冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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前編

第16話 魔神様の実験

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 屋敷に戻って来たクラーリオは、負傷した足を引き摺りながら執務室に座った。

 後ろから付いてきているゼオは、真っ青な顔をしておろおろと歩き回っている。未だに人間の姿のままのクラーリオに、スガノは何度目かの質問を投げかけた。

「宗主? 何度も言うようですが、なぜ人間の姿でいるのです」
「……実験のためだ」
「は?」

 人間に擬態しているクラーリオは、魔神の姿の時より一回りほど小さい。
 振り撒いている圧は変わらないが、接しているスガノたちは違和感が拭えない。

 屋敷に帰ったら即風呂に入るクラーリオが、真っ直ぐ執務室に入るのも異例の事だった。

「じ、実験って……。とりあえず、魔神の姿に戻ってください。傷を癒しましょう」
「……スガノ、今回は黙って任務に行き、すまなかった」
「……!!???!?」

 謝られたスガノが顔を青くする隣で、ゼオも顔を引き攣らせている。

 普段は絶対謝ることのないクラーリオが、流れるように謝罪を口にした。話を逸らすような謝り方だったが、スガノは驚愕して返す言葉も出てこない。

 ゼオが固まるスガノとクラーリオを交互に見ながら、口を開いた。

「……そ、宗主。実験とはなんですか?」
「ゼオ。俺は昨日から風呂に入っていない」
「……はい」

 クラーリオはテーブルに置いてある果物を指さし、視線だけをゼオに送る。

「尚且つ、昨日から食事もミルクと芋のみだ。非常に腹が減っている」
「……! 直ぐにモートンへ……」
「必要ない。これは実験だ」

 クラーリオは自身の腿に視線を落とし、そこに巻きつけてある布を見つめる。
 エリトが巻いてくれた布は、クラーリオの血で赤く染まっていた。そこを撫でると、傷口が鋭い痛みを発する。

「人間が、どれほど飢えるのか。風呂に入らなければ、どれほど不快か……これを身をもって実験している」
「……」

 スガノと同様に固まってしまったゼオを見て、クラーリオは口端を吊り上げた。

「心配せずとも、明日の朝には飯を食う。今日はもう2人とも休め」

 クラーリオはそう言いながら、空腹の腹を撫でた。自身の手の下でぐるぐると鳴る腹を、忌々しげに見つめる。

(空腹……これはかなり、辛いのではないか?)

 夜も更けようとしている時刻だが、空腹のため眠気が襲ってこない。
 執務室から出ていく2人を見送った後、クラーリオは椅子に座ったまま目を閉じた。


 そして翌朝、自身の腹の音で起きたクラーリオは、すぐさま風呂へと直行した。

 身体の汚れを落としながら、深くため息をつく。

(エリト……まったく理解できない。こんなに辛いことを……どうして……)

 空腹で胃が痛み、眠気で頭が痛む。
 一日食べないだけで、人間の身体はこれだけ不具合を生じるのだ。

 クラーリオは服を着ると、屋敷のある場所へと向かった。



_________

 朝食の仕込みも終わり、モートンは厨房で一息ついていた。
 その一息を打ち砕く存在がやってきた事に、モートンは愕然としている。

 今、モートンの目の前に立っているのは、人間の姿に擬態したクラーリオだ。

 モートンはこの屋敷に勤めて長いが、厨房にクラーリオが来ることは過去に一度もなかった。

「そ、宗主? ど、どうされたのです?」
「……今日の朝食は何だ?」
「!! あ、えっと、キノコのスープに、トマトのオムレツ、それから……」

 モートンが説明していると、クラーリオの腹が鳴った。

 クラーリオは無表情で自分の腹を押さえ、不思議そうに眉を寄せる。その姿を見て、モートンは思わず口を開いた。

「宗主、しばしお待ちを。すぐ準備します」
「……ああ」


 モートンは作ってあったスープを火にかけ、フライパンを取り出す。

 空腹の者がいれば、食べさせたくなるのが料理人というものだ。それが自分の仕える主だとしたら、尚の事腹いっぱいに食べさせてあげたい。

 フライパンを熱しながら卵を溶いて、あらかじめ切ってあった材料を手に取った。そこで、モートンは背後に熱い視線を感じ、ふと手を止める。
 振り返ると、クラーリオとがっちり目が合った。

「……そ、宗主? めっちゃ見てます?」
「ああ、見てる。どうやって料理は作られるのかを見ている」

 モートンは口をあんぐりと開けたまま固まり、次いで吹き出した。


 魔神であるクラーリオと、料理人のモートンはあまり接点がない。「暴戻の魔神は恐ろしい」のイメージとはかけ離れた姿に、モートンは顔を綻ばせた。

「興味があるなら、こちらに来てご覧になっては?」
「いいのか?」
「勿論でございます」

 素直に寄って来たクラーリオを見ながら、モートンは手元に視線を移した。

 屋敷の主に見られながらの調理は緊張するが、高揚感も同時に湧き上がる。
 
 フライパンに流し込んだ卵に、あらかじめ準備してあったトマトとベーコンを入れ、それを器用に包んでいく。
 傍に立っているクラーリオが、不思議そうに口を開いた。

「なんで卵で包む?」
「? そりゃ、旨いからです」
「……」
「後で食えば、分かります」

 モートンの言葉に頷きながら、クラーリオはその手元をずっと見つめている。忙しなく動くモートンを目で追う様は、まるで新米料理人のようだった。

 あっという間に出来たオムレツを皿に盛ると、クラーリオの腹がまた鳴った。

「宗主、スープは出来ているので、もう食えますよ。座ってください」
「……ああ……」

 モートンへ返事をしながら、クラーリオは動こうとしない。
 モートンが首を傾げていると、クラーリオが決意した様に頷く。

 そして口を開いた。


「モートン。俺に料理を教えてくれ」
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