12 / 60
第一章 最期の試練
第12話 いざ王都へ
しおりを挟む***
朝方。日も昇って間もない頃に、葉雪は家を出た。
今日は勤め先である明碁亭の店休日だ。本来なら昼過ぎまで寝ているが、今日はやらなければならない事がある。
三尸の件だ。
多くの人間は運命簿に則って人生を歩むが、たまに踏み外す者もいる。そうなると、当人だけではなく周りの運命も変わってしまう。それを監視するために三尸がいる。
存在自体が影の薄い三尸だが、人間にとって重要なものなのだ。何が原因で三尸が動かないのか、突き止めなければならない。
(……さぁて今日は、王都の方にも足を伸ばさなきゃな……)
ここから王都まで、徒歩なら半日掛かる。
馬で行くのも考えたが、王都までの道のりにも運命簿の該当者がちらほら住んでいるのだ。徒歩で様子を見ながら進み、帰りは馬で帰るのが良いと葉雪は考えた。
早朝でも、繁華街に入ると人気が見え始める。清々しい空気と、営みを始めたばかりの町の様子は、葉雪の心を軽くさせた。
葉雪は幼い時から昊穹に住んでいたが、人間の営みというものに美しさを感じる。
心を許せる者同士が寄り添い合い、生きるために働き、喜びや悲しみを分かち合う。どれも昊穹には無いものだ。
街並みを眺めながらゆっくり歩いていると、一人目の該当者が住む家に着いた。そこは繁華街にある服飾店で、もう開店しているようだ。
布地や服飾品が並べられている店内は、鮮やかな色に溢れていた。様々な刺繍がされた布地は、見ているだけでも面白い。
葉雪が熱心に布地を見ていると、奥から夫人が現れた。
どうやらこの店の女主人らしく、当該人物の一人だ。
彼女は葉雪の姿を見ると、僅かに目を見開く。しかし直ぐに驚きの表情を改め、穏やかに笑った。
「何かお探しでしょうか。どなたかの衣ですか?」
「いや、私自身のだ。まともな服がなくてね」
「そちらのお召し物も、素敵ですが……」
女主人が葉雪の服を上から下まで見る。
葉雪は普段、上衣が膝丈までしかない平民服を着ている。しかし今日は、長い袍を身に着けていた。刺繍などは施されていない質素なものだが、布地はそれなりに高価なものだ。
女主人はいくつか布を引き出し、葉雪の目の前に並べ始めた。
「今のお召し物よりこちらの方が、あなた様の髪色に合っているように思います」
「ああ、なるほど。髪色か……それは助かる」
女主人の言葉に、つい笑みが零れる。
葉雪は髪を染色しているのを忘れ、白髪に合わせた服の色を無意識に選んでしまっていた。自身の姿は見えないため、失念してしまうのだ。
薦められたのは、淡緑に簡易な刺繍が施されている袍だった。貴族が身に着けるとすれば少々地味だが、平民が着るには華美すぎる。
「少し派手過ぎないか?」
「とんでもございません。地味すぎるぐらいかと」
女主人は声を落として、穏やかな口調で話す。葉雪への接客態度は、明らかに平民向けのものではない。
(……と、いう事は……合格か)
葉雪はこれから王都まで出向き、当該人物の様子を伺う予定だった。その為いつもの料理人仕様ではなく、多少身なりを整えて出てきたのだ。
いつも垂らしている長い髪を、今日は一つのおくれ毛もないよう、頭の頂で一つにまとめている。それを銀の冠と銀の簪で留め、いつも顔に散らしている黒子も止めておいた。
ただの平民ではなく『どこぞの誰か』に見えるように留意してきたのだ。
女主人がより高価な服をすすめてきたという事は、今日の装いは合格だったと言えるだろう。少なくとも料理人には見えていないようだ。
運命簿の該当者の中で一番先にここを訪れたのは、それを確かめる目的もあった。
「この店で着替えても良いか?」
「もちろんでございます。奥へどうぞ」
女主人が使用人に目で合図をし、葉雪は奥へと案内された。仕切りで囲まれた簡易な試着室ではなく、個室へと通される。
着ていた服を脱ぎながら、葉雪は店内へと耳を澄ませた。女主人と使用人の小さな会話が聞こえる。
「……見たことない御人ですが、貴族でしょうか」
「私も見たことが無いから、恐らく地方の貴族でしょうね。物腰や雰囲気が、一般人とはまったく違うわ。……佩玉は見当たらなかったから、お忍びかもしれない。くれぐれも、失礼のないように。過度な対応も避けた方がいいわ」
「わかりました」
彼女らの会話に葉雪は感心し、心中で拍手をしながら新しい服を身に着ける。
女主人の商売人としての腕はかなりのものだ。目先の利益だけ追求する、がつがつした商売ではなく、長い目で上客を掴んでいくやり方なのだろう。
商才があるのは運命簿で確認済みだったが、この身で体感してみると拍手ものだ。
葉雪は新しい服の襟元を正しながら、店内に続く扉を開ける。
女主人と使用人はこちらを振り向くと、驚いたように目を見開いた。使用人の方は僅かに頬を赤らめ、女主人は感嘆の声を漏らす。
「まぁ、これは……思った以上にお似合いです」
「そうですか。ありがとうございます」
「お世辞などではございませんよ。本当に……その衣を差し上げたいくらいです」
「とんでもない。買いますよ」
葉雪が降参するかのように両手を上げ、困ったように笑って見せると、二人はほうっと溜息のような吐息を零す。
彼女らがこちらを観察している隙に、葉雪は女主人の腹に視線を集中した。
眉間に昊力を集めると、女主人の腹が透けていく。そこに、白く丸まった何かを見つけた葉雪は、更に昊力を注ぎ込む。しかし何の反応も無い。
丸まった何かは、まさしく三尸だ。丸まったダンゴムシのような姿だが、真っ白で節がないのが特徴である。
(……私の呼応に答えないとなると、やはりおかしいな……)
本来ならば、昊力をもって三尸を呼ぶと、彼らは体内から出てくるのだ。しかし女主人の三尸はぴくりともしない。
冥王は三尸が呼応しなければ、指箸で引きずり出せと言っていた。この場では、さすがに指箸は使えない。一人目からこれでは先が思い知らされる。
該当者は10名弱いるが、全ての三尸が呼応しなければ大変な手間になるだろう。
昊力を引っ込めて、葉雪は小さく嘆息した。
「このまま着て行っても良いだろうか? 今日は大切な人に会う予定なんだ」
「もちろんでございます。着ていたお召し物は、お屋敷にお届けしましょうか? それともどこかの宿でしょうか」
「いや、自分で持ち帰るよ。ありがとう」
「では、元のお召し物をお包みしますね」
包みを受け取り代金を支払うと、女主人はまっすぐに葉雪を見据える。その瞳には商売人の熱意が見えた。
「またお越しくださいね。お願いしますよ」
まるで商談相手を口説き落としているような口調で、女主人が葉雪へ言う。葉雪は笑って応え、店を後にした。
97
あなたにおすすめの小説
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 ★1000 Thank_You!!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる