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22 あの時のエリト
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意識が浮上し、自分が運ばれていることにエリトは気付く。俵のように担がれたまま行く道は、エリトの家へと続く道だった。
体中が軋んでいるのは、酷く殴られたせいだ。納品屋に暴力を受けたことは、過去にも何度かあった。しかし今回エリトは、かつてないほど痛めつけられた。
「お前の家を捜索させたが、誰もいなかった。……奴への情は捨てて、真実を吐け」
エリトを抱える仮面の男が、肩に担いだエリトを振り返る。その男と視線を合わせないまま、エリトは地面を見つめ続けた。
(クリオが逃げたなら……それでいいじゃないか。彼が捕まらなかっただけで、良かったじゃないか……)
数時間前に抱いていた希望は、粉々に砕け散った。クラーリオとの未来は、抱いてはいけない幻想だったのだ。
穢れの子は、働き盛りを過ぎたら処分される。クラーリオとの恋は、その時期を早めるきっかけになってしまった。
それでも、クラーリオに会わなければ良かったなんて、エリトには微塵も思えなかった。
クラーリオと過ごした日々は、今でもきらきらと輝きを放ちながら胸に蘇る。
(……処分される前に、幸せな日々を送ることが出来た。それだけで……僕は……)
慣れ親しんだ家の扉が見え、胸がつきりと痛む。窓から明かりは漏れていない。
男が扉を押し開けながら、口を開く。
「ほら見ろ、誰もいやしねぇ。やっぱりお前は捨てられたんだ。身体だけ貪られて、惨めだな」
床に放られ、エリトは痛みに呻いた。しかし今は、身体の痛みよりも胸の痛みが勝る。
クラーリオは居ない。
覚悟していたことだったのに、誰もいない家を見た瞬間涙が零れた。まだクラーリオの匂いが残る家に、彼がいない。
「お前はやられて、捨てられたんだ。……もういい。ここで処分してやるから、感謝しろよ」
男の言葉が無慈悲にもエリトに降り注ぐ。
クラーリオと愛を紡いだここで、終わりを迎えられる。クラーリオの痕跡を目に焼き付けたくて、エリトは視線を巡らせた。
もしも偽りの愛だったとしても、最後にクラーリオを感じたい。その一心で、エリトは探し求めた。
それに気付いた時、エリトの胸がどくりと跳ねた。
寝台の下に隠すように置いてあるそれに、エリトは手を伸ばす。
それは、あの時割った、藍色の皿だった。砕けたはずの皿が、少し欠けた状態でそこにある。
修復した跡が目に入った瞬間、エリトは声を上げて泣いた。
(……! クリオ……!)
次の瞬間、頭を掴まれた。藍色の皿に触れることがないまま、エリトの意識は途切れる。
___________
____
誰もいない家を、無表情でクラーリオは見渡す。
この光景を、何度見た事か。
もう心は何も感じず、誰もいない家に胸を痛めることもない。
帰国後、クラーリオがこの家に戻れたのは、数年後だった。
王城への帰路で、クラーリオは反乱軍との戦に巻き込まれたのだ。回復しきっていない身体で戦ったクラーリオは、生死の境を彷徨った。
数年後、やっと意識を取り戻したクラーリオはエリトの家を訪れるが、そこには誰もいなかった。
「エリトは死んだ」と村人は口々に言う。その後何年も探したが、クラーリオはエリトを見つけることができなかった。
「……もう……ここには、来ない」
そう呟いて、クラーリオはエリトの家を出る。そしてもう二度と、ガーランデに戻ることは無かった。
◇
そして数百年の年月が流れる。
彼に会ったのは偶然だった。
クラーリオが狩った後の魔獣を、捌き屋が処理している場に遭遇したのだ。
あらかた素材は取ってしまった魔獣を、彼はさらに綺麗に捌いていた。
フードをかぶったその人間の手元を見て、クラーリオは息を詰める。その手は、エリトにそっくりだったのだ。
離れた位置から目を凝らし、クラーリオはその人間の顔を見た。
フードから覗く髪色は、真っ白だ。しかし顔は、エリトそのものだった。
その場から動けなくなるほど狼狽え、クラーリオは右目の眼帯に触れる。自身の手が震えているのを見て、クラーリオは唇を噛み締めた。
(馬鹿な……! いや、あり得ない! ……あれから数百年が経っている。人間の寿命は、せいぜい60年だ……)
目の前の人間は、エリトではない。しかし纏う空気も、彼そっくりだった。
触れたい。もっと近くに寄りたい。声を聞きたい。
それが、エリトでなくても。
クラーリオは喉を鳴らし、黒犬の依代を呼び出した。エリトを想って再構成した、ノウリの依代だ。
それに身体を滑り込ませ、クラーリオはエリトを見る。
そして彼に向かって、駆けた。
=======
これで、『拾った犬は、魔神様でした。』はおしまいです。
物語は『冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる』に繋がります。
これまで読んで頂き、ありがとうございました。本編では幸せになれますように。
意識が浮上し、自分が運ばれていることにエリトは気付く。俵のように担がれたまま行く道は、エリトの家へと続く道だった。
体中が軋んでいるのは、酷く殴られたせいだ。納品屋に暴力を受けたことは、過去にも何度かあった。しかし今回エリトは、かつてないほど痛めつけられた。
「お前の家を捜索させたが、誰もいなかった。……奴への情は捨てて、真実を吐け」
エリトを抱える仮面の男が、肩に担いだエリトを振り返る。その男と視線を合わせないまま、エリトは地面を見つめ続けた。
(クリオが逃げたなら……それでいいじゃないか。彼が捕まらなかっただけで、良かったじゃないか……)
数時間前に抱いていた希望は、粉々に砕け散った。クラーリオとの未来は、抱いてはいけない幻想だったのだ。
穢れの子は、働き盛りを過ぎたら処分される。クラーリオとの恋は、その時期を早めるきっかけになってしまった。
それでも、クラーリオに会わなければ良かったなんて、エリトには微塵も思えなかった。
クラーリオと過ごした日々は、今でもきらきらと輝きを放ちながら胸に蘇る。
(……処分される前に、幸せな日々を送ることが出来た。それだけで……僕は……)
慣れ親しんだ家の扉が見え、胸がつきりと痛む。窓から明かりは漏れていない。
男が扉を押し開けながら、口を開く。
「ほら見ろ、誰もいやしねぇ。やっぱりお前は捨てられたんだ。身体だけ貪られて、惨めだな」
床に放られ、エリトは痛みに呻いた。しかし今は、身体の痛みよりも胸の痛みが勝る。
クラーリオは居ない。
覚悟していたことだったのに、誰もいない家を見た瞬間涙が零れた。まだクラーリオの匂いが残る家に、彼がいない。
「お前はやられて、捨てられたんだ。……もういい。ここで処分してやるから、感謝しろよ」
男の言葉が無慈悲にもエリトに降り注ぐ。
クラーリオと愛を紡いだここで、終わりを迎えられる。クラーリオの痕跡を目に焼き付けたくて、エリトは視線を巡らせた。
もしも偽りの愛だったとしても、最後にクラーリオを感じたい。その一心で、エリトは探し求めた。
それに気付いた時、エリトの胸がどくりと跳ねた。
寝台の下に隠すように置いてあるそれに、エリトは手を伸ばす。
それは、あの時割った、藍色の皿だった。砕けたはずの皿が、少し欠けた状態でそこにある。
修復した跡が目に入った瞬間、エリトは声を上げて泣いた。
(……! クリオ……!)
次の瞬間、頭を掴まれた。藍色の皿に触れることがないまま、エリトの意識は途切れる。
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誰もいない家を、無表情でクラーリオは見渡す。
この光景を、何度見た事か。
もう心は何も感じず、誰もいない家に胸を痛めることもない。
帰国後、クラーリオがこの家に戻れたのは、数年後だった。
王城への帰路で、クラーリオは反乱軍との戦に巻き込まれたのだ。回復しきっていない身体で戦ったクラーリオは、生死の境を彷徨った。
数年後、やっと意識を取り戻したクラーリオはエリトの家を訪れるが、そこには誰もいなかった。
「エリトは死んだ」と村人は口々に言う。その後何年も探したが、クラーリオはエリトを見つけることができなかった。
「……もう……ここには、来ない」
そう呟いて、クラーリオはエリトの家を出る。そしてもう二度と、ガーランデに戻ることは無かった。
◇
そして数百年の年月が流れる。
彼に会ったのは偶然だった。
クラーリオが狩った後の魔獣を、捌き屋が処理している場に遭遇したのだ。
あらかた素材は取ってしまった魔獣を、彼はさらに綺麗に捌いていた。
フードをかぶったその人間の手元を見て、クラーリオは息を詰める。その手は、エリトにそっくりだったのだ。
離れた位置から目を凝らし、クラーリオはその人間の顔を見た。
フードから覗く髪色は、真っ白だ。しかし顔は、エリトそのものだった。
その場から動けなくなるほど狼狽え、クラーリオは右目の眼帯に触れる。自身の手が震えているのを見て、クラーリオは唇を噛み締めた。
(馬鹿な……! いや、あり得ない! ……あれから数百年が経っている。人間の寿命は、せいぜい60年だ……)
目の前の人間は、エリトではない。しかし纏う空気も、彼そっくりだった。
触れたい。もっと近くに寄りたい。声を聞きたい。
それが、エリトでなくても。
クラーリオは喉を鳴らし、黒犬の依代を呼び出した。エリトを想って再構成した、ノウリの依代だ。
それに身体を滑り込ませ、クラーリオはエリトを見る。
そして彼に向かって、駆けた。
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これで、『拾った犬は、魔神様でした。』はおしまいです。
物語は『冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる』に繋がります。
これまで読んで頂き、ありがとうございました。本編では幸せになれますように。
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作者様
作者様の仰る通りに
「冷酷非道」の前半を読みまして
こちらを読ませて頂きました。
こちらのエリトが不憫で可哀想で
涙しました😭
るりままさん、こちらでもありがとうございます!
悲しい過去のお話でしたが、読んでくださり嬉しいです
そしてこちらでもご感想下さり、創作のモチベがぐんと上がりました!ありがとうございました!
『冷酷非道な〜』を読み始めようと思い、まずはこちらを読ませていただきました。
バッドエンドは普段読まないのですが、このあとにハピエンが待ち構えていると聞いたので……
お話、めちゃくちゃ切なかったです😭
でも、エリトとクラーリオが心を通わせる過程が、純粋で素敵でした。美しく強い魔神様なのに姿を変えるとフワフワのわんちゃんだなんてギャップずるすぎませんか!?💘
あと、人といることに慣れてないエリトが思ったままにクラーリオの容姿をべた褒めするのも萌えました。素直すぎて可愛い。
最後どうなっちゃったの?処分?😭😭
うるさい感想ですみません。次読みに行ってきます!✨
おもちさん! こちらでもありがとうございます!
今から冷酷非道を読み始められるのですね。楽しんでいただけると嬉しいです!
「拾った犬は」のエリトは私の作風にしては珍しい可愛い受けです。新鮮で書きやすかったのを覚えています
たくさん作品を読んでいただいて、本当に光栄です!
素敵な感想をありがとうございます!うるさいなんてとんでもない💦
楽しんで頂けることを祈ってます!☺
こちらの物語の最後が見えてきた所で改めて本編とこちらを最初から読み直していました
そして今読み切って、エリトが、クラーリオが通ってきた道が如何にしんどいものだったか噛み締めてます
単純に面白いで片付けられないストーリーでした
精一杯の拍手を贈ります!!
ミアさん、最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます
もう一回本編も読んで頂いたんですね( ノД`)
ここまで物語に浸って頂けて、本当に嬉しいです
本編ももうすぐ完結です。
そちらのほうも楽しんで頂けると嬉しいです!