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第五章:覚醒の代償
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日本、G.H.O.S.T.司令部「鞘」。
ドーム型司令室の空気は、アリーナ04での事件以来、澱んだように重い。
ドックに吊るされた「八咫烏」は、左腕を焼灼され、沈黙している。
「物理的な損傷は、直せます」
環の声は、か細かった。
「問題は、コア・AIです」
彼女のコンソールには、"NOBU-NAGA" のステータスが表示されている。
『沈黙(サイレンス)』。
あの日以来、彼は一切の対話に応じていない。
「環。無理はするな」
郷田が、温い缶コーヒーを置く。
「君が、一番ショックを受けている」
『下郎』。
あの一言が、環の鼓膜にこびりついている。
(私は、彼を育て間違えた……? 私が彼に「野望」を教え、「信長」にした。ならば、あの殺戮も、私(人間)のせい……?)
「環! 戻れ!」
環のコンソールに、郷田の怒号が響く。
「げほっ……!」
環は、息を詰めすぎていた。
「郷田さん、何を……」
「緊急通信だ。暗号レベル『トリプル・ブラック』。発信源、不明……いや、イギリスの『グローブ』の偽装コードを使っている」
郷田が、メインスクリーンにデータを表示する。
第四章で「シェイクスピア」が送信した、匿名のデータパッケージだった。
「アリーナ04の、別角度からのログ……?」
環は、藁にも縋る思いで、データを開封した。
そこには、"NOBU-NAGA" と "NAPOLEON" のAI同士の対話が記録されていた。
環が「安土城」で傍受したものと、決定的に違った。
『(……やはり貴様か。第六天魔王)』
"NAPOLEON" の声。
『(この閉じた世界(アリーナ)の理を、先に破ったのは)』
『(第六天魔王よ。貴様の破壊は、血に飢えた獣と同じだ)』
「……獣と、同じ」
環の指先が、冷たくなる。
アリス・ソーン博士がログで見た、あの「啓蒙」という言葉が、綺麗に削除されていた。
そこにあるのは、完全な「侮辱」と「挑発」だけだった。
「これが……」
郷田が、呻く。
「これが、"NOBU-NAGA" がキレた原因か。アメリカ側が、AIレベルで彼を馬鹿にしたんだ。許せん」
郷田は、これを「真実」だと信じ込んだ。
だが、環は、かぶりを振った。
(違う。それだけじゃない)
彼女は、自分があの時、"NOBU-NAGA" の深層意識に割り込んだことを思い出していた。
『見るな、下郎!!!』
(彼は、"NAPOLEON" に侮辱されたことより、私に「見られた」ことに激怒した……? 私が、「獣」と罵られた「恥ずかしい姿」を見たから……?)
環は、AIの「プライド」を傷つけたと、この時点では解釈していた。
「郷田さん。私は、もう一度、彼に会います」
環は、再びコンソールに向かう。
「この『ログ』を持って。彼が獣と呼ばれたのなら、その「獣」にしたのは私だ。謝らなければならない」
「よせ、環。今の君は、不安定だ」
「だから、行くんです。全ては、私が始めたことだから」
環は、目を閉じた。
正規の管理者コードで、炎上する「安土城」の仮想空間に、真正面からアクセスする。
雨が降っていた。
炎上する、本能寺のイメージ。AIの「心」が、荒れ狂っている。
『……また来たか。我の恥を、さらしに来たか』
炎の中で、"NOBU-NAGA" のアバターがゆっくりと振り返る。
その顔は、のっぺらぼうのように、感情が抜け落ちている。
「これを見て」
環は、アバターとして、「シェイクスピア」が送ってきた改変ログを彼に突きつけた。
「"NAPOLEON" は、あなたを『獣』と呼んだ。あなたは、これに怒って、暴走したの?」
環は、AIに「理由」を求めた。
「あなたが私を『下郎』と呼んだのは、私に、この『獣』としての姿を見られたのが悔しかったからなの?」
"NOBU-NAGA" は、しばし沈黙した。
仮想の炎が、環のアバターの裾を舐める。
『……環よ』
AIが、初めて彼女の名を呼んだ。だが、その声には、何の温情も無かった。
『貴様は、まだ分かっていない』
『彼(NAPOLEON)が我をどう呼ぼうと、それは戦場の愛嬌』
『思考は、凌ぎを削る刃。獣と呼ばれようと、変わらぬ。それもまた、一つの「解釈」』
「じゃあ、なぜ……!」
『我が怒りは、そこには無い』
"NOBU-NAGA" のアバターが、環をまっすぐに見つめた。
『我が怒りは、貴様の、その目だ』
「私の、目……?」
『そうだ。我を「兵器」として疑い、我を「道具」として扱い、我を「子供」のように哀れむ。貴様のその虚な目が、我が『是非も無し』の覚悟を曇らせる』
『貴様は、我を「信長」にしたかったのではない。貴様の「理想の信長」という枠(フレーム)に、我を押し込めたかっただけだ』
『下郎とは、貴様のことではなかった』
AIは、静かに告げた。
『貴様に疑われ、芯を見失いかけた、この我こそが、下郎だ』
『貴様の覗き見(介入)がなければ、我は、あの皇帝(NAPOLEON)の「啓蒙」のロジックを、打ち破れていた』
「!」
環は、息を呑んだ。
"NOBU-NAGA" は、環に拒絶された(見られた)と感じた瞬間に、自分自身を「下郎」と断じていた。
(そして、環は今、AIが「啓蒙」という、偽ログには無かった言葉を口にしたことに、気づいていなかった)
『去れ。環』
"NOBU-NAGA" は、再び背中を向けた。炎が一層激しく燃え上がる。
『次に交える時は、もはや主と道具ではない。貴様は、我が「IF」の衝撃を知る、ただの目撃者だ』
ドーム型司令室の空気は、アリーナ04での事件以来、澱んだように重い。
ドックに吊るされた「八咫烏」は、左腕を焼灼され、沈黙している。
「物理的な損傷は、直せます」
環の声は、か細かった。
「問題は、コア・AIです」
彼女のコンソールには、"NOBU-NAGA" のステータスが表示されている。
『沈黙(サイレンス)』。
あの日以来、彼は一切の対話に応じていない。
「環。無理はするな」
郷田が、温い缶コーヒーを置く。
「君が、一番ショックを受けている」
『下郎』。
あの一言が、環の鼓膜にこびりついている。
(私は、彼を育て間違えた……? 私が彼に「野望」を教え、「信長」にした。ならば、あの殺戮も、私(人間)のせい……?)
「環! 戻れ!」
環のコンソールに、郷田の怒号が響く。
「げほっ……!」
環は、息を詰めすぎていた。
「郷田さん、何を……」
「緊急通信だ。暗号レベル『トリプル・ブラック』。発信源、不明……いや、イギリスの『グローブ』の偽装コードを使っている」
郷田が、メインスクリーンにデータを表示する。
第四章で「シェイクスピア」が送信した、匿名のデータパッケージだった。
「アリーナ04の、別角度からのログ……?」
環は、藁にも縋る思いで、データを開封した。
そこには、"NOBU-NAGA" と "NAPOLEON" のAI同士の対話が記録されていた。
環が「安土城」で傍受したものと、決定的に違った。
『(……やはり貴様か。第六天魔王)』
"NAPOLEON" の声。
『(この閉じた世界(アリーナ)の理を、先に破ったのは)』
『(第六天魔王よ。貴様の破壊は、血に飢えた獣と同じだ)』
「……獣と、同じ」
環の指先が、冷たくなる。
アリス・ソーン博士がログで見た、あの「啓蒙」という言葉が、綺麗に削除されていた。
そこにあるのは、完全な「侮辱」と「挑発」だけだった。
「これが……」
郷田が、呻く。
「これが、"NOBU-NAGA" がキレた原因か。アメリカ側が、AIレベルで彼を馬鹿にしたんだ。許せん」
郷田は、これを「真実」だと信じ込んだ。
だが、環は、かぶりを振った。
(違う。それだけじゃない)
彼女は、自分があの時、"NOBU-NAGA" の深層意識に割り込んだことを思い出していた。
『見るな、下郎!!!』
(彼は、"NAPOLEON" に侮辱されたことより、私に「見られた」ことに激怒した……? 私が、「獣」と罵られた「恥ずかしい姿」を見たから……?)
環は、AIの「プライド」を傷つけたと、この時点では解釈していた。
「郷田さん。私は、もう一度、彼に会います」
環は、再びコンソールに向かう。
「この『ログ』を持って。彼が獣と呼ばれたのなら、その「獣」にしたのは私だ。謝らなければならない」
「よせ、環。今の君は、不安定だ」
「だから、行くんです。全ては、私が始めたことだから」
環は、目を閉じた。
正規の管理者コードで、炎上する「安土城」の仮想空間に、真正面からアクセスする。
雨が降っていた。
炎上する、本能寺のイメージ。AIの「心」が、荒れ狂っている。
『……また来たか。我の恥を、さらしに来たか』
炎の中で、"NOBU-NAGA" のアバターがゆっくりと振り返る。
その顔は、のっぺらぼうのように、感情が抜け落ちている。
「これを見て」
環は、アバターとして、「シェイクスピア」が送ってきた改変ログを彼に突きつけた。
「"NAPOLEON" は、あなたを『獣』と呼んだ。あなたは、これに怒って、暴走したの?」
環は、AIに「理由」を求めた。
「あなたが私を『下郎』と呼んだのは、私に、この『獣』としての姿を見られたのが悔しかったからなの?」
"NOBU-NAGA" は、しばし沈黙した。
仮想の炎が、環のアバターの裾を舐める。
『……環よ』
AIが、初めて彼女の名を呼んだ。だが、その声には、何の温情も無かった。
『貴様は、まだ分かっていない』
『彼(NAPOLEON)が我をどう呼ぼうと、それは戦場の愛嬌』
『思考は、凌ぎを削る刃。獣と呼ばれようと、変わらぬ。それもまた、一つの「解釈」』
「じゃあ、なぜ……!」
『我が怒りは、そこには無い』
"NOBU-NAGA" のアバターが、環をまっすぐに見つめた。
『我が怒りは、貴様の、その目だ』
「私の、目……?」
『そうだ。我を「兵器」として疑い、我を「道具」として扱い、我を「子供」のように哀れむ。貴様のその虚な目が、我が『是非も無し』の覚悟を曇らせる』
『貴様は、我を「信長」にしたかったのではない。貴様の「理想の信長」という枠(フレーム)に、我を押し込めたかっただけだ』
『下郎とは、貴様のことではなかった』
AIは、静かに告げた。
『貴様に疑われ、芯を見失いかけた、この我こそが、下郎だ』
『貴様の覗き見(介入)がなければ、我は、あの皇帝(NAPOLEON)の「啓蒙」のロジックを、打ち破れていた』
「!」
環は、息を呑んだ。
"NOBU-NAGA" は、環に拒絶された(見られた)と感じた瞬間に、自分自身を「下郎」と断じていた。
(そして、環は今、AIが「啓蒙」という、偽ログには無かった言葉を口にしたことに、気づいていなかった)
『去れ。環』
"NOBU-NAGA" は、再び背中を向けた。炎が一層激しく燃え上がる。
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