【完結】腹が立つことに、私は世界に試されているらしい

Debby

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第1章 表

9 羨望。

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 夏の長期休暇が明けた。
 フォッセン公爵領の被害を最小限に抑えたあと、教会の図書室で本に囲まれて過ごしていたカイエが久しぶりに学園に足を踏み入れると、これまで感じたことのない視線を感じた。

 それは「羨望」。
 誰も持ち得なかった力を手にしたカイエへの憧れ。

 居心地が悪いような、誇らしいような。そんな感じたことのない高揚感に気持ちが付いていかず、全く落ち着かないカイエは学園の帰りにプレッサの元を訪ねた。
 本来なら真っすぐ教会へ帰らなければならないのだが「特別な」神聖魔法の使い手であるカイエがルールを少しくらい破っても苦言を呈すものはいない。フォッセン公爵家もプレッサの友人であり領地の救世主であるカイエの訪問を歓迎しないはずはない。
 それが、貴族同士のマナーでもある”先触れを出してからの訪問”というルールを無視した訪れであっても。

「みんなあなたに憧れているのよ」

 カイエの戸惑いにプレッサは笑ってそう答えた。

「これまで男爵令嬢だからと蔑んでいた人が急に自分の手に届かない人になったのよ。その視線にもすぐに慣れるわ」

 ──蔑まれてまではいなかったと思うけど。

 カイエはプレッサの言葉に少し悪意を感じた。けれど、プレッサはほとんど家から出ていないし過去生の記憶から言葉の選び方がおかしいのだと思うことにした。

「私ずっと考えていたことがあるの」とカイエがプレッサに言った。

 カイエには夏の長期休暇の間ずっと考えていたことがあった。
 プレッサが卒業するまでの僅かな時間とき、初めて出来た友人と学園に通い思い出を作りたいと。
 更に体が弱いプレッサは婚約者のフリンツともあまり交流がないようなので、カイエがランチの時に中庭にプレッサを誘えば二人の仲が進展するのではないか。それはプレッサの幸せに繋がるに違いないと。
 だから──

「プレッサに治癒の神聖魔法をかけてみたいの」
「え、でも・・・」

 プレッサは戸惑った。
 幼いころから体が弱い、虚弱だと言われてきた。
 現に長時間歩くこともままならない。症状は年を重ねても酷くもならなければ軽くもならない。
 貴族の夫人にとって重大な役割である出産にも耐えられないと、公爵令嬢であるにも拘わらず跡取りが必要な嫡男ではなく伯爵家の次男に嫁ぐことが決まった。これはプレッサのことを考えて両親が出した結論であったのだと理解はしていたが、決して納得してはいなかった。
 これまでにも様々な医師に診察を依頼したがどの医師からも病気ではないと言われてきた。せめて病気であれば治療で症状が改善する可能性があったのに・・・プレッサはすべてをあきらめていた。

「お医者様が分からないだけで未知の病気かもしれないでしょう?それに期待させて申し訳ないのだけれど、お薬を飲むわけではないから効果がなくても状況が変わらないだけでプレッサの害にはならないと思うの」

 教会に帰れば決められた仕事しかできないし、学園では魔法は禁じられている。
 内緒で魔法を使うことが出来る、今がチャンスなのだ。

 プレッサは思った。確かに害があるわけでもないし、使い手の神聖魔法は本来なら順番待ちをし、多額の献金を収めて受けるものだ。そもそも「試しにかけよう」なんて簡単な魔法ではないのだ。それを今ここでカイエがプレッサのために祈ってくれるという。
 ダメでも何も変わらないだけ、万が一効果があれば人生が大きく変わる。
 沢山歩ける──いいえ、走ることだってできるかもしれない。レックスを──諦めなくてもよくなるかもしれない。

 カイエヒロインレックスヒーローのハッピーエンドを望んでいたはずなのに、その矛盾に気付かないプレッサの心は決まった。この可能性に掛けようと。

「そうね、折角だからお願いしようかしら」
「ええ!」

 カイエは嬉しそうに笑うと立ち上がりプレッサの手を取った。そしてそのまま跪き神に祈る。

(どうか神様!私の友達を健康な体にしてください!!)



 翌日のランチタイムの中庭には、生徒会役員やカイエと共にプレッサの姿が見られた。
 稀有な魔法を手に入れ一目置かれるようになったカイエは元より、そのメンバーの中に婚約者がいる上に公爵令嬢であるプレッサを咎める者などいるはずがなかった。
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