冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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前編

第27話 エリトの贈り物

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  朝、エリトが目を覚ますとクラーリオの姿は無かった。
  枕元に置いてあったおむすびは、まだじんわりと温かさを持っている。エリトはそれを膝の上に置いて、ぼんやりと昨夜のことを思い出した。

(穢れの子と交わるのは、たとえ男同士でも禁忌のはず。クリオはいったいどこの出身だ?)

 穢れの子は捌き屋として生かされるが、万が一穢れの子に子どもが出来てしまえば、その子は即刻処分される。捌き屋同士で愛を育んでいた者も過去にいたが、露見した瞬間に2人とも処分されていた。
 エリトは色んな街に派遣されたが、どの街も同じような認識だった。捌き屋に同情の目を向けるものなど居ない。

(もしかして、他の国の人間なのか? でも、穢れの子は他の国でも蔑まれていると聞くし……)


 交わるのは禁忌だとしても、エリトに悪戯をしてくる輩はたくさんいた。皆一様に下賤な笑みを貼り付けて、エリトを性の捌け口として扱うのだ。
 裸にされて罵られ、昨夜のように性器を弄られることもあった。しかしクラーリオの触れ方は、記憶にある男たちとまるで違う。

 触れる手も優しくて、エリトを見る眼差しも熱く包み込むようだった。エリトは恐怖も嫌悪も感じず、ただただクラーリオに何もかも委ねた。
 昨夜のクラーリオを思い出すと、エリトの胸の奥がじんわりと温かくなる。その感覚を打ち消すように、エリトは拳で胸を叩いた。

(駄目だ。きっとクリオに迷惑がかかる。俺なんかがクリオを好きになって良いはずがない)

 すうっと息を吸い込んで、エリトはおむすびに齧り付いた。母の作った物とは違い、硬くてしょっぱい。きっとクラーリオは料理を普段しないのだろう。でもこうして、エリトのために料理を作ってくれる。 

 与えられたものは、返したい。
 想いを寄せることが禁忌でも、貰ったものを返すくらいなら、きっと咎められはしないだろう。

 エリトはぱくぱくとおむすびを頬張り、指についた米粒も綺麗に舐めとった。
 手を合わせて「ごちそうさま」と呟くと、クラーリオの笑顔が脳裏に浮かぶ。


「何か、贈り物をしよう」

 クラーリオの居ない数日の間に、エリトは贈り物を用意することにした。昨日、魔神が残してくれた素材を売って、カップを買う金ぐらいは手元にある。

 捌き屋は、手に入れた素材を納品しなくてはならない。街には納品所があって、手に入れた素材を全て渡すことになっている。生活に使う金が欲しい時は納品屋に申告し、素材の一部を分けて貰うのだ。
 そしてそれを売ることによって、捌き屋は生活している。必要最低限しか貰えないので、また暫くは素材を分けてもらうことはできない。 

(クリオがたくさん食べさせてくれたから、数日は食べなくても平気だ)

 手元の銀貨を見つめて、エリトはニコリと微笑んだ。朝一に買いに出かければ、人目にも付きにくいだろう。



 街へ出ると、思った通り人は少なかった。寒くなる季節になったためか、皆コートに埋もれるようにして足早に通りを過ぎ去っていく。
 目当ての店は、いつも朝早くから露店を出している。色とりどりの陶器を扱う店で、いつもなら遠くから眺めるだけの店だった。

 露店に並べられてた二対のマグカップは、綺麗な藍色をしている。縁に向かって色が薄くなるデザインが、とても綺麗だった。
 店番をしているのは、幸運なことに店主の息子だ。まだ少年といえる程の幼さのせいか、エリトにもにこにこと愛想を振り撒いてくれる。

「これ、綺麗でしょ? 俺の父さんが作ったんだ。1200ティーロで良いよ!」
「1200ティーロ? 買うよ! そんなに安くていいのか?」
「うん。相場より高いはずだけどなぁ。毎度あり! 包むから待ってて!」

 器用に包まれていくカップを見ながら、エリトは頬を緩ませた。クラーリオは喜んでくれるだろうか。

(こんな良いものを安く手に入れられて、今日はツイてる!)

 カップを受け取って礼を言うと、エリトは家路へ急いだ。着ていた外套を脱いでカップを包み、それを胸に抱いて慎重に歩く。
 陶器のような壊れものを買うのはいつぶりだろう。ドキドキしながら歩いていると、家の前に見覚えのある人影が見えた。

 エリトはごくりと喉を鳴らし、足を止める。胸に抱いた包みをぎゅっと握りしめると、静かに後ずさった。
 踵を返そうとした所で、いつのまにか背後に立っていた男に肩を掴まれ、エリトはびくりと身体を跳ねさせる。
 

「おっと、逃げられるとでも思ったか?  捌き屋」
「......アージャン。何の用だよ?」
「何の用だ、だって?  てめぇふざけてんじゃねぇぞ!」

 アージャンは捌き屋を管理する組織の下っ端だ。筋骨隆々の体躯で、拳はエリトの二倍ほどある。これで殴られると無事では済まないことを、エリトは身をもって知っていた。

  アージャンはエリトの腕を掴むと、玄関先に立つ男に向かって歩き始めた。
 玄関先に立っている男は、いつもエリトが素材を納品する男だ。アージャンの主であり、捌き屋を管理する長も彼だった。 
  痩身で目つきは鋭く、銀縁眼鏡の下からいつもエリトを侮蔑の目で見つめる。今日はその瞳が、怒りに塗れていた。

「捌き屋、その抱えてるもん寄越せ」
「……ただの……日用品だ」
「寄越せ。……おいアージャン」

 アージャンが伸ばした手を避けようと、エリトは身を捩る。しかし運悪くカップを包んでいた外套の端が、アージャンの指先に引っかかった。

 外套から滑り落ちたカップの包みが、不穏な音と共に地面へ落ちる。
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