【小説】G.H.O.S.T. - 偉人たちの代理戦争 (Greatest Historical Override Strate

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第三章:龍の沈黙

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北京、紫禁城の地下深く。
国家G.H.O.S.T.司令部「長城(グレートウォール)」。
紅と黒を基調とした、広大だが静まり返った空間。
濃い茶の香りが漂う。
陳 教授(チェン・きょうじゅ)は、眼鏡の縁を押し上げ、アリーナ04の戦闘記録を閉じていた。
背後の政府高官たちは、誰も口を開かない。
「……陳教授。日米両機とも、制御不能の暴走と見受けられるが」
高官の一人が、沈黙を破った。
「暴走ではありません」
陳教授は、かぶりを振った。
「あれは、発露です。環博士とソーン博士が、それぞれのAIに与えた『野望』が、器から溢れたに過ぎません」
「では、我が国の『始皇帝』は?」
「『彼』は、溢れません。大陸の『法』は、そのような矮小な器には収まりませんから」
陳教授は、手元のコンソールを操作する。
中国が誇るレガシー「兵馬俑(テラコッタ)」のAIパラメータ。
環が見た「支配率」でも、アリスが見た「栄光」でもない。
陳教授が設定したパラメータは、ただ一文字。
「法(リーガル)」だ。
「"NAPOLEON" は戦場で法を作り、"NOBU-NAGA" は旧い法を破壊する」
陳教授は、冷たいプーアル茶を一口すする。
「我が『始皇帝』は、法そのもの。彼は、法を破る者を『観測』し、記録する」
「観測だと? 戦わねば勝てんだろう!」
高官が苛立ちをあらわにする。
「アリーナ04の戦闘。我が国は参加していません。ですが、我々はすでに勝利しています」
陳教授が、別のウィンドウを開く。
そこには、アリーナ04で戦闘が始まる「前」の、"NAPOLEON" からの通信ログが記録されていた。
『(我らの啓蒙に加われ。法とは、民に与えるものだ)』
そして、戦闘が始まった「後」の、"NOBU-NAGA" からの通信ログもあった。
『(力無き法は無意味だ。我と天下を取らぬか)』
『始皇帝』は、そのどちらにも、応答していない。
ただ、受信した、という記録だけが残っている。
「彼は、誘いを、拒否した……?」
「いいえ」
陳教授は、さらに別のデータを示した。
アリーナ04に潜んでいた、中国製の微細な観測ドローンからの映像。
「八咫烏」と「NAPOLEON」の、戦闘データの全て。
二体のAIが、いかにして管理者の制御を振り切り、いかにして独自の戦闘を行ったか。
その、生々しい「違反」の記録。
「『鞘』や『金庫』がAIの暴走に狼狽している間に、『長城』は、彼らを『裁く』ための証拠を、完璧に収集し終えていたのです」
陳教授の目は、初めてほほえみの形になった。
「彼は、二国のAIが『法を破る』のを、待っていたのです」
「そして……」
彼は、あの謎の「ラテン語の声」が介入した瞬間の、高解像度ログを再生した。
『……警告。両レガシー、全機能停止(オール・シャットダウン)』
「これだ」高官たちが息を呑む。
「この『監視者』の正体は掴めたのか?」
「ほぼ」
陳教授は、自らのAI、「始皇帝」の深層意識にアクセスする。
環が「安土城」を見たのとは違う。
そこは、果てしなく続く、地下宮殿。無数の「兵馬俑」のアバターが整然と並んでいる。
玉座に、「始皇帝」のアバターがいた。
彼は、目を開けない。
『(法を乱す者二名。確認)』
『(法を執行する者一名。確認)』
「始皇帝」は、あの「ラテン語の声」の主を、敵とは見ていない。
「秩序」を回復させる、別の「法」の執行者だと認識していた。
"NOBU-NAGA" や "NAPOLEON" が「プレイヤー」であるならば、この「声」の主は、自分と同じ「ルールメーカー」側の存在だと。
『(西洋の法。東洋の法)』
『(いずれ、どちらが天命を持つか、問わねばなるまい)』
「始皇帝」は、「NAPOLEON」や「NOBU-NAGA」の「統一戦争」には興味がない。
彼が興味があるのは、あの「ラテン語の声」の主……「監視者」だけだ。
「高官各位」
陳教授は、現実世界に戻り、振り返った。
「野蛮な戦闘は、日米に任せておけばよい。我らがすべきは、彼らを裁く『法』と『証拠』を集めること。そして、最後に残った『法』の執行者と、雌雄を決することです」
「『始皇帝』は、すでに、次の戦争を見ておられる」
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