天上人の暇(いとま) ~千年越しの拗らせ愛~

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
33 / 60
第二章 執念の後、邂逅へ臨む

第33話 遠い遠い昔の君は

しおりを挟む

「___おい……! ……だい……か!?」

 揺らいでいく意識の中、鵠玄楚の声も遠ざかっていく。
 小さく届くその声が、どこか懐かしい。

 (……遠い遠い昔……青年だった頃の……君の声のようだ……)



+++++


『……』
『……さま……』


『____ 黒烏様! ご無沙汰しております!』


 池の向こうから、快活そうな青年が駆けて来た。群青色の髪を高めに結い、葉雪へ惜しげもなく溢れんばかりの笑みを向ける。

 青年の瑞々しさは残っているが、上背もあり体格も逞しい。
 雄々しい眉山を描いた美眉、すらりとした鼻梁は少しの歪みもない。瞳は燃えるような橙だ。

 見惚れてしまうほどの美男だが、彼は呆ける隙を与えないほどに葉雪へと詰め寄った。

『お会いしたかったです! お変わりないようで良かった!』
『殿下、いらっしゃっていたのですね』
『そんな堅苦しい! 敬語なんて止めてください!』

 拱手する葉雪の腕を掴み、青年は葉雪の顔を覗き込む。

 彼の全身から、抑えきれない喜びが伝わってくる。葉雪が思わず吹き出すと、瀾鐘らんしょうは幸せそうに笑った。

 破顔、とは良く言ったもので、瀾鐘が笑うとくしゃりと顔が崩れる。

 周囲は『せっかくの美男が』と呆れているが、葉雪はこの笑顔を見ると、心の凝りが溶けていくような気がした。

『黒烏様、手合わせして頂いても?』
『もちろん』


 瀾鐘の姉である紗々が辰炎へ嫁ぎ、それから黒羽と昊穹は親交を深めた。

 今はこうしてお互いを行き来するまでの仲になり、関係は良好と言える。

 特に瀾鐘は足繫く昊穹へと通い、姉の顔を見た後、葉雪の元を訪れる。
 彼は葉雪の剣の腕に傾倒し、教えを乞いてくるのだ。それに葉雪も快く応えていた。

『殿下は筋が良いですから、直に私を越えてしまうでしょうね』
『殿下は止めてください、瀾鐘です! ……では、行きますよっ!』

 打ち込んできた瀾鐘の剣を躱し、葉雪はくるりと身を返す。その場で規則的に足踏みをすると、瀾鐘が橙の瞳をきらきらと輝かせた。

 獲物を狩る猫のような瞳だが、もう暫くすれば虎に変わるだろう。彼には素質が十二分にあった。
 第二王子であることが、勿体ないほどに。

 葉雪にとって、瀾鐘の成長は喜びだった。弟子と言えば烏滸がましいが、彼が力を付けていく様をずっと見届けたいとさえ思ってしまう。


 微笑ましい思いで剣を振るっていた葉雪だったが、瀾鐘が突然剣を納めてしまった事で、動きを止める。

『どうした?』
『……もしや……お怪我をされてはいませんか?     血の匂いがします』
『? ……ああ、すまん。血の匂いは嫌いか?』

 葉雪は袖を捲り上げ、肘から手首に走る裂傷に手巾を当てた。
 既に血は止まっていたが、手合わせで傷が開いたのだろう。

 溢れ出す血を拭いながら、瀾鐘に申し訳ないという気持ちが募る。

『……手合わせを止めてしまって申し訳ない。直に血は止まるから、待っていてくれるか?』
『な、何を言っているのです?』
『……すまないな、興を削がれたろう? また次の機会に、手合わせを……』
『違います! 腕をこちらに!』

 瀾鐘の気迫に押されながら、葉雪は自らの腕を彼に渡した。

 おずおずと、まるで腫れ物にさわるように、瀾鐘は葉雪の手を取る。そして傷痕を見ると、雄々しい眉をぐにゃりと曲げた。

『こ、このような傷………。どうしたのですか?』
『今朝まで塊鬼かいきの駆除に当たっていたからな。その時に出来た傷だ』
『今朝!? もう夕時です! どうして治療しないのです!?』
『……どうして? これくらい、放っておけば治るだろう? どのみち、次の任務が控えているから、治療しても手間が増えるだけだ』
『次の……任務? この怪我で?』 

 瀾鐘の問いは、どれも葉雪にとって理解できないものだった。

 戦いがあれば傷はつく。それが癒えないまま次の戦いに身を投じることは、決しておかしい事ではない。
 むしろ葉雪の日常だ。

 しかし目の前の瀾鐘は、今にも泣きそうな顔をして、葉雪に訴えかける。

『何を言います! あなたが痛いでしょう!』
『私が、痛い? そんなもの……』
『痛みに作用する軟膏を持っています。……こちらに座って』

 木陰に誘導され、瀾鐘から軟膏を塗り込まれる。鋭く感じていた痛みが角を失くし、丸みを帯びたものになった。 
 しかし葉雪にとって、それは無駄な行為に思える。

『軟膏が、惜しくないのか?』
『どういう意味ですか?』
『とても良い軟膏だ。私に使うのは勿体ない』
『……!』

 瀾鐘の瞳が、まるで異質なものを見ているような目に変わった。
 何かを疑っているような、目の前にあるものが信じられないような、そんな視線が葉雪へと向けられる。

 それは昊穹に来て、何度も向けられたものだった。しかし弟子のように思っている瀾鐘に向けられるとは思わず、葉雪は瞼を伏せた。

『……すまない。私はまた、間違ってしまっただろうか……。不快に思ったのなら、謝る』
『……ち、違います。……ただ……』

 言葉半ばで瀾鐘が黙り込む。目線を伏せ、葉雪の腕の傷をまるで憎いものでも見るように睨んでいる。

 暫く後、瀾鐘は俯いたまま口を開く。その声は意外にも穏やかで、優しいものだった。

『そういえば黒烏様、どうして仮面をつけているのです?』
『……? 昊王の命だ』
『どうして昊王は、仮面をつけろと?』

『私が醜いからだと』

 葉雪が答えると、瀾鐘はぴくりと肩を揺らす。

 事実だった。昊穹に来た日から、ずっと葉雪は昊王の指示で仮面を付けている。
『見るに堪えないから付けろ』と言われた日からずっとだ。

 司天帝と二人きりの生活をしていた葉雪は、自分の顔が醜いという事をその時初めて知った。

 四帝と顔合わせする前の事だったので、昊王が指摘してくれて良かったとほっとした事を覚えている。

 不快感を覚えるほど醜い男に、護衛はされたくはないだろう。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

最強βの俺が偽装Ωになったら、フェロモン無効なのに狂犬王子に求愛されました~前世武道家なので物理で分からせます~

水凪しおん
BL
前世は日本の武道家、今世は平民β(ベータ)のルッツ。 「Ωだって強い」ことを証明するため、性別を偽り「Ω」として騎士団へ入団した彼は、その卓越した身体能力と前世の武術で周囲を圧倒する。 しかし、その強さと堂々とした態度が仇となり、最強のα(アルファ)である第一王子・イグニスの目に止まってしまった! 「お前こそ俺の運命の番だ」 βだからフェロモンなんて効かないのに、なぜかイグニスの熱烈な求愛(物理)攻撃を受ける日々に突入!? 勘違いから始まる、武闘派β×最強王子のドタバタ王宮BLファンタジー!

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

処理中です...