17 / 60
第一章 最期の試練
第18話 是と鳴く獣
しおりを挟む千銅は憤怒の形相で葉雪を睨みつけ、低く恫喝する。
「貴様! 人間の分際で、軽々しく四帝と……! …………えっ?」
千銅はもう一度「え?」と呟くと、葉雪を見たまま岩のように固まった。波立っていた髪も一瞬にして凪となる。
しかし陶静の「千銅様?」と呟く声に、千銅ははっと意識を取り戻した。そして何かを振り払うように、頭を振る。
「……いいや、まさか……」
「なにがまさかだ」
千銅は葉雪から顔を逸らし、何かを逡巡するように視線をさ迷わせた。葉雪は千銅の視界に入るように、一歩踏み出す。
「……お前さっき、『人間の分際で』とか言ったな? お前たち天上人は、決して人間より高貴な存在ではない。人間を護る存在だ。侮蔑するのはもちろん、睥睨するなどもってのほか」
「……っ!」
「お前! 千銅様になんてことを!!」
陶静が進み出て、葉雪の肩に掴みかかる。それを千銅は制し、頭を振りながら俯いた。
「……すまない、陶静。少し離れていてくれないか。私はこの男と、話がある」
「ち、千銅様……」
「退路を確保しておいてくれ。直ぐに済むから」
陶静は納得できないといった顔をしていたが、渋々離れて行った。彼が見えなくなると、千銅が葉雪へと視線を戻す。
千銅の葉雪へと向ける目は、まるで幽霊でも見るかのようだった。驚愕と困惑の間を行ったり来たりする表情に、葉雪は思わず吹き出す。
「久しぶりだな、泉嶽。もしかしてこの間の見合いは……彼の為にわざと寝坊したのか?」
「……っ」
「それにしても、『千銅』か。幼名で呼ばせてるとは……お前も可愛い事をするな」
「……まことに……黒烏様?」
千銅が消え入りそうな声で言い、正していた姿勢をだらりと緩ませた。男らしい眉も、これ以上ないほど垂れさがる。
葉雪が「おう」と頷くと、千銅もとい泉嶽がくしゃりと顔を歪ませた。そして大きな手で顔を覆い、肩を揺らした。指の間からぽたりぽたりと雫が落ちてくる。
「……っこの百年、どうされていたのですか……」
「元気にしていたよ」
「おれは……おれ達は、あなたが居なくなった昊穹で……」
「ああ、私が居ない穴を埋めるのは辛かったろう」
「そういう事を言っているのではありません!」
正に滂沱の涙を流し、泉嶽は葉雪へ訴えかける。
泉嶽は昊穹の軍部に属し、一個部隊を任された武将である。葉雪が統率していた昊殻は軍部の直属ではなかったが、同じ武官として多くの関わりがあった。
葉雪がいなくなった昊穹で、どのような組織改変が成されたかは知りえない。しかし人手不足だという事は、しつこいほど禄命星君から聞いている。
葉雪は人差し指を立てて、唇へと寄せる。
「しーっ。陶静に聞こえるぞ。……まぁ、話は後で聞いてやるから、先に堕獣をなんとかするぞ」
「……ふぐっ、この状態では無理ですよ……」
目の前の泉嶽は、先程までの威風堂々とした姿とは大違いである。しかし彼の本来の姿は、今が正しい。
泉嶽は屈強な武官だが、物静かで穏やかな性格だ。そしてその体格に見合わず、かなり涙脆い。
先程までの態度は、陶静にいい所を見せたい一心での格好つけである。一人称すらも背伸びしてたとなると、いよいよ本気だろう。
「泣き止めば良いだろうが。ったく、泣き虫は相変わらずか」
「俺を泣かすのは、あなたぐらいです!!」
「人聞きの悪い」
曖昧に笑いで誤魔化し、葉雪は堕獣に向き合った。陣から出た蔦が、一本また一本と千切れて消えていく。
葉雪は陣に足を踏み入れ、堕獣の前へと立った。
堕獣の身体を覆う黒い炎は、生に対する業のようなものだ。命というものは、それだけで業が生まれる。それが瘴気となり、また命を冒す。
善も悪もなく、冒し冒され、自我を失う。そんな生物のことが、葉雪には哀しく思えて仕方がない。
「……よっこらしょ」
伏せている堕獣と目を合わせるように、葉雪はしゃがみこんだ。そして肺いっぱいに空気を吸い、堕獣の角へと息を吹きかける。
纏っていた黒炎が退き、堕獣の頭部が露わになる。
汚れてはいるが、白い獣毛を持つ狼だ。その額に手を伸ばすと、堕獣が警戒するように低く唸った。身体を捩じらせ、蔦から逃れようと藻掻く。
葉雪は唇に小さな弧を描かせると、堕獣の角へと指を這わせる。
「動くな」
呟くように言うと、堕獣の角の内部からごつりと音が漏れた。何かが砕かれているような音だ。その音の正体が分かったのか、堕獣の動きが止まる。
ごつ、ごつ、と立て続けに音がなり、角の根に亀裂が走った。
「獣よ。私は、お前の角を砕く者だ」
葉雪の言葉に反応し、堕獣は顔を上げた。
どろりと濁った眼が、葉雪の双眸を覗き込むように見ている。何かを切望しているような瞳に、心の奥底がずくりと痛んだ。
「そうか……。お前は、終わりを望むか」
葉雪がまた、今度は小さく息を吹きかけると、堕獣を拘束していた陣が消える。巻きついていた蔦も消え去ったが、堕獣は伏せたまま動かない。
葉雪の手に角を預け、まるで全てを託すように葉雪の瞳を見つめ続ける。
瘴気に完全に支配されると、自我が失われる。抗う事は叶わず、自分が何者かに変わっていくのを見つめ続けていくしかない。
それはある意味、命を失うよりも辛い事かもしれない。
右の角が崩れ去ると、葉雪は左にも手を伸ばした。
堕獣となれば、角が生命の核だ。それを砕かれれば、堕獣は消滅する。それなのに目の前の獣は、抗おうとしない。
「……お前、もう一度、生きてみないか?」
角を砕きながら、葉雪は空いた手を堕獣の頭に伸ばした。毛並みを撫でてやると、堕獣が低く唸る。
その音が警戒音ではなく、喉を鳴らしている音だと気付いた葉雪は、口端を吊り上げた。
「ちょっと喧しいが、お前の姉や兄になってくれる獣らがたくさんいる。これからどう生きるかは、お前自身が決めると良い」
「……」
「是なら頭を垂れろ」
堕獣は葉雪の手に額を擦り寄せたあと、頭を垂れた。
113
あなたにおすすめの小説
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 ★1000 Thank_You!!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる