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第二章 執念の後、邂逅へ臨む

第24話 朱杯と黒杯

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 ***

 昊穹には、そこかしこに池が造られている。流れているのは清い水で、一寸の濁りもないものだ。

 水というのは生命の起源であり、生物が生きていくために必要不可欠なものだ。
 神獣が生まれるのも清い水の中であるからか、昊穹に住む天上人は水を身近に置きたがる。


 池に張り出した亭は、冥府らしく黒や灰色を基調としている。随所に金の装飾もあしらわれている事から地味さはなく、荘厳さを感じさせる造りだ。

 亭の中に備え付けられた茶卓に、雷司白帝と冥王が座っている。
 葉雪は亭の手すりに腰を引っかけ、驚きの表情で冥王を見た。

「……三尸さんしが……黒羽のものだった?」

「そう。葉雪から確保してもらったものは、全部黒羽の三尸だった」

「……そりゃ、報告も行かないな」

 例の運命簿の件を、葉雪は引き続き調査していた。地道に該当者の三尸を指箸しちょで捕まえ、冥府に送っていたのだ。

 該当者が寝ている間、主に夜に忍んで遂行するしかないため、まだ半分ほどしか遂行できていない。

 その全部が黒羽の三尸だったと、冥王は言う。


「うん、葉雪の言う通り。三尸が黒羽製だと、その魂は黒羽のもの。三尸は黒冥府へと帰る。だからこっちには報告が来ない」

「魂は黒羽で、肉体は丈国のものだったって事だよな?」

「そういう事」


 この世界には3つの冥府がある。

 昊穹の保護下にある国の生物の魂を管轄する『冥府』
 黒羽国など、昊穹の保護下にない国の生物を管轄する『黒冥府』
 昊王、四帝、冥王、その他神獣など、 司天帝が直接魂を掌握する『天冥府』

 各冥府から送り出された魂は、管轄する場所の肉体へ入り、転生するはずである。

「冥府から送り出された魂は、昊穹、もしくは昊穹保護下の人間界の生物へと転生する。黒羽の魂は、黒羽国、もしくは昊穹の保護下にない国の生物へ……。ややこしいな。冥府はやはり統一すべきだろ」

「葉雪はいつもそう言うけど……冥府統一を拒否してるのは黒羽や、昊穹を嫌ってる民族たちでしょ? あいつらは意地でも昊穹に魂を握られたくないんだよ」

「領土争いみたいなものだろう。多くの魂を握れば、それだけ勢力も増える。……して今回の事案は、何か重大な問題があるのか?」

 雷司白帝が口を挟むと、冥王が握っていた茶器を静かに置いた。面布を揺らしながら首を傾け、うーんと唸る。

「いやぁ、それが……あんまり問題はないんだよね。魂が黒羽産で、丈国の肉体に入ったとするでしょ?」

 冥王が自身の手元に、茶杯を二つ並べる。一つは朱の杯。一つは黒の杯である。

 そして菓子を二つ手に取り、そのうちの一つを朱の杯へと入れた。

「黒羽産の魂(菓子)が、意図的に昊穹産の肉体(朱杯)に入ったとして、この肉体(朱杯)に入る予定だった、昊穹産の魂はどうなると思う?」

 冥王が一つ残った菓子を、葉雪へと見せる。
 葉雪は朱杯と黒杯を交互に見て、指で唇を擦りながら思案する。

「……昊穹の魂は本来、昊穹の肉体(朱杯)へと入る。黒羽の肉体には入らないはずだ。予定外だが、別の母体へ入るのかもしれないな」

「正解。さすが葉雪」

 冥王は新たな空の朱杯を取り出し、そこに菓子を放り入れた。
 茶卓には菓子で満たされた朱杯が二つ、そして空の黒杯が一つだ。

 それを見ていた雷司白帝が、片眉を吊り上げた。


「確かにそれだと、黒羽に利はないな。魂は黒羽産だが、生きていく先は昊穹下になる。黒羽下の民が一人減ったことになるだろう」

「そうなんだ。魂は母体に宿るから、昊穹側の出生率が上がるだけになる。魂も三尸も黒羽産だけど、彼ら自身は運命を操れる訳じゃないし……そもそも人間は主に運命を辿るだけだからね。……まったく黒羽に利点がないんだよ」

「問題ないなら、それでいいんじゃないか?」

 けろりとした顔で葉雪が言うと、冥王が面布の下の顔を曇らせる。

「またそんな適当な……」

「そうか? 大丈夫だと思うけどなぁ」

 葉雪は手すりから降り、空のままの黒杯を手に取った。茶器から茶を注ぎ、一気に飲み干す。

(……そういえば阿嵐の三尸は、抜き出せないままだったな……)

 葉雪の一番身近にいる該当者、それが肖雲嵐だった。
 しかし葉雪はその三尸を抜き取っていない。

 抜き取ることは容易かったが、葉雪はそれを避けたのだ。

 葉雪は雲嵐の魂が、自分の片割れであると半ば確信していた。確信していたからこそ、あまり深く知りたくなかったのだ。

 実は雲嵐には、未だに疑問が残る部分がある。

(どうして阿嵐の運命簿は、新規だったんだ?)

 前世も来世もない、真っ白な雲嵐の運命簿。それは彼が、この世に生まれたばかりの魂だという事を示していた。

 葉雪の片割れである『彼』の魂ならば、千年近く転生していたはずである。その運命簿には前世の記録が長く記されているだろう。
 しかし雲嵐はそうでは無かった。

(……でもあれは確実に『彼』だ。どうして……)


「葉雪?」

 腰を小突かれ、葉雪ははっと顔を上げた。茶卓に座る二人の視線が、いつの間にか葉雪に注がれている。

 何かを窺うような視線に、葉雪は慌てて黒杯を茶卓へ置く。そして二人を交互に見た。

「それで、頼み事とは? この件に関連するのか?」

 葉雪が小首を傾げると、二人の雰囲気が緩和した。雷司白帝は薄く笑った後、口を開く。
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