3 / 60
第一章 最期の試練
第3話 三尸のストライキ
しおりを挟む目の前の禄命星君が、ずいっと距離を詰める。
「通常、昊穹から追放されれば記憶を消され、人間へと転生する事になります。あなたの魂は、今まで司天帝が管理していた。しかし人間に転生したとなれば、あなたの魂は冥府の管轄になるはずですよね? でもあなたの運命簿は、いつまで経っても降りてこない」
「っつ、追放されたのは事実だろ」
捲し立ててくる禄命星君に、葉雪は口を尖らせながら反論するしかない。
葉雪とて、好きでこうなった訳ではないのだ。一人の人間として、その生を全うする心づもりでいた。
しかし禄命星君の口は止まらない。
「あなたは姿形も変わらず、昊力まで宿したままです。……見たところ変装しているようですが、放たれる気配が高貴過ぎて逆に違和感ですよ。……まぁ、身長の方は人間と馴染んでいるようですが……良くそれで100年間も姿をくらませましたね」
「……おい、さらっとチビって言うな。お前と変わらんだろうが。……あのなぁ、私だって苦労してるんだぞ? 穏やかに過ごしたいのに見た目は変わらんし、変わらず天上人は絡んでくるし……。それにもう、昊力は碌に使えない。私は、誰が何と言うと天上人ではない」
「まったくあなたは、相変わらず冗談がお上手だ。……あなたの前に立ちはだかれば、私の首は無くなりますよ」
「馬鹿を言え」
「いいえ、事実です」
薄く微笑みを浮かべて、禄命星君は閉じた扇子で口を押さえた。彼特有の垂れ目が、これでもかと細められているのが憎らしい。
これ以上言い争うのも面倒だった葉雪は、腕を組んで禄命星君を見据える。
「して、今回の用事は?」
「よくぞお聞きに!」
禄命星君がぱっと表情を輝かせ、扇子を開く。すると目の前の座卓に、分厚い冊子がどさどさと落ちてきた。
粗末な座卓に積み上がった冊子を、葉雪はじとりとした目で見上げる。
揃って藍色の表紙をしている冊子だが、厚さがばらばらだ。この冊子は、葉雪にも見覚えがある。
「これ……運命簿だよな。持ち出し禁止だろうが」
『運命簿』とは、冥府に保管されている、生物の運命が記されている冊子だ。そこには魂一生分の運命が記されている。
肉体の一生ではなく、転生を繰り返す魂の一生だ。
その重要性は言うまでもないだろう。冥府からは持ち出し禁止になっており、特に人間の目に触れるのは禁忌となっている。
しかし目の前の禄命星君は、さして問題もないように話を続ける。
「はい、運命簿です。最近、困ったことになっておりまして……」
「都合の悪いところは華麗に流しやがって……困った事だと?」
「一部の人間の魂から、三尸が戻ってこないんですよ」
三尸は、生物の運命を監視する虫である。
言わば『運命見届け虫』だ。
彼らは全生物の魂に宿り、宿主である生物が、運命簿に記された通りの人生を歩んでいるかどうかを見届ける。
そして定期的に冥府へ報告に帰るのだ。
「戻ってこない? 同盟罷業でも起こしたか?」
「それだったら、大量に戻ってこないでしょうよ。ほんの一部なんです」
「……というか、良く気付いたな。昊穹と人間界合わせて、生物は相当な数だ。その一つ一つの報告をしっかり聞いている訳ではないんだろ?」
「その通り。冥王に報告しなければならない程の事項が無ければ、私に報告は上がってきません。今回はたまたま見つかったんですよ。しかも該当する人物が、この丈国にいるんです」
なんとなく話が読めてきた。
葉雪は茶に口をつけたまま、禄命星君をじとりと睨む。
「私が調べろと?」
「調べろなんて、私には言えませんよ。ただ、ちょっと楽しいかもしれませんよ? 退屈が一番お嫌いでしたよね?」
「それは昊穹にいた頃の話だし、本来はのんびりするのが大好きで……」
「お耳に入れておいて頂けるだけで、結構です」
禄命星君が、扇子の向こうからにんまりと微笑む。
葉雪は小さく舌打ちをしながら、運命簿の一つを手に取った。
ぱらぱらと捲ってみると、書かれた文字が薄くなっている箇所がある。三尸からの報告がなかった部分だろう。
「この運命簿……この国のお偉いさんじゃないか? 重鎮や、役人にも何人かいるな」
「いかにも」
禄命星君は大げさな程に強く頷き、またにんまりとした笑みへと表情を戻す。
『どうぞ、もっと追及して下さい』と顔に書いてあるようだ。
思惑通りに進むのは癪だが、地位の大きな者の運命は、市井の人間に与える影響が大きい。
(……人間、皮を剥げば皆同じだが……境遇によっては多くの人に影響を及ぼす……)
「耳に入れとくだけだぞ。私だって、仕事が忙しいんだ」
「料理人ですか? 働かなくてもいいでしょう。最近では金にお困りではないんですから」
「……なんで知ってる?」
「昊穹一の情報通ですから」
(……どこまで知られているか、怖いものだな……)
今でこそこうだが、葉雪は人間界に堕とされた後、100年間は昊穹と縁を断ち切ることが出来ていた。
今思えばそれは、逃亡生活のようなものだったかもしれない。
なぜか葉雪を探し回る天上人たちから逃れ、監視を避けて生きてきたが、つい50年前に彼らに見つかったのだ。
それから家の前に、定期的に物が届くようになったのだ。
価値のある宝石や、金細工の施された装飾品など、売り払えば家一軒買えるほどのものが、気付けば玄関先に置いてある。
「……あれは一銭も使っていないぞ」
「どうして? 送り主を教えて差し上げましょうか?」
「いらんわ。それよりもう帰った方がいいぞ。それとも泊まっていくか? 幸い布団は二組ある」
「……ふふ、あなたのそういうところ。……ほんと変わりませんね」
扇子を閉じながら、禄命星君はぽつりと呟く。
先程までの調子の良さが一転し、彼の表情に少しの寂寥感が見て取れた。
葉雪は片眉を吊り上げ、顎を擦りながら小首を傾げる。
「追放されて、もう150年だぞ。以前に比べて、私もすっかり垢抜けたろう?」
「垢を付けてるんでしょ? 睫毛まで間引いて……雷司白帝が見たら、卒倒しますよ」
「あ、そ。帰るなら早く帰れよ。餓鬼に喰われるぞ」
「ではまた」
葉雪が言うと、禄命星君は立ち上がって深く拱手した。ちょいちょいと手を振ると、その身体がまた水面のように揺らぐ。
すっかり冷え切った茶を手に取った時には、もう禄命星君の姿は無かった。
144
あなたにおすすめの小説
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 ★1000 Thank_You!!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる