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第三章 黒羽の朧宮主
第52話 仕込まれた悪意
しおりを挟むここの套廊は、建物から縁が大きく張り出しており、庭が一望できるようになっている。屋根も同じく張り出しているので、雨に濡れる心配もない。
葉雪はここがお気に入りで、それを知っている瀾鐘も、この套廊で共に食事を楽しむ事が多い。
今日の朝餉も、いつものように美味しそうな料理が並ぶ。
しかし葉雪の体調を思ってか、粥など消化に良いものばかりだ。寝てばかりの葉雪にとってはこれで満腹だが、瀾鐘は物足りないだろう。
「今日も美味しそうだが……。瀾鐘は? 足らんだろ?」
「ああ。俺はこれで良い」
瀾鐘は口端をついと上げると、手元にあった酒に手を伸ばした。葉雪は呆れたとばかりに肩を竦め、自らは箸を手に取る。
「朝から酒とは。黒羽の王様はやはり大物ですなぁ」
「良い景色と肴があれば、いつでも飲める」
「粥が肴か?」
「いいや。あなたが肴だ」
「意味がわからん」
葉雪が訝し気に首を傾げても、瀾鐘はゆったりと微笑んだままだ。その表情があまりにも穏やかだったので、葉雪もつられて頬が緩む。
朝から酒を楽しむほど、瀾鐘の心には余裕があるのだろう。昊穹とは一悶着あったが、彼からは一切焦りを感じない。
瀾鐘だけではない。黒羽の人らはいつも穏やかだ。
葉雪はひとつ息をついて、漬物の入った小鉢に手を伸ばした。
素材そのものの色だろうが、赤や緑、紫などの漬物は彩りも良い。
本来粥に入れるものだが、葉雪はその一つをそのままぱくりと口に入れた。
赤い漬物だったため、辛いかもしれないと期待を持ったのだ。しかしそれは当然の事ながら裏切られる。
黒羽の人らが、床に伏している葉雪に辛いものを食わせるわけがない。ただの酢漬けだ。
少々がっかりしながらも、葉雪は口の中に広がる爽やかさに驚いた。
(……これ、美味いな。赤大根の漬物か……ん、んむ、ん?)
ぽりぽりと咀嚼して、葉雪は躊躇なくそれを飲み込む。そしてもう一切れ、口に放り込んだ。
香りづけは柑橘類だろう。ふわりと柚子のような香りが鼻を抜ける。
しかしその奥に、何とも言えない引っ掛かりを感じる。
3口目を口に入れ、葉雪は鐸巳を振り返った。
「鐸巳。毒味役というのはいるのか?」
「……え? ええ。専属の者が」
「厨房か?」
鐸巳が頷くのを見るなり、葉雪は套廊から庭へと飛び降りた。
厨房は廊下を渡った右奥にあるが、庭を突っ切った方が早い。走り出すと、瀾鐘の焦りを含んだ声が後ろから響く。
葉雪は足を止めないまま頭だけ振り返り、「すまん、説明後!」と言い放つ。
庭の突き当りにある門をくぐれば、使用人の作業場に繋がる通路に出る。
庭と作業場は壁で仕切られており、普段なら訪れることはない。そこに葉雪が飛び込めば、使用人たちは驚きに目を見開いた。
「ぐ、宮主!?」
「毒味役は!?」
使用人たちの視線が、一気に一人の侍女へ集まった。
きょとんと目を見開く侍女には見覚えがある。
いつも葉雪の身の回りの世話をしてくれる、話好きの明るい女性だ。
葉雪は彼女の手を掴んで引き寄せると、有無も言わさず横抱きにした。
小走りで駆けながら、葉雪は腕の中で縮こまる侍女へ問いかける。
「君が毒味した? 間違いない?」
「は、はいっ。ま、まさか、何か?」
「ちょっとごめんな」
目指す水場が見えてきて、葉雪は侍女の身体の体勢を変えた。
脇に抱える形に抱きかかえ、右腕だけで保持する。
「良くないもんが入ってた。ごめんな、指突っ込むぞ?」
「え?」
侍女は未だ状況が把握できていないようだが、急いだ方が良い。葉雪は容赦なく侍女の口へと指を突っ込んだ。
漬物に仕込まれていたのは、致死量に遠く満たないほどの、ごく微量の毒だ。食事を全部平らげたとしても、即日死に至ることはないだろう。
しかし毎日食べているとなれば話は別である。
徐々に体調を崩し、身体のどこかに障害が残るか、あるいは命を落とすこともあり得るだろう。
幸いなことに、侍女は上手に吐いてくれた。まだ消化もしていないようで、葉雪はほっと胸を撫でおろす。
呆然と成り行きを見ていた使用人たちも、事態を察して慌てて駆け寄ってくる。
「ぐ、宮主、汚れますので離れてください。私が変わります」
「ありがとう。あと、医者を呼んでくれないか? 上手に吐けているが、薬は飲んでいた方が良い。それと、吐しゃ物は流さないで調べた方が良いだろうな。銀を使って反応が出ないとなると、生物毒かあるいは……うぉお!?」
ひょいと空に浮いた事に驚き、葉雪は視線をさ迷わせる。毒物について推測していたせいか、背後に迫った恐ろしい気配に気付けなかった。
葉雪を脇に抱えている人物が誰かなど、考えなくとも分かる。
そしてその人物が、ものすごく怒っている事も。
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