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後編
第40話 教え
________
少し身体を動かしたほうが良いと医者から言われ、エリトはやっとベッドから出ることができた。杖を使えば歩けるエリトは、屋敷中を散歩して回る。
初めて歩き回る屋敷は、新鮮なもので溢れていた。魔族の屋敷と聞けば恐いイメージを抱きがちだ。しかしこの屋敷は、白を基調としたさわやかな屋敷だった。
廊下ですれ違う使用人も、皆エリトに優しい目を向ける。普段人間から向けられている感情とは真逆過ぎて、エリトも戸惑うほどだった。
「……ああ、もう……」
ゆっくり歩を進めながら、エリトは頭を振った。
新鮮な物を見て、知らない人に挨拶する。そんな最中でも、エリトの頭の中に宗主の姿が居続ける。
(今朝は……二回キスされた)
いつものようにどこにキスをするか聞かれ、エリトは「頬」と答えた。頬にキスされた後、宗主はもう一度同じ問いを繰り返す。
戸惑いながらエリトがまた「頬」と言うと、「今度は違うところにしろ」と宗主は言い放つ。
仕方なく「おでこ」と言うと、宗主は少し拗ねたようにしながら、額に口付けを落とした。そしてエリトの髪を優しく撫でるのだ。
思い出すだけで、胸が熱くなる。そしてエリトは、その感覚に戸惑ってしまう。
(クリオの時と感覚が似てるけど、ちょっと違う。もっと熱くて、少し痛い……)
エリトが胸を擦っていると、真後ろから声が降って来た。
「胸やけでもするんすか?」
「!! スガノさん、びっくりした……!」
エリトが振り返ると、宗主の側近であるスガノが立っていた。親し気な笑みで、鋭い瞳もやんわりと下がっている。
エリトは笑い返すと、人差し指で目の下をぽりぽりとかいた。実はずっと聞きたかったことが、エリトにはあったのだ。
「……スガノさん……魔族って、結構スキンシップが濃かったり……する?」
「うん? どんな風にですか?」
「……ま、毎朝、キス……とか?」
「へぇぇ? ……そりゃ好きな人だったら、毎朝どころか四六時中したいでしょうね」
当然のように言い放つスガノを見て、エリトはつい顔を赤くした。「好きな人」という言葉に戸惑っていると、スガノがニヤリと笑う。
「毎朝キスするって事は、好きで好きで堪らないんでしょうねぇ」
「……へ、へぇ」
「好きじゃない人に、キスしたいと思わないでしょ?」
「そ、そうだ、けど……」
スガノから言われた言葉に、エリトの心臓が早鐘を打つ。
エリトが杖に凭れ掛かっていると、今度は後ろからひょいと抱き上げられた。慌ててエリトが後ろを振り返ると、なんと宗主の顔がすぐそこに迫っている。
宗主は口元に弧を描かせ、器用にエリトを横抱きに変えた。
「そうだ。エリトが好きで好きで堪らない」
「……っ!」
「エリト、散歩に行こう」
宗主はそう言うと、エリトを抱えたまま階段を降りていく。スガノの囃すような口笛を聞きながら、エリトは焦って口を開いた。
「ど、どこへ……」
「森だ。大丈夫、俺がいる」
朗らかに笑いながら、宗主は玄関を出る。
玄関口で笑うゼオは、エリトにぱちりと目くばせをした。途端に恥ずかしくなって、エリトは宗主に縋るように身を縮める。
「馬で行くぞ」
「うま!?」
目を輝かせて前方を見ると、見たこともないほど大きな馬が繋がれている。その馬にエリトをひょいと乗せ、宗主は馬の毛並みを撫でた。
「黒鉄という。可愛いだろ」
「可愛い! 大きいな」
エリトがその毛並みを撫でていると、宗主が後ろへと跨った。エリト越しに片手で手綱を握り、もう片方の手はエリトを抱きしめるように腰へと回る。
耳元で「暴れるなよ」と呟かれ、エリトの背筋がぴんと伸びた。心臓が大きな音をたてたのも、もしかしたらバレたかもしれない。
くすくすと笑いを零す宗主を、エリトは恨めしげに見る。しかしその顔があまりにも愉しそうで、エリトは目を丸くした。
「……あんたでも、そんな顔するんだな」
「ああ。すごく楽しい」
「……」
(俺も……楽しい……)
久しぶりの外は、懐かしい匂いがした。緑と土のにおい。人間の国と変わらない自然の景色が、エリトの前に広がる。
馬に乗って森を遠くから眺めると、魔獣の群れが見えた。宗主が馬を止め、エリトは身を乗り出すようにその群れを見る。
「チェルククの群れだ。珍しいな」
「本当だ! なぁ宗主、俺の怪我が治ったら、一緒に狩りに行こう!」
「……ああ」
宗主はそう呟くと、馬を降りた。エリトを抱き上げ、チェルククが見える位置に抱え込む。エリトは笑顔で群れを見つめて、楽し気に口を開いた。
「俺、チェルククを狩るの得意なんだ。脇腹から急所を狙うと、一発で仕留められる」
「……そうか……」
「うん! だから俺の武器は、細身の短剣にしてる」
「………エリトは……魔獣に詳しいな」
その言葉に、エリトは笑顔を浮かべる。
その瞬間、ごく自然に、エリトの口から言葉が滑り落ちた。
「何言ってるんだ。あんたから教わったんだろ?」
「……」
急に黙り込んだ宗主を、エリトは見上げた。その瞳が見開かれているのを見て、エリトははっとした。
また頭がじゅわりと音を立て、エリトは眉を顰める。
「あ、あれ? そんな事あるわけないよな。俺、あんたに狩りを教わったことないのに……」
「……ああ……そう、だな……」
少し身体を動かしたほうが良いと医者から言われ、エリトはやっとベッドから出ることができた。杖を使えば歩けるエリトは、屋敷中を散歩して回る。
初めて歩き回る屋敷は、新鮮なもので溢れていた。魔族の屋敷と聞けば恐いイメージを抱きがちだ。しかしこの屋敷は、白を基調としたさわやかな屋敷だった。
廊下ですれ違う使用人も、皆エリトに優しい目を向ける。普段人間から向けられている感情とは真逆過ぎて、エリトも戸惑うほどだった。
「……ああ、もう……」
ゆっくり歩を進めながら、エリトは頭を振った。
新鮮な物を見て、知らない人に挨拶する。そんな最中でも、エリトの頭の中に宗主の姿が居続ける。
(今朝は……二回キスされた)
いつものようにどこにキスをするか聞かれ、エリトは「頬」と答えた。頬にキスされた後、宗主はもう一度同じ問いを繰り返す。
戸惑いながらエリトがまた「頬」と言うと、「今度は違うところにしろ」と宗主は言い放つ。
仕方なく「おでこ」と言うと、宗主は少し拗ねたようにしながら、額に口付けを落とした。そしてエリトの髪を優しく撫でるのだ。
思い出すだけで、胸が熱くなる。そしてエリトは、その感覚に戸惑ってしまう。
(クリオの時と感覚が似てるけど、ちょっと違う。もっと熱くて、少し痛い……)
エリトが胸を擦っていると、真後ろから声が降って来た。
「胸やけでもするんすか?」
「!! スガノさん、びっくりした……!」
エリトが振り返ると、宗主の側近であるスガノが立っていた。親し気な笑みで、鋭い瞳もやんわりと下がっている。
エリトは笑い返すと、人差し指で目の下をぽりぽりとかいた。実はずっと聞きたかったことが、エリトにはあったのだ。
「……スガノさん……魔族って、結構スキンシップが濃かったり……する?」
「うん? どんな風にですか?」
「……ま、毎朝、キス……とか?」
「へぇぇ? ……そりゃ好きな人だったら、毎朝どころか四六時中したいでしょうね」
当然のように言い放つスガノを見て、エリトはつい顔を赤くした。「好きな人」という言葉に戸惑っていると、スガノがニヤリと笑う。
「毎朝キスするって事は、好きで好きで堪らないんでしょうねぇ」
「……へ、へぇ」
「好きじゃない人に、キスしたいと思わないでしょ?」
「そ、そうだ、けど……」
スガノから言われた言葉に、エリトの心臓が早鐘を打つ。
エリトが杖に凭れ掛かっていると、今度は後ろからひょいと抱き上げられた。慌ててエリトが後ろを振り返ると、なんと宗主の顔がすぐそこに迫っている。
宗主は口元に弧を描かせ、器用にエリトを横抱きに変えた。
「そうだ。エリトが好きで好きで堪らない」
「……っ!」
「エリト、散歩に行こう」
宗主はそう言うと、エリトを抱えたまま階段を降りていく。スガノの囃すような口笛を聞きながら、エリトは焦って口を開いた。
「ど、どこへ……」
「森だ。大丈夫、俺がいる」
朗らかに笑いながら、宗主は玄関を出る。
玄関口で笑うゼオは、エリトにぱちりと目くばせをした。途端に恥ずかしくなって、エリトは宗主に縋るように身を縮める。
「馬で行くぞ」
「うま!?」
目を輝かせて前方を見ると、見たこともないほど大きな馬が繋がれている。その馬にエリトをひょいと乗せ、宗主は馬の毛並みを撫でた。
「黒鉄という。可愛いだろ」
「可愛い! 大きいな」
エリトがその毛並みを撫でていると、宗主が後ろへと跨った。エリト越しに片手で手綱を握り、もう片方の手はエリトを抱きしめるように腰へと回る。
耳元で「暴れるなよ」と呟かれ、エリトの背筋がぴんと伸びた。心臓が大きな音をたてたのも、もしかしたらバレたかもしれない。
くすくすと笑いを零す宗主を、エリトは恨めしげに見る。しかしその顔があまりにも愉しそうで、エリトは目を丸くした。
「……あんたでも、そんな顔するんだな」
「ああ。すごく楽しい」
「……」
(俺も……楽しい……)
久しぶりの外は、懐かしい匂いがした。緑と土のにおい。人間の国と変わらない自然の景色が、エリトの前に広がる。
馬に乗って森を遠くから眺めると、魔獣の群れが見えた。宗主が馬を止め、エリトは身を乗り出すようにその群れを見る。
「チェルククの群れだ。珍しいな」
「本当だ! なぁ宗主、俺の怪我が治ったら、一緒に狩りに行こう!」
「……ああ」
宗主はそう呟くと、馬を降りた。エリトを抱き上げ、チェルククが見える位置に抱え込む。エリトは笑顔で群れを見つめて、楽し気に口を開いた。
「俺、チェルククを狩るの得意なんだ。脇腹から急所を狙うと、一発で仕留められる」
「……そうか……」
「うん! だから俺の武器は、細身の短剣にしてる」
「………エリトは……魔獣に詳しいな」
その言葉に、エリトは笑顔を浮かべる。
その瞬間、ごく自然に、エリトの口から言葉が滑り落ちた。
「何言ってるんだ。あんたから教わったんだろ?」
「……」
急に黙り込んだ宗主を、エリトは見上げた。その瞳が見開かれているのを見て、エリトははっとした。
また頭がじゅわりと音を立て、エリトは眉を顰める。
「あ、あれ? そんな事あるわけないよな。俺、あんたに狩りを教わったことないのに……」
「……ああ……そう、だな……」
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