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第二章 執念の後、邂逅へ臨む

第27話 隣に立つひと

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 鵠玄楚こくげんそは真顔へと戻り、低くしていた姿勢を戻した。

「いや驚いた。あのような優秀な方を追放するとは……。昊穹はやはり、とんでもなく大きな懐をお持ちのようだ。昊殻の長は余程優秀な方が継がれたのでしょうね。……にしてはお姿が見えませんが」

「その件で、黒羽の王に頼みがある」

 冥王が口を開くと、周囲の視線が一気に彼へと集まる。
 
「……追放の件があった当時、黒羽王あなたは確立していなかった。だから黒羽側からの証言に信憑性が得られずにいた。……そして一部の証拠から、昊黒烏は追放せざるを得なかったのだ。……追放から150年、そろそろ彼を迎え入れても良い頃合いだと思ってる。……そこで、」

 冥王の言葉半ばで、鵠玄楚がそれを制するように片手を上げた。
 彼は目線を下へと落とし、深く俯く。その表情は、対面からでは分からないだろう。

 側方から見ていた葉雪は、彼が目を眇め、地面を睨みつけているように見えた。
 低く地面を舐めるような声が、彼の唇からこぼれ落ちる。

「……あれほどの人物を、不確かな罪で……追放したと? ……そして時が経てば、また戻ってきて欲しいと……あなた方は仰ってる訳ですね?」

 言葉の後、暫く彼は黙り込んだ。しかし彼から放たれる圧に、誰もが口を開かない。

 一拍置いて、く、と鵠玄楚の喉が鳴る。数度喉を震わせたあと、彼は天を仰いだ。
 額に手の平を当て、肩を揺らしながら鵠玄楚は笑う。

「く、はは、何ともこれは……」

「……っ何を笑って……!」

「何を? いや、随分勝手だと思いましてね」

「……っ」

 笑う鵠玄楚は、橙の瞳をギラギラと煌めかせ、四帝を見据えている。

 とく、と小さく心が鳴って、葉雪は咄嗟に胸を押さえた。
 鵠玄楚の姿を捉えながら、口端を柔く噛む。

(……なんだ? この感覚……)

 生まれてからずっと、葉雪は昊穹へ身を捧げてきた。
 昊穹は葉雪の居場所であったし、一部の天上人とはそれこそ家族のように接してきた。

 しかしどうしてか、今この宴の間で、葉雪の横に立っているのは鵠玄楚だけのような気がする。


 鵠玄楚は四帝と冥王に対し、臆することなく言葉を続けた。

「確たる証拠がないまま追放して、時が経てば迎え入れる? 随分都合の良いように聞こえますが、昊黒烏殿が戻りたいと仰っていたのですか?」

「……っ彼の居場所は、ずっと昊穹だ。だから、」

「待て」

 冥王の言葉を、雷司白帝が遮る。そして鵠玄楚へ向けて、負けじと威圧感のある声を放った。

「……先程から聞いていたが、あなたは単に昊黒烏の復帰を望んでいないだけなのでは? 彼の存在は強大であるし、それよりなにより……あなたは昊黒烏を恨んでいる」

「ああ。仰る通り、彼を憎んでいます。姉が服毒した時、彼はその毒を調べることなく、姉の命脈を絶った。昊黒烏殿を憎む気持ちは、今でも変わりはない。……しかし、復帰を阻止したいという意図は、まったくもって無いですね」

 首を傾けながら、鵠玄楚は卓上の蜜柑に手を伸ばした。輪切りなっているそれを酒杯の上で搾り、残ったかすを捨て皿へと落とす。

屠淵池とふちはこの捨て皿と一緒で、昔から要らぬ瘴気が溜まりやすい地です。黒羽だけでは抑えられない事も多々ある。……昊黒烏殿は、自ら進んで瘴気への対策に当たる、数少ない天上人です。黒羽にとっても大事な御仁だ」

 蜜柑の搾り汁に酒を注ぎ、鵠玄楚はそれを一気に喉へと流し込んだ。そして酒杯を軽快に置き、冥王の方を見遣る。

「黒羽の王である私が、『昊黒烏の関与無し』と明言すれば良いのですか?」

「……そうしてくれれば、助かる」

「分かりました。黒羽の運命簿をもう一度確認し、塵竹という男のものが無いか確認します。黒冥府に昊穹のどなたかをご招待する事も可能です。ご自身らの目で確認すれば、疑いも晴れるでしょう」

 言い終わるや否や、鵠玄楚は立ち上がった。剣の柄に手を置き、軽く頭を下げる。

「……そろそろ、私は退出します。それと、冥王。今日から数日ですが、冥府でお世話になります」

「あ、ああ」

「では」

 冥王に向けて口端を小さく吊り上げ、鵠玄楚は踵を返した。

 彼はそのまま宴の間を後にするが、暫く宴の間はしんと静まり返る事となる。新しい黒羽の王は、昊穹の者たちに強烈な印象を残したようだった。

 葉雪は若干浮いていた腰を落ち着け、仮面の下で小さく笑う。

(……変わってないな、瀾鐘らんしょうは……)

 青年期に出会った鵠玄楚は、まだ瀾鐘らんしょうという幼名を名乗っていた。当時は竹を割ったような性格だったが、今はそれに加え豪胆さも兼ね備えているようだ。

 懐かしさに胸が熱くなるが、同時に悲しみも湧いてくる。

 今でこそ憎まれているが、当時は友人のように親しくしていたのだ。一時期は、瀾鐘が『彼』なのではないかと疑ったほどだ。

 それが勘違いだと分かった時、葉雪は随分と複雑な気持ちになったのを覚えている。

(……驚きやら悲しみやら安堵やら……ごちゃごちゃだったな……)

 当時の事を懐かしむも、もうあの時の関係には戻れない。

 葉雪は仮面の嘴部分を少し押し上げ、酒を流し込んだ。
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