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第三章 黒羽の朧宮主
第59話 朧の正体
しおりを挟む『ばれたか』とどきりとするものの、瀾鐘の口から朧宮について説明する良い機会である。葉雪の言葉ではなく、王の言葉ではっきりと弁明して欲しいところだ。
妃らが顔色を変え、その場に平伏す。その所作に先ほどの男らしさは皆無だ。一瞬にして麗しい美女に見えてしまうから不思議である。
唖然としながらも、葉雪も跪こうとしたその時だった。
「あなたはやるな!」
両腕を掴まれて視線を上げれば、目の前にはもう瀾鐘が迫っていた。
葉雪を逃がさないとばかりに抱きしめ、瀾鐘は咎めるような目線を落とす。
「こんな所まで……! 本当にあなたという人は!」
「……す、すまん。いや、あのな。一回離れろ」
葉雪は慌てふためき、瀾鐘の胸を手で押しやった。
肌の触れ合いが濃い瀾鐘は、よくこうして葉雪を抱きしめる。ただしそれは、健全な友愛を表すものであって、他意は無い。しかしそれを、初見である妃らが判別できるはずもないのだ。
「何故だ?」
「人前で男を抱きしめるなよ!」
「俺のやることに文句は言わせない」
「だぁあ、もう! ……分かった。分かったからお前な、朧宮のことを宮女たちに説明しろ」
瀾鐘が目を丸くし、少しだけ拘束を緩める。その隙をついて、葉雪は瀾鐘の腕から離れた。
「ほら早く」
「……朧のこと、知っていたのか?」
「外に出てから聞いた。早くしろよ」
「……そうか」
瀾鐘は再度「そうか」と口にして、葉雪へ向けて眉を下げた。破顔とは言わないものの、穏やかで幸せそうな笑みだ。
その表情の意味が分からず、葉雪はぽかんと口を開ける。しかしそれは跪いている者たちも同じようで、初めて見る王の穏やかな笑みに呆けているようだ。
瀾鐘は宮女らに身体を向けると、王らしい良く通る声で告げた。
「俺の横に居る、この人が朧だ」
その一言に、場に居た全ての物が驚愕した。訓練場はしんと静まり返り、空気が少しだけ張り詰める。予想外の言葉に、誰も彼もが一言も発せない。
しかし一番驚愕しているのは、当人である葉雪だ。
「……何言って、ばッ、ばかお前、こんなとこで冗談は……」
「いや、冗談ではない。……ん? もしかして、自分じゃないと思ってたのか?」
「……へ?」
「……ああ、そうか。そうだよな。あなたはそういう人だった……」
先ほどの顔から一転、瀾鐘の表情は呆れ顔に変わってしまった。落胆しているような表情になってしまった瀾鐘は、葉雪へと手を伸ばす。
普段なら警戒するところなのだが、相手が瀾鐘だと警戒心が湧かない。きょとりと目を丸くしたまま動かないでいると、瀾鐘の指先が葉雪の幞頭へと辿り着いた。
幞頭を解かれ簪を抜くと、白い髪がはらりと落ちる。瀾鐘はその髪を愛おしそうに撫で、葉雪の肩を引き寄せた。
「先ほども言った通り、この人が朧宮主だ。王である俺よりも敬え」
「……っ!? 瀾鐘お前っ! いい加減に……」
「よって後宮は解体する。もしくは別の機関に作り変えることとなった」
堂々と言い放つ瀾鐘に、嘘の気配はまったくない。しかしその態度が、葉雪に混乱を招いた。
(……なにを、言っているんだ……? ……もしかして、宮女らを騙そうとしているのか? 毒の犯人が存外狡猾で、焙り出しをしているとかか? いや、犯人は判明しているんだよな?)
考えられるだけの選択肢を捻り出し、葉雪は目の前の事態を噛み砕こうと試みる。しかしなかなか、瀾鐘の思惑が読み解けない。
葉雪は朧ではない。そう確信があったからこそ、瀾鐘の言葉を真正面から受け入れる訳にはいかなかった。
「……お、恐れながら、申し上げます……」
少し震えを持った小さな声は、蓮花妃から発せられたものだった。その弱々しさに、先ほどの彼女を知っている葉雪はぎょっとする。
しかし瀾鐘は何の違和感もないようで、頷きながら彼女へと言葉を返す。
「蓮花妃か。言うてみよ」
「……朧さまは、男性とお見受けします。……胡夫人には何と……」
「俺が決めた事だ。文句は言わせん」
「……は……」
蓮花妃が頭を深く下げ、他の妃らも落胆するように肩を下げる。黙って見ていた葉雪も、これには胸が痛んだ。瀾鐘を小突いて、小声で捲し立てる。
『瀾鐘、これは何かの作戦か? 私はどう振舞えば正解なんだ? ……というか、朧さんはこの中には居ないんだよな? 大丈夫なのか?』
「だからあなたが朧だと言っている」
「ああ、もう、人が小声で喋ってんのに!」
葉雪が声を上げれば、何が可笑しいのか瀾鐘が相好を崩す。綺麗に並んだ歯列を見せて、瀾鐘は笑い声さえ零し始めた。葉雪の肩を抱き込んで、白い髪に顔をうずめるようにして笑う。
葉雪は瀾鐘と妃らを交互に見て、あわあわと口を開いた。
「な、何を笑っている! ああ、もう! あのな蓮花妃たち、違うから。聞いてくれ私は……」
「朧、帰るぞ。冷えてしまう」
『……っこの馬鹿! 朧なんて呼ぶんじゃない!』
「俺を馬鹿呼ばわりするのは、あなたぐらいだ。……あなたの名は、黒羽では俺だけに許された名だ。ほいほい口には出さん」
瀾鐘は目を細め「なぁ朧?」と口にしながら葉雪を見下ろす。その顔はまるで、想い人に向けるような甘い顔だ。
ぐっと息が詰まり、耳が焙られたように熱くなる。男前の甘い顔というのは、とんだ破壊力である。お陰で返す言葉が出て来ず、ぱくぱくと口だけを動かすはめになった。
そんな時、凛とした声が、その場を割るようにして入ってきた。
「なんの騒ぎです?」
「……ああ、ちょうど良かった」
瀾鐘が声の方を振り向き、少しだけ声を落とす。瀾鐘の身体が盾になって、葉雪からは声の主が見えない。あちらからも同様だろう。
「胡夫人、朧を紹介する」
「……そこにいるのですか?」
少し棘を含んだ、それでも可愛らしい声が、葉雪の耳にも確かに届いた。
先ほどから聞く『胡夫人』というのは、むかし瀾鐘から聞いた覚えがある。瀾鐘の乳母であり、母の代わりになってくれた人である。
(……っまさかそんな人に、紹介しようとしているのか? 私を朧として!?)
さすがにくらりと眩暈がして、葉雪は頭を抱え込んだ。どうしてこんな状況になっているのか、今更になって震えが来る。
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