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前編
第29話 空っぽの家
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「ええ!? リゾットとおむすびっすか? 正気ですか?」
「……何故だ? おかしいか?」
眉を顰めるクラーリオを見て、スガノは頬を引き攣らせた。そしてクラーリオが大好きな「可愛い生き物」に心から同情する。
「今までモートンが、米と米の組み合わせでメシ作ったことありましたか?」
「……記憶にないな。駄目なのか?」
「宗主~! 炭水化物ばかり食べちゃうと、太っちゃうんですよお? せっかくの可愛い生き物が、ぽちゃになっちゃいますよ~?」
魔獣の血でどろどろになったジョリスが声を高くして言うと、スガノがげぇと舌を出す。
周りは魔獣だらけで、部下たちもあちこちで戦闘を繰り広げている。ジョリスの声色は、この場では違和感でしかない。
「多少太っても問題ない。可愛いものは可愛い」
「……宗主も普通に返さないで下さいよ! 緊張感! ほらジョリス、右!」
「うぉらぁああ!」
見事に魔獣を撃退するジョリスを見た後、クラーリオは周囲を見渡した。エリトと別れてから、もう丸2日経つ。ようやく湧いてくる魔獣がまばらになり、終わりが見えてきた。
「これが終わったら、可愛い生き物連れ帰るんでしょ? もうゼオには連絡済みなんで、あとは宗主の腕次第っすよ」
「......ああ」
スガノに返事を返しながら、クラーリオは小さく溜息を零した。
連れ帰ろうと決意はしたが、まだ片付けなければいけない問題がある。エリトの母だ。
エリトの母親が人質になっている限り、エリトは捌き屋を辞めない可能性が高い。無理やり連れ帰って、おまけに魔族でしたなどと言えば、破滅は目に見えている。
(問題を解決してから、正体を明かすしかないか……。人間の国に魔族が干渉すれば、戦に発展しかねない。暫くは人間の姿で動くしかないな)
クラーリオは思考を巡らせながら、襲ってくる魔獣を次々と屠っていく。その猛烈な勢いにスガノは思わず仰け反り、苦笑いを零した。
________
人間へと姿を変えた後、クラーリオは耳の先を擦った。しっかり丸いのを確認して、エリトの家へと向かう。
魔獣が一掃できたのは、エリトと別れてから3日後だった。想像以上に湧き出していた魔獣に翻弄され、予定より長くなってしまったのだ。
(ちゃんと食事はとっているだろうか。怪我はしていないだろうか……)
気が急いて無意識に早足になり、気が付くとクラーリオは走り出していた。
エリトの家が見え、クラーリオはほっと息をつく。慣れ親しんだ赤い玄関へと近づくと、足に何かがこつりと当たった。
「?」
見下ろしてみると、そこには割れたカップが転がっていた。
藍色のカップは二対あったようで、取っ手が二つ転がっている。背中がぞくりと冷え、クラーリオは玄関に手を掛けた。
押し開くと、そこには誰もいない。それどころか、数日誰も帰っていないかのような空虚が広がっていた。
「……エリト?」
呼んでも当然、返事は帰ってこない。
クラーリオがこの家を離れた時のままの毛布の位置、そして空になった皿。
肚の底から何かが突き上がってくるような感覚に陥り、クラーリオは胸を鷲掴んだ。
エリトの家を飛び出して、クラーリオは街へと向かう。エリトが行く場所と言えば、素材を売る店しか思い浮かばない。
素材屋の扉を開くと、あの時の店主が顔を上げた。クラーリオを見ると、不自然な程の愛想笑いを浮かべる。
「ダンナ、いらっしゃい! この間はどうも」
「……今日は、捌き屋は来ていないのか?」
「捌き屋ですか? 見ていませんね」
店主はそう言いながら、店の隅にいる使用人に視線を投げた。その使用人が店の奥に消えていくのを見て、クラーリオは小さく眉を顰める。
「まぁダンナ、ゆっくりして行ってくださいよ。この間の短剣、そりゃあ良い値が付きまして……」
「……そうか」
店主と話している間に、多くの気配が部屋の外へと集まって来る。クラーリオはそれに気付かないふりをしながら、店の間取りを確認した。
右側には窓、後方に出口。正面にはカウンターがあり、その先に先ほどの使用人が入って行った扉がある。
クラーリオはカウンターに近づき、店主に親し気な笑みを送った。
「実は、また良いものが手に入ってさ……」
そう言いながらクラーリオがカウンターに肘をついた時、出口の扉が激しい音を立てて開いた。それを合図にして、クラーリオは素早く動く。
店主へと手を伸ばしその胸倉を掴むと、カウンターへ押し付ける。隠し持っていたナイフを店主の首の後ろへ突き付け、クラーリオは店に入って来た男たちを見た。
店主にナイフを突き付けるクラーリオを見て、男たちは動きを止めている。
体躯のいい男たちが店内に4人。外にもまだ数人いる気配を感じながら、クラーリオは店の中を見回した。
「動くな。どういうつもりだ」
「……お前、余所者だな。どうやってこの街へ入って来た?」
「どうやって? 門から入ったに決まってるだろ? 数日前から滞在しているんだ」
「……どこの宿だ?」
「ええ!? リゾットとおむすびっすか? 正気ですか?」
「……何故だ? おかしいか?」
眉を顰めるクラーリオを見て、スガノは頬を引き攣らせた。そしてクラーリオが大好きな「可愛い生き物」に心から同情する。
「今までモートンが、米と米の組み合わせでメシ作ったことありましたか?」
「……記憶にないな。駄目なのか?」
「宗主~! 炭水化物ばかり食べちゃうと、太っちゃうんですよお? せっかくの可愛い生き物が、ぽちゃになっちゃいますよ~?」
魔獣の血でどろどろになったジョリスが声を高くして言うと、スガノがげぇと舌を出す。
周りは魔獣だらけで、部下たちもあちこちで戦闘を繰り広げている。ジョリスの声色は、この場では違和感でしかない。
「多少太っても問題ない。可愛いものは可愛い」
「……宗主も普通に返さないで下さいよ! 緊張感! ほらジョリス、右!」
「うぉらぁああ!」
見事に魔獣を撃退するジョリスを見た後、クラーリオは周囲を見渡した。エリトと別れてから、もう丸2日経つ。ようやく湧いてくる魔獣がまばらになり、終わりが見えてきた。
「これが終わったら、可愛い生き物連れ帰るんでしょ? もうゼオには連絡済みなんで、あとは宗主の腕次第っすよ」
「......ああ」
スガノに返事を返しながら、クラーリオは小さく溜息を零した。
連れ帰ろうと決意はしたが、まだ片付けなければいけない問題がある。エリトの母だ。
エリトの母親が人質になっている限り、エリトは捌き屋を辞めない可能性が高い。無理やり連れ帰って、おまけに魔族でしたなどと言えば、破滅は目に見えている。
(問題を解決してから、正体を明かすしかないか……。人間の国に魔族が干渉すれば、戦に発展しかねない。暫くは人間の姿で動くしかないな)
クラーリオは思考を巡らせながら、襲ってくる魔獣を次々と屠っていく。その猛烈な勢いにスガノは思わず仰け反り、苦笑いを零した。
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人間へと姿を変えた後、クラーリオは耳の先を擦った。しっかり丸いのを確認して、エリトの家へと向かう。
魔獣が一掃できたのは、エリトと別れてから3日後だった。想像以上に湧き出していた魔獣に翻弄され、予定より長くなってしまったのだ。
(ちゃんと食事はとっているだろうか。怪我はしていないだろうか……)
気が急いて無意識に早足になり、気が付くとクラーリオは走り出していた。
エリトの家が見え、クラーリオはほっと息をつく。慣れ親しんだ赤い玄関へと近づくと、足に何かがこつりと当たった。
「?」
見下ろしてみると、そこには割れたカップが転がっていた。
藍色のカップは二対あったようで、取っ手が二つ転がっている。背中がぞくりと冷え、クラーリオは玄関に手を掛けた。
押し開くと、そこには誰もいない。それどころか、数日誰も帰っていないかのような空虚が広がっていた。
「……エリト?」
呼んでも当然、返事は帰ってこない。
クラーリオがこの家を離れた時のままの毛布の位置、そして空になった皿。
肚の底から何かが突き上がってくるような感覚に陥り、クラーリオは胸を鷲掴んだ。
エリトの家を飛び出して、クラーリオは街へと向かう。エリトが行く場所と言えば、素材を売る店しか思い浮かばない。
素材屋の扉を開くと、あの時の店主が顔を上げた。クラーリオを見ると、不自然な程の愛想笑いを浮かべる。
「ダンナ、いらっしゃい! この間はどうも」
「……今日は、捌き屋は来ていないのか?」
「捌き屋ですか? 見ていませんね」
店主はそう言いながら、店の隅にいる使用人に視線を投げた。その使用人が店の奥に消えていくのを見て、クラーリオは小さく眉を顰める。
「まぁダンナ、ゆっくりして行ってくださいよ。この間の短剣、そりゃあ良い値が付きまして……」
「……そうか」
店主と話している間に、多くの気配が部屋の外へと集まって来る。クラーリオはそれに気付かないふりをしながら、店の間取りを確認した。
右側には窓、後方に出口。正面にはカウンターがあり、その先に先ほどの使用人が入って行った扉がある。
クラーリオはカウンターに近づき、店主に親し気な笑みを送った。
「実は、また良いものが手に入ってさ……」
そう言いながらクラーリオがカウンターに肘をついた時、出口の扉が激しい音を立てて開いた。それを合図にして、クラーリオは素早く動く。
店主へと手を伸ばしその胸倉を掴むと、カウンターへ押し付ける。隠し持っていたナイフを店主の首の後ろへ突き付け、クラーリオは店に入って来た男たちを見た。
店主にナイフを突き付けるクラーリオを見て、男たちは動きを止めている。
体躯のいい男たちが店内に4人。外にもまだ数人いる気配を感じながら、クラーリオは店の中を見回した。
「動くな。どういうつもりだ」
「……お前、余所者だな。どうやってこの街へ入って来た?」
「どうやって? 門から入ったに決まってるだろ? 数日前から滞在しているんだ」
「……どこの宿だ?」
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