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第三章 黒羽の朧宮主
第60話 幼き頃
しおりを挟む「……ここからはあまり姿が見えませんが……やはり男性のようですね。そうなればわたくしの返答は先ほどと変わりません」
「胡娘娘……」
「何を言われたって、一緒です!」
怒りを露わにした声を聞いて、葉雪はついに意を決する。瀾鐘が何を考えているか分からないが、誤解は解いておきたい。
葉雪は手合わせで汚れた服をぱたぱた叩き、ぐっと背筋を伸ばす。そして肩から瀾鐘を手を外して、一歩横へとずれる。
ひらけた視界の先に見えたのは、まるで少女のような瑞々しい女性だった。しかし纏う空気は堂々としており、揺るぐことの無い大きな芯を持った人物に見える。
美麗な眉を怪訝に寄せて、胡夫人は葉雪に視線を移す。その厳しい瞳には、息子の将来への憂いも含まれているように見えた。
胡夫人はやはり、瀾鐘を子供のように想っているのだ。だからこそ朧が男性だと、認められない部分も多いのだろう。
誤解を解くべく、葉雪は膝を折ってその場に跪く。するとその瞬間、彼女の雰囲気ががらりと変化した。
ぽかんと口を開けたまま暫し固まり、目玉だけを動かして葉雪の身体を上から下まで眺める。そして女官らを振り返ると、小声で何かを指示し始めた。
何事かと眺めていると、女官の指示によって、跪いていた宮女と宦官らが去り始めた。各々の宮へと戻るよう指示されたようだ。残されたのは千樺だけだった。
瀾鐘も疑問に思ったのだろう。膝を折った葉雪を立たせつつ、胡夫人の言葉を待つ。
「……っ」
ひとつ息を飲み込んで、胡夫人が葉雪へ一歩踏み出す。そしてその大きな瞳に水の膜を張り始めた。花弁のような唇は小さく震えながら言葉を零す。
「おっ、おぼえて、おられますか? わたしの事を……」
「……えっ……」
「ああっ! 声が低い! 立派な男子になられて……! この胡蝶、これほどの喜びはありません!!」
「……?」
葉雪と胡夫人は、初対面のはずだった。葉雪が首を傾げながら困惑するが、瀾鐘も同じような反応を示している。問うような目線を送られるが、葉雪としても首を横に振るしかない。
「えっと、あなた様は……」
「ああ、覚えておらずとも仕方がありません。わたくしが生み出された時、あなた様はまだ歩き出したばかりの赤ん坊でしたから……」
「あ……! もしかしてあなたは、司天帝の生み出した神獣ですか?」
そうであれば合点がいく。葉雪の幼少期を知る者は、司天帝と数少ない神獣だけだからだ。
葉雪と違い、司天帝はあまり神獣作りが好きでは無い。そんな彼が生み出した神獣となれば、かなり貴重な存在である。
司天帝は葉雪にとって万物の師匠であり、この世で一番尊敬する人だ。その師匠の生み出したものとなると、憧憬の眼差しを向けずにはいられない。
しかし胡夫人は、穏やかに微笑みながらも頭を横へ振る。
「いいえ。わたくしの生みの親は、あなたですよ」
「え?」
「赤子だったあなたが、最初に生み出した神獣が、この私です」
感極まったという表情で、胡夫人が大きな瞳から涙を零す。一方の瀾鐘は、驚愕の表情を葉雪へと向けた。
「すごいな……あなたは、赤子だった時から神獣を生み出してたのか?」
「い、いや、覚えていないよ。一番最初の神獣は、昊穹に降りてからだったはずだ」
「いいえ。公子は幼い頃、ぽこぽこ神獣を生み出されていましたよ。それこそ手あたり次第だったので、司天帝もお手上げ状態でした」
身振り手振りを交えながら、胡夫人が満面の笑みで語る。それは葉雪も知らない、自分の幼少期の様子だった。
葉雪は幼い頃、力が制限できず、神獣を生み出し放題だったこと。それらに名を与え、地上に下賜していたのが司天帝だったということ。
今まで自分の幼少期を知る者がいなかった葉雪は、初めて客観的に自身の幼き頃を知った。
「初めて生み出したのが蝶の神獣だったので、司天帝は心底驚かれていましたよ。獣以外で神成させられるなんて天才だって、それはそれは喜んでらっしゃいました」
「……ッ」
思わず言葉を無くすと、瀾鐘が顔を覗き込んできた。
「……朧、どうした?」
「いや……なんというか……。師匠は、いや、司天帝は厳しかったから……」
葉雪の記憶にある司天帝の顔は、険しいものばかりだ。
彼の教育は厳しく、一切の妥協も認められなかった。冷たい態度こそ取られた事は無いが、柔らかい情など向けられたことは無い。
胡夫人が語る話は、葉雪が抱いていた司天帝の印象と大きく違っていた。
「司天帝は赤子だった公子を抱き、笑いかけ、生まれた神獣たちと、あなた様の成長の喜びを分かち合ってらっしゃいました。……公子は、とても愛されていましたよ」
「そんな……とんでもない。だって私は、ただの物として……」
「も、物……? 物ですって!? 誰がそんな事を申したのです!?」
垂れさせていた眉をきっと吊り上げ、胡夫人が地団駄を踏みながら歩み寄って来る。その迫力に仰け反っていると、瀾鐘が葉雪の前へ踏み出した。
「胡娘娘、冷えてきた。一雨来そうだ。話はまたゆっくりと、後日がいいだろう」
天を仰ぐと、夕焼け色はもうすっかり黒くなり、山の向こうからは雲がゆっくりと近づいてきてるのが見えた。
胡夫人は幾分か名残惜しそうな表情を浮かべながら、ゆっくりと膝を曲げる。
「申し訳ありません。……私としたことが、長く話し込んでしまって……。これでは公子が風邪を召されてしまいますね。是非また、この胡蝶とお話しして下さいませ」
「あ、はい……」
「それはそうと、主上。朧の正体が公子となれば、話は違います。きちんと段階を踏んだのですか? まさか公子のお気持ちも窺わず、突き進んでいるのではないでしょうね?」
「……追々、ゆっくりと進むつもりでいる」
瀾鐘が葉雪の手を握り、やんわりと笑う。思わず吸い込まれそうな穏やかな笑みだ。
葉雪が人間界で良く見た、幸せそうな人々が見せる笑みだった。
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最新話まで追いついてしまいました。続きを懇願します!!!
頑張れ墨尽さん!
は、はやい!(笑)もう追いついちゃたんですね…!
少しずつでも進められるよう、頑張ります💪
ありがとうございます(*^^*)
墨尽さんの作品が読みたくて、更新止まっているのわかっていながら、手を出してしまいました。ゆっくり読み進めます。
ビジューさん、こちらも読んでいただけるんですね……!
ありがとうございます!
今作、色々ありまして更新止まってますが、何とか書き上げたいところです…
いつもご感想、本当に励まされています✨️ありがとうございます!
続きが気になります!
更新楽しみにしています☺️
ご感想ありがとうございます!
お返事が遅くなりすみません
久しぶりに本作に感想を頂いて、驚きと共にとても嬉しかったです!
こちらの作品も少しずつ書きだめていますので、気長にお待ちいただけたらと思います
重ねて感謝申し上げます😊