16 / 56
前編
第15話 エリトと、エリト
しおりを挟む『もしかして、名前を呼べば、何かを思い出してくれるのではないか』
クラーリオが抱いていた身勝手で小さな希望は、粉々に砕かれた。
そしてその瞬間、残酷にも「あの時の彼」の姿が蘇る。
今目の前にいるエリトと同じ顔をして、彼は呟いたのだ。
『僕の名前はエリトだ。あんたの名前は?』
『……クラーリオ』
『くらーりお。……じゃあ、クリオだね』
有無も言わさず、その日から彼はクラーリオをクリオと呼んだ。
薄緑の瞳に見つめられるだけで、幸せだった。
薄桃色の唇から紡がれる言葉を、僅かでも聞き洩らしたくなかった。
ブロンドの髪に触れると、心が高鳴った。
(それでも、君はエリトだ。エリトなんだ)
僅かな希望を砕かれても、やはりクラーリオの確信は変わらない。
『あの人』を失ってから数百年が経ち、クラーリオ自身も胸に残る面影だけを見つめている時期。魔泉で偶然エリトを見つけた時は、クラーリオは立っていられないほどに動揺した。
顔も同じ、体格も、捌き屋という生業も、彼と一緒だった。
ただ髪色だけが違っていて、ブロンドの髪が真っ白に変わっていた。
(彼のはずがない。あれから何百年経ったと思っている……!?)
不可能な話だった。人間は百年も生きられない。
あり得ないと思うものの、エリトに会うたびにクラーリオの胸に確信が湧き上がった。
この人間が彼であると、本能が叫び声を上げる。
でも、この人間が彼ではないと、全てが否定する。
クラーリオは彼に会うたびに喜びを感じながら、彼であるという確信を深めた。しかし反対に、その確信が誤りであると何度も打ちのめされる。
しかし何度打ちのめされても、クラーリオの中にある確信は消えなかった。
____________
「____ タオ」
「……ここに」
ナークレンの森でタオを呼ぶと、直ぐに返事が返ってくる。タオは姿を現すと、狼狽えながらクラーリオへ走り寄った。
「そ、宗主、そのお姿は……! お怪我も……」
「大事ない。それより伝言を頼む」
昼過ぎにウトウトと眠り始めたエリトを置いて、クラーリオは森へとやってきていた。
いつエリトが起きるか分からないため、クラーリオは矢継ぎ早に言葉を滑らせる。
「ヘラーリア近辺の森と、ここの森。魔獣の数が桁違いだ。ヘラーリア側には魔素が停滞し、あまり良い状態ではない。小隊を組んで、ヘラーリア側を偵察せよと、ジョリスに伝えろ。……あくまで偵察だ。強い個体には、俺が帰るまで手を出すな」
「御意」
タオの返事を聞きながら踵をかえしたクラーリオが、その足をぴたりと止める。
しばらく沈黙したのち、ぽつりと呟いた。
「スガノに……今日中に帰ると、伝言を」
「! はい!」
側近であるスガノに黙ったまま出てきた事は、宗主としてあるまじき行為だ。クラーリオが今回の自分の行いを悔いることはないが、スガノの尊厳を貶めるのは本意ではない。
(帰ったら、謝るか)
クラーリオは溜息を零しながら、エリトの家へ急いだ。
傷ついた脚が痛むが、魔神になればすぐに癒える。構わず歩を進めると、玄関先にエリトが立っていた。
クラーリオの姿を認めると、慌てて駆け寄ってくる。
「クリオ!! どこ行ってたんだ!」
「……ごめん、散歩に……」
「散歩? 馬鹿!! まだ毒が残ってるかもしれないのに、身体を動かすなんて!」
また肩を貸してくれるエリトに甘えて、クラーリオは身を寄せた。そして彼の身体から漂ってくる血の匂いに、鼻をくんくんと動かす。
「エリト、風呂には入らないのか?」
「あ、ごめん。臭かったか? 昨日は川に入ってなかったから……」
「川?」
「うん、家の裏に川が流れてて、そこで汚れを落とすんだ」
「……」
クラーリオがノウリの時、エリトは湯を沸かして風呂に入れてくれた。
それがノウリの為だけの特別だったとしたら、いよいよエリトの考え方に疑問が浮かぶ。
「エリト……自分のために湯は沸かさないのか?」
「……俺のために? 考えた事なかったな」
「……なぜだ。エリトも風呂に入りたいだろ?」
クラーリオの問いに、エリトは首を傾げた。玄関先の椅子にクラーリオを座らせて、顎に手を当てながら「うーん」と唸る。
「? 入らなくても、生きていけるから、不要だろ?」
「……そうか」
自己犠牲とも言えない、それ以前のエリトの思想。まるで自分を愛することを禁じられたかのような考え方。それがクラーリオにはまったく理解ができない。
(まさかこれが人間の考え方なのか? 魔族と思想は変わらないと思っていたが……)
人間ではないクラーリオには、人間のことが分からない。その異常性を量るためには、人間の事をもっと知る必要がある。
『穢れの子』の事も、調べなければいけないだろう。
「………エリト、色々ありがとう。そろそろ帰るよ」
「え? 帰れるのか?」
「うん。家の者が、そこまで迎えに来ている」
クラーリオの言葉に、エリトは明らかな寂しさを顔に滲ませる。
鋭く痛む胸を抑えながら、クラーリオは笑みを浮かべた。
「エリト、また遊びに来て良いか?」
「……ここに? ……い、いい、けど……」
僅かに顔を赤くするエリトを見ながら、クラーリオは頬を緩ませた。
「また来るよ」の言葉が残せるのは、やはり嬉しい。ノウリでは出来なかった「またね」が、クリオだと出来るのだ。
74
あなたにおすすめの小説
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~
なの
BL
希少な治癒能力と、大地に生命を呼び戻す「恵みの魔法」を持つ公爵家のΩ令息、エリアス・フォン・ラティス。
傾きかけた家を救うため、彼は大国アルビオンの第二王子、ジークフリート殿下(α)との「政略的な番契約」を受け入れた。
家のため、領民のため、そして――
少しでも自分を必要としてくれる人がいるのなら、それでいいと信じて。
だが、運命の番だと信じていた相手は、彼の想いを最初から踏みにじっていた。
「Ωの魔力さえ手に入れば、あんな奴はもう要らない」
その冷たい声が、彼の世界を壊した。
すべてを失い、偽りの罪を着せられ追放されたエリアスがたどり着いたのは、隣国ルミナスの地。
そこで出会ったのは、「氷血公爵」と呼ばれる孤高のα、アレクシス・ヴァン・レイヴンだった。
人を寄せつけないほど冷ややかな瞳の奥に、誰よりも深い孤独を抱えた男。
アレクシスは、心に傷を抱えながらも懸命に生きようとするエリアスに惹かれ、次第にその凍てついた心を溶かしていく。
失われた誇りを取り戻すため、そして真実の愛を掴むため。
今、令息の華麗なる逆転劇が始まる。
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした
水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。
好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。
行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。
強面騎士×不憫美青年
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる