに。
「ありがとう。私昔から体が弱くて・・・久しぶりに体調が良かったので登校したのだけれどやっぱり駄目ね。でも病気ではないから医務室に行ってもどうしようもないの。そうだわ。折角だからあなた、横に座って少し話に付き合ってくださらない?」
図書館へは急いで行くことはないし、この体調の悪そうな令嬢を一人残して立ち去ることも出来なかったカイエは女生徒の話に付き合うことにした。
「ふふ、これまで具合が悪くても誰からも声を掛けられたことがなかったからうれしいわ。ありがとう」
そう言ってほほ笑む女生徒に、カイエはやっぱり困っている人に声を掛けることは間違っていないのだと嬉しくなった。
「私の名前はプレッサ・フォッセンよ。あなたは?」
カイエはその名を聞いて驚いた。
彼女はレックスの護衛であるフリンツ・リビーア伯爵令息の婚約者だったのだ。
しかし蓋を開けてみればこれまでの価値観を真っ向から否定され叱責される日々。図書館に行けば心休まるひと時を過ごせるものの、それ以外の時間はいつ令嬢に絡まれるのかとビクビクして過ごしていた。なのに──
最近学園が楽しい。
男爵領の図書館も素晴らしいが、学園の図書館はさすが王立なだけありそれを上回る蔵書数だ。カイエは図書館に足を踏み入れるたびにこの世界にはまだ見ぬ本が沢山あるのだとワクワクした。
しかし、この気持ちがそれだけではないことに気付いてもいた。
お昼休憩になると、何故かカイエを守るように現れる生徒会役員の面々。
これまでは仕事がてら生徒会室で昼食を摂っていたようなのだが、最近はなぜかその時間を中庭で過ごし、ランチを持ってやってくるカイエに声を掛けてくれるのだ。
レックスをはじめとする見目麗しい男性と過ごすひと時に心が躍らない令嬢はあまりいないだろう。カイエはレックスの端正な横顔を見てほうとため息をついた。
そのうち生徒会役員と懇意にしているカイエに面と向かって嫌味を言ってくる令嬢もいなくなり、学園生活も快適なものとなっていった。
その日もカイエはテイクアウトの昼食を持って中庭に急いでいた。一単元一単元の時間が決まっている一、二年生と違い、三年生の昼休憩は授業内容によりまちまちであるため時間が決められていない。レックスたちと過ごせる時間は一秒たりとも無駄にしたくなかった。
そんな思いからどうしても小走りになってしまうカイエに、穏やかな、それでいて厳しさを含む女性の声がかかった。
「そこのあなた。淑女として、どんなに急いでいても廊下をそのように走るものではありませんわ」
確かに男爵家で家庭教師にうけたマナーの授業では『淑女が走ることははしたない』と教わった気がするが、誰かを待たせていれば急ぐ──それは人として普通の事だ。何が悪いと言うのか。
今この時も生徒会役員の面々を待たせているという焦りと、また自分たちの価値観を押し付けられるのかという思いからカッとなり、カイエは咄嗟に自身を注意してきた令嬢を睨みつけた。
「あっ・・・」
カイエはその令嬢──正確には共にいた令嬢たちも──を視界に入れ、目を見開いた。
そこにいたのはレックスの婚約者であるフィオレ・グルーク公爵令嬢、イベルノの婚約者であるシファ・バーロルス公爵令嬢、エディの婚約者であるファミエ・メットゼル侯爵令嬢の三人だったのだ。
声の主はレックスの婚約者であるフィオレだったようだ。
自分たちの婚約者と毎日昼食を摂っているカイエに苦言を呈そうというのだろうか。最近は積極的に中庭に向かってはいるものの、声を掛けてくるのはあちらだ。カイエではない。
何か言われたらそう言い返そうと拳をぎゅっと握る。しかし──
「何かあった時に怪我をするのはあなたなのよ。気をつけなさい」
フィオレたちはそう言い残すと、さっさと立ち去って行ってしまった。
これにはカイエだけでなく、手に汗握る展開を想像していた周りにいた生徒たちもあっけにとられた。
自分は学園でも有名な彼女たちのことを知っているが、彼女たちは沢山いる男爵令嬢の中の一人であるカイエのことを認識してはいないのかもしれない。
カイエはその後レックスたちと無事に合流することが出来た。
落ち込んでいる様子に「何があったのか」とフリンツにしつこく尋ねられ、カイエは重い口を開いた。
「皆様の婚約者様方に叱責を──」
レックスたちに会えることが楽しみで少し急いでいたということは恥ずかしくて言えなかったが、皆何か考えるような素振りをした後、「気にするな」「私たちが注意しておく」と言ってくれた。
ほっとするとともに、彼女たちの婚約者と昼食を共にしているというのに歯牙にもかけられていなかったことに何故かモヤモヤするカイエであった。
それからしばらく経ったある日、カイエが図書館へ向かっていると一人の女生徒がベンチに座っているのが見えた。うつむいているため表情は見えないが、顔色が悪い。どうやら三年生のようだったが、カイエはかまわず声を掛けることにした。
「あの、大丈夫ですか?具合が悪そうですけど、私医務室まで付き添いましょうか?」
女生徒はハッとしたように顔を上げた。そしてカイエの顔を見て驚いたような表情をすると、ふっと微笑んだ。
──美しい人だった。生徒会役員の婚約者たちも美しいが、それと並ぶほどに。
「ありがとう。私昔から体が弱くて・・・久しぶりに体調が良かったので登校したのだけれどやっぱり駄目ね。でも病気ではないから医務室に行ってもどうしようもないの。そうだわ。折角だからあなた、横に座って少し話に付き合ってくださらない?」
図書館へは急いで行くことはないし、この体調の悪そうな令嬢を一人残して立ち去ることも出来なかったカイエは女生徒の話に付き合うことにした。
「ふふ、これまで具合が悪くても誰からも声を掛けられたことがなかったからうれしいわ。ありがとう」
そう言ってほほ笑む女生徒に、カイエはやっぱり困っている人に声を掛けることは間違っていないのだと嬉しくなった。
「私の名前はプレッサ・フォッセンよ。あなたは?」
カイエはその名を聞いて驚いた。
彼女はレックスの護衛であるフリンツ・リビーア伯爵令息の婚約者だったのだ。
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