天上人の暇(いとま) ~千年越しの拗らせ愛~

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
27 / 60
第二章 執念の後、邂逅へ臨む

第27話 隣に立つひと

しおりを挟む

 鵠玄楚こくげんそは真顔へと戻り、低くしていた姿勢を戻した。

「いや驚いた。あのような優秀な方を追放するとは……。昊穹はやはり、とんでもなく大きな懐をお持ちのようだ。昊殻の長は余程優秀な方が継がれたのでしょうね。……にしてはお姿が見えませんが」

「その件で、黒羽の王に頼みがある」

 冥王が口を開くと、周囲の視線が一気に彼へと集まる。
 
「……追放の件があった当時、黒羽王あなたは確立していなかった。だから黒羽側からの証言に信憑性が得られずにいた。……そして一部の証拠から、昊黒烏は追放せざるを得なかったのだ。……追放から150年、そろそろ彼を迎え入れても良い頃合いだと思ってる。……そこで、」

 冥王の言葉半ばで、鵠玄楚がそれを制するように片手を上げた。
 彼は目線を下へと落とし、深く俯く。その表情は、対面からでは分からないだろう。

 側方から見ていた葉雪は、彼が目を眇め、地面を睨みつけているように見えた。
 低く地面を舐めるような声が、彼の唇からこぼれ落ちる。

「……あれほどの人物を、不確かな罪で……追放したと? ……そして時が経てば、また戻ってきて欲しいと……あなた方は仰ってる訳ですね?」

 言葉の後、暫く彼は黙り込んだ。しかし彼から放たれる圧に、誰もが口を開かない。

 一拍置いて、く、と鵠玄楚の喉が鳴る。数度喉を震わせたあと、彼は天を仰いだ。
 額に手の平を当て、肩を揺らしながら鵠玄楚は笑う。

「く、はは、何ともこれは……」

「……っ何を笑って……!」

「何を? いや、随分勝手だと思いましてね」

「……っ」

 笑う鵠玄楚は、橙の瞳をギラギラと煌めかせ、四帝を見据えている。

 とく、と小さく心が鳴って、葉雪は咄嗟に胸を押さえた。
 鵠玄楚の姿を捉えながら、口端を柔く噛む。

(……なんだ? この感覚……)

 生まれてからずっと、葉雪は昊穹へ身を捧げてきた。
 昊穹は葉雪の居場所であったし、一部の天上人とはそれこそ家族のように接してきた。

 しかしどうしてか、今この宴の間で、葉雪の横に立っているのは鵠玄楚だけのような気がする。


 鵠玄楚は四帝と冥王に対し、臆することなく言葉を続けた。

「確たる証拠がないまま追放して、時が経てば迎え入れる? 随分都合の良いように聞こえますが、昊黒烏殿が戻りたいと仰っていたのですか?」

「……っ彼の居場所は、ずっと昊穹だ。だから、」

「待て」

 冥王の言葉を、雷司白帝が遮る。そして鵠玄楚へ向けて、負けじと威圧感のある声を放った。

「……先程から聞いていたが、あなたは単に昊黒烏の復帰を望んでいないだけなのでは? 彼の存在は強大であるし、それよりなにより……あなたは昊黒烏を恨んでいる」

「ああ。仰る通り、彼を憎んでいます。姉が服毒した時、彼はその毒を調べることなく、姉の命脈を絶った。昊黒烏殿を憎む気持ちは、今でも変わりはない。……しかし、復帰を阻止したいという意図は、まったくもって無いですね」

 首を傾けながら、鵠玄楚は卓上の蜜柑に手を伸ばした。輪切りなっているそれを酒杯の上で搾り、残ったかすを捨て皿へと落とす。

屠淵池とふちはこの捨て皿と一緒で、昔から要らぬ瘴気が溜まりやすい地です。黒羽だけでは抑えられない事も多々ある。……昊黒烏殿は、自ら進んで瘴気への対策に当たる、数少ない天上人です。黒羽にとっても大事な御仁だ」

 蜜柑の搾り汁に酒を注ぎ、鵠玄楚はそれを一気に喉へと流し込んだ。そして酒杯を軽快に置き、冥王の方を見遣る。

「黒羽の王である私が、『昊黒烏の関与無し』と明言すれば良いのですか?」

「……そうしてくれれば、助かる」

「分かりました。黒羽の運命簿をもう一度確認し、塵竹という男のものが無いか確認します。黒冥府に昊穹のどなたかをご招待する事も可能です。ご自身らの目で確認すれば、疑いも晴れるでしょう」

 言い終わるや否や、鵠玄楚は立ち上がった。剣の柄に手を置き、軽く頭を下げる。

「……そろそろ、私は退出します。それと、冥王。今日から数日ですが、冥府でお世話になります」

「あ、ああ」

「では」

 冥王に向けて口端を小さく吊り上げ、鵠玄楚は踵を返した。

 彼はそのまま宴の間を後にするが、暫く宴の間はしんと静まり返る事となる。新しい黒羽の王は、昊穹の者たちに強烈な印象を残したようだった。

 葉雪は若干浮いていた腰を落ち着け、仮面の下で小さく笑う。

(……変わってないな、瀾鐘らんしょうは……)

 青年期に出会った鵠玄楚は、まだ瀾鐘らんしょうという幼名を名乗っていた。当時は竹を割ったような性格だったが、今はそれに加え豪胆さも兼ね備えているようだ。

 懐かしさに胸が熱くなるが、同時に悲しみも湧いてくる。

 今でこそ憎まれているが、当時は友人のように親しくしていたのだ。一時期は、瀾鐘が『彼』なのではないかと疑ったほどだ。

 それが勘違いだと分かった時、葉雪は随分と複雑な気持ちになったのを覚えている。

(……驚きやら悲しみやら安堵やら……ごちゃごちゃだったな……)

 当時の事を懐かしむも、もうあの時の関係には戻れない。

 葉雪は仮面の嘴部分を少し押し上げ、酒を流し込んだ。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 ★1000 Thank_You!!

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...