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第二章 執念の後、邂逅へ臨む
第23話 対極の二人
しおりを挟むうんざりしている葉雪の様子に気付いたのか、医官が小声で呟いた。
「……申し訳ございません、昊黒烏様。……先ほどまで雷司白帝がいらっしゃっていて、冥王様は貴方様の側に近寄れなかったのです」
「……そう、か……(まぁ、あいつも煩かったけどな……)」
「そ、それよりまずは、貴方様の身体の事を……失礼いたします」
医官は慌てつつも、慣れた手つきで葉雪の手首を取った。
素直に脈を診られている間、葉雪は自分が置かれている状況を把握しようと、鈍った思考を巡らせる。
今、葉雪が寝かされている部屋には覚えがある。
日差しが差し込む明るい部屋だが、黒を基調とした落ち着いた造りだ。
医官が身に着けている服には、蓮を模した文様が描かれている。
(……やっぱりここは……冥府か)
答えに行きつき、葉雪はまた弱々しく息を吐く。
診断を終えた医官が一歩下がり、葉雪に向けて頭を垂れた。
「内傷がひどく、私ども医師ではどうすることもできませんでしたが……やはり昊黒烏様はお強い。峠は越したと言えるでしょう。しかしまだ、予断を許さない状況です。瘴気中毒は未だ解明されてないことが多いですから」
葉雪が解ったという風に頷くと、言い争いをしていたはずの冥王が、面布を揺らしながら首を横に振る。
「……っじゃあ早く解明してよ! 瘴気中毒って千年前からある病でしょ⁉ なんで未だに解明されないんだ!」
「お、恐れながら、症例が少なく……その……」
言い淀みながら、医官が葉雪をちらちらと見遣る。医官の言う通り、瘴気中毒は奇病と言われているほど珍しい病だ。
瘴気に長く当たれば死に至るのだが、ごく稀に死なずに中毒になる者がいる。
症例が少ないというより、葉雪特有の病気といった方が正しいほどに、この病は珍しい。
医官らが言い淀むのも理解できるものの、今の葉雪は話すのも辛い状態である。冥王を宥めるなど無理だ。
しかしその時、まるで機会を読んでいたかのように、一人の男が部屋へと入って来た。
「葉雪! 意識が戻ったか!」
「おお、これは雷司白帝!」
絶妙な間合いで入ってきた雷司白帝に、医師はほっと安堵の表情を見せた。
藍色の髪を編み込み、額には金の印が浮かんでいる。
あの戦場で葉雪を助けたのが雷司白帝であり、この場所に連れて来た張本人だ。
雷司白帝は白い外被を脱がないまま、寝台の端へと腰掛ける。そして葉雪へと手を伸ばし、額に貼り付いていた髪を指に絡めとった。
葉雪の顔を窺うように見ると、立ったままでいる冥王へ鋭く声を放つ。
「まだ顔色が良くない。もしかして無理に起こしたのか?」
「起きそうだったから、声を掛けただけだ!」
「無理に起こすなと、先日も言ったろう⁉ 医師が言った通り、この病は症例が少ない。昊穹では葉雪しか患ったことの無い病だ。適切な薬を飲み、ゆっくりと心身を休めるしかない。騒いで葉雪を疲れさせるな! 迷惑だ!」
言葉を飲み込んだ冥王が、葉雪に視線を移す。面布の隙間から、下唇を噛み締めるのが見えた。
葉雪は雷司白帝と冥王を交互に見て、頭を枕へだらりと沈ませる。
(いかん、更に拗れそうだ……)
冥王とて、悪気があったわけではないのだろう。
自分の意識がない間に何があったかは知りえない。しかし二人と長い付き合いである葉雪には、その場面が容易く想像できる。
雷司白帝は真面目でお堅い性格だ。そして恐ろしく細かい。
今回も恐らく分単位で葉雪の見舞いに訪れ、自分の意にそぐわない動きがあれば排除してきたのだろう。
しかし一方の冥王は自由奔放で、少しばかり……いや、かなり大雑把な性格である。
恐らく葉雪のことが心配で余計なことを頻発し、その度に2人は衝突してきたのだと推測できる。
四帝の一人である雷司白帝、そして冥王。
二人の権力は同等とされているが、その役割が大きく違うため、厳密に言えば比べること自体が不毛だ。
昊力の優劣も然りであり、例え手合わせをしたとしても決着は付かないだろう。
しかし彼らは、何かと争い合う癖がある。
好きなものがあったら全力で取り合い、それを種に不毛な手合わせにまで発展する事もしばしばだ。
つまり、二人が揃うと非常に面倒くさいのだ。
葉雪はこくりと唾を飲み込んで、喉の状態の確認をした。先ほどの薬のお陰で、痛みは大方治まっている。
試しに「あ」と声を出してみると、言い争いをしていた二人が、葉雪へと視線を集中させた。
「ど、どうした葉雪! どこか痛むか?」
「何かして欲しいの? 僕に言って!」
「……いや、そもそもな……」
弱り果ててかっすかすになった声に、自分でも哀れに思いながら、葉雪は弱々しく声を零す。
「蘇慈、そして壬宇よ……。どうして……私を昊穹に連れてきた?」
「……」
「……」
視線を逸らす雷司白帝と、まっすぐこちらを見据える冥王。
双方とも咄嗟に返事を返せないのが、何とも嘆かわしい。
これは葉雪だけの問題ではないというのに、本人らは重く考えていないようだ。
葉雪は昊穹を追放された。
昊穹の長である昊王から罰を受け、人間界へ下ったのだ。許しがないまま戻れば、葉雪だけでなく連れて来た者にも咎めが及ぶ。
「……いますぐ帰るから。一鹿を……」
「何を言っている! 昊穹じゃないと満足に身体を休められないだろう? それにお前の立場のことは、私だって考えている! だからこそ、ここ冥府に連れてきたんじゃないか」
「そうだよ葉雪。ここなら四帝の宮も遠いし、見つかることはない!」
「そうだ。そうでなければ、こんな辛気臭いところには連れてきていない!」
「おい! 辛気臭いってどういう事だ!」
「まてまて……違う事に論点を移すな。……あのな、冥府といえ昊穹である事には変わりなくてだな……」
必死に説こうとすると、冥王が葉雪の前にしゃがみ込んだ。面布が触れるほどの距離で、冥王が口を開く。
「葉雪。……君をここに連れてきた責任は僕が取るよ。頼みたいことがあるんだ」
「はい?」
「馬鹿を言うな。責任は私が。そして葉雪、頼みは私から聞け」
「……」
(……おいおい、状況解ってんだろうな、こいつら……)
言わずもがな、葉雪は死にかけたばかりである。そして今も寝台の上で丸くなっているのだが、彼らには見えないのだろうか。
助けを求めるように視線をさ迷わすと、憐みの表情を浮かべていた医官と禄命星君が、葉雪からふっと目を逸らす。
どうやら援軍はいないようだ。
一鹿を呼び出すかとも思ったが、神獣が当たり前にいる昊穹では、逆に目立ちすぎるだろう。高確率で他の天上人に露呈する。
(……昊穹め……明碁亭に帰りたい……)
どっと疲れた葉雪は、枕に頭を擦りつける。そして「もう寝る!」と一言放り出し、葉雪はふて寝を決め込んだ。
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