拾った犬は、魔神様でした。

墨尽(ぼくじん)

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21 あの時のクラーリオ

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 夜のとばりは落ち切って、曇った空に光はない。クラーリオは窓の外を見た後、足元に跪く男を見た。

「クラーリオ様、どうぞお帰りを。魔王様には、あなたの支えが必要です」

 視線を合わせないまま呟く男は、クラーリオにとって見慣れた男だった。兄である現魔王の護衛トマスだ。 
 クラーリオ自身も幼い頃から親しくしていた男で、家族のような関係だった。流石に追い返すことは出来ず、エリトの家に迎え入れたのだ。

 しかし帰れと言われても、クラーリオは眉を顰めるしかない。

「……俺の……父殺しの容疑はどうした? 人間との戦を終えた後、傷ついた我らの軍を魔王軍が襲った。……その時、父上も殺された。『親殺しに断罪を』と罵られながら、部下は全員殺されたんだ」

「……あれは……前魔王の側近である、バルザト様の指示だったのです……。あなたのお兄様である現魔王は、このことを後に知り……バルザト様は処刑されました」

「バルザト様が……。では、兄上は……」

「魔王様は、あなたを僅かも疑っておりません」

 トマスの言葉を聞き、クラーリオは肺に溜まった空気を吐き切った。腹の底からずくずくと湧く感情は、真っ黒だ。
 エリトと過ごした日々が澄んだものであったせいか、その感情は酷く醜く思えた。


 前魔王は、クラーリオ達兄弟を家族のように想ってくれていた。それが周囲の者にとっては、己の地位を揺るがす邪魔者でしか無かったのだろう。

 陥れられた、と思った時には遅かった。父親が目の前で殺され、そしてその場で魔王軍は『クラーリオが、父親を殺した』と叫んだのだ。

 誰に陥れられたのか。
 魔王の座に誰が座ったのか。そして定まったのか。
 前魔王の死も、父親の死すらも悼めず、クラーリオは王座の争いに巻き込まれた。


「魔王軍の実質的な指揮官は、バルザト様でした。……クラーリオ様を亡き者にしようとしたのは、あなたに魔王軍の指揮を奪われたくないがためでしょう……」

「……それだけじゃないだろう。……兄上の足元は、盤石とはまるで言えない。軟弱な王座など、直ぐに奪われてしまう……」

「……暴戻の魔神は、無実だと民は知っています。あなたが戻れば、王座は盤石なものになりましょう……」

「……分かった。……戻るかわりに、一つだけ願いを聞いてもらう」


 クラーリオは玄関に目を遣り、今度は肺一杯に息を吸う。あの扉から出ていった愛おしい人は、いつでも脳裏に蘇る。
 
(エリトがこの家に戻るまで、あと5日ある。それだけあれば……間に合う)

 大丈夫だ、と自分に言い聞かせて、クラーリオは息を吐いた。

「俺は、この家に住む人間に命を救われた。その人間と、添い遂げたいと思っている。……彼をダン家へ迎え入れる約束を、兄上と結ぶ」
「……そ、それは……喜ばしい事です! きっと魔王様もお喜びになります! ……胸を張って帰りましょう、クラーリオ様」

 トマスが初めて視線を合わせ、嬉しそうに頬を緩ませる。


 その時のクラーリオには、希望しかなかった。
 エリトとの明るい未来しか想像できず、呑気に胸を躍らせていた。

 数日で戻る。
 そのつもりで、クラーリオは家を出た。

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