17 / 56
前編
第16話 魔神様の実験
しおりを挟む
屋敷に戻って来たクラーリオは、負傷した足を引き摺りながら執務室に座った。
後ろから付いてきているゼオは、真っ青な顔をしておろおろと歩き回っている。未だに人間の姿のままのクラーリオに、スガノは何度目かの質問を投げかけた。
「宗主? 何度も言うようですが、なぜ人間の姿でいるのです」
「……実験のためだ」
「は?」
人間に擬態しているクラーリオは、魔神の姿の時より一回りほど小さい。
振り撒いている圧は変わらないが、接しているスガノたちは違和感が拭えない。
屋敷に帰ったら即風呂に入るクラーリオが、真っ直ぐ執務室に入るのも異例の事だった。
「じ、実験って……。とりあえず、魔神の姿に戻ってください。傷を癒しましょう」
「……スガノ、今回は黙って任務に行き、すまなかった」
「……!!???!?」
謝られたスガノが顔を青くする隣で、ゼオも顔を引き攣らせている。
普段は絶対謝ることのないクラーリオが、流れるように謝罪を口にした。話を逸らすような謝り方だったが、スガノは驚愕して返す言葉も出てこない。
ゼオが固まるスガノとクラーリオを交互に見ながら、口を開いた。
「……そ、宗主。実験とはなんですか?」
「ゼオ。俺は昨日から風呂に入っていない」
「……はい」
クラーリオはテーブルに置いてある果物を指さし、視線だけをゼオに送る。
「尚且つ、昨日から食事もミルクと芋のみだ。非常に腹が減っている」
「……! 直ぐにモートンへ……」
「必要ない。これは実験だ」
クラーリオは自身の腿に視線を落とし、そこに巻きつけてある布を見つめる。
エリトが巻いてくれた布は、クラーリオの血で赤く染まっていた。そこを撫でると、傷口が鋭い痛みを発する。
「人間が、どれほど飢えるのか。風呂に入らなければ、どれほど不快か……これを身をもって実験している」
「……」
スガノと同様に固まってしまったゼオを見て、クラーリオは口端を吊り上げた。
「心配せずとも、明日の朝には飯を食う。今日はもう2人とも休め」
クラーリオはそう言いながら、空腹の腹を撫でた。自身の手の下でぐるぐると鳴る腹を、忌々しげに見つめる。
(空腹……これはかなり、辛いのではないか?)
夜も更けようとしている時刻だが、空腹のため眠気が襲ってこない。
執務室から出ていく2人を見送った後、クラーリオは椅子に座ったまま目を閉じた。
そして翌朝、自身の腹の音で起きたクラーリオは、すぐさま風呂へと直行した。
身体の汚れを落としながら、深くため息をつく。
(エリト……まったく理解できない。こんなに辛いことを……どうして……)
空腹で胃が痛み、眠気で頭が痛む。
一日食べないだけで、人間の身体はこれだけ不具合を生じるのだ。
クラーリオは服を着ると、屋敷のある場所へと向かった。
_________
朝食の仕込みも終わり、モートンは厨房で一息ついていた。
その一息を打ち砕く存在がやってきた事に、モートンは愕然としている。
今、モートンの目の前に立っているのは、人間の姿に擬態したクラーリオだ。
モートンはこの屋敷に勤めて長いが、厨房にクラーリオが来ることは過去に一度もなかった。
「そ、宗主? ど、どうされたのです?」
「……今日の朝食は何だ?」
「!! あ、えっと、キノコのスープに、トマトのオムレツ、それから……」
モートンが説明していると、クラーリオの腹が鳴った。
クラーリオは無表情で自分の腹を押さえ、不思議そうに眉を寄せる。その姿を見て、モートンは思わず口を開いた。
「宗主、しばしお待ちを。すぐ準備します」
「……ああ」
モートンは作ってあったスープを火にかけ、フライパンを取り出す。
空腹の者がいれば、食べさせたくなるのが料理人というものだ。それが自分の仕える主だとしたら、尚の事腹いっぱいに食べさせてあげたい。
フライパンを熱しながら卵を溶いて、あらかじめ切ってあった材料を手に取った。そこで、モートンは背後に熱い視線を感じ、ふと手を止める。
振り返ると、クラーリオとがっちり目が合った。
「……そ、宗主? めっちゃ見てます?」
「ああ、見てる。どうやって料理は作られるのかを見ている」
モートンは口をあんぐりと開けたまま固まり、次いで吹き出した。
魔神であるクラーリオと、料理人のモートンはあまり接点がない。「暴戻の魔神は恐ろしい」のイメージとはかけ離れた姿に、モートンは顔を綻ばせた。
「興味があるなら、こちらに来てご覧になっては?」
「いいのか?」
「勿論でございます」
素直に寄って来たクラーリオを見ながら、モートンは手元に視線を移した。
屋敷の主に見られながらの調理は緊張するが、高揚感も同時に湧き上がる。
フライパンに流し込んだ卵に、あらかじめ準備してあったトマトとベーコンを入れ、それを器用に包んでいく。
傍に立っているクラーリオが、不思議そうに口を開いた。
「なんで卵で包む?」
「? そりゃ、旨いからです」
「……」
「後で食えば、分かります」
モートンの言葉に頷きながら、クラーリオはその手元をずっと見つめている。忙しなく動くモートンを目で追う様は、まるで新米料理人のようだった。
あっという間に出来たオムレツを皿に盛ると、クラーリオの腹がまた鳴った。
「宗主、スープは出来ているので、もう食えますよ。座ってください」
「……ああ……」
モートンへ返事をしながら、クラーリオは動こうとしない。
モートンが首を傾げていると、クラーリオが決意した様に頷く。
そして口を開いた。
「モートン。俺に料理を教えてくれ」
後ろから付いてきているゼオは、真っ青な顔をしておろおろと歩き回っている。未だに人間の姿のままのクラーリオに、スガノは何度目かの質問を投げかけた。
「宗主? 何度も言うようですが、なぜ人間の姿でいるのです」
「……実験のためだ」
「は?」
人間に擬態しているクラーリオは、魔神の姿の時より一回りほど小さい。
振り撒いている圧は変わらないが、接しているスガノたちは違和感が拭えない。
屋敷に帰ったら即風呂に入るクラーリオが、真っ直ぐ執務室に入るのも異例の事だった。
「じ、実験って……。とりあえず、魔神の姿に戻ってください。傷を癒しましょう」
「……スガノ、今回は黙って任務に行き、すまなかった」
「……!!???!?」
謝られたスガノが顔を青くする隣で、ゼオも顔を引き攣らせている。
普段は絶対謝ることのないクラーリオが、流れるように謝罪を口にした。話を逸らすような謝り方だったが、スガノは驚愕して返す言葉も出てこない。
ゼオが固まるスガノとクラーリオを交互に見ながら、口を開いた。
「……そ、宗主。実験とはなんですか?」
「ゼオ。俺は昨日から風呂に入っていない」
「……はい」
クラーリオはテーブルに置いてある果物を指さし、視線だけをゼオに送る。
「尚且つ、昨日から食事もミルクと芋のみだ。非常に腹が減っている」
「……! 直ぐにモートンへ……」
「必要ない。これは実験だ」
クラーリオは自身の腿に視線を落とし、そこに巻きつけてある布を見つめる。
エリトが巻いてくれた布は、クラーリオの血で赤く染まっていた。そこを撫でると、傷口が鋭い痛みを発する。
「人間が、どれほど飢えるのか。風呂に入らなければ、どれほど不快か……これを身をもって実験している」
「……」
スガノと同様に固まってしまったゼオを見て、クラーリオは口端を吊り上げた。
「心配せずとも、明日の朝には飯を食う。今日はもう2人とも休め」
クラーリオはそう言いながら、空腹の腹を撫でた。自身の手の下でぐるぐると鳴る腹を、忌々しげに見つめる。
(空腹……これはかなり、辛いのではないか?)
夜も更けようとしている時刻だが、空腹のため眠気が襲ってこない。
執務室から出ていく2人を見送った後、クラーリオは椅子に座ったまま目を閉じた。
そして翌朝、自身の腹の音で起きたクラーリオは、すぐさま風呂へと直行した。
身体の汚れを落としながら、深くため息をつく。
(エリト……まったく理解できない。こんなに辛いことを……どうして……)
空腹で胃が痛み、眠気で頭が痛む。
一日食べないだけで、人間の身体はこれだけ不具合を生じるのだ。
クラーリオは服を着ると、屋敷のある場所へと向かった。
_________
朝食の仕込みも終わり、モートンは厨房で一息ついていた。
その一息を打ち砕く存在がやってきた事に、モートンは愕然としている。
今、モートンの目の前に立っているのは、人間の姿に擬態したクラーリオだ。
モートンはこの屋敷に勤めて長いが、厨房にクラーリオが来ることは過去に一度もなかった。
「そ、宗主? ど、どうされたのです?」
「……今日の朝食は何だ?」
「!! あ、えっと、キノコのスープに、トマトのオムレツ、それから……」
モートンが説明していると、クラーリオの腹が鳴った。
クラーリオは無表情で自分の腹を押さえ、不思議そうに眉を寄せる。その姿を見て、モートンは思わず口を開いた。
「宗主、しばしお待ちを。すぐ準備します」
「……ああ」
モートンは作ってあったスープを火にかけ、フライパンを取り出す。
空腹の者がいれば、食べさせたくなるのが料理人というものだ。それが自分の仕える主だとしたら、尚の事腹いっぱいに食べさせてあげたい。
フライパンを熱しながら卵を溶いて、あらかじめ切ってあった材料を手に取った。そこで、モートンは背後に熱い視線を感じ、ふと手を止める。
振り返ると、クラーリオとがっちり目が合った。
「……そ、宗主? めっちゃ見てます?」
「ああ、見てる。どうやって料理は作られるのかを見ている」
モートンは口をあんぐりと開けたまま固まり、次いで吹き出した。
魔神であるクラーリオと、料理人のモートンはあまり接点がない。「暴戻の魔神は恐ろしい」のイメージとはかけ離れた姿に、モートンは顔を綻ばせた。
「興味があるなら、こちらに来てご覧になっては?」
「いいのか?」
「勿論でございます」
素直に寄って来たクラーリオを見ながら、モートンは手元に視線を移した。
屋敷の主に見られながらの調理は緊張するが、高揚感も同時に湧き上がる。
フライパンに流し込んだ卵に、あらかじめ準備してあったトマトとベーコンを入れ、それを器用に包んでいく。
傍に立っているクラーリオが、不思議そうに口を開いた。
「なんで卵で包む?」
「? そりゃ、旨いからです」
「……」
「後で食えば、分かります」
モートンの言葉に頷きながら、クラーリオはその手元をずっと見つめている。忙しなく動くモートンを目で追う様は、まるで新米料理人のようだった。
あっという間に出来たオムレツを皿に盛ると、クラーリオの腹がまた鳴った。
「宗主、スープは出来ているので、もう食えますよ。座ってください」
「……ああ……」
モートンへ返事をしながら、クラーリオは動こうとしない。
モートンが首を傾げていると、クラーリオが決意した様に頷く。
そして口を開いた。
「モートン。俺に料理を教えてくれ」
74
あなたにおすすめの小説
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる