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20 母の笑顔
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都にある母の家は、比較的大きな屋敷だ。
門を叩くと、いつものように使用人が顔を出す。無表情で何も話さず、その使用人はただ門を開ける。いつもの事なので、エリトも気にしなかった。
エリトは幼い時から、母とは離れて暮らしている。この屋敷にも、特別な納品の時にしか訪れない。
(大きな屋敷なのに、やっぱり誰もいない……)
エリトは視線を泳がせながら、母の部屋を目指す。門番以外は誰もいない屋敷は、いつもしんと静まり返っていた。
目当ての扉を見つけ、エリトはごくりと喉を鳴らした。数か月ぶりの母との対面に、胸がどきどきと跳ねる。
ノックをして、中から帰って来た返事に、エリトは頬を緩ませた。紛れもなく母の声だ。
嬉々として扉を開くと、そこには笑顔を湛えている母親がいた。
「母さん!」
「……エリト。久しぶりね」
穏やかに微笑む母は、エリトの髪を撫でる。その手の柔らかさに、エリトはうっとりと顔を緩ませた。
それからエリトは、思いっきり母に甘えた。髪を撫でてくれる母に身体を預け、最近あった事を怒涛の勢いで話す。母はいつも微笑んで、エリトの話を聞いてくれるのだ。
(やっぱり母さんは、優しい!)
穢れの子と蔑まれているエリトにも、母は穏やかな愛情を注いでくれた。年に数度しか会えないが、こうして会えた日には目一杯甘やかしてくれる。
変わらない愛情に安心し、エリトは戸惑うことなく口を開いた。
「……あのね、母さん! 僕……」
「……なぁに?」
「僕……恋をしたら、駄目なのかな?」
その言葉を言った瞬間、エリトの髪を撫でていた手がぴたりと止まる。母の顔は微笑んだままだが、エリトの問いに答えることは無い。
「……母さん?」
エリトがそう呟くと、突然視界がぐるりと変わった。背中が床に叩きつけられるのを感じて、エリトは息を詰める。
見上げると、そこには男が立っていた。顔の上半分を覆う仮面を付けた男は、エリトを冷たく見下ろしている。
(誰……?)
エリトが身を起こそうとすると、男がエリトの肩を踏みつけた。
突然の痛みに顔を歪ませていると、男が膝を折りエリトの腰へと手を伸ばす。そしてエリトの腰に付けてあった小袋を、男は引き千切った。
その袋は、クラーリオから貰った大事なものだった。
刺繍が綺麗だと褒めたら、クラーリオがエリトに譲ってくれたのだ。もちろん中の宝石は返したが、エリトにとって大事な宝物だった。
「返してっ!!」
「……この袋、どこで手に入れた?」
「……?」
男は小袋を隅から隅まで見回し、忌々し気に口を歪める。刺繍に指を這わせた後、くしゃりとそれを握りつぶした。
「やはり、ダン家の紋章だ。お前、暴戻の魔神の行方を知っているな?」
「……!」
「家紋入りの持ち物は、魔族にとって大切なものだ。これを持っているという事は、暴戻の魔神とかなり親しいか……あるいは、殺したか?」
「……」
そんなことするわけない、と言いかけてエリトは口を噤んだ。追われている身であるクラーリオの事は、一つとして漏らせない。
唇を噛み締めていると、男の歪んだ口元がぶるぶると震え出した。
「『恋をしたら駄目なのか』お前はそう言った。……まさか魔族と恋に堕ちたか? 穢れの子の分際で」
「……」
「相手は魔族だぞ? 人間を殺しても何とも思わないような、残虐で非道な生き物だ。その魔族が、お前に情を抱いていると……まさか思ってはいないだろうな?」
上から降ってくる男の声と共に、クラーリオの顔が脳裏に過ぎる。しかしどんなに思い返してみても、穏やかで優しい笑顔しか思い浮かばない。
心臓がばくばく音を立てていても、エリトの心はまだ冷静だった。しかし仮面の男はクツクツと笑い出し、更に呪いの言葉を吐く。
「……あの家で、匿っているのか? いいか、良く聞け。相手は皇子だぞ? 尊い身分である者が、お前を愛するはずがない。」
「……」
「……身体を許したんだろう? 魔族は欲に塗れた種だ。お前を抱けるだけ抱いたら、去るつもりだったのかもしれんぞ?」
踏みつけられた肩の痛みが薄れる程、エリトの後頭部がじわりと粟立つ。
クラーリオが向けてくれる愛情は本物だと、エリトは確信していた。
しかし皇子という身分の彼が、どうして自分を愛してくれているのか疑問に思っていた。
エリトは村はずれに住む、素性も知れない人間だ。皇子であるクラーリオに、釣り合うはずがない。
男の言葉で、確信が揺らいでいく。
もうクラーリオは、あの家を出ていけるほど回復していた。
(帰った時、あの家に……もしもクリオが居なかったら?)
「すぐに探しに行かせろ.」
男の言葉が遠くから聞こえ、さっきまで荒れ狂っていた心臓が、急に冷めて重くなっていくのを感じる。仮面の男の視線が痛いほど突き刺さり、エリトは震える息を吐き出した。
「……少し甘やかせすぎたか。穢れの子の処遇について、見直さんといかんな。……まぁいい、そろそろ処分の時期だ」
冷たい言葉と共に、エリトの頭に鈍い痛みが走る。
ゆっくり閉じる視界に、クラーリオから貰った小袋が踏みつぶされる姿が映った。
門を叩くと、いつものように使用人が顔を出す。無表情で何も話さず、その使用人はただ門を開ける。いつもの事なので、エリトも気にしなかった。
エリトは幼い時から、母とは離れて暮らしている。この屋敷にも、特別な納品の時にしか訪れない。
(大きな屋敷なのに、やっぱり誰もいない……)
エリトは視線を泳がせながら、母の部屋を目指す。門番以外は誰もいない屋敷は、いつもしんと静まり返っていた。
目当ての扉を見つけ、エリトはごくりと喉を鳴らした。数か月ぶりの母との対面に、胸がどきどきと跳ねる。
ノックをして、中から帰って来た返事に、エリトは頬を緩ませた。紛れもなく母の声だ。
嬉々として扉を開くと、そこには笑顔を湛えている母親がいた。
「母さん!」
「……エリト。久しぶりね」
穏やかに微笑む母は、エリトの髪を撫でる。その手の柔らかさに、エリトはうっとりと顔を緩ませた。
それからエリトは、思いっきり母に甘えた。髪を撫でてくれる母に身体を預け、最近あった事を怒涛の勢いで話す。母はいつも微笑んで、エリトの話を聞いてくれるのだ。
(やっぱり母さんは、優しい!)
穢れの子と蔑まれているエリトにも、母は穏やかな愛情を注いでくれた。年に数度しか会えないが、こうして会えた日には目一杯甘やかしてくれる。
変わらない愛情に安心し、エリトは戸惑うことなく口を開いた。
「……あのね、母さん! 僕……」
「……なぁに?」
「僕……恋をしたら、駄目なのかな?」
その言葉を言った瞬間、エリトの髪を撫でていた手がぴたりと止まる。母の顔は微笑んだままだが、エリトの問いに答えることは無い。
「……母さん?」
エリトがそう呟くと、突然視界がぐるりと変わった。背中が床に叩きつけられるのを感じて、エリトは息を詰める。
見上げると、そこには男が立っていた。顔の上半分を覆う仮面を付けた男は、エリトを冷たく見下ろしている。
(誰……?)
エリトが身を起こそうとすると、男がエリトの肩を踏みつけた。
突然の痛みに顔を歪ませていると、男が膝を折りエリトの腰へと手を伸ばす。そしてエリトの腰に付けてあった小袋を、男は引き千切った。
その袋は、クラーリオから貰った大事なものだった。
刺繍が綺麗だと褒めたら、クラーリオがエリトに譲ってくれたのだ。もちろん中の宝石は返したが、エリトにとって大事な宝物だった。
「返してっ!!」
「……この袋、どこで手に入れた?」
「……?」
男は小袋を隅から隅まで見回し、忌々し気に口を歪める。刺繍に指を這わせた後、くしゃりとそれを握りつぶした。
「やはり、ダン家の紋章だ。お前、暴戻の魔神の行方を知っているな?」
「……!」
「家紋入りの持ち物は、魔族にとって大切なものだ。これを持っているという事は、暴戻の魔神とかなり親しいか……あるいは、殺したか?」
「……」
そんなことするわけない、と言いかけてエリトは口を噤んだ。追われている身であるクラーリオの事は、一つとして漏らせない。
唇を噛み締めていると、男の歪んだ口元がぶるぶると震え出した。
「『恋をしたら駄目なのか』お前はそう言った。……まさか魔族と恋に堕ちたか? 穢れの子の分際で」
「……」
「相手は魔族だぞ? 人間を殺しても何とも思わないような、残虐で非道な生き物だ。その魔族が、お前に情を抱いていると……まさか思ってはいないだろうな?」
上から降ってくる男の声と共に、クラーリオの顔が脳裏に過ぎる。しかしどんなに思い返してみても、穏やかで優しい笑顔しか思い浮かばない。
心臓がばくばく音を立てていても、エリトの心はまだ冷静だった。しかし仮面の男はクツクツと笑い出し、更に呪いの言葉を吐く。
「……あの家で、匿っているのか? いいか、良く聞け。相手は皇子だぞ? 尊い身分である者が、お前を愛するはずがない。」
「……」
「……身体を許したんだろう? 魔族は欲に塗れた種だ。お前を抱けるだけ抱いたら、去るつもりだったのかもしれんぞ?」
踏みつけられた肩の痛みが薄れる程、エリトの後頭部がじわりと粟立つ。
クラーリオが向けてくれる愛情は本物だと、エリトは確信していた。
しかし皇子という身分の彼が、どうして自分を愛してくれているのか疑問に思っていた。
エリトは村はずれに住む、素性も知れない人間だ。皇子であるクラーリオに、釣り合うはずがない。
男の言葉で、確信が揺らいでいく。
もうクラーリオは、あの家を出ていけるほど回復していた。
(帰った時、あの家に……もしもクリオが居なかったら?)
「すぐに探しに行かせろ.」
男の言葉が遠くから聞こえ、さっきまで荒れ狂っていた心臓が、急に冷めて重くなっていくのを感じる。仮面の男の視線が痛いほど突き刺さり、エリトは震える息を吐き出した。
「……少し甘やかせすぎたか。穢れの子の処遇について、見直さんといかんな。……まぁいい、そろそろ処分の時期だ」
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