冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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前編

第28話 砕けたカップと優しい笑顔

「なにすんだよ!!」
「アージャン、取り押さえておけ」

 アージャンに羽交い絞めにされるエリトを見ながら、男は包みを取った。中から出てきたのは、無残に砕けた二対のカップだ。
 それを見たエリトが顔を歪ませると、男から平手が飛んできた。頬に鋭い痛みが走り、目の前の景色がくらりと揺れる。

「ふざけんな。何が日用品だ。二対のカップなんて、お前に必要か?」
「……ドワソンさん。貰った金を何に使おうと、俺の勝手だろ?」
「穢れの子に、陶器の食器なんていらねぇだろうが!!」

 アージャンが叫び、エリトの髪を掴んだ。そのまま地面に叩きつけられ、エリトはくぐもった声を漏らす。
 押さえつけられながらエリトが視線を上げると、そこには割れたカップが転がっていた。
 その先にあるドワソンのつま先を睨んでいると、上から怒気を孕んだ声が降ってくる。

「おい、捌き屋。お前、カールとトッシュを知らないか?」
「……知らない。……俺に素材をせびりに来て、それきり見てない」


 ノウリが居なくなったあの日、家に来ていたのがカールとトッシュだった。
 彼らもアージャンと同じく下っ端で、納品される前の素材をエリトから奪っては自分の物にしていた。あれから姿を見ないが、ドワソンさえも彼らの行方を知らないようだ。

「……お前、最近怪しい動きをしているな? しかも、余所者を家に泊めているらしいじゃないか?」
「……」
「規約違反がありそうだな。アージャン、教会へ連れていけ」
「はい、ボス」

 アージャンの声が聞こえ、その直後にエリトは髪を掴まれた。顔を地面に叩きつけられ、またぐらりと視界が揺れる。
 遠ざかっていくカップの破片を見ながら、エリトは意識を失った。



________

 頭に痛みを感じて、エリトは重い瞼を開いた。目の周りにも引き攣るような痛みを感じ、思わず鼻梁に皺を寄せる。

 エリトがいる場所は、馴染みの部屋だった。ナークレンの教会には地下があり、捌き屋を罰する牢獄がある。
 規約違反があればここに連れてこられ、場合によっては処分されることもある場所だ。エリトは過去に何度もここに来ており、その度に拷問のような罰を受けてきた。

 天井から伸びた鎖に手首を拘束され、両脚も鎖で繋がっている。じゃらりという音に気付いたのか、牢獄の外にいたアージャンとドワソンが近づいてきた。鉄製の扉を押し開き、2人はエリトの前に立つ。

「目が覚めたか? さあ、カール達の事を教えてもらおうか」
「……だから、知らないって……」
「じゃあ、お前の家に泊まっていた男は誰だ? 素材屋に余所者が来ていて、お前と接触したのも調査済みだ。しらを切るな」
「……宿がないというから……泊めてやっただけだ」

 エリトの言葉に、ドワソンは忌々し気に目を細めた。エリトと視線を合わせるように膝を折ると、エリトの顎を掴んだ。

「ナークレンに入るには、関所を通らなきゃならん。お前の家にいた若い男は、関所を通った記録がない。……宿はがらがらに空いているのに、お前のみすぼらしい家に泊まっていたのは何故だ?」
「……」

 ドワソンの言葉を聞いて、エリトは喉の奥が詰まった。
 クラーリオは仲間と仕事で来ていると、以前言っていたのを思い出す。仲間が泊まったため、宿が満室になったとも言っていた。

(嘘……だったのか? でも……いったいなぜ?)

 一緒に過ごした期間、クラーリオの表情に嘘はなかった。あの温かみを持った表情や仕草が、全て嘘だったとしたら。

 エリトが無意識に喉を鳴らしたのを、ドワソンは見逃さなかった。掴んでいるエリトの顎を揺らし、至近距離から威圧的に睨みつける。

「お前は普通の捌き屋じゃねぇって、いつも言ってるだろうが! 国の管轄下に置かれている特別な捌き屋は、他国にとっては喉から手が出るほど欲しい存在だ! その男もきっと、お前を攫いに来た他国のハンターだろう」
「……」
「……お前まさか、奴に惚れたのか? 篭絡されて、他国に逃げようとでも思ったか?」
「違う!」

 エリトがそう叫ぶと、ドワソンが掴んでいた顎を離した。腰に下げていた短剣をホルダーから抜き、エリトに見せつけるように逆手に持ち直す。
 そしてそれを躊躇なく、エリトの足の甲へ突き刺した。

「!! っつッ!!」
「……これで逃げることは出来ん。アージャン、失血死しない程度に見ておけ」
「はい、ボス」
「おい、捌き屋。男が捕まるまで、お前はここを出られない。もう片方の足も刺されたくなかったら、男の有力な情報を吐け」
「……俺は、なにも、知らない……」


(……本当に、クリオの事なにも知らないな……)

 エリトが知っているのは、彼の優しい笑顔だけだ。
 労わるような仕草だけだ。
 あまり上手ではない、料理だけだ。

 エリトの事を攫おうとして近づいたのか、それは定かではない。
 クラーリオに嘘はあったのかもしれない。しかし、一緒に過ごした日々が全て虚構であったとは、エリトにはどうしても思えなかった。


 牢屋の扉が閉まる音が聞こえ、エリトは自身の足を見た。
 裂傷から流れ出る血は、床にどんどん広がっていく。強烈な痛みが襲っているのに、繋がれているため身体を横たえることも出来ない。

(どうにか、逃げてほしい。クリオ、どうか……捕まりませんように……)

 仲間がいると聞いていた。あの岩の浴槽は、絶対一人では運べないはずだ。
 どうにか逃げてくれればと祈りながら、エリトは瞳を閉じた。
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